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2015年2月11日 (水)

宮城沖地震に関するニュース・1903,2015年2月11日

引き続き、2011年3月11日に発生した、東北関東大震災に関するニュース記事を伝達します。

今後も引き続き、随時追加します。

リンク:東日本大震災 女川でサンマの天日干し「待ち望んでくれた方々のおかげ」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<東日本大震災>保育所の子供全員無事「奇跡の脱出」絵本に - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<福島原発>12日から宇宙線で「透視」、溶けた核燃料調査 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:首相との約束破った東電の“背信” 福島第1「汚染水処理3月末までは無理」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:相馬市 学校給食に市産米「安全性は確保」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:大川小遺族「ヒアリング実施を」文科省に要望 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:震災3年11カ月で集中捜索 - 速報:@niftyニュース.
リンク:「なぜ漏れたのか」人ごとのようなNEXCO…震災復興談合、真の“ワル”はどこに - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<山田せんべい>伝統の味、受け継ぐ…被災の元祖工場を再建 - 速報:Yahoo!ニュース.

以下、参考のために同記事を引用

東日本大震災 女川でサンマの天日干し「待ち望んでくれた方々のおかげ」
産経新聞 2月11日(水)22時22分配信

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宮城県女川町ではサンマを寒風にさらす天日干しが始まっている=9日午前、女川町のヤマホンベイフーズ(宮崎瑞穂撮影)(写真:産経新聞)

 11日で東日本大震災から3年11カ月。サンマの水揚げが盛んな宮城県女川町ではサンマの天日干しが始まり、一面が銀色に輝いている。

 同町の水産加工会社「ヤマホンベイフーズ」では、11月に水揚げしたサンマを1月中旬から3月下旬まで干す。北西からの乾いた寒風にさらすことで、魚のうまみを引き出す。

 同社は震災で被災し、工場などを失ったが平成24年に操業を再開。翌25年1月からはサンマの天日干しも復活した。

 山本丈晴社長(46)は「震災から立ち上がることができたのは、商品を待ち望んでくれた方々のおかげ。感謝しながら頑張っていきたい」と話している。


<東日本大震災>保育所の子供全員無事「奇跡の脱出」絵本に
毎日新聞 2月11日(水)22時8分配信

 ◇岩手・野田の義妹体験 久慈の詩人、宇部さんまとめる

 東日本大震災の津波襲来時、岩手県野田村の保育所の子供たち全員が無事避難して「奇跡の脱出」と呼ばれたエピソードを基に、絵本「はなちゃんの はやあるき はやあるき」(岩崎書店)が出版された。保育所に勤めていた義妹の体験を同県久慈市の詩人、宇部京子さん(63)がまとめた。「震災の教訓として、全国の子供や親に届けばうれしい。いつか別の命が救われますように」と願う。

 野田村保育所は海岸から約500メートルのところにあった。震災は昼寝の後のおやつの時間に起きた。強い揺れが収まるとすぐ、毎月実施していた訓練通りに避難を開始した。

 0歳児は保育士が背負い、小さな子供は大型の手押し車に乗せた。大きな子供は徒歩で1キロ先の高台を目指した。津波は保育所をのみ込んだが、園児90人と職員14人の全員が無事だった。

 絵本では、主人公の女の子「はなちゃん」ら子供たちが、津波におびえながらもヤブをくぐり、畑を駆け抜け、坂を上る。絵はイラストレーターの菅野博子さんが担当した。柔らかいタッチだが緊迫感のある風景と、子供たちの臨場感ある表情を描いている。

 宇部さんは震災後間もなく義妹から話を聞いた。「子供たちは泣かずに黙々と避難したそうです。つらい話が多い中、救われる気持ちだった。形にして世に出したいと思った」という。

 野田村保育所長の小野寺すみさん(56)は「逃げる時は必死だった。絵本で自分たちの生きた証しが形になった。リアリティーがあり、教訓を訴える力がある」と話す。子供たちに読み聞かせると、真剣に聴き入っていたという。

 岩崎書店によると、初版は絵本としては異例の6000部を発行。書店の評判も良く、全国の公立図書館向けに1000冊の注文があったという。変型A4判32ページ、1300円(税別)。【春増翔太】


