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2015年1月13日 (火)

宮城沖地震に関するニュース・1874,2015年1月13日

引き続き、2011年3月11日に発生した、東北関東大震災に関するニュース記事を伝達します。

今後も引き続き、随時追加します。

リンク:<川内原発>2県議の親族企業が工事受注…議会で再稼働賛成 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<津波犠牲>自動車学校に責任、遺族ら評価…仙台地裁判決 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:みなし仮設住宅を不正利用容疑 - 速報:@niftyニュース.
リンク:有識者会議が防災庁舎で報告書 - 速報:@niftyニュース.
リンク:関電、美浜2基廃炉で地元調整 - 速報:@niftyニュース.
リンク:地震減少「震災前に近づく」=「阪神」余震域周辺―気象庁 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:遺影抱え会見、教習所訴訟 - 速報:@niftyニュース.
リンク:川内原発、2県議親族企業が受注 - 速報:@niftyニュース.
リンク:「安全への姿勢、審査で」=関電社長と意見交換―規制委 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:震災被災、無料法律相談3年延長 - 速報:@niftyニュース.
リンク:「いい報告できる」「教訓に」=教習生遺族ら、津波訴訟勝訴―仙台 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:双葉町が受け入れ表明=3自治体足並みそろう―中間貯蔵 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:中間貯蔵、双葉町が受け入れ表明 - 速報:@niftyニュース.
リンク:原電、東電の廃炉支援へ - 速報:@niftyニュース.
リンク:<教習所津波訴訟>地裁「事態予期できた」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:子供514人の「生」知って…牧師の菅沢さんら記録を収集 阪神大震災20年 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:東電担当者ら新たに告訴=福島原発事故―市民団体 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:福島原発事故、再び刑事告発 - 速報:@niftyニュース.
リンク:<自動車学校津波判決>「襲来予測できた」遺族ら安堵 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<阪神大震災>笑顔の傘300本、17日に行進 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<阪神大震災>亡き妻の値段表で20年据え置き すし店 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<津波訴訟>自動車学校に19億円賠償命じる - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:東電社員ら9人を業務上過失致死傷罪で追加告訴 福島原発告訴団 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<津波訴訟>自動車学校に賠償命じる 仙台地裁 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:「安全配慮義務違反と死亡に因果関係」津波で26人死亡、自動車学校側に19億円賠償命令 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:津波26人犠牲は教習所に責任 - 速報:@niftyニュース.
リンク:津波で犠牲、自動車学校側に19億円支払い命令 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:津波犠牲、自動車学校に責任=19億円賠償命じる―教習生ら26人死亡・仙台地裁 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<自動車学校津波訴訟>遺族へ19億円賠償命令 仙台地裁 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<阪神大震災20年の教訓>行政主導 戻らぬ住民/(上)まちづくり/つながり再生を - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<阪神―東日本 重なる被災地>街の復興、対話を重視/計画変更 柔軟に対応 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:仏大使「心は被災地と共に」石巻、女川を視察 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:生後5カ月で被災の学生団体代表、復興とともに成長 教訓をつなげたい - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:阪神大震災を語り継ぐ!「最後の被災世代」新成人の決意 - 速報:Yahoo!ニュース.

以下、参考のために同記事を引用

<川内原発>2県議の親族企業が工事受注…議会で再稼働賛成
毎日新聞 1月13日(火)22時11分配信

 九州電力川内原発(鹿児島県薩摩川内市)の安全対策を審議し、再稼働に同意した県議会原子力安全対策等特別委員会(15人)に所属する県議2人の家族や親族が経営する会社が、東京電力福島第1原発事故後に川内原発の関連工事を受注していたことが分かった。両県議は相談役や顧問として会社から報酬を得ていた。受注件数は少なくとも計10件で、約1億7000万円分に上る。

 2人はいずれも自民党の外薗(ほかぞの)勝蔵県議(薩摩川内市区選出、当選4回)と小幡兼興県議(出水市区選出、同5回)。

 県に提出された工事経歴書などによると、外薗県議の息子やおいらが代表を務める二つの建設会社が、2011年5月から14年3月までに、仮駐車場の整備や海水ポンプエリアの防水対策工事など川内原発関連の工事を計6件受注していた。受注総額は7858万円で、1件が元請け、5件が下請けだった。所得等報告書によると、外薗県議は11年秋まで2社の相談役を務め、報酬を得ていた。

 小幡県議の親類の建設会社(薩摩川内市)は、12年1月から13年6月までに原子力規制委員会の規制基準に適合するための工事を含む川内原発関連の4件を受注。全て元請けで、総額は9627万円。小幡県議は顧問として報酬を得ていた。外薗県議の関係会社は原発関連以外でも、九電の事業に関する工事を受注していた。

 両県議が所属する県議会の特別委は昨年11月に賛成11、反対3で再稼働を求める陳情を採択した。両県議も賛成し、外薗県議は再稼働推進の立場から積極的に発言もしていた。

 鹿児島県議会には、県議が「県発注工事を受注する企業の役員に就任しない」という政治倫理要綱があるが、九電などの民間企業についての規定はない。だが鹿児島オンブズマンの続博治代表は「賛否が分かれる再稼働を公平に審議しなければならない立地自治体の県議の関連する会社が、工事を受注していたことは当然問題視されるべきだ。条例などで規制すべきだ」と指摘。取材に対し、外薗県議は「工事と議会の審議は全く関係ない」と反論した。【津島史人、杣谷健太】


<津波犠牲>自動車学校に責任、遺族ら評価…仙台地裁判決
毎日新聞 1月13日(火)22時3分配信

 東日本大震災の津波で犠牲になった常磐山元自動車学校(宮城県山元町)の教習生25人と従業員1人の遺族が学校側に損害賠償を求めた訴訟で、仙台地裁(高宮健二裁判長)は13日、学校周辺で消防車が避難を呼びかけていたとの法廷証言を重視し、「速やかに教習生らを避難させることは十分可能だった」と判断した。全員の遺族に請求額に近い総額約19億1400万円の支払いを命じる判決。記者会見で遺族らは「子どもたちも喜んでくれる」と評価した。

 判決で高宮裁判長は、津波高さ予想を最大6メートルとした当初の大津波警報時点では▽付近の防潮堤は高さ6.2メートルだった▽県の津波浸水予測の区域外だった--ことなどから、海から約750メートル離れた学校への津波襲来予測は困難だったと認定。しかし、「学校は消防による避難の呼び掛けを聞いたと推認でき、その時点で津波襲来を予測できた」と判断し、学校の安全配慮義務違反と結論付けた。

 犠牲になったのは、就職や進学を間近に控えた18~19歳(当時)の若者らだった。2011年3月11日の地震発生後、学校敷地内で約50分間待機した末、送迎車や徒歩で帰宅途中に津波にのまれた。

 判決後、遺族約30人は愛する息子や娘の遺影を手に仙台市内での記者会見に臨んだ。教習生遺族会代表の寺島浩文さん(52)=福島県新地町=は「(学校は)責任を認めて謝罪してほしい」と強調。「子どもたちの死を無駄にしたくない。企業や施設のトップは、危機管理意識を向上させてほしい」と訴えた。

