« 無法なキチガイ国家・韓国のエスカレートする「反日」、すでに末期症状・12 | トップページ | 天皇皇后両陛下、震災20年式典のため神戸ご訪問 »

2015年1月16日 (金)

宮城沖地震に関するニュース・1877,2015年1月16日

引き続き、2011年3月11日に発生した、東北関東大震災に関するニュース記事を伝達します。

今後も引き続き、随時追加します。

リンク:人口回復も復興には温度差…阪神大震災20年 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:屋根崩落の発電所でPCB検出=東電 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:手をつなぐ6434の明かり…震災追悼のつどい - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:兵庫入りの両陛下、災害医療センターを視察 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<福島原発集団訴訟>初の本人尋問 避難生活の苦しさ訴え - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:6434本のろうそくに思い=阪神大震災20年、追悼の集い―兵庫・伊丹 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<阪神大震災>鎮魂のろうそく…雪の地蔵89体に 西宮 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:原発避難者、初の本人尋問 - 速報:@niftyニュース.
リンク:復興住宅「孤独死」千人超す - 速報:@niftyニュース.
リンク:<阪神大震災>いまだ傷痕残り…17日に20年の節目 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:両陛下、震災20年式典のため神戸ご訪問 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:委員長「良い知識得られた」=島根原発を視察―規制委 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<皇室>両陛下 兵庫県災害医療センター訪問 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:試験栽培のコメ頬張り笑顔=放射能基準下回り試食会―東大 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<阪神大震災>菅官房長官「震災の経験と教訓しっかり継承」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:仮置き場「いつまで…」=市町村、対応に苦慮―中間貯蔵で福島 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:阪神大震災援護金返済免除へ…生活保護受給者ら - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:両陛下、災害医療センター視察=阪神大震災20年 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:3・11「震災の日」に=自民有志、法制化検討 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:「復興の鐘」校庭に響く 西宮・伊丹で追悼行事 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:「音楽、共に生きる力に」=指揮者佐渡裕さん、心の復興支援―阪神大震災20年 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<東通原発>東北電、断層評価書案に反論 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:両陛下、神戸にご到着 阪神大震災20年式典ご臨席で - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:阪神大震災から20年=生きる「教訓」、継承が課題 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<山元旧中浜小>学習施設校舎内整備は見送り - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:海底土砂から腕時計発見 山元・不明者捜索 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:両陛下、兵庫県へ出発=阪神大震災追悼式典出席へ - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:中間貯蔵施設、3月11日までに汚染土搬入開始 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:阪神大震災20年 菅長官「安心な社会の実現に全力」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:神戸市、花時計で「絆1・17」 - 速報:@niftyニュース.
リンク:環境相、廃棄物の月内搬入断念 - 速報:@niftyニュース.
リンク:菅長官、「目覚ましい復興」=阪神大震災20年 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:「出直せ!」原子力規制委員長代理を激怒させた規制庁の“お役所仕事” - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<天皇、皇后両陛下>大震災式典出席で神戸へ - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:汚染土搬入、3月11日までに=中間貯蔵開始を延期―望月環境相 - 速報:Yahoo!ニュース.

以下、参考のために同記事を引用

人口回復も復興には温度差…阪神大震災20年
読売新聞 1月16日(金)23時14分配信

 6434人が犠牲となった阪神大震災から、17日で丸20年となる。

 約25万棟が全半壊した被災地では、ハード面の復興はほぼ終わり、人口は被災前を上回ったものの、地場産業の落ち込みなどで人口が戻らない地域もあり、復興には温度差がある。17日には、各地で追悼行事があり、天皇、皇后両陛下が、10年ぶりに兵庫県の追悼式典に出席される。

 日本で震度が定義されてから初めて震度7を記録した直下型地震は、水道や電気といったライフラインにも大きな被害を与え、推定被害額は9・9兆円に上った。

 避難者は最大で31万6678人に達した。約4万8000戸の仮設住宅が建設され、約4万2000戸の災害復興公営住宅も供給された。仮設住宅は、震災5年を前に解消したが、復興公営住宅には現在、2万830世帯、3万5796人が入居。被災前に暮らしていた地域に戻れなかった人が、相当数いるとみられる。同住宅では、65歳以上の高齢者の割合が50%を超えており、今後の見守り活動が課題となる。


屋根崩落の発電所でPCB検出=東電
時事通信 1月16日(金)23時12分配信

 新潟県湯沢町の東京電力湯沢発電所(水力)で建屋の屋根が崩落した事故で、東電は16日、下流にある別の発電所につながる導水路の油膜から有害物質のポリ塩化ビフェニール(PCB)が検出されたと発表した。検出濃度は基準値以下の0.33ppmで、敷地外への流出は確認されていないという。
 東電は、10日に起きた屋根の崩落で建屋内の変圧器が損傷し、PCBを含む絶縁油が導水路に流れ出たとみて、原因を調査している。同社はPCBの流出を防ぐため、導水路内にオイルフェンスを増設するとともに、コンクリートの壁も設置する。 


手をつなぐ6434の明かり…震災追悼のつどい
読売新聞 1月16日(金)21時28分配信

Photo
ロウソクに火をともし、祈りをささげる人たち(16日午後5時58分、兵庫県伊丹市の昆陽池公園で)=泉祥平撮影

 兵庫県伊丹市の昆陽池(こやいけ)公園で16日夜、阪神大震災の犠牲者数と同じ6434本のろうそくを並べる追悼のつどいが行われた。

 地元のボランティア団体「ユー・アイ・アソシエーション」が1996年から毎年開催。ろうそくの明かりで形作るデザインは毎年異なり、今年は、犠牲者を象徴する大きなろうそくと子供、大人が手をつなぐ様子を描いた。

