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2015年1月12日 (月)

宮城沖地震に関するニュース・1873,2015年1月12日

引き続き、2011年3月11日に発生した、東北関東大震災に関するニュース記事を伝達します。

今後も引き続き、随時追加します。

リンク:<成人式>「大震災でこの日迎えられなかった若者に祈りを」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:放射能濃度50倍以上に=2号機海側の汚染地下水―福島第1 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<成人式>もう母の年齢超え…感謝の一日 阪神大震災の遺児 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:震災20年、神戸や西宮で成人式 - 速報:@niftyニュース.
リンク:阪神大震災「決して忘れない」=20年目の成人式―神戸 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<山元自動車学校津波訴訟>仙台地裁あす判決 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<震災3年10ヵ月>気仙沼で集中捜索 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:晴れ着姿で育ての母の墓へ…被災各地で成人式 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:阪神大震災遺児ら、愛する人へ変わらぬ思い手紙に - 速報:Yahoo!ニュース.

以下、参考のために同記事を引用

<成人式>「大震災でこの日迎えられなかった若者に祈りを」
毎日新聞 1月12日(月)23時32分配信

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晴れ着やスーツで式典に臨む新成人たち=札幌市中央区で2015年1月12日午後、石井諭撮影

 「成人の日」の12日、札幌市では昨年より763人多い1万9023人が大人の仲間入りをした。式典には1994年4月2日~95年4月1日生まれの新成人が集まり、色鮮やかな振り袖や羽織はかまなどで盛装した若者たちで会場は華やいだ雰囲気に包まれた。

 同市中央区のホテルであった「新成人のつどい」には同区の1014人が参加。三上和真さんと小野寺真実さんは新成人を代表して「開拓精神を受け継ぎ、21世紀の札幌を築きます」と誓った。

 式典でお祝いの歌を披露した米国出身の地元歌手、ウィリー・ゲイリーさんは「東日本大震災で犠牲になり、この日を迎えられなかった多くの若者に祈りをささげ、毎日を大切に生きてほしい」と舞台からはなむけの言葉を贈った。【久野華代】


放射能濃度50倍以上に=2号機海側の汚染地下水―福島第1
時事通信 1月12日(月)22時25分配信

 東京電力は12日、福島第1原発2号機海側の観測用井戸で採取した地下水の放射性物質濃度が、前回8日と比較して50倍以上に上昇したと発表した。原因は不明で、東電広報部は「13日に再度採取して濃度を調べる」と話している。
 東電によると、地下水の放射性物質濃度が上昇した井戸は、港湾から約55メートルの距離にある。12日に採取した地下水には1リットル当たり、セシウム134が140ベクレル、セシウム137が470ベクレル含まれていた。また、ストロンチウム90などのベータ線を出す放射性物質は1万5000ベクレル検出された。いずれも、この井戸における濃度の最高値を更新した。 


<成人式>もう母の年齢超え…感謝の一日 阪神大震災の遺児
毎日新聞 1月12日(月)20時49分配信

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震災で亡くなった母、森智美さんが残した振り袖を着て笑顔を見せる浦田楓香さん=神戸市灘区で2015年1月12日午前10時56分、貝塚太一撮影

 阪神大震災で母(当時19歳)を亡くした大阪芸術大短大2年、浦田楓香(ふうか)さん(20)=神戸市灘区=が12日、成人式を迎えた。当時、生後4カ月で震災の記憶はないが、神戸の街の復興とも重なる自身の歩みを、東日本大震災の被災地で伝えていきたいと考えている。

 震災で神戸市兵庫区のアパートが全壊し、母の森智美さんは、はりの下敷きになった。母は20歳の誕生日を8日後に控えていた。父も大けがをした。母方の祖母の浦田明美さん(66)が楓香さんを引き取って育てた。

 祖母には、楓香さんと母の姿が重なって見え、アルバムには七五三で同じ着物を着た二人の写真を並べた。

 高校を中退していた母は、祖父母とわだかまりがあった。20年前の成人の日、母は久しぶりに実家に姿を見せた。祖母が用意していた赤い振り袖は「母乳で汚れるかも」と言って着なかったという。