 父親と同じ建築士の道を歩もうとしていた娘を失った作間正孝さん(59)=山元町=は「娘と一緒に仕事をするのが夢だった」と改めて悔しさをにじませた。

 アルバイト従業員の大久保真希さん(当時27歳)の父三夫さん(62)=宮城県亘理町=も別に記者会見し、「大きな災害の時は事業主は仕事をさせず、従業員の命を守る行動をしてほしい」と語った。

 学校側代理人の広瀬公慈弁護士は判決について「コメントしない」と述べた。【三浦研吾、近藤綾加】

 ◇解説…知り得た情報、吟味して

 教習生らが犠牲になった常磐山元自動車学校に損害賠償を命じた仙台地裁判決は、不特定多数が集まる場所の管理者に対し、災害発生時は知り得た情報を軽視せず、安全確保に最善を尽くすよう強く求めた司法判断といえる。東日本大震災を経験した今、企業などには一層の安全重視の姿勢が求められる。

 津波犠牲を巡る過去の判決と比較すると、原告が敗訴した七十七銀行女川支店訴訟(昨年2月)、山元町立東保育所訴訟(同3月)と同様、地震発生直後の津波到達の予見可能性は否定された。

 結論が異なった理由について、教習生遺族側の鶴見聡志弁護士は、犠牲者と同じ立場の複数の元教習生が「学校前の県道を消防車が通り、近くの坂元中学校に避難するよう呼びかけていた」と証言したことを挙げる。学校側にも聞こえていたはずだ、との事実認定が、津波襲来を具体的に予測できたとの判断につながった。

 一方で、津波避難マニュアルの不備や、震災直後の不十分な情報収集などについて学校の責任は認定されなかった。従業員遺族側の三橋要一郎弁護士は「消防の避難呼び掛けを聞けたかどうかが判断の境目となると、(法的責任の有無が)偶然性に委ねられることになる」と懸念を示す。【伊藤直孝】


みなし仮設住宅を不正利用容疑
2015年1月13日(火)21時43分配信 共同通信

 東日本大震災の被災者向けに宮城県が借り上げた「みなし仮設住宅」を、被災者を装った別人に使わせたとして、宮城県警は13日、詐欺などの疑いで福島市高野河原下、土木作業員横山良之容疑者(38)と、知人の宮城県石巻市鹿又天王前、建設業岩佐恒弘容疑者(48)を逮捕した。

 2人の逮捕容疑は、共謀して2013年9月10日から14年3月10日までの間、岩佐容疑者が、震災で自宅を失った横山容疑者に成り済まし、宮城県が借り上げた仙台市青葉区のアパートを不正に利用した疑い。


有識者会議が防災庁舎で報告書
2015年1月13日(火)20時36分配信 共同通信

 宮城県は13日、東日本大震災の猛威を伝える震災遺構の保存を検討していた県の有識者会議が、保存か解体かで意見が分かれている南三陸町の防災対策庁舎について「震災の象徴であり、とりわけ高い保存の価値がある」とする報告書を県に提出したと発表した。提出は8日付。

 防災対策庁舎をめぐり、県は最終結論を出すまでの猶予期間として、震災から20年後の2031年3月まで県有化し、事実上解体を見送る方向で検討中。村井嘉浩知事は今月中にも南三陸町を訪問し、庁舎の所有権を町から県に移す考えを伝えるとみられる。


関電、美浜2基廃炉で地元調整
2015年1月13日(火)20時7分配信 共同通信

 関西電力が、運転開始から40年以上経過した美浜原発1、2号機(福井県)を廃炉にする方針を固め、近く地元自治体と調整に入る見通しとなった。廃炉に伴う損失を複数年で分割計上できる会計制度の変更も踏まえ、2014年度内に正式決定するとみられる。

 老朽原発の運転延長には、新しい規制基準に合格するため膨大な対策費が必要。美浜の2基は比較的出力が小さく、経済性の面から廃炉の判断に傾いている。原発を減らす姿勢を示すことで、他の原発の再稼働に理解を得やすくなるという政府の思惑も背景にある。


地震減少「震災前に近づく」=「阪神」余震域周辺―気象庁
時事通信 1月13日(火)19時59分配信

 気象庁は13日、1995年の阪神大震災(兵庫県南部地震)後、20年間の余震と周辺で起きた地震のまとめを発表した。最も大きかったのは、2013年4月13日に淡路島北部の余震域南端に近い場所で発生したマグニチュード(M)6.3、最大震度6弱の地震で、負傷者が35人に上った。
 同庁の吉田康宏地震情報企画官は記者会見で、「地震活動は減少し、兵庫県南部地震の前のレベルに近づいてきている」と述べた。
 兵庫県南部地震は95年1月17日午前5時46分に淡路島北部を震源として発生。六甲・淡路島断層帯の一部が動き、M7.3、最大震度7だった。
 余震で最も大きかったのは、同7時38分に兵庫県と大阪府の境界付近で起きたM5.4、最大震度4。淡路島北部付近では08年4月17日にM4.1、最大震度4の余震、13年7月17日にM4.0、同3の余震が起きた。 


遺影抱え会見、教習所訴訟
2015年1月13日(火)18時54分配信 共同通信

 東日本大震災の津波で犠牲になった宮城県山元町の常磐山元自動車学校の教習生25人の遺族が13日午後、記者会見し、仙台地裁判決が教習所側に計約19億1千万円の損害賠償を命じたことを評価し「未来の防災対策の布石にしてほしい」と望みを口にした。

 弁護団と原告計約40人が遺影を手に記者会見に臨んだ。長男公紀さん=当時(18)=を亡くした佐野美智子さん(54)は3年以上に及ぶ訴訟を振り返り「つらくて長くて苦しい日々だった。未来の防災対策の布石になるように望んでいる」と涙を流した。


川内原発、2県議親族企業が受注
2015年1月13日(火)18時40分配信 共同通信

 九州電力川内原発(鹿児島県薩摩川内市)の安全対策などを調べる県議会の特別委員会に所属する自民党県議2人が、親族らが経営し川内原発の工事も受注している建設会社の相談役や顧問として報酬を受け取っていたことが13日、県や議員事務所への取材で分かった。

 2人は昨年11月、特別委員会と県議会本会議で川内原発の早期再稼働を求める陳情に賛成している。県によると、違法性はないが、市民からは「倫理上、許されるべきではない」との声も上がっている。

 2人は外薗勝蔵県議と小幡兼興県議で、原子力安全対策等特別委員会に所属。


「安全への姿勢、審査で」=関電社長と意見交換―規制委
時事通信 1月13日(火)18時16分配信

 原子力規制委員会は13日、臨時会合を開き、安全性向上への取り組みなどについて関西電力の八木誠社長と意見交換を行った。八木社長は「安全性とコストで迷えば、安全を取れと指導している」と強調した。田中俊一委員長は「新基準への審査はオープンで行っているが、これがまさに安全性向上への姿勢を見せる、問われる機会になっている」と述べ、積極的な対応を求めた。
 八木社長は、2004年に死者5人を出した福井県の美浜原発事故や、東京電力福島第1原発事故を教訓に、安全性向上への取り組みを強めてきたと説明。「過信をせず、自主的・継続的な安全性向上に努めていく」と述べた。 