 同市立北中2年の女子生徒(14)は「20年前にこのろうそくの数だけの人が亡くなったと思うとつらい。犠牲者の分まで今の時間を大切にしないといけない」と話した。


兵庫入りの両陛下、災害医療センターを視察
読売新聞 1月16日(金)21時19分配信

Photo_10
兵庫県災害医療センターで、災害派遣医療チーム(DMAT)の活動について説明を受けられる天皇、皇后両陛下(16日午後、神戸市中央区で)=長沖真未撮影

 阪神大震災から20年の追悼式典に出席するため、兵庫県入りされた天皇、皇后両陛下は16日、同県災害医療センター(神戸市中央区)で、大地震を想定した訓練を視察された。

 同センターは大震災の教訓を踏まえ、2003年に設立。被災地や負傷者の情報を収集し、医療チーム派遣を調整する司令塔になる。

 両陛下は、他の医療施設と連絡を取りながら負傷者の転送先を決める作業や重傷患者の処置を見学。「このようなことは(他の被災地でも)何回かされているのですか」と質問された。

 救急部の甲斐聡一郎医師(32)が13年のフィリピン台風災害の被災地などに駆けつけたことを説明すると、陛下は「フィリピンはレイテ島ですか」「ハイチもひどい地震でした」などと応じ、「ご苦労さま。これからもよろしくね」とねぎらわれた。


<福島原発集団訴訟>初の本人尋問 避難生活の苦しさ訴え
毎日新聞 1月16日(金)21時8分配信

 ◇千葉地裁 7人が出廷

 東京電力福島第1原発事故の避難者らが国と東電に慰謝料などの損害賠償を求めた集団訴訟で16日、原告の本人尋問が千葉地裁(広谷章雄裁判長)で行われた。弁護団によると、各地の集団訴訟で初の本人尋問。7人が出廷し、避難生活の苦しさを訴えた。

 原告の60代男性は、福島県内で郵便局員として40年以上働き、4世代9人の家族で暮らしていた。千葉県に避難後、ハローワークに30回近く通ったが、仕事は見つからない。「気力もなく、部屋にいるだけ。(集落で)つきあっていた人たちにも会えず、悔しい」と話した。

 再び福島の別の町で暮らそうと考えることもあるが、除染作業が進んでいない状況では「娘や孫に『帰ろう』とは言えない」と述べた。避難生活の間に両親を亡くしたとも明かし、「知らない土地(千葉県)で亡くなってかわいそうです」。最後に裁判長に「(被災地の)現状と現場を見てください」と訴えた。

 福島県浪江町から避難した会社員の男性(41)は帰郷を断念し、ローンで購入した千葉県習志野市のマンションで暮らす。中学生になる子供が2人おり、放射能に汚染された我が家はとても子供を連れて帰れる場所ではなかった。法廷で「苦渋の決断だった」と振り返り、「古里を返してほしい」と話した。

 千葉地裁の原告は18世帯47人。避難による精神的苦痛を1人当たり月額50万円、故郷を失った苦痛を2000万円と換算している。請求額は計約21億円。

【松谷譲二】


6434本のろうそくに思い=阪神大震災20年、追悼の集い―兵庫・伊丹
時事通信 1月16日(金)21時1分配信

 阪神大震災の発生から20年を前に、犠牲者数と同じ6434本のろうそくをともす追悼の集いが16日夕、兵庫県伊丹市の昆陽池公園で開かれた。集まった約500人の参加者はろうそくに点火後、地震発生時刻から12時間前の午後5時46分に、全員で犠牲者へ黙とうをささげた。
 集会は同市のボランティア団体が主催。発生時刻までの一晩、明かりをともし続ける。一本一本に「震災があったことは決して忘れません」などとメッセージが記されたろうそくは、大人と子ども、ろうそくが手をつないだ形に配置された。 


<阪神大震災>鎮魂のろうそく…雪の地蔵89体に 西宮
毎日新聞 1月16日(金)20時18分配信

Photo_6
犠牲者の冥福を祈って作られた雪地蔵を見つめる親子=兵庫県西宮市の市立安井小で2015年1月16日午後5時49分、幾島健太郎撮影

 阪神大震災(1995年)の被災地、兵庫県西宮市の市立安井小学校のグラウンドで16日夜、児童や地域住民が雪で作った地蔵89体にろうそくがともされた。震災から20年を迎える被災地に、鎮魂の明かりが浮かび上がった。

 17日午前5時すぎからある慰霊祭を前に、試験点灯した。使った雪は、震災当時から地域と交流を続ける富山市のボランティアグループ「ヤングネットワークとやま」が届けた。雪地蔵は高さ約1メートル。同小の校区で震災により亡くなった人の数と同じだけの地蔵を制作した。

 試験点灯に参加した西宮市社家町の大学2年、原田奈津さん(20)は「祈りのともしびを消さず、震災の記憶をいつまでも伝えていかなければいけないと感じた」と話した。【大森治幸】


原発避難者、初の本人尋問
2015年1月16日(金)20時11分配信 共同通信

 東京電力福島第1原発事故の避難者が、国と東電に「原状回復」や慰謝料などを求めた集団訴訟の本人尋問が16日、千葉地裁(広谷章雄裁判長)であり、原告団代表の遠藤行雄さん(81)=東京都練馬区=は「安住の地を奪われ残念の一言だ」と述べた。同様の訴訟での本人尋問は全国初。遠藤さんら原告7人が出廷。

 本人尋問によると、遠藤さんは福島県富岡町に自宅があり、原発関連の仕事を辞めた後、2002年ごろから千葉県習志野市の建設会社で勤務。仕事の合間に自宅に戻る生活を送ってきた。原発事故で状況は一変。住民票を習志野市に移していたために東電から正式な賠償が受けられていない。