 祖母は、母親がいないと寂しいだろうと思い、自分が母親で、亡くなった母を「姉のともちゃん」と言って育てた。事実を伝えられたのは楓香さんが小学3年の時で、すぐに理解できなかった。母の写真を見ても「お母さん」と呼べなかった。

 思いが変わったのは、中学生の頃だった。母の母子手帳を見つけた。手書きで「風邪を引かせちゃってごめんね」「早く笑顔が見たいよ」とあった。「ちゃんとお母さんしてたんや」とうれしくなった。備考欄に名前の候補が七つ並び、「楓香」の横に小さな「〇」印。胸が熱くなった。

 2011年の東日本大震災以降、楓香さんは宮城県や岩手県を何度も訪れ、同じ境遇の遺児たちと遊び、話し相手になっている。やんちゃな子を見ると、昔の自分と重なる。

 子供たちには「記憶はないけれど、いろんな人に支えられて大きくなった」と話している。保護者から「ありがとう」と泣いて喜ばれることもあり、「私でも役に立てることがあることが分かった。母が残してくれた使命なんかな」と感じる。

 この日、楓香さんは、母が着ずに残した赤い振り袖に初めて袖を通した。アルバムには、20年前の母の写真の横に、自分の晴れ姿を並べるつもりだ。「もう結婚して子供を産んでたなんて、想像でけへん。ともちゃん、産んでくれて本当にありがとう」。赤ちゃんだった自分を抱く母の写真をかばんに入れ、神戸市兵庫区であった市主催の成人式に出席した。

 式典には、震災前後に生まれた世代約9800人が参加。復興する街の様子をスクリーンに映し出し、犠牲者らに黙とうした。新成人代表8人が「はたちの誓い」として「神戸の復興とともに成長してきた。これからも決して忘れません」と語った。【宮嶋梓帆、神足俊輔】


震災20年、神戸や西宮で成人式
2015年1月12日(月)18時26分配信 共同通信

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 神戸市の成人式で、大型スクリーンに映し出された阪神大震災関連の映像を見る新成人=12日午後、神戸市兵庫区のノエビアスタジアム神戸

 阪神大震災から20年になるのを前に、被害が大きかった神戸市や西宮市など兵庫県内各地で12日、成人式があった。震災前後に生まれた新成人が参列し、代表が「当時の記憶はないが、復興と共に成長してきた。震災を経験した最後の世代として思いをつないでいく」と教訓の継承を誓った。

 神戸市の会場には約9800人が集った。大型スクリーンに震災直後の町の様子が映し出された後、全員で黙とう。

 1126人が犠牲となった西宮市では、約3千人が参列。新成人を代表し、大学2年初田拓也さん(20)が「生かされているこの命の重みをかみしめる」と決意を新たにした。


阪神大震災「決して忘れない」=20年目の成人式―神戸
時事通信 1月12日(月)18時8分配信

 成人の日の12日、神戸市のノエビアスタジアム神戸で開かれた成人式では、振り袖やスーツに身を包んだ約9800人の新成人が門出を祝った。1995年1月17日に発生、同市などで6434人が犠牲となった阪神大震災から間もなく20年。震災の年度に生まれ、復興の歩みとともに成長してきた若者たちは、犠牲者に黙とうをささげ、「これからも決して阪神大震災を忘れない」と誓った。
 式の企画運営スタッフで神戸女学院大2年の田中麻友里さん(20)=神戸市西区=は、「今まで大人たちに守ってもらっていた分、周りの人を守らなければいけない立場になった」と実感する。震災時は生後4カ月。東京に出張していた父靖雄さん(57)は、丸一日かけて帰宅して初めて家族の無事を知り、「よかった」と麻友里さんを抱きしめたという。断水が続いたが、麻友里さんのためにと、近所の人が水を分けてくれた。
 震災の直接の記憶はないが、周囲からは「震災を経験した最後の世代」と特別視されてきた。成長し、あの日神戸で何が起きたのかを知るにつれ、「忘れてはいけない」という気持ちが強まった。高校生だった2011年には、東日本大震災の発生で改めて日常の尊さに感謝した。
 「せっかく神戸に生まれたんだから、みんなが何かを吸収できるような成人式に」。そんな思いから、震災後に生まれた合唱曲「しあわせ運べるように」の合唱や、1分間でできる防災訓練「シェイクアウト」、楽天の三木谷浩史会長兼社長ら神戸ゆかりの著名人のメッセージをプログラムに盛り込んだ。「成功したと思う」と笑顔を見せた。
 将来の夢はまだ模索中。誓いの言葉の最後に、今の思いを盛り込んだ。「私たちの未来はまだ始まったばかりで、可能性は無限大。あすの神戸、未来の日本を支え、世界をリードしていく」。20歳の視線はしっかり前を向いていた。
 東日本大震災のボランティアで東北にも行ったという神戸親和女子大2年の御藤那帆加さん(20)=神戸市西区=の夢は、両親と同じ教職の道を歩むこと。式に参加し、「大人になって、これからは私たちが地震のことを伝えていかなければと思う」と話した。 