震災被災、無料法律相談3年延長
2015年1月13日(火)18時12分配信 共同通信

 自民、公明両党は、東日本大震災の被災者が利用している日本司法支援センター(法テラス)の無料法律相談について、3月末の利用期限後も3年間延長する特例法改正案を今月召集の通常国会に提出する方針を固めた。与党幹部が13日、明らかにした。早期成立へ野党に協力を呼び掛ける。相談件数が増加傾向にあり、被災者のニーズに引き続き応えるのが狙いだ。

 議員立法の「日本司法支援センター業務特例法」は2012年4月、3年間の時限立法として施行された。法テラスによると、被災地の岩手、宮城、福島3県で、同法に基づく13年度の無料相談件数は12年度より増加した。


「いい報告できる」「教訓に」=教習生遺族ら、津波訴訟勝訴―仙台
時事通信 1月13日(火)18時12分配信

 東日本大震災の津波で犠牲になった常磐山元自動車学校(宮城県山元町)の教習生らの遺族は13日、同校の責任を認め19億円余りの賠償を命じた仙台地裁の判決後に記者会見し、「いい報告ができる」「今後の防災に生かしてほしい」と話した。
 教習生25人の遺族代表を務める福島県新地町の寺島浩文さん(52)は「子どもにいい報告ができる。学校は自らの責任を認め、謝罪してほしい」と述べた。さらに「子どもたちの死を無駄にしたくない。日本中の企業、施設のトップは危機管理意識の向上を図り、この犠牲を教訓として防災対策に生かして」と訴えた。
 長男の佐野公紀さん=当時(18)=を亡くした宮城県岩沼市の佐野美智子さん(54)は「つらい日々だったが、ようやくここまで来た。この判決が未来の災害に役立つことを望む」と声を詰まらせた。
 弁護団は「震災前の予見可能性や情報収集義務などは認められず不満は残るが、津波は不可抗力で仕方ないという議論がある中で、法的責任を認めた意義は大きい」と判決を評価した。


双葉町が受け入れ表明=3自治体足並みそろう―中間貯蔵
時事通信 1月13日(火)18時11分配信

 東京電力福島第1原発事故の除染で発生した汚染土を保管する中間貯蔵施設をめぐり、建設予定地がある福島県双葉町の伊沢史朗町長は13日、町として建設を受け入れる考えを正式に表明した。同県いわき市の仮役場で記者団に語った。
 昨年8月末に同県の佐藤雄平知事(当時)が受け入れを表明した際、双葉町は態度を明らかにしていなかった。もう一つの建設予定地の大熊町は昨年12月に容認する方針を示しており、これで関係3自治体の足並みがそろうことになる。 


中間貯蔵、双葉町が受け入れ表明
2015年1月13日(火)17時40分配信 共同通信

 東京電力福島第1原発事故の除染廃棄物を保管する中間貯蔵施設について、建設予定地の福島県双葉町の伊沢史朗町長は13日、「福島の復興、再生のため、建設の受け入れはやむを得ない」と述べ、施設の受け入れを正式に表明した。

 同日、福島県いわき市にある仮役場で開かれた町議会の全員協議会終了後、報道陣の質問に答えた。建設受け入れの方針を議会に伝え、了承を得た。

 今後、除染廃棄物の搬入に向け、国や県、地元自治体の間で結ぶ施設の安全協定について議論が進む見通し。

 中間貯蔵施設は第1原発周辺の大熊、双葉両町の約16平方キロに建設予定。


原電、東電の廃炉支援へ
2015年1月13日(火)15時35分配信 共同通信

 原発専業の日本原子力発電が、東京電力福島第1原発の廃炉を支援するため、技術者の派遣などに乗り出すことが13日、分かった。原電は商業用原発の廃炉第1号である東海原発(茨城県)の解体を進めている。東電は、原電から技術や経験の提供を受けて、福島第1原発の廃炉作業を加速させる考えだ。

 原電は支援策を検討するための部署を2014年末に設置した。廃炉作業の経験や専門技術を持つ社員を福島第1原発に派遣する。規模は数十人から百人程度になるとみられる。

 建屋内の放射線量が高く、難しい作業が予想される1~3号機の核燃料取り出しが支援の中心となる方向だ。


<教習所津波訴訟>地裁「事態予期できた」
河北新報 1月13日(火)15時5分配信

 ◎19億円賠償命じる判決

  東日本大震災の津波で常磐山元自動車学校(宮城県山元町)の教習生と事務職員計26人が死亡したのは、学校が安全配慮を怠ったためだとして、遺族が学校などに約19億6700万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、仙台地裁は13日、津波の到達を予測してより速やかな避難が可能だったとして学校の責任を認め、学校に約19億1300万円の支払いを命じた。

  震災の主な津波訴訟で、遺族側の請求が認められたのは、2013年9月の石巻市の日和幼稚園訴訟の仙台地裁判決(高裁で和解)以来、2例目。

  高宮健二裁判長は、公共交通機関が不通となり、教習生の帰宅が困難な状況では、教習終了後も学校は安全配慮義務を負っていたと指摘。

  「教官らは消防車が中学校への避難を呼び掛けるのを聞いたと推認され、学校付近に津波が襲来する事態を予期できた」と述べ、呼び掛けに従っていればもっと迅速に避難を始められたと判断した。

  経営者や学校長ら個人に対する賠償責任については、呼び掛けを聞いていなかったり、学校内の権限がなかったりしたとして、退けた。

  教習生25人の遺族は11年10月、事務職員1人の遺族は12年4月に提訴し、併せて審理された。

  判決によると、学校は11年3月11日の地震発生から約1時間後の午後3時40分ごろ、教習生を送迎バスなどに分乗させて帰宅させた。このうち4台に乗った教習生23人と徒歩で帰宅した2人が津波にのまれて死亡した。学校に残っていた事務職員1人も死亡した。

  判決後、教習生遺族会代表の寺島浩文さん(52)は「『25人の遺族全員が頑張ってきてここまでこられた』と子どもたちに報告したい」と話した。


子供514人の「生」知って…牧師の菅沢さんら記録を収集 阪神大震災20年
産経新聞 1月13日(火)15時4分配信

 阪神大震災で犠牲となった18歳以下の子供たちの生きた証しを残そうと、記録をとる活動を続ける男性がいる。西宮公同教会(兵庫県西宮市)の牧師、菅沢邦明さん(70)。犠牲になった子供のことを報じた新聞記事や手紙など集めた記録は514人にのぼる。「子供たちが生きていたことを知ってほしい」。震災から20年にあたる17日に市内の高松公園で開く「子ども追悼コンサート」で、参加者に514人のリストを配り、子供たちを悼む。

 「人が埋まっているから掘り出すのを手伝ってほしい」。平成7年1月17日、菅沢さんは教会の近くで知人の男性から呼び止められた。一軒家が全壊し、小学5年の男児が生き埋めになっていた。