復興住宅「孤独死」千人超す
2015年1月16日(金)19時37分配信 共同通信

Photo_3
 阪神大震災から17日で20年。追悼行事の準備が進む神戸市中央区の東遊園地では、ボランティアらが竹灯籠を並べていた=16日午後

 阪神大震災の被災者が暮らす兵庫県内の災害復興公営住宅などで、誰にもみとられずに亡くなる「孤独死」がこの20年間で千人を超えていたことが16日、共同通信のまとめで分かった。入居者の高齢化率も県の調査開始以来、初めて5割を超えた。震災から17日で20年。街は復興し、記憶の風化が懸念される中、新たな課題を突き付けられている。

 16日には被災地で犠牲者を悼む行事が行われた。当日の17日は兵庫県内の各地で追悼の催しが開かれ、震災で得られた経験と教訓の継承を誓う。

 兵庫県警の検視結果を基にした集計によると、災害復興公営住宅での2000~14年の孤独死は計864人。


<阪神大震災>いまだ傷痕残り…17日に20年の節目
毎日新聞 1月16日(金)19時33分配信

Photo_7
家の明かりや街灯がともる神戸市長田区一体(手前)=2015年1月12日午後5時46分、本社ヘリから加古信志撮影

 6434人の命を奪った阪神大震災は17日、20年の節目を迎える。積み重ねた歳月は被災地を整った街並みに変えたが、家を失った被災者が住む災害復興住宅では高齢化や孤立化が進むなど、いまだ傷痕が残る。また、震災を知らない世代が被災地でも半数に迫り、あの日の教訓を受け継ぐ仕組みづくりも課題だ。20年を歩んだ阪神の被災地の姿が、東日本大震災など災害で傷ついた各地の被災地に「道」を指し示す。

 兵庫県内の災害復興住宅は、65歳以上の入居者の割合を示す高齢化率が、昨年11月末現在で50.2%と調査を開始した2001年以来、初めて過半数に達した。復興公営住宅での「孤独死」は、00年以来の総計で864人を数える。兵庫県や神戸市などが、都市再生機構(UR)や民間から被災者向けに借り上げた「借り上げ復興住宅」は、来年度から順次、20年の契約期限に伴う返還が始まり、対応が迫られている。

 大規模な火災で商店街や住宅街が炎に包まれ、甚大な被害を受けた神戸市長田区のJR新長田駅南地区(20。1ヘクタール)は、震災から2カ月後に決定された市街地再開発事業が今も続く。昨年10月末現在で37棟の再開発ビルが完成したが、空きテナントが目立つなど、街のにぎわいを十分に取り戻せずにいる。

 一方、当時活躍したボランティア団体は、東日本など各地で活動の輪を広げている。兵庫県内の自治体職員も延べ約17万8000人が東日本の被災地に派遣され、震災の教訓を生かしている。【阪神大震災取材班】


両陛下、震災20年式典のため神戸ご訪問
産経新聞 1月16日(金)19時29分配信

 天皇、皇后両陛下は16日、阪神大震災20年の追悼式典臨席のため特別機で神戸市へ入り、災害時の司令塔となる兵庫県災害医療センターを訪問された。震災後の兵庫ご訪問は、発生直後の平成7年1月31日のお見舞いをはじめ6度目。

 震災と同じ最大震度7を想定した患者搬送先調整などの訓練をご視察。同センターは震災時の反省から生まれた災害派遣医療チーム「DMAT」の養成機関でもあり、医師らから活動状況も聞かれた。岩手県花巻市から東京への患者搬送を行った医師など、23年の東日本大震災の発生直後の現場で活動した人が多く、天皇陛下は「大変でしたでしょう」「ご苦労さまでしたね」と語りかけられた。

 復興状況を説明した井戸敏三知事によると、陛下は神戸入り直後、震災時の知事だった貝原俊民さんが昨秋に交通事故で亡くなったことに触れて「残念でしたね」と話されたという。

 両陛下は17日に県公館での追悼式典に臨席し、防災学習に取り組む高校生らと懇談後、帰京される予定。


委員長「良い知識得られた」=島根原発を視察―規制委
時事通信 1月16日(金)19時2分配信

 原子力規制委員会の田中俊一委員長は16日、中国電力島根原発(松江市)を視察した。田中委員長は終了後、記者団に「今後、全体的に(原発の)新規制基準の適合性審査や工事認可などが進んでいくが、良い知識を得られた」と述べた。
 委員長らは改良型沸騰水型軽水炉(ABWR)を採用している3号機の原子炉格納容器内部を見学。再稼働の前提となる審査を進めている2号機では、重大事故の際に原子炉格納容器内の圧力を逃がす「フィルター付きベント」を確認した。 


<皇室>両陛下 兵庫県災害医療センター訪問
毎日新聞 1月16日(金)19時1分配信

Photo_4
災害派遣医療チーム(DMAT)の活動についての説明をお聞きになる天皇、皇后両陛下=神戸市中央区の兵庫県災害医療センターで2015年1月16日午後3時4分(代表撮影)

 天皇、皇后両陛下は16日、神戸市中央区の兵庫県災害医療センターを訪れ、井戸敏三知事から復興状況を聞いて活動状況を視察された。同センターは病院機能と情報指令センター機能を備えており、災害時に医療チームを派遣する「DMAT」の研修拠点にもなっている。

 両陛下は、震度6~7の大地震が兵庫県で発生したと想定した時の患者搬送や、治療の訓練などの説明を受けた。天皇陛下は、東日本大震災の現場で活動した医師に「どちらに入られたんですか」「大変でしたでしょう」などと話しかけた。