<山元自動車学校津波訴訟>仙台地裁あす判決
河北新報 1月12日(月)15時0分配信

  東日本大震災の津波で、常磐山元自動車学校(宮城県山元町)の教習生と事務職員計26人が死亡したのは学校が安全配慮を怠ったためだとして、遺族が学校側に計約19億6700万円の損害賠償を求めた訴訟で、仙台地裁(高宮健二裁判長)は13日、判決を言い渡す。

  主な争点は表の通り。(1)学校側が教習生に対して安全を守る義務があったか(2)津波が学校に到達することは予測できたか(3)学校側に過失があるとすれば教習生の死亡と因果関係があるか-などが審理された。

  遺族側は、過去に山元町周辺で津波が内陸3~4キロまで及んだとの科学的知見があり、海岸から約750メートルの学校に津波が来るのは予測できたと指摘。震度6強の大地震を体感したのに、学校側は積極的に情報収集して避難させるなど教習生の安全を守る義務を果たさなかったと主張した。

  学校側は、地震発生後に教習は終了し、教習生は自由に学校を離れ、高台などに逃げられたとして、学校側に避難させる義務はないと反論。津波予想高は3メートルや6メートルと報道されたが、町の海岸に高さ6メートル以上の防潮堤があり、学校への到達は予測できないとした。

  訴えは教習生25人の遺族が2011年10月、事務職員1人の遺族が12年4月にそれぞれ起こし、併せて審理された。

  訴えによると、学校は11年3月11日の地震発生から約1時間後の午後3時45分ごろ、教習生を送迎バスなどに分乗させて帰宅させた。このうち4台に乗った教習生23人と徒歩で帰宅した2人が津波にのまれて死亡した。学校に残っていた事務職員1人も死亡した。


<震災3年10ヵ月>気仙沼で集中捜索
河北新報 1月12日(月)10時50分配信

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壊れた防潮堤付近を捜索する気仙沼署の署員たち=11日午前10時20分ごろ、気仙沼市波路上

  東日本大震災から3年10カ月となった11日、気仙沼署は気仙沼市波路上明戸地区の海岸で、震災による行方不明者の集中捜索をボランティアと合同で実施した。

  署員13人と一般社団法人「気仙沼復興協会」が受け入れたボランティアら70人が参加。黙とうの後、冷たい風を受けながら熊手で石や砂をかき分け手掛かりを捜した。約2時間半の捜索で人骨の可能性がある3~20センチの骨片16本が見つかった。

  ボランティアで参加した甲府市の会社員三井法男さん(59)は「復興はこれからが本番だと感じる。支援活動で生まれた被災地とのつながりを大切にしたい」と話した。

  気仙沼市内では226人の行方が分かっていない。気仙沼署の奥田祐次警備課長は「ボランティアの存在が心強い。ことしも月命日の捜索を続け、1人でも多く家族の元に帰したい」と語った。