<福島原発>12日から宇宙線で「透視」、溶けた核燃料調査
毎日新聞 2月11日(水)20時6分配信

 東京電力福島第1原発で、宇宙線を利用して原子炉建屋全体をエックス線写真のように外から「透視」し、溶けた核燃料(燃料デブリ)の分布を探る調査が12日に始まる。これまで原子炉圧力容器の内部を調べる手段はなかった。圧力容器内に残る核燃料の量などを把握し、難航が予想される燃料デブリ取り出し策の検討に役立てる方針だ。

 宇宙から降り注ぐ宇宙線は、地球の大気に当たると素粒子「ミュー粒子」を生じる。ミュー粒子は物質を通り抜ける能力が高く、コンクリートや鉄なども透過する。一方、核燃料のように密度の高い物質はわずかしか通り抜けられない。このため、建屋の外に置いた検出器で建屋を通ってきたミュー粒子を観察すれば、核燃料がある部分は黒い影のように映るという。この方法は火山のマグマの調査などにも利用されている。

 検出器は、10日までに1号機の北と北西の2カ所に設置された。東電の試算によると、1号機は大半の燃料が圧力容器から原子炉格納容器の底に溶け落ちていると推定される。格納容器の底は地下にあるため、地上の検出器では透視できないが、圧力容器内にどの程度の燃料が残っているかを確認する。検出器を開発した高エネルギー加速器研究機構(茨城県つくば市)によると、30~50センチ程度の大きさの燃料デブリまで位置を把握できるという。

 東電などは約1カ月測定し、3月末に結果をまとめる。同機構の高崎史彦名誉教授は「燃料が圧力容器にないという仮説が実証されるだけでも意義は大きい」と話す。東電も「燃料デブリの位置などが分かれば、取り出しの手順や方法がある程度定まってくる」と期待を寄せる。【斎藤有香】


首相との約束破った東電の“背信” 福島第1「汚染水処理3月末までは無理」
産経新聞 2月11日(水)18時5分配信

 東京電力福島第1原発の廃炉に重くのしかかっている汚染水の処理が、思い通りに進まない。東電は1月下旬、「3月末まで」としていた汚染水の全量処理を断念したことを明らかにした。この期限は、安倍晋三首相と約束していたものであり、東電の“背信”は、地元住民の不安にもつながっている。原発事故から間もなく4年。汚染水問題を決着させる見込みはあるのか。(原子力取材班)

■エネ庁長官、“約束破り”に明らかに不満顔

 「全力で取り組んできたが、見通しが大変厳しい。総理大臣との約束は大変重いものと思っているが、約束が果たせず、大変申し訳なく思っております」

 東電の広瀬直己社長は1月23日、経済産業省資源エネルギー庁の上田隆之長官の部屋を訪れ、消え入りそうな声でこう伝えた。

 上田長官は不満をあらわにした表情で「大変残念で遺憾に思っている。汚染水対策をしっかりやっていただくことは、国民から強い期待がある。できるだけ早期に全量浄化完了をしてほしい」と要望した。

 上田長官と面会後、記者団に囲まれた広瀬社長は、「総理と約束してから、1年4カ月の時間があったにせよ、簡単な目標ではなかった」と釈明。廃炉工程への影響については「これから見直しがあるが、特に大きな影響を及ぼすものではない」と強調した。

 東電福島本社の石崎芳行代表も同日、福島県庁を訪れ、鈴木正晃副知事に報告。鈴木副知事は「対策の遅れは避難者の帰還や復興、風評被害に大きな影響を与えることを肝に銘じてほしい」と被災者の声を代弁した。

 広瀬社長が安倍首相と約束したのは平成25年9月。首相が第1原発を視察し「しっかり期限を設けて、全量処理をしてほしい」と要請をし、広瀬社長はそれに応え、26年度末までに汚染水を浄化することを約束した。

 その約2週間前、安倍首相はアルゼンチン・ブエノスアイレスで五輪招致演説を行い、「汚染水の影響は完全にブロックされている」と国際オリンピック委員会(IOC)にアピール。それだけに、首相と東電の約束は、“国際公約”にもなっていた。

■ALPS、想定通り稼働せず

 なぜ、東電は約束を破ることになったのか。

 福島第1原発には1月末時点で高濃度の汚染水が約27万2000トン、処理済みの低濃度の処理水が約29万2000トンあり、計約900基のタンクにためられている。

 原子力規制委員会の田中俊一委員長が「タンク製造工場と言ってもいいぐらいだ」と語るように、敷地内にはタンクがぎっしり詰まっている。

 加えて、地下水が壊れた原発に流入していることから、1日約350トンの新たな汚染水を生んでおり、その処理が緊急の課題となっていた。

 このため東電はトリチウム以外の62種類の放射性物質を浄化する「多核種除去装置(ALPS=アルプス)」を増設した。高性能型のALPSも導入し、計算上は1日最大約2000トンの処理が可能になる。