 視察終了後に記者会見した井戸知事によると、天皇陛下はこの日、神戸空港で知事のあいさつを受けた際、昨年11月に交通事故死した貝原俊民・前知事について「不慮の死は残念でしたね」などと悼んだという。【真鍋光之】


試験栽培のコメ頬張り笑顔=放射能基準下回り試食会―東大
時事通信 1月16日(金)18時24分配信

 東京大と同大生協は16日、東京電力福島第1原発事故の影響で全町避難中の福島県浪江町で試験栽培され、昨秋に収穫されたコメの試食会を本郷キャンパス(東京都文京区)で開いた。出席した浜田純一学長(64)らは炊きあがった白米を頬張り、「甘い」と顔をほころばせた。
 東大などによると、試食会に提供されたコメは、同県川俣町に避難した松本清人さん(75)の指導で作られた「コシヒカリ」と「天のつぶ」。東大などの支援で、セシウムが付着した表土を取り除き、汚染されていない土壌を搬入して栽培した。全袋検査でセシウムが1キロ当たり2ベクレル以下となり、基準値である同100ベクレルを下回った。
 松本さんは「非常に心配していたが、良いコメができたと思っている」と笑顔を見せた。浪江町まで約1時間かけて通いながら育てたという。同席した馬場有町長(66)も「一年一年が本当に大切。町が再生できるよう頑張っていきたい」と決意を述べた。 


<阪神大震災>菅官房長官「震災の経験と教訓しっかり継承」
毎日新聞 1月16日(金)18時2分配信

 菅義偉官房長官は16日の記者会見で、阪神大震災から20年を迎えることについて「阪神・淡路地域では20年間で目覚ましい復興が遂げられている」と指摘。「震災の経験と教訓をしっかり継承し、安心して暮らすことのできる社会の実現に全力で取り組んでいきたい」と述べた。


仮置き場「いつまで…」=市町村、対応に苦慮―中間貯蔵で福島
時事通信 1月16日(金)17時52分配信

 東京電力福島第1原発事故の汚染土を保管する中間貯蔵施設をめぐり、環境省は目標としてきた1月中の現地への搬入を断念、新たな目標時期を3月11日までと定めた。ただ、これは試験的な輸送の開始にすぎず、施設がいつ完成、稼働するかはいまだ見通せない。福島県内市町村は、汚染土の仮置き場の土地賃貸契約の期限切れが迫る中、「いつまで契約を延長すればよいのか分からない」などと対応に苦慮している。
 県内の仮置き場は、国が除染を実施する避難指示区域内に185カ所(昨年10月末現在)、それ以外の市町村では約760カ所(同9月末現在)。庭先などの現場保管は7万カ所を超える。仮置き場を設置する際、地権者や周辺住民に期間は3年間と説明しているケースが多く、場所によっては期限切れが迫っている。
 福島県南部の西郷村には3カ所の仮置き場があり、うち民間の牧草地を利用している1カ所は今年度中に期限が切れる。村は、搬出時期が見込めないため、単年度で契約を延長する方針だが、担当者は「いつまで延長に理解を得られるか、不安が大きい」と語る。一部が避難区域の川俣町は昨年11月、環境省からの仮置き場の延長要請を民有地を含め拒否。搬出時期の明示を求めている。
 新たな目標時期を定めたとはいえ、搬入先は中間貯蔵施設の予定地内に設ける一時的な保管場2万平方メートルにすぎない。汚染土すべてを運び終えるには数年間はかかると見込まれており、仮置き場の解消にはまだ時間がかかりそうだ。 


阪神大震災援護金返済免除へ…生活保護受給者ら
読売新聞 1月16日(金)17時44分配信

 阪神大震災の被災者に貸し付けられた国の災害援護資金について、内閣府は、生活保護受給者ら資力の乏しい借受人や連帯保証人の返済を免除する方針を決めた。

 生活再建の難しい被災者の救済が目的で、貸し付けの大半を占める兵庫県内の被災者についての資料を基に読売新聞が集計したところ、約2500人、計45億円が対象となる。内閣府は、毎月数千円程度の少額しか返せない借受人らの免除も検討している。

 震災では、発生翌月の1995年2月、返済期限を10年間(その後、3度で計11年間延長)として貸し付けが始まったが、未返済が多額なため、内閣府は、返済期限から10年過ぎても経済的に厳しい場合は返済を免除するとしている債権管理法の適用が可能と判断。当初の返済期限を基準とした場合、該当のケースが早ければ来月に出てくるため、内閣府は今月中にも運用基準を定める方針。73年に始まった災害援護資金制度への債権管理法適用は初めて。


両陛下、災害医療センター視察=阪神大震災20年
時事通信 1月16日(金)16時32分配信

 阪神・淡路大震災20年追悼式典出席のため兵庫県入りした天皇、皇后両陛下は16日午後、神戸市の県災害医療センターを視察された。
 同センターは震災の教訓を基に設立。平時には救命救急医療や災害派遣医療チーム(DMAT)の研修を担い、災害時には医療対応の司令塔として情報収集や患者の受け入れ調整を行っている。
 両陛下は、阪神大震災と同規模の地震を想定した訓練の様子を見学。天皇陛下は運ばれてきた患者の診療を実演した医師に「こういうのは実際にもう何回もやられましたか」と尋ねていた。DMATからは東日本大震災での活動の様子などを聞き、「ご苦労さまでしたね」とねぎらった。 