晴れ着姿で育ての母の墓へ…被災各地で成人式
読売新聞 1月12日(月)9時6分配信

 東日本大震災から3年10か月となった11日、被災各地で成人式が行われた。

 新成人たちは、復興への誓いを新たにした。

 ◆宮城・石巻

 震災で育ての母らを失った宮城県石巻市の大学生佐々木智恵さん(20)は式の前、晴れ着姿で墓を訪れ、「育ててくれて、ありがとう」と感謝の気持ちを伝えた。

 実母の智子さんは、佐々木さんを出産した2日後に他界。智子さんの姉、大庭浩子さん(当時52歳)が母親代わりとなって育てた。

 高台にある高校で部活動中に震災に遭い、自宅に向かおうとした佐々木さんは、自宅周辺をのみ込む黒い濁流を目の当たりにした。自宅は全壊し、家族のうち浩子さんと祖母、いとこの計3人を亡くした。

 現在は仙台市内の大学に通い、看護師を目指して勉強中。墓前で手を合わせた佐々木さんは「おおらかに包み込んでくれた『母』のような人になりたい。成人した今から、支えてくれた多くの人へ恩返しをしていきたい」と語った。

 ◆岩手・大槌

 小中学生時に、大人になった自分に宛てて書いた手紙を受け取った新成人もいた。

 津波で甚大な被害を受けた岩手県大槌町。町立大槌中卒業生は、当時の担任教諭から手紙を受け取った。

 盛岡市の専門学校に通う多田祥子さん(20)の手紙には「一度決めたことはあきらめちゃだめだよ」と書かれていた。自宅は全壊し、家族は今も仮設住宅で暮らす。多田さんは「どんな人にも手を差し伸べられる社会福祉士になる夢を諦めずに頑張れそう」と話した。

 手紙を大事に保管してきた当時の担任の奥智志教諭(41)は「卒業アルバムなど思い出の品を流されてしまった子も多い。手紙が今後の人生に少しでも勇気や希望を与える存在になればうれしい」と門出を祝った。

 ◆福島・浪江

 東京電力福島第一原発事故で全町避難が続く福島県浪江町の成人式は、仮町役場がある同県二本松市で行われた。町出身で東京都世田谷区の専門学校生、小笠原菜々美さん(20)は、小学校卒業時に「家の2階からの景色は変わっていませんか?」と将来の自分への手紙に書いていた。「人がいない今の町は当時とは違うけど、将来、診療放射線技師になって浪江の力になりたい」と笑顔を見せた。


阪神大震災遺児ら、愛する人へ変わらぬ思い手紙に
産経新聞 1月12日(月)7時55分配信

 阪神大震災で肉親を亡くした遺児のケア施設「神戸レインボーハウス」(神戸市東灘区)で11日、追悼式「今は亡き愛する人を偲(しの)び話しあう会」が開かれた。震災からまもなく20年。遺児ら6人が、長い歳月を経てもあせることのない愛する人への思いを、手紙にしたため読み上げた。

 今回で20回目。遺児や家族ら計約120人が参加し、東日本大震災の被災者も初めて参加した。

 「お父さんにも抱っこしてほしかったな」。神戸市長田区で11歳で被災し、父、哲伸さん=当時(47)=を失った長田区の主婦、中山舞さん(31)は、昨年生まれたばかりの長女を抱いて遺影に語りかけた。新たな家族ができた喜びを伝え、「お父さんに会いたい」と涙ぐんだ。

 神戸市兵庫区で生後4カ月で母、森智美さん=同(19)=を亡くし、12日に成人式を迎える同市灘区の短大2年、浦田楓香(ふうか)さん(20)。震災後は祖父母に養女として引き取られ、今は亡くなった母の年齢を追い越した。「震災があり、たくさんの人と出会えた。その出会いを大切にしたい」と笑顔を見せた。

 兵庫県たつの市の介護施設職員、松本奈保子さん(31)も11歳のとき、西宮市で母、小林弘子さん=同(42)=を亡くした。結婚し3人の男児の母になったことを報告。「私もお母さんのような、優しくて明るい母親になれるように頑張る」と話した。

 宮城県石巻市の高校3年、千葉萌(もえ)さん(18)は母のあかねさん=同(35)=を津波で亡くした。東北でもケア施設が建設され、神戸の遺児女性らと交流。「つらいときにそばにいてくれた。大好き。神戸の震災のことも知りたいと思った」と話した。

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