 「息子を助けて」

 がれきの下から、同じく生き埋めになった母親の悲痛な声が聞こえた。人の力だけではがれきを取り除くことができず、近所の人が持ってきた重機を使って2人を引っ張り出した。

 母親は無事だった。だが、男児は息絶えていた。小さな体を抱き上げた菅沢さんに、男児の兄が「弟は?」と問いかけてきた。真実を告げることはできず、「大丈夫と思う」と言って、男児をそっと手渡すのが精いっぱいだった。

 当時、教会に隣接する幼稚園の園長も務めていたが、身近で子供の死に接したことはほとんどなかった。直後から、園児の安否の確認に奔走した。園児2人と卒園生1人、入園予定だった1人が震災で犠牲になったことを知った。

 「子供たちが、どこでどのように生きていたのかを記録に残さなければ」と強く思い、震災で亡くなった子供たちの情報を集めることを決めた。

 菅沢さんの呼びかけに、震災の約1週間後から教会でボランティア活動を手伝っていた刺繍(ししゅう)作家、岡理恵さん(56)=同県宝塚市=が呼応。岡さんが中心となり、8年5月ごろから記録集めを始めた。

 岡さんは図書館に通い、新聞に掲載された亡くなった子供たちの情報を書き留めたり、被災地の幼稚園や小中高校に手紙を出したりして、協力を求めた。「生きた事実を確認しよう」と、亡くなった子供を知る人に会い、聞き取り調査もした。

 4歳の娘を亡くした神戸市東灘区の母親から「娘が生きていたということを知ってくれている人がいるというだけでうれしい」と感謝されたこともあった。

 記録集めを始めて1年後には500人以上の記録が集まった。菅沢さんらは9年1月16日、神戸市内で子供たちの追悼コンサートを開催。名前や年齢などをまとめたリストを来場者に配布し、冥福を祈った。

 以来、毎年コンサートを開いている。来場者から新たな情報が寄せられることもあるという。

 17日のコンサートでは、幼稚園児らの合唱が行われるほか、514人のリストを配布して黙祷(もくとう)を行う。菅沢さんは「記録がある限り、子供たちが生きた事実は残り続ける」と話している。


東電担当者ら新たに告訴=福島原発事故―市民団体
時事通信 1月13日(火)13時1分配信

 東京電力福島第1原発事故をめぐり、想定を大きく超える津波の発生を予見していたのに対策を怠ったなどとして、福島県の市民団体のメンバーらが13日、業務上過失致死傷の疑いで、新たに東電や経済産業省旧原子力安全・保安院の当時の幹部ら計9人について東京地検に告訴状を提出した。
 告訴されたのは、東電で福島第1原発の津波対策の実務責任者だった3人と、保安院で原発の安全審査を担当していた当時の課長ら4人。旧原子力安全委員会と電気事業連合会の津波対策担当者2人についても氏名不詳のまま告訴した。
 告訴団の武藤類子さんは記者会見で「政府の事故調査委員会の調書が公開されるなど、新たな証拠が次々と出てきている。検察はきちんと調べて真実を明らかにしてほしい」と話した。


福島原発事故、再び刑事告発
2015年1月13日(火)12時52分配信 共同通信

 東京電力福島第1原発事故で、福島原発告訴団は13日、大津波を予測していたのに必要な対策を怠ったとして、業務上過失致死傷容疑で、森山善範元原子力安全・保安院原子力災害対策監や、東電の津波対策担当者ら9人についての告訴・告発状を東京地検に提出した。同容疑での刑事告発は2012年に続き2度目。

 告訴団は、森山氏らが福島第1原発で重大事故が発生するのを防ぐ注意義務を怠り、東日本大震災に伴う津波で放射性物質を排出させ、多数の住民を被ばくさせたり、周辺病院から避難した患者を死亡させたりした、と主張している。


<自動車学校津波判決>「襲来予測できた」遺族ら安堵
毎日新聞 1月13日(火)12時48分配信

 東日本大震災の津波で犠牲になった常磐山元自動車学校(宮城県山元町)の教習生と従業員の遺族が学校側に賠償を求めた訴訟で、仙台地裁は学校側の賠償責任を認めた。大学進学や就職を目前にして津波にのまれた25人の若者たち。「命最優先の判決を」と望んだ遺族らは、判決に安堵(あんど)の表情を浮かべた。【近藤綾加、三浦研吾】

 「主文。山元自動車学校は原告らに対し金員を支払え」。午前10時半、仙台地裁101号法廷。高宮健二裁判長が判決を読み上げると、原告席と傍聴席を埋めた遺族らは真剣な表情で聴き入り、ハンカチで目頭を押さえる遺族もいた。判決は「消防による避難呼び掛けで津波の襲来を予測できた」と指摘した。

 教習生遺族会代表、寺島浩文さん(52)=福島県新地町=は長男佳祐さん(当時19歳)を亡くした。判決後、取材に対し「ほっとしている。今日まで25人の遺族で頑張ってきて、勝訴できたことを子どもたちは喜んでいると思う。『ここまで来たよ』と報告したい」と語った。

 学校のアルバイト従業員で行方不明のままの大久保真希さん(当時27歳)の父三夫(みつお)さん(62)=宮城県亘理町=は判決を受け、真希さんの遺影を掲げて記者会見。全国の事業主に対し、「大きな災害の時は従業員の命を第一に考えて行動してほしい」と訴えた。代理人の三橋要一郎弁護士は「災害が発生したときは、企業はより安全の側に立って判断すべきだと警鐘を鳴らす判決だった。ただし判決では、避難の判断を消防広報を聞けたか聞けないかという偶然に委ねることになる点は不満がある」とコメントした。

 一方、被告側代理人の弁護士は判決後、記者団の問いかけに無言を貫いた。

 ◇「避難、上の指示待て」危機感薄く被害拡大

 学校はなぜ、教習生らを避難させなかったのか。訴訟では無事だった元教習生たちが次々に法廷に立ち、消防車が避難を呼び掛ける音声が聞こえていたことや、教官の指示で学校で待機したことなどを証言。津波への危機感が薄い学校側の姿勢が、被害拡大の背景にあったことが浮き彫りになっていた。

 「教習を続けるんですか」「避難しないんですか」。元教習生の男性は、近くにいた教官に矢継ぎ早に問いかけた。「大津波警報が発令されたので高台に避難してください」。巡回する消防車の呼び掛けが聞こえたからだ。教官の答えは「上の指示が出るまで待って」だった。

 別の元教習生の男性は教官から「寒いから乗ってろ」と言われ、敷地内の送迎車で余震をやり過ごしていた。送迎車内では、避難を呼び掛ける内容のラジオが流れていたとの証言もあった。

 一方で学校側の証人は、こうした避難呼び掛けを「聞いていない」と否定。結局、高台避難が検討されることはなく、教習中止が決定したのは地震発生から約50分後の午後3時半ごろだった。送迎車はそれぞれ、通常のルートで順次出発し、午後3時50分ごろ津波が町に到達した。

 送迎車の1台は、発車約5分後に津波に巻き込まれ、50~100メートル流されて横転した。割れた窓から外に出て水中に飛び込み、民家の屋根にたどり着いて一命を取りとめた男性は、法廷で「送迎車に乗ったので大丈夫と思っていた」と語った。同乗していた教習生の女性2人が死亡した。