3・11「震災の日」に=自民有志、法制化検討
時事通信 1月16日(金)16時3分配信

 自民党の鈴木俊一衆院議員(岩手2区)ら有志議員は16日、毎年3月11日を「東日本大震災の日」と定める法案の要綱をまとめた。26日召集の通常国会に超党派の議員立法として提出し、成立を目指す。
 法案要綱は、2011年の東日本大震災を「わが国にとって未曽有の国難」と位置付けた上で、「大震災の教訓の伝承を図り、国民に広く災害対策についての関心と理解を深め、災害対策の推進に寄与することが目的」と明記している。
 政府は、関東大震災が発生した9月1日を「防災の日」に、阪神大震災の1月17日を「防災とボランティアの日」にそれぞれ指定し、毎年各地で関連行事を行っているが、いずれも閣議了解で決めた。法律で記念日に制定するのは、防災意識を高め、復興への決意を新たにする狙いがある。 


「復興の鐘」校庭に響く 西宮・伊丹で追悼行事
産経新聞 1月16日(金)15時16分配信

Photo_5
西宮市立高木小学校で「復興の鐘」を鳴らす児童代表=16日午前、兵庫県西宮市(写真:産経新聞)

 阪神大震災から20年となるのを前に16日、兵庫県西宮市と同県伊丹市でそれぞれ追悼行事が行われた。

 児童5人が犠牲となった西宮市の市立高木小学校では、児童らを追悼する全校集会が開かれた。校内にある「復興の鐘」が打ち鳴らされ、全校児童約1200人が黙祷(もくとう)をささげた。

 復興の鐘は、慰霊や児童に強く生きてほしいとの願いを込め、震災の半年後に設けられた。代表の児童2人が犠牲者の数に合わせて5回鳴らした。

 また、勤務中の署員1人が犠牲になった兵庫県警伊丹署は、阪急伊丹駅(同県伊丹市)前で追悼行事を行った。震災で同駅が倒壊。構内にあった同署阪急駅前交番内で勤務していた2人の署員が下敷きになり、辻恭孝警部補=当時(50)=が亡くなった。

 この日、同駅北側にあるモニュメント前で同署員らが黙祷。築添史一署長が「辻警部補の志を継承するよう努力することを誓います」と追悼の言葉を述べた後、献花した。


「音楽、共に生きる力に」=指揮者佐渡裕さん、心の復興支援―阪神大震災20年
時事通信 1月16日(金)15時1分配信

 阪神大震災から20年。世界的に活躍する指揮者の佐渡裕さん(53)は、復興の象徴として建てられた劇場の芸術監督として、「音楽で『心のビタミン』を届けたい」と公演を続けてきた。17日には、復興に携わってきた人々への感謝と犠牲者への祈りを込め、マーラーの交響曲「復活」を指揮する。
 1995年は指揮者として駆け出しの頃。震災当日は京都での演奏会後、拠点だったパリへ戻った。「何もできずに日本を去った」という罪の意識にさいなまれ続けた。
 転機は2002年。故貝原俊民兵庫県知事(当時)に、「心の復興を手伝ってほしい」と、震災10年目に開館する県立芸術文化センター(芸文、西宮市)の芸術監督就任を頼まれた。建設地は震災で甚大な被害を受けた地域で、住居や店舗を失った被災者も多かった。迷いはあったが、「貢献できる番がきた」と腹を決め、設計段階から企画に関わった。
 「劇場を訪れる特別感も、地元の劇場という気軽さも感じてほしい」と、若手音楽家だけで構成される管弦楽団や、500円で聴けるコンサートを定着させた。毎年自ら演出し上演するオペラは、昨年で10作品目を数えた。
 05年の開館から9年で、累計来場者数は450万人を突破。リピーターや親子連れが多く、「ここの観客は特別。『帰ってきた』と思える劇場」と目を細める。
 東日本大震災では、「音楽で人の命は救えない」と、無力感に打ちのめされた。芸文で指導する子どもたちを連れ、岩手県釜石市を訪ねたのは11年夏。一面に広がるがれきの山に声を失うメンバーを、同市の吹奏楽団が「上を向いて歩こう」で出迎えてくれた。津波で流されずに残った楽器と手拍子による演奏に、涙が止まらなかった。
 以降、毎年夏に東北の被災3県を訪れる。あすの暮らしも見通せない中、小さな会場に観客が詰めかけ、同じ音楽を聴き、歌い、泣く。「立場も年齢も違う人々が、その瞬間は祈りや悲しみを共有できる。音楽は一緒に今を生きる力になる」と確信する。
 東北の復興はこれからだ。「阪神の町と芸文がこれからも復興のモデルでいられるように」。17日も、万感の思いを胸にタクトを握る。 


<東通原発>東北電、断層評価書案に反論
河北新報 1月16日(金)14時50分配信

  東通原発(青森県東通村)の敷地内断層について、東北電力は15日、原子力規制委員会の有識者調査団が「活動性が否定できない」と判断した昨年12月の評価書案に対し、「データに基づく合理的判断がなされていない」と反論する意見書を規制委に提出した。

  意見書は、焦点の第4系(258万年前以降)で見られる地質変状の成因を「(粘土鉱物の風化と吸水による)体積膨張で説明可能」とあらためて強調。「活動性の十分な検討がなく細部の議論に終始し、一部の疑問で否定することは客観性に欠ける」と批判した。

  データ不足の指摘には、大規模な追加地質調査結果を挙げ「具体的に何が不足か示されていない」と主張した。

  主要断層のF-3とF-9、原子炉建屋に近い小断層f-1に関しても、レーダー探査や数値解析などを基に、活断層の定義である後期更新世(13万~12万年前)以降の活動性を否定した。