 しかし、広瀬社長は「われわれが想定していた稼働率に到達していない」と説明。処理量は想定の6割程度に低迷しているという。

 期待していた高性能型ALPSは、稼働率が3割程度とさらに低い。放射性物質のストロンチウムとルテニウムを除去する吸着材が予想以上に早く劣化し交換が必要なため、連続運転できないという。

 ALPSだけでは目標を達成できないとみた東電は、汚染の多くを占めるストロンチウムだけを取り除く「モバイル型ストロンチウム除去装置」も新たに採用している。

 1日最大約2040トンの処理が加わり、別の設備も導入すれば、合計で1日最大約4940トンの汚染水処理ができるとふんでいたが、全てを毎日フル稼働する見通しが立たなかった。

 現状の稼働率を考えて、広瀬社長は、新たな処理完了の見通しは「5月中」とした。

■作業員死亡事故も影響

 さらに1月に起きた原発での相次ぐ死亡事故が、目標達成に響いた。

 福島第1原発構内で1月19日、雨水をためるタンクの設置作業中に、協力企業の作業員(55)が、タンク(高さ約10メートル)上部の天板にある穴から内部に落下し、全身を強く打って20日未明に死亡した。

 命綱を身に付けてはいたが、固定した形跡がなかった。東電幹部は、ベテランが安全策を十分に取っていなかったことにショックを受け、「作業員は落下を防ぐ方法を分かってはいるが、手順書に記載されていなかった」と話す。

 福島第2原発でも20日、廃棄物処理建屋内で、協力企業の作業員(48)が点検用の機材に頭を挟まれて死亡。柏崎刈羽原発(新潟県)でも19日、2号機タービン建屋外側に設置されている建物内で、点検作業中の50代の男性作業員1人が、高さ約3・5メートルの通路下り口から落下し、手足を骨折するなどの大けがをした。

 短期間に事故が相次いだことを重く見た東電は21日以降、3つの原発の全ての作業を中断し、手順の確認や構内に危険箇所がないかなど、安全性を総点検することになった。第1原発では2週間近い作業の停滞を招いた。

 東電の姉川尚史(たかふみ)原子力・立地本部長は会見で「安全と工程は対局にあるものではなく、『安全第一』で初めて工程を進められる。リスクを低減する最良の道ということを共通認識としたい」と話した。


相馬市 学校給食に市産米「安全性は確保」
河北新報 2月11日(水)14時20分配信

  相馬市教委は4月から市内の小中学校15校の給食に市産米を導入することを決め、10日、各校に通知した。放射性物質の測定で安全性が十分確保できるとして、福島第1原発事故前と同じ地場産のコメに切り替える。

  国の基準値1キログラム当たり100ベクレルを下回る10ベクレル未満の精米を使う。市産米導入に不安を抱く家庭に配慮し、4月以降、ご飯を持参する希望者には、給食費からご飯代分を返金する。

  市内の学校給食では、放射性物質汚染への懸念に配慮し、会津地方のコシヒカリを使っている。

  市教委は昨年秋から切り替えに向け、保護者らを対象に説明会を開催。児童、生徒2696人の保護者を対象にした昨年12月アンケートでは「市産米を食べる」が83.8%に対し、「ご飯を持参する」が7.2%、無回答などが9.0%だった。

  原発事故後、学校給食用のコメを外部産地に切り替えた浜通り地方の自治体のうち、いわき市は昨年12月から市産米を導入、新地町は4月から町産米を使うことを決めている。広野町(北海道産使用)と南相馬市(新潟県産使用)は現段階で地元産に戻す予定はない。


大川小遺族「ヒアリング実施を」文科省に要望
河北新報 2月11日(水)12時40分配信

  東日本大震災で児童・教職員計84人が死亡、行方不明となった石巻市大川小の遺族有志が10日、文部科学省を訪れ、学校事故対応に関する有識者会議で、遺族のヒアリングを早期に実施するよう求める要望書を提出した。

  当時小学5年生の次女を亡くした紫桃隆洋さん(50)は要望で、「有識者会議で大川小のことを話し合っている部分が見えない」と指摘し、今後の検討手順について説明を求めた。