 仙台平野南部の山元町では、津波が海岸線から最大約4キロまで達し、約600人が犠牲となった。

 教官の一人は証人尋問で、大津波警報の高さ予想が当初6メートルだったことについて「大丈夫だろうと判断した。(死亡した)校長もそう言っていた」と述べていた。【伊藤直孝】


<阪神大震災>笑顔の傘300本、17日に行進
毎日新聞 1月13日(火)12時30分配信

 阪神大震災(1995年)の6年後、神戸で撮影した子供らの笑顔をプリントした傘約300本を広げて行進するイベント「メリーイン神戸」が17日、大きな被害を受けた神戸市長田区の大正筋商店街などで開かれる。アートディレクターの水谷孝次さん(63)=東京都=が震災20年を機に企画した。成長した子供たちにも参加を呼び掛けている。

 水谷さんは2001年に神戸市で写真展を開催した際、子供たちが大きく口を開けて笑う写真などを撮影した。長田区の高校3年、近藤穂花(ほのか)さん(18)は当時の撮影に協力。母徳子(のりこ)さん(44)は震災で倒壊した自宅の下敷きになり、近所の住民らに救出された。母から「思いやりを持ちなさい」と育てられた近藤さんは「母が助けてもらえなかったら私もいなかった。人を助ける強い心は大事」と話し、10日にあったリハーサルを手伝った。

 水谷さんは「街の人が笑顔になり、元気に再出発してほしい」。問い合わせは、水谷事務所(03・3478・1931)。【久野洋】


<阪神大震災>亡き妻の値段表で20年据え置き すし店
毎日新聞 1月13日(火)12時15分配信

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灘寿司店主の上野数好さん(手前)は、阪神大震災で亡くなった妻の美智子さんが作った手書きの値段表を今もそのまま使っている。「字がうまいでしょ」とほほ笑んだ=神戸市東灘区で2015年1月8日、後藤由耶撮影

 阪神大震災で妻の美智子さん(当時47歳)を亡くした神戸市東灘区のすし店主、上野数好(かずよし)さん(71)はこの20年間、すしの値段を据え置いている。店の壁に張られた値段表は、美智子さんが生前に手書きした。「これだけは外したくないんや。ええ嫁さんやった」。大将として常連客と威勢良く話すが、セピア色に変色した画用紙に書かれた柔らかな文字を眺めると、美智子さんとの思い出が胸に去来する。

 東灘区にあった2階建ての自宅は震災で1階部分がつぶれた。上野さんと義母、子供2人は無事だったが、足が不自由で1階に寝ていた美智子さんが犠牲になった。

 自宅近くの岡本商店街に「灘寿司」を出店したのは1974年の6月16日。美智子さんの誕生日に合わせた。カウンターのみの小さな店だが、2人で店を持つのが夢だった。「頭の良い嫁さんで、お客さんとの会話もうまいんや」。夫婦で切り盛りする店には、笑いが絶えなかった。

 被害を免れた店は、震災から約2カ月後に再開した。震災の3年前、ペン習字を習っていた美智子さんが作った2枚の値段表は、そのままにした。「えび250」「いくら500」「特上巻ずし900」--。升目に沿って丁寧に書かれた53品目が並ぶ。

 カウンターに立つ間は気も紛れ、常連客との会話を楽しんだ。「お客さんの前では笑顔。でも、家に帰って夜に一人でいると、嫁さんのことを考えましたね。寂しいんですわ」

 20年間で水産市場も変動し、すしネタの多くは仕入れ値が上がった。「正直、もうけがないのもある。本当は値上げしたいんやで。でも、嫁さんが作ってくれたんを外したくない。やれるとこまではやりますよ」

 長男の好宏(よしひろ)さん(42)が97年、大手食品会社を退社して店に入った。「亡くなった母と店を継ぐ約束をしていたんです」と好宏さんは打ち明ける。

 「震災から長いようで短かったな。自分もようやく立ち直れた。でも、嫁さんのことは今でも大好きやで」。はにかみながら、上野さんは美智子さんの値段表をなでた。【久野洋】


<津波訴訟>自動車学校に19億円賠償命じる
河北新報 1月13日(火)12時10分配信

  東日本大震災の津波で常磐山元自動車学校(宮城県山元町)の教習生と事務職員計26人が死亡したのは、学校が安全配慮を怠ったためだとして、遺族が学校などに計約19億6700万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、仙台地裁は13日、学校に約19億1000万円の支払いを命じた。

  高宮健二裁判長は「教官らは学校前の道路を走る消防車が避難を呼び掛けていたのを聞いたと推認でき、学校付近にも津波が襲来すると予測できた」と学校側の責任を認めた。

  教習生25人の遺族は2011年10月、事務職員1人の遺族は12年4月に提訴し、併せて審理された。大震災の津波訴訟の中で最も多くの遺族が原告となっていた。

  学校側が教習生に対して安全を守る義務があったか、津波が学校に到達することは予測できたか、学校側に過失があるとすれば教習生の死亡と因果関係があるか―などが争点となった。


東電社員ら9人を業務上過失致死傷罪で追加告訴 福島原発告訴団
産経新聞 1月13日(火)11時47分配信

 東京電力福島第1原発事故をめぐり、東電旧経営陣の刑事処分を求めている福島原発告訴団(武藤類子団長)は13日、東電社員や原子力安全・保安院(廃止)の職員ら9人を業務上過失致死傷罪で東京地検に追加告訴した。

 告訴の対象は、福島原発の安全対策に実務レベルで携わっていた東電社員3人▽原子力安全・保安院職員4人▽原子力安全委員会職員(廃止)1人▽電気事業連合会の津波対策担当者1人-の計9人。

 告訴状によると、東電社員らは、地震に伴う津波による原発事故を防ぐ義務があったのに、必要な対策を行わず事故を招き、被曝(ひばく)などで周辺住民らを死傷させたとしている。

 原発事故の刑事処分をめぐっては、告訴団などが勝俣恒久元会長(74)ら東電旧経営陣ら42人を刑事告訴・告発。東京地検は平成25年9月、全員を不起訴とした。検察審査会(検審)は昨年7月、旧経営陣の過失を認定し、勝俣会長ら3人を起訴相当と議決。検審の議決を受け、地検が再捜査している。再捜査の最終期限は2月2日。


<津波訴訟>自動車学校に賠償命じる 仙台地裁
河北新報 1月13日(火)11時35分配信

  東日本大震災の津波で常磐山元自動車学校(宮城県山元町)の教習生と事務職員計26人が死亡したのは、学校が安全配慮を怠ったためだとして、遺族が学校などに計約19億6700万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、仙台地裁は13日、学校に約19億1000万円の支払いを命じた。