  都内で記者会見した東北電の安倍宣昭副社長は「科学的で合理性のある結論とするため、意見書の内容を十分に踏まえてほしい」と述べた。

  規制委は意見書を評価書に反映させるかどうか協議する。別の有識者を交えたピアレビュー(査読)会合も検討する。


両陛下、神戸にご到着 阪神大震災20年式典ご臨席で
産経新聞 1月16日(金)14時14分配信

 天皇、皇后両陛下は16日、阪神大震災から20年の追悼式典臨席のため、羽田発の特別機で神戸市に入られた。同日は兵庫県災害医療センターを訪ね、井戸敏三知事から復興状況を聞いたのち、震災を機に創設された災害派遣医療チーム(DMAT)の医師らから活動状況を聞かれる。17日は県公館での式典で供花後、防災学習に取り組む高校生らと懇談される。

 震災後の兵庫ご訪問は6度目。発生2週間後の平成7年1月31日には神戸市、西宮市、芦屋市、淡路島を日帰りで見舞われた。この際、皇后さまががれきに手向けられたスイセンは、復興に向けた人々の精神的シンボルの1つとなった。


阪神大震災から20年=生きる「教訓」、継承が課題
時事通信 1月16日(金)14時11分配信

 6434人の命を奪った1995年の阪神大震災から17日で20年。壊滅的な被害から手探りの復興を遂げ、美しくよみがえった被災地は今、東日本大震災の被災地をはじめ、世界に地震の教訓を発信する「防災・減災」の町となった。今後、記憶の風化や、復興地域の人口減少など、残る課題をどう継承していくかが問われることになる。
 地震発生時刻の17日午前5時46分には、各地で追悼行事が催され、遺族らが犠牲者への黙とうをささげる。兵庫県は天皇、皇后両陛下を招いた式典を県公館などで執り行う。
 住宅被害約64万棟、被害総額約10兆円に上る都市直下型地震。県は「創造的復興」を掲げ、10年間で総事業費約17兆円に及ぶ復興計画に取り組んだ。13地区で行われた大規模な区画整理事業が完了したのは2011年3月。ただ、被災前の地域に戻れない住民もおり、にぎわいを失った商店街もある。「心の復興」は千差万別だ。
 阪神大震災が国の防災対策や市民活動に与えた影響は大きい。犠牲者の大部分が建物による圧迫死で、倒壊家屋には耐震基準を満たさない古い木造住宅も多かった。国は建物の耐震強化を推進し、98年には家を失った被災者を救済する「被災者生活再建支援法」を制定。その後の自然災害で一定の役割を果たした。
 「ボランティア元年」と呼ばれた95年を機に、NPO法人などによる市民活動は、社会を支える基盤の一つに成長した。地震という負の経験により蓄積された技術や知識は、災害大国日本が自然の脅威に立ち向かう武器となっている。
 阪神大震災の被災地で、震災を体験していない住民は4割を超えた。記憶を次世代に引き継ぎ、災害の犠牲者を一人でも減らす。決意を新たに、被災地はこの日、静かな祈りに包まれる。 


<山元旧中浜小>学習施設校舎内整備は見送り
河北新報 1月16日(金)12時30分配信

  山元町震災伝承検討委員会(木村拓郎委員長)が15日、旧中浜小の保存と公開を求める提言書をまとめ、津波で損壊した校舎の遺構化への動きが前進した。防災・伝承拠点として、どこまで手を加えるかは、議論の最終段階で意見が割れていたが、学習施設の校舎内整備を見送るなど最小限にとどめることで落ち着いた。こうした「保存の在り方」は震災遺構の検討を進める他の被災地でも問われそうだ。

【写真特集】南三陸防災庁舎、旧女川交番――保存の在り方考える

  提言書では、震災時の状況などを伝える防災・学習施設は旧学校敷地内に新設するよう求めた。いったん検討された校舎内などの案は取りやめ、規模も縮小された。

  校舎は鉄筋2階。屋根裏部屋には震災時、90人が逃げて助かった。委員の一人は「内部まで手を加えては名ばかりの遺構になる」などと説明。維持管理費の増大に対する懸念も整備縮小の判断につながった。

  検討委は昨年3月に設立された。保存希望が7割を占めた住民アンケートを受け、委員11人は5月には保存方針で一致。校舎の内部公開の方向も10月には定まっていた。

  保存方法に関する意見の違いは12月の第4回会合で表面化。一部委員から過度な整備に対する異論が出され、結論が先送りされた。

  震災遺構をめぐっては、県の有識者会議が昨年12月、旧中浜小や南三陸町防災対策庁舎など9施設について保存の価値や意義を認めた。山元町の検討委員の本江正茂東北大災害科学国際研究所准教授は「(他の被災地でも今後)施設の劣化への対応や持続可能な運営など幅広い角度からの検討が必要だ」と指摘した。


海底土砂から腕時計発見 山元・不明者捜索
河北新報 1月16日(金)12時30分配信

Photo_2
重機で陸揚げした土砂から手作業で手掛かりを探す消防署員ら

  山元町などは15日、東日本大震災に伴う行方不明者の捜索を同町坂元の旧中浜小近くの海岸で行った。亘理署、亘理消防署の関係者ら約50人が参加し、海底の土砂から手掛かりを探した。

  捜索したのは津波で崩れた消波ブロックが残っていた場所。防潮堤復旧工事の着手に合わせ、ブロックを取り除いて実施した。復旧工事を担う業者が重機で土砂を陸に揚げ、参加者が遺留物がないかどうか確認した結果、骨片と男性用腕時計が見つかった。骨片は亘理署で鑑定し、腕時計は町が保管する。

  同町では震災で635人が犠牲になり、17人が行方不明のままで、家族らも捜索を見守った。常磐山元自動車学校でアルバイトをしていた長女真希さん=当時(27)=が見つかっていない亘理町の自営業大久保三夫さん(62)は「娘が帰ってこなければ心は晴れない。大掛かりな捜索はありがたい」と語った。