  3年生の長女を失い、5年生だった長男が助かった遺族有志の只野英昭さん(43)が要望書を手渡した。

  受け取った大路正浩学校健康教育課長は、2014年度は各地の学校事故の調査研究が中心だったと釈明。「遺族の方々の思いをしっかり受け止め、検討の中でしっかり反映させていきたい」と15年度にヒアリングを実施する考えを示した。

  遺族有志は、第三者の事故検証委員会の議論が不十分だとして、有識者会議での検証も要望。文科省に28日までの回答を求めた。

  有識者会議は大川小の事故などを受け、文科省が学校での事故後の対応強化に向け、調査研究を目的に14年4月に設置した。


震災3年11カ月で集中捜索
2015年2月11日(水)11時45分配信 共同通信

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 海岸の砂を掘り返し、行方不明者の手掛かりを捜す大船渡署員ら=11日午前、岩手県陸前高田市

 東日本大震災から3年11カ月となった11日、岩手、宮城、福島の3県警は、今なお多い行方不明者を家族の元へ帰すため、津波に襲われた沿岸部を集中捜索した。

 岩手県陸前高田市では午前10時ごろから、大船渡署員17人が米崎町脇の沢の海岸の水門付近を捜索。スコップで土砂を掘り返し、不明者の持ち物などがないかを注意深く調べた。

 熊本県警から出向している牧田恵巡査長(31)は「最後まで諦めず、小さな物でもいいから見つけたい」と話し、砂に埋もれた漂流物を掘り出していた。

 警察庁によると、10日現在、3県で計2586人が行方不明となっている。


「なぜ漏れたのか」人ごとのようなNEXCO…震災復興談合、真の“ワル”はどこに
産経新聞 2月11日(水)10時35分配信

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談合が疑われている12工事(写真:産経新聞)

 東日本大震災の道路復旧工事入札に絡む談合事件は、震災以前から談合を行ってきた20社の道路舗装業者が、復興を機に談合を本格化させた疑惑が深まった。巨額の国費が投入された復興事業の原資は税金の上、いまだに多くの被災者が厳しい生活を送る中での疑惑に、被災者は「復興を食い物にする行為だ」と憤る。さらに工事を発注した東日本高速道路(NEXCO東日本)などのチェック態勢も十分だったとは言い難い。公正取引委員会の強制調査は、復興に水を差す行為にメスを入れるものといえる。

 ■6、7年前から談合 震災で本格化か

 関係者によると、公取委は昨年秋ごろに談合情報を把握。20社は遅くとも6、7年前から談合を始め、NEXCO東日本や国土交通省東北地方整備局が発注した工事で受注調整を行っていたとみられる。一部の業者は公取委の調査に同様の事実を認めているという。

 ただ、談合は震災を機に本格化した疑いがある。NEXCO東日本の入札資料によると、予定価格に占める落札額の割合を示す「落札率」は、平成22年度は平均約77%。しかし震災後の23年度では約93%に上昇した。一方、同整備局の工事では、両年とも90%前後で高止まりしていた。

 このことから公取委は、同整備局の工事で談合を行ってきた20社が、震災を機に需要が急増した高速道路の復旧工事でも談合を始めたとみて調べている。

 強制調査を受けた20社のうち15社は、北海道岩見沢市や名古屋市の発注工事をめぐる談合などで過去に公取委から排除勧告を受けている。

 また、20社のうちには17年末にいわゆる「談合決別宣言」をした大手ゼネコンのグループ会社も含まれていた。公取委幹部は「まだやっていたのか、というあきれがある」と話す。

 公取委は通常の行政処分では不正を断ち切れないと判断し、刑事告発を視野に入れた強制調査に踏み切ったもようだ。

 ■「赤字の恐れ」背景? 相次ぐ入札不調

 今回の談合の背景には、土木業界の経営環境悪化や、「復興のため」という大義名分が横たわっている可能性がある。

 実際、北京五輪や上海万博の建築ラッシュを契機とした資材・人件費の高騰が近年も続いていることに加え、随意契約を減らし競争入札を増やす流れなどもあり、土木業界を取り巻く環境は厳しい。公共工事を落札しても赤字になる恐れがあるため業者は受注に消極的で、「自治体などが業者に入札参加を依頼し、業者も行政との関係を考え、赤字覚悟で入札に参加する例も多い」(福島県沿岸部の市議)という。