  高宮健二裁判長は「教官らは学校前の道路を走る消防車が避難を呼び掛けていたのを聞いたと推認でき、学校付近にも津波が襲来すると予測できた」と学校側の責任を認めた。


「安全配慮義務違反と死亡に因果関係」津波で26人死亡、自動車学校側に19億円賠償命令
産経新聞 1月13日(火)11時32分配信

 東日本大震災の津波で犠牲になった宮城県山元町の常磐山元自動車学校の教習生25人とアルバイトの女性=当時(27)=の遺族が学校側に約19億7千万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が13日、仙台地裁であり、高宮健二裁判長は学校側の責任を認め、計約19億1千万円の支払いを命じた。

 震災で津波犠牲者の遺族が学校側や勤め先など管理者を相手取った訴訟の1審判決は4件目で、損害賠償が認められたのは、園児5人が死亡した宮城県石巻市の日和幼稚園の訴訟に続き2件目。従業員に対する責任を認めたのは初めて。

 高宮裁判長は、消防車両が教習所の前を走り、避難を呼びかけていたことから、「(学校側は)教習所に津波が襲来する可能性を予見して、速やかに教習生らを避難させ、安全なルートを通って送迎先に送り届けるなどの義務があった」と指摘。「学校側の安全配慮義務違反と教習生らの死亡には相当な因果関係がある」と判断した。

 判決によると、平成23年3月11日午後2時46分の地震発生後、海岸から約750メートルの学校は授業再開を検討し、教習生を敷地内に待機させた。その後打ち切りを決め、午後3時40分ごろ、教習生が分乗した送迎車などを出発させたが、津波にのまれ、4台の23人が死亡した。発生時に路上教習で内陸側にいた2人は、海側の教習所に戻った後、徒歩で移動中に被災した。

 アルバイトの女性は後片付けを指示された後、教習所か周辺で津波に巻き込まれた。

 長男の寺島佳祐さん=当時(19)=を亡くした遺族代表の浩文さん(52)は判決後、「ほっとしている。まずは子供たちに『ここまでがんばってきたよ』と報告したい」と話した。

 学校側は「コメントは差し控える」と談話を出した。

 教習生25人の遺族が23年10月に提訴。24年4月には同校のアルバイト女性の遺族も訴えを起こし、一緒に審理されていた。


津波26人犠牲は教習所に責任
2015年1月13日(火)11時15分配信 共同通信

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 津波で壊滅的な被害を受けた「常磐山元自動車学校」の建物=2011年4月、宮城県山元町

 東日本大震災の津波で犠牲になった宮城県山元町の常磐山元自動車学校の教習生25人とアルバイト従業員の女性=当時(27)=の遺族が、教習所側に約19億7千万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で仙台地裁は13日、全員に対する教習所側の責任を認め、計約19億1千万円の賠償を命じた。遺族側の全面勝訴の内容。地裁は「教習所側が津波を予見し、教習生らを安全に送迎する安全配慮義務に違反した」と指摘した。教習生は当時18~19歳。

 震災で津波犠牲者の遺族が学校側や勤め先など管理者を相手取った訴訟の一審判決は4件目で、従業員に対する責任を認めたのは初めて。


津波で犠牲、自動車学校側に19億円支払い命令
読売新聞 1月13日(火)11時11分配信

 東日本大震災の津波で犠牲になった宮城県山元町の常磐山元自動車学校の教習生ら26人の遺族が学校側を相手取り、総額約19億7000万円の損害賠償を求めた訴訟で仙台地裁は13日、学校側の安全配慮義務違反を認め、学校に対し、原告全員に計約19億1000万円を支払うよう命じる判決を言い渡した。

 高宮健二裁判長は、避難の呼びかけを一部の教官らが聞いていたとし、「津波が襲来することを具体的に予期し得た」と述べた。

 原告側の代理人弁護士によると、東日本大震災の津波で多くの死者が出た施設を巡る訴訟で、管理者の法的責任を認めた判決は、園児4人の遺族が原告となった同県石巻市の日和幼稚園の訴訟に次ぎ2例目。

 訴えていたのは、当時18~19歳の教習生25人と、自動車学校の女性事務員(当時27歳)の遺族。

 訴状などによると、教習生23人は2011年3月11日の地震発生後、教官らの指示で学校に待機。約1時間後、送迎用のバス4台に分乗し、それぞれの自宅方面に向かったが、午後3時50分頃に学校周辺で津波に襲われた。別の教習生2人は教習中に地震が起き、教官の運転する車で学校に戻って徒歩で帰宅していた際、津波に遭った。女性事務員は学校に残っていた。

 原告側は、地震の揺れや消防などによる大津波警報発令の広報や報道で津波を予想できたと主張。「漫然と教習生を待機させるなどした」と学校側の安全配慮義務違反を訴えていた。これに対し、学校側は「教習は終わったり中断したりしており、学校は津波から教習生を避難させる立場ではなかった。女性事務員は、自らの判断で避難することができた」などとしていた。


津波犠牲、自動車学校に責任=19億円賠償命じる―教習生ら26人死亡・仙台地裁
時事通信 1月13日(火)10時49分配信

 東日本大震災の津波に巻き込まれ、常磐山元自動車学校(宮城県山元町)の教習生らが犠牲となったのは学校側が迅速な避難を怠ったためだとして、教習生25人とアルバイト従業員1人の遺族が学校などに計約19億7000万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が13日、仙台地裁であった。高宮健二裁判長は「津波襲来の可能性を予見して速やかに避難し、安全なルートで送り届ける義務があった」と述べ、同校に約19億1400万円の支払いを命じた。
 高宮裁判長は、県の津波浸水域予測が海岸から100メートル未満だったことなどを指摘し、「大津波警報の第一報の時点では、海岸から約750メートル離れた学校に津波の襲来を予見して情報収集すべき義務があったとは言えない」と述べた。
 しかし、地震発生の約10分後に消防の車が避難を呼び掛け始めた後は、「教官らの一部は呼び掛けを聞いたと推認できる」と判断。呼び掛けを軽視したり無視したりせず、速やかに判断していれば早く避難させることができたとして、「学校の安全配慮義務違反と教習生らの死亡に因果関係が認められる」と結論付けた。 


<自動車学校津波訴訟>遺族へ19億円賠償命令 仙台地裁
毎日新聞 1月13日(火)10時40分配信

 東日本大震災の津波で犠牲になった常磐山元自動車学校(宮城県山元町)の教習生25人と従業員1人の遺族が、学校側に総額約19億7000万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、仙台地裁は13日、教習生全員の遺族に対して計約18億5000万円(教習生1人当たり約4000万~8000万円)、従業員遺族に対して計約6400万円を支払うよう学校側に命じた。高宮健二裁判長は「学校は消防による避難の呼び掛けを聞いていたと推認でき、その時点で津波襲来を予測できた。広報を無視せず教習生らを避難させる義務を負っていた」として安全配慮義務違反を認めた。

 津波被害を巡って学校や勤務先など管理者の責任を問う訴訟は仙台、盛岡両地裁で少なくとも15件あり、1審判決は4件目。管理者側の賠償責任が認定されたのは、同県石巻市の私立日和幼稚園の送迎バスで園児が犠牲になった訴訟の仙台地裁判決(2013年9月=昨年12月に仙台高裁で和解成立)に続き2件目。