  町内で計画されている防潮堤は92%が完成し、今後は海岸での大規模捜索は難しくなるという。町危機管理室の佐藤兵吉室長は「不明者が一日も早く家族の元に帰れるようにしたい」と話した。


両陛下、兵庫県へ出発=阪神大震災追悼式典出席へ
時事通信 1月16日(金)12時0分配信

 天皇、皇后両陛下は16日、阪神・淡路大震災20年追悼式典出席のため、羽田空港発の特別機で兵庫県に向けて出発された。 


中間貯蔵施設、3月11日までに汚染土搬入開始
読売新聞 1月16日(金)12時0分配信

 東京電力福島第一原発事故に伴う除染で出た汚染土などを保管する中間貯蔵施設について、望月環境相は16日、閣議後の記者会見で、2月に着工し、東日本大震災から4年となる3月11日までに搬入を始める方針を明らかにした。

 福島県内7万か所以上で仮置きされている汚染土などの撤去が、ようやくスタートする。

 施設は、原発が立地する同県大熊、双葉両町の帰還困難区域計約1600ヘクタールに建設予定。最大約2500万立方メートル分の汚染土などを集中管理する。

 環境省は、用地取得の手続きが遅れていることなどから、当初目標としていた1月中の搬入開始は断念したが、用地取得前に地権者の了解が得られた土地約2ヘクタールを汚染土の「保管場」として整備し、先行搬入する。ただ、施設の完成時期は見通せず、仮置き状態が完全に解消されるには数年かかるという。

 施設の建設計画は2011年10月に公表されたが、地元側の反発を受けて交渉は難航。一方、仮置きされている汚染土を巡っては、周辺住民の健康不安につながるなど復興の足かせになっており、両町以外の自治体からは早期搬入を望む声が強まっていた。昨年8月、佐藤雄平知事(当時)が建設受け入れを表明した。


阪神大震災20年 菅長官「安心な社会の実現に全力」
産経新聞 1月16日(金)11時51分配信

 菅義偉官房長官は16日午前の記者会見で、平成7年の阪神大震災から17日で20年になることについて「震災の教訓を踏まえ、さまざまな分野で防災施設の充実が図られることになった。震災の経験と教訓をしっかりと継承して国民の生命、財産、生活を守り、安心して暮らすことができる社会の実現に全力で取り組む」と述べた。

 同時に「阪神、淡路地域では、この20年間で住民やボランティア団体、地元の地方公共団体が一体となって目覚ましい復興が遂げられている」とも語った。


神戸市、花時計で「絆1・17」
2015年1月16日(金)11時22分配信 共同通信

Photo
 阪神大震災から20年を前に、「絆 1・17」の図柄に植え替えられた神戸市役所北側にある花時計=16日午前、神戸市中央区

 阪神大震災から20年となるのを前に、神戸市は16日、市役所北側にある花時計の図柄を「絆 1・17」に植え替えた。震災時に、人と人とのつながりや地域の助け合いが役立ったことを表現している。

 花時計は直径約6メートル、高さ約2メートル。1957年に設置され、えとやてるてる坊主など、季節や行事ごとに文字盤の図柄を花でデザインしている。

 今回は、青いパンジー約700株と白のシロタエギク約2300株を使った。

 市の担当者は「神戸を訪れる多くの人に、花時計を見て震災に思いをはせてほしい」と話している。


環境相、廃棄物の月内搬入断念
2015年1月16日(金)11時20分配信 共同通信

 東京電力福島第1原発事故に伴う除染廃棄物を保管するため福島県内に建設する中間貯蔵施設をめぐり、望月義夫環境相は16日の閣議後会見で、政府が目標に掲げてきた1月中の搬入開始を断念すると発表した。東日本大震災から丸4年となる3月11日までの開始を目指す。

 施設の建設受け入れや用地確保をめぐり、政府と地元の交渉が難航したのが主な理由。

 環境省は昨年末、一部の地権者から土地使用の内諾を得て、廃棄物の一時保管場として使用するための工事入札を実施。施工業者が今月上旬までに決まったが、廃棄物の輸送方法などの調整がつかず断念した。


菅長官、「目覚ましい復興」=阪神大震災20年
時事通信 1月16日(金)11時19分配信

 菅義偉官房長官は16日午前の記者会見で、阪神大震災から17日で20年を迎えることについて、「震災で亡くなられた方々に心から哀悼の意を表したい。この20年の間に住民やボランティア、地方公共団体が一体となって目覚ましい復興が遂げられてきている」と語った。
 今後の防災対策については「震災の経験と教訓をしっかりと継承し、国民の生命、財産、生活を守り、安心して暮らすことのできる社会の実現に全力で取り組みたい」と強調した。 


「出直せ!」原子力規制委員長代理を激怒させた規制庁の“お役所仕事”
産経新聞 1月16日(金)11時5分配信

 原子力規制委員会の“要”として活躍している更田豊志委員長代理(57)が、原子力規制庁の職員に激怒した。定例会合という公開の場で、「出直した方がいい」とまで言明し、実際に会合はやり直しになった。なぜここまで更田氏は憤怒したのか。規制委や規制庁は発足から2年以上が経過し、昨年9月には5人の委員のうち2人が交代するなど組織に若干の変化が生まれている。透明性と独立性を旗印にスタートした規制組織が“原発の事故前の状態”に戻ろうとしているのだろうか。(原子力取材班)

 ■リストに職員の名前がない…

 “事件”があったのは昨年12月17日の規制委の定例会合。原発の廃炉に伴って出てくる放射性廃棄物の新しい規制基準の作成が議題に取り上げられた。

 規制委事務局の原子力規制庁の職員が、検討チームの立ち上げや検討期間など今後の議論の進め方を淡々と説明した。

 外部専門家9人で構成される検討チームについては、1年を目途に成果をとりまとめる方針を伝え、規制委の了承を求めた。一見して、職員の説明に何ら問題はないように見えたが、更田氏の表情は険しかった。