 それでも入札参加者が足りず落札者が決まらない入札不調が相次ぎ、復興の遅れにつながっている。

 福島県双葉町から避難し、同県郡山市内の復興公営住宅で暮らす元同町議の川原光義さん(73)は「道路を早期復旧してくれたのはありがたいが、いまだに仮設住宅で厳しい生活をしている多くの被災者のことを考えると、東京の業者が砂糖に群がるアリのように復興費を食い物にするのは許されない」と憤りを口にした。

 また宮城県南三陸町で仮設商店街の組合長を務める阿部忠彦さん(52)も「もちろん復興のスピードは早めてもらいたいし、いい仕事をしてもらいたいけど、談合は良くない」。その上で「談合が事実だとすれば、発注した側も管理がいいかげんだったんじゃないか」と発注者側の意識の低さも批判した。

 復興事業に携わった東北地方の建設会社の男性社長(59)は「どんな事情があるにせよルールはルール。談合が事実であれば摘発は当然」と指摘する。「実際、復興に乗じて稼ごうと考えている業者はいる。『震災復興に寄与する工事だから談合しても摘発されないだろう』という甘い考えもあったのではないか」と話した。

 ■チェック態勢にも不備 “人ごと”のような社長

 発注側のチェック態勢も不十分だった。高速道路復旧工事は、国の緊急予算490億円が使われており公共性が高く、通常の工事以上に税金の無駄遣いが起きていないか厳重にチェックしておくべきものだった。

 しかしNEXCO東日本は「不自然な入札に気づいた場合は調査し、関係部署に通報する」とのマニュアルを作成していたが、「99%」といった高い落札率が相次いだにも関わらず対応できていなかった。事情は同整備局も同様だ。

 NEXCO東日本の広瀬博社長は公取委が強制調査を始めた1月28日の記者会見で、談合疑惑について「事実であれば誠に遺憾。コンプライアンスの重要性はグループ全体に徹底している。今後はさらに留意して入札に対応したい」と、まるで“人ごと”のように述べるに留めた。

 ある検察幹部は「談合は麻薬のようなもの。一度手を染めると競争がばからしくなる。技術革新や経費削減などを生み出す競争原理が働かなくなる上、真面目な業者が損をするのが最大の問題だ」と指摘し、公取委による強制調査の意義を強調した。


<山田せんべい>伝統の味、受け継ぐ…被災の元祖工場を再建
毎日新聞 2月11日(水)9時10分配信

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工場を再建し、山田せんべいの継承に取り組む太田一幸さん=岩手県山田町で、鬼山親芳撮影

 東日本大震災の津波で、せんべい店を営む両親を失った岩手県山田町の太田一幸さん(37)は工場の再建を果たし、元気だったころの両親の姿を思い浮かべながら「山田せんべい」の継承に取り組んでいる。震災から11日で3年11カ月。一幸さんは「商売が軌道に乗り、今後もやっていけそうな気がしている」と話した。

 ◇津波で犠牲、両親の分まで…岩手・山田

 両親が経営していた「太田幸(おおたゆき)商店」は海の近くにあり、商店街もろとも津波に流された。父隆一さん(当時73歳)は半年後にDNA鑑定で死亡が判明し、母利子さん(同64歳)はまだ見つかっていない。隆一さんの体が不自由だったため、2人とも地震後は店に残っていたとみられる。

 両親を手伝っていた一幸さんは配達に出ていて助かった。町内で土地を見つけ、約130平方メートルの平屋建て工場を完成させたのは昨年3月。この工場で翌月、初めてせんべいを焼き、「道の駅」などに卸すと、あっという間に売り切れたという。「『山田の人たちはこれを待っていてくれたんだ』と胸が熱くなった」と一幸さん。

 山田せんべいは、すりつぶしたゴマを米粉の生地にたっぷり混ぜ込む。蒸して乾燥させてから焼いたのと、半乾燥のまま焼かずに販売する2種類がある。江戸時代からこの地域の庶民も作っていた郷土食で、ほどよい甘さとゴマの香りが口の中に広がる。1950年ごろに商品化した祖母の幸さんが「元祖」と言われる。

 一幸さんは今、妻エミリタさん(41)と従業員3人の5人で工場を切り盛りする。月命日を控えた10日、「大きな夢ではないかもしれないが、これからも古里の味を守っていきたい」と語った。【鬼山親芳】

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