 判決などによると、11年3月11日の地震発生後、教習生は学校敷地内で約50分間待機。その後、送迎車が順次出発したが、うち4台が間もなく津波にのまれ、当時18~19歳の教習生23人が死亡、徒歩で帰宅途中の2人も死亡した。学校にいたアルバイト従業員、大久保真希さん(当時27歳)ら学校の従業員や幹部計11人も犠牲になった。教習生遺族は11年10月に提訴。現在も行方不明の大久保さんの遺族は12年4月に提訴し、審理が併合されていた。

 高宮裁判長は、津波高さ予想を最大6メートルとした当初の大津波警報時点では、▽付近の防潮堤は高さ6.2メートルだった▽県の津波浸水予測の区域外だった--ことなどから、海から約750メートル離れた学校への津波襲来予測は困難だったと認定。そのうえで、その後に学校前の道路を走る消防車が避難を呼び掛けていたことを重視し、「速やかに教習生らを避難させることは十分可能だった」と判断した。

 また、教習生は近隣在住とは限らず、JR常磐線など公共交通機関も不通になっていたことから、「高台への自力避難は期待できなかった」と指摘。「安全配慮義務違反と教習生らの死亡には因果関係がある」と結論付けた。【伊藤直孝】


<阪神大震災20年の教訓>行政主導 戻らぬ住民/(上)まちづくり/つながり再生を
河北新報 1月13日(火)10時10分配信

  6000人以上が犠牲になった阪神大震災から17日で20年となる。戦後の災害で東日本大震災に次ぐ打撃を受けた神戸市などの被災地は、手探りで復興に挑んできた。そこで得られた教訓や支援策は、東北にどう生かされているのか。阪神のまちづくりや地域産業、震災伝承の現状を追いつつ、東北再生の課題を探った。(報道部・坂井直人)

【阪神大震災から】母子手帳に亡き母を思う

 <失われた一体感>

  「ほんまにこれで良かったんか?」。神戸市長田区で自動車部品卸業を営む田中保三さん(74)は、生まれ変わった街並みへの違和感が今も拭えない。

  田中さんが事務所を置く御菅西地区は、建物の8割が焼失。市の土地区画整理事業で広い道路や公園が整備され、3階建て住宅やマンションが整然と並ぶ。木造長屋、町工場などが密集していたかつての面影はない。

  地区人口は震災前の85%の水準にとどまる。当初8割が地域内での再建を望んだが、残った世帯、事業者は3割に満たない。半分以上は他地域からの転入者が占めている。

  長屋からテレビの音が聞こえないだけで、近所の住民が様子を見に行くような土地柄だった。住宅密集が解消され地域の防災力は上がったものの、一体感は失われた。

  「復興したのは建物や道路ばかり。目に見えないものを失ったんとちゃうか」。田中さんが地域の変容ぶりを嘆いた。

  同様の区画整理事業は市内11地区で実施された。被災地でコミュニティーづくりを支援する神戸市のNPO法人「まち・コミュニケーション」(まち・コミ)によると、ほとんどの地区で人口が震災前の水準に戻ることはなかった。

 <建築制限が要因>

  人口流出の要因の一つが被災地での建築制限だった。地域の再開発に向け、行政が無秩序な再建に待ったを掛けた。借地、借家していた人を中心に郊外転出が相次ぎ、多くが避難先に定着した。

  行政主導の都市計画が決まったのは1995年3月。震災から2カ月しかたっていなかった。市は住民を交えた「まちづくり協議会」を設立したが、分散して避難している人々の関心は高まらない。協議会参加は10人程度にとどまった。

  「議論をせかされ、できたのは条件闘争ぐらい。行政は人が住めばいいのだろうが、誰のための復興だったのだろう」。地区の協議会会長を務めた田中さんが当時を振り返った。

 <移転希望少なく>

  東日本大震災の被災地でも住宅整備は最大の課題だ。計50地区の区画整理事業、342地区の集団移転が進むが、まち・コミの宮定章代表(39)は「阪神と同じ問題が起きている」と指摘する。

  まち・コミは現在、石巻市雄勝地区の再建に協力している。被災住民は離散し、高台移転の希望は少ない。復興事業後の世帯は中心部で震災前の1割、全体でも4割を切るとみられている。

  阪神の被災地は都市部とあって、ハードさえ整備すれば新住民の流入が期待できた。東北の沿岸部が同じような求心力を発揮するのは難しい。

  「現行の復興施策には既存コミュニティー再生の視点が欠けている。被災者が要望を出し合うなどして地域の魅力を高め、少しでも流出を防ぐしかない」と宮定代表。住民主体のまちづくりに活路を求めた。

 [阪神大震災]1995年1月17日午前5時46分、兵庫県淡路島北部を震源とするマグニチュード7.3の地震が発生。神戸市などで震度7を記録した。死者6434人、負傷者約4万4000人。住宅は約10万5000棟が全壊、約14万4000棟が半壊した。


<阪神―東日本 重なる被災地>街の復興、対話を重視/計画変更 柔軟に対応
河北新報 1月13日(火)10時10分配信

 ◎岩手・大槌町 都市整備課長青木利博さん(63)

  岩手県大槌町で3度目の新年を迎えた。町の都市整備課長として復興工事を統括する。「町の復興はまだ3割」。本格復興に弾みをつけたいと、思いを新たにする。

 <経験生かせる>

  阪神大震災の時は神戸市都市計画局の係長。地震や火災で壊滅的な被害に遭った市街地の土地区画整理事業に携わった。

  「津波による被害の大きさに当初は驚いた。でも、まちづくりの考え方は共通する」。建物倒壊や火災被害が目立った阪神と状況や規模は異なるが、経験は大槌でも生かせると考えた。

  神戸市は土地区画整理事業導入の際、施工区域、道路や公園の大枠の計画だけを決め、生活道路などの詳細は住民との話し合いで固める「2段階方式」を試みた。

  震災2カ月後に都市計画決定し、全ての事業が完了したのは16年後の2011年3月。平時より短期間で基盤整備を終えた。

 <提案から愛着>

  ゼロからのまちづくりとなる大槌。復興交付金や特例で迅速な対応が可能になったが「住民意見を踏まえて計画を決めないと前へ進めない」と言い切る。反発が強かった神戸での経験を基に合意形成を丁寧に進める。

  個別意向調査や地区別のまちづくり協議会、ワークショップや懇談会を頻繁に開く。住民提案があれば、その都度見直しを検討。12年9月の最初の都市計画決定後、計画変更は十数回にも上る。

  「全ての要望に応えることは不可能だが、自ら提案し納得してもらえれば、自分たちの街だという愛着が生まれる」と確信する。

 <次への備えを>

  新たな課題にも直面している。相続人不明などで難航する用地取得、資材高騰などによる入札不調、膨大な業務量に伴う職員不足…。

  「地籍を整えたり、住宅を再建する場所をどこにするか検討したり、今からでもできる。毎年入れ替わりで苦労する行政職員の継続的な支援体制の構築も急ぐべきだ」。二つの被災地での教訓を生かし、東海、東南海など予測される次の災害への備えを強調する。