 更田氏がまず指摘したのは、検討期間の問題だ。

 「1年を目途にと、よく『目途に』と使われるが、守られたためしがない。だらだらと長い時間をかけることがないように」

 最初は穏やかな口調だったが、検討チームに外部専門家の名前しかなかったことに対し、叱責口調になった。

 「外の先生に決めていただくというのは役所の責任回避だ。二度とやってはいけない。こういう検討チームの案の出し方をされては困る。これでは私は了解できない」

 レジュメに職員の名前が書かれていないことに、そこまで怒るのか。

 更田氏のけんまくに場が凍り付く中、規制庁の池田克彦長官が「(職員の)異動があるということを考えてこうしたと思う。1年を目途というのも、規制委の資料に入れたのはおそらく初めてではないかと思うので、ぜひ意気込みを買ってほしい」ととりなした。

 しかし怒りの収まらない更田氏は「主役の名前が書かれていないリストを了解するつもりはない」とした上で、「これは出直してもらった方がいい」と提案し、翌週に議事をやり直すことになった。

 ■保安院時代への先祖返りか

 更田氏の怒りの根源は何か。それは、規制委、規制庁の前身となる、経済産業省の原子力安全・保安院時代に遡(さかのぼ)る。

 保安院でも、原発に関する基準づくりなどを行う際に、検討チームをつくっていた。外部の専門家を呼んで会合を持ったが、実態は保安院の職員が基準案を整え、チームの報告書案も職員がつくり、承認を頂くだけの専門家はお飾りに過ぎなかった。もちろん検討チームに職員が出て意見を述べることはなく、専門家を影で操っていた存在だった。

 東京電力福島第1原発事故では、保安院はまったく役に立たず、むしろ“原子力ムラ”の一員として、事故の責任を負うよう外部から指摘された。しかし誰も責任を取ることはなく、職員の大半は規制庁の職員として滑り込んだ形だ。

 更田氏はこの「保安院時代の復活」を恐れたのだ。

 規制委は政治や事業者からも独立し、すべての会合や議論を公開する透明性をウリにして発足した。先祖返りかと思える規制庁の職員の対応に、更田氏は我慢ならなかったのだろう。

 ■声を震わせながら…落ち着かない職員

 更田氏の「差し戻し命令」を受け、翌週に開かれた12月24日の定例会合。

 前週に叱責を受けた職員が再び姿をみせ、「一度説明を申し上げたが、ご指摘があり、改めて検討し直した」と切り出した。用意されたレジュメには、しっかりと原子力規制庁職員の名前が書かれていた。

 説明中、この職員は机の上に手を出したり引っ込めたりと落ち着かない様子で、時折、声を震わせながら説明を終えた。

 説明後、議論の口火を切ったのはやはり更田氏。眉間にしわを寄せながら、「役割と目的が明確になった。しかし、(基準をつくる)技術基盤課と、(実行する)規制部との連携を十分にとってほしい」とさらに要望した。

 廃棄物の規制基準作りを担う田中知委員は申し訳なさそうに、「委員から意見があったことを十分に承る」と発言し、職員をおもんばかった。

 それ以上何も発言はなく、田中俊一委員長は「本件はこれで了承したいと思う」と議論を早々に打ち切った。

 田中委員長は記者会見で、更田氏に代わってこう弁明している。

 「先祖返りするというリスクは常にわれわれ自身も意識をして、口酸っぱく言っている。廃棄物の基準づくりはちっとも前に進まなかった。やはり責任を持った人が責任を持った基準をつくらなければならないというのが1つの原因だ。そこの所に少し認識が甘いということで、もっと自覚や気概をもってやれというお怒りだったと思う」

 更田氏の真意は、規制庁の職員の心に届いているだろうか。


<天皇、皇后両陛下>大震災式典出席で神戸へ
毎日新聞 1月16日(金)10時53分配信

 天皇、皇后両陛下は16日午前、阪神大震災20年の追悼式典出席のため、特別機で神戸市へ向け羽田空港を出発される。

 両陛下は神戸空港に到着後、兵庫県災害医療センター(同市中央区)を訪れ、井戸敏三知事から復興状況を聞き、同センターの活動を視察。17日に県公館(同)である「1・17のつどい-阪神・淡路大震災20年追悼式典」に出席し、防災を学ぶ高校生らと懇談して帰京する。

 両陛下は震災直後の1995年1月に兵庫県を訪れて被災者を見舞った。2005年の震災10年の追悼式典にも出席している。【真鍋光之】


汚染土搬入、3月11日までに=中間貯蔵開始を延期―望月環境相
時事通信 1月16日(金)10時48分配信

 望月義夫環境相は16日、閣議後の記者会見で、東京電力福島第1原発事故の除染で出た汚染土などを保管する中間貯蔵施設について、目標としていた1月中の搬入開始を断念し、東日本大震災から5年目を迎える3月11日までに試験的な搬入を始める意向を表明した。 

« 無法なキチガイ国家・韓国のエスカレートする「反日」、すでに末期症状・12 | トップページ | 天皇皇后両陛下、震災20年式典のため神戸ご訪問 »

ニュース」カテゴリの記事

社会・事件」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/566606/60982623

この記事へのトラックバック一覧です: 宮城沖地震に関するニュース・1877,2015年1月16日:

« 無法なキチガイ国家・韓国のエスカレートする「反日」、すでに末期症状・12 | トップページ | 天皇皇后両陛下、震災20年式典のため神戸ご訪問 »

2017年8月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31