  阪神大震災では友人夫婦が犠牲になった。その1カ月後、体調を崩した父が亡くなった。

  17日は神戸から分灯されて町役場近くに設置された「1.17希望の灯(あかり)」に手を合わせる。鎮魂と大槌の復興を神戸の記憶に重ねる。

 (釜石支局・玉応雅史)

 [あおき・としひろ]神戸市生まれ。大阪大大学院(土木工学)修了。12年3月、神戸市役所を定年退職。神戸すまいまちづくり公社を経て同5月に大槌町へ派遣。同10月、町任期付き職員。大阪府茨木市の自宅に家族を残し単身赴任。13年4月から現職。

  東日本大震災の被災地で、阪神大震災を体験した人たちが地域再生に尽力している。阪神の悲劇から17日で20年。まちづくりや支援の在り方など、復興に向けた課題は東北と共通する部分が少なくない。二つの被災地に思いを重ね、津波被害を受けた沿岸部で奔走する3人に話を聞いた。


仏大使「心は被災地と共に」石巻、女川を視察
河北新報 1月13日(火)10時10分配信

  駐日フランス大使のティエリー・ダナ氏が12日、東日本大震災の被災地視察のため石巻市と女川町を訪れた。津波の浸水現場などを見て回り、「厳しい状況の中、被災者が前を向いて懸命に生きている姿に感動した」などとエールを送った。

【写真特集】「いのちの石碑」を前に説明を受けるダナ駐日仏大使ら

  女川町では中心部を見下ろす町地域医療センターで、復興工事の進み具合を確認。案内した須田善明町長は震災の被災状況などを説明するとともに、週刊紙銃撃などフランスで発生した一連のテロ事件の犠牲者に対する哀悼の意を伝えた。

  ダナ氏は震災の教訓を伝えようと女川中の生徒たちが募金活動で資金を集めて校内に建てた「いのちの石碑」も見学。数カ国語で刻まれたメッセージからフランス語を見つけ、熱心に読んでいた。

  町内を視察後、ダナ氏は「津波の恐ろしさを思い知ったが、徐々に復興が進んでいることも分かった。フランス人の心は被災者と共にあり、これからも協力したい」と語った。

  13日は県庁を訪れ、村井嘉浩知事と会談する。


生後5カ月で被災の学生団体代表、復興とともに成長 教訓をつなげたい
産経新聞 1月13日(火)7時55分配信

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成人式の会場で新成人に感謝の言葉をフリップに書いてもらう迫田和仁さん(左)=12日午後、神戸市兵庫区(頼光和弘撮影)(写真:産経新聞)

 「阪神大震災からの復興とともに育ってきた。震災の教訓を少しでもつなげたい」。震災を語り継ぐ学生プロジェクトの代表を務める神戸市東灘区の神戸学院大2年、迫田和仁さん(20)は12日、神戸市の成人式に出席し、決意を新たにした。

 震災当時、迫田さんは生後5カ月だった。自宅が一部損壊の被害を受けたが、家族から詳しい話は聞いたことがなかった。「震災はどこかひとごとだった」が、小学生の頃、毎年1月17日に黙祷したり、震災を体験した人の話を聞いたことなどを覚えているという。

 震災を実感したのは高校2年の夏。迫田さんは平成23年8月、所属していた野球部のメンバーと、東日本大震災で大きな被害を受けた宮城県石巻市の避難所に、救援物資を届けるボランティア活動を行った。

 当初、被災者にどのように対応していいか戸惑っていたが、現地の被災者から相次いで「神戸から来てくれたんですか。ありがとう」などと笑顔で声をかけられた。迫田さんは「同じような経験をした被災地に住んでいるだけに、親近感を持ってもらっている」と思い、「神戸で震災が起こった年に生まれたからには、私たちが震災のことを伝えていくべきでは」と思ったという。

 「大人の一歩を踏み出すときに何かできることをしよう」。迫田さんは20歳になったのを機に昨年9月、友人らとともに「阪神淡路大震災20年プロジェクト」を立ち上げた。同プロジェクトでは、人と防災未来センター(神戸市中央区)で活動する震災の語り部をフェイスブックページなどの交流サイト(SNS)で紹介したり、クイズを交えて子供に防災の啓発をする活動などを計画している。

 迫田さんは活動の一環として、12日の成人式の会場で「神戸の街で立派に育った姿を感謝と一緒に希望として全国に伝えたい」と、訪れた新成人に感謝を表す言葉をフリップに書いてもらった。後日、そのフリップとともに撮った新成人の写真をSNSにアップする予定だ。

 「神戸の復興も、私たちも20年の節目。震災当時は生まれたばかりで何もできなかったが、大人になる今こそ行動を起こしたい」。迫田さんは力を込めた。


阪神大震災を語り継ぐ!「最後の被災世代」新成人の決意
スポーツ報知 1月13日(火)7時3分配信

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神戸市の成人式で震災の犠牲者に黙とうをささげる新成人たち

 6434人が亡くなった1995年1月17日の阪神・淡路大震災の発生から20年になるのを前にした12日、被害が大きかった兵庫県内各地で成人式が開かれ、震災前後に生まれた新成人が出席した。約9800人が出席した神戸市の式典で、代表スタッフとして運営に携わった新成人で、神戸市灘区の公務員・小川和昭さん(20)は「これからも震災について伝えていきたい」と、決意を新たにした。

 復興とともに育ち、成長した神戸っ子が、20年の重みを感じながら、未来への一歩を踏み出した。約9800人が集まったノエビアスタジアム神戸では、大型スクリーンに震災直後の街の様子が映し出された後、全員で黙とうをささげた。

 式典では、復興祈願の歌「しあわせ運べるように」を、作詞作曲した音楽教諭・臼井真さんの指揮で合唱。久本喜造神戸市長は「余震が続く中で皆さんは育ちました。神戸は市民が助け合い、励まし合って街をよみがえらせるDNAを持っている。自分と他人の力を信じて、力強く生きてください」と呼び掛けた。

 新成人を代表して式典であいさつしたスタッフの一人、小川さんは生まれて6か月で被災した。地震発生時は神戸市灘区の自宅で、母の良枝さん(53)と一緒に寝ていた。激しい揺れで目を覚ました良枝さんの目には、天井がゆがんで、ひし形に見えたという。「天井が落ちてくるんじゃないかと思って、こたつの中に僕を投げ入れたと母から聞かされました」。天井は崩れなかったが、記憶にはない被災経験に、大きくなってから身を震わせた。

 その後、小川さんは両親と避難所の小学校前に止めた自家用車の中で2~3日過ごしたという。「自宅は半壊でした。後に修復してまた住めるようになりましたけど」。被災経験を知ってからボランティア意識も高くなり、高校1年の春休み中だった2011年3月11日の東日本大震災発生時には、次期生徒会会長として生徒会メンバー18人と一緒に、翌日から募金活動を始めたという。

 小川さんは現在、社会人2年目。「震災から20年ということで、記憶が薄れつつあるのかなと思う」と“風化”を心配しながら「私たちは、震災を経験した『最後の世代』。震災のことを知らない次の世代にも伝えていきたい」と、大人になって迎える「1・17」を前に誓いを立てた。(斉野 民好)

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