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2015年1月 3日 (土)

宮城沖地震に関するニュース・1864,2015年1月3日

引き続き、2011年3月11日に発生した、東北関東大震災に関するニュース記事を伝達します。

今後も引き続き、随時追加します。

リンク:新成人が誓い「友の分まで前へ」…福島・双葉 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:全町避難の双葉町が成人式 - 速報:@niftyニュース.
リンク:全長3キロのベルトコンベヤーは「希望のかけ橋」 陸前高田市は「集約」転じて「つなぐ」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<成人式>葛尾村が原発事故避難先で4回目を開催 福島 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:老朽化進む仮設住宅 雨漏り、カビ発生で肺炎不安も…大震災の被災地に疲労色濃く - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:葛尾村、避難先の三春で成人式 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:石巻線、仙石線 15年に全線で運転再開 - 速報:Yahoo!ニュース.

以下、参考のために同記事を引用

新成人が誓い「友の分まで前へ」…福島・双葉
読売新聞 1月3日(土)21時38分配信

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双葉町の成人式に出席し、記念撮影に臨む新成人(3日午後、福島県いわき市で)=源幸正倫撮影

 東京電力福島第一原発事故で全町避難している福島県双葉町の成人式が3日、町の仮役場がある同県いわき市で行われた。

 新成人は友人との再会を喜び、将来に向けて飛躍を誓った。

 新成人85人のうち、79人(男性32人、女性47人)が出席。高校1年の時に起きた東日本大震災では同学年の男女2人が津波で犠牲となった。式では、2人が「友人と離れ離れになっても双葉を忘れることはなかった。亡くなった2人の友の分まで前に進みたい」と誓いの言葉を述べた。

 伊沢史朗町長は「ふるさとの復旧・復興を共に行い、目標に向かってまい進してほしい」と激励した。


全町避難の双葉町が成人式
2015年1月3日(土)17時53分配信 共同通信

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 式典前の記念撮影で談笑する福島県双葉町の新成人=3日午後、福島県いわき市

 東京電力福島第1原発事故で全町避難が続く福島県双葉町が3日、役場機能の移転先の同県いわき市で成人式を開き、新成人は「ふるさとのために少しでも貢献したい」と誓った。

 新成人は東日本大震災発生当時、高校1年だった年代で、86人のうち79人が出席した。代表して、ともに大学生の森田翔平さん(20)と作山麻花さん(19)が「津波で尊い命を亡くされた(同級生の)2人の分まで、成人としての自覚と町民としての誇りを忘れず前へ進みたい」と述べた。

 東京で声優の専門学校に通う福田一樹さん(20)は「ふるさとを盛り上げていきたい」と話した。


全長3キロのベルトコンベヤーは「希望のかけ橋」 陸前高田市は「集約」転じて「つなぐ」
産経新聞 1月3日(土)17時33分配信

 「コンパクトシティーという言葉はやめたほうがいい。誤解によるデメリットが大きくなっている」

 昨年10月に仙台市で開かれた「東北発コンパクトシティ推進研究会」のシンポジウムで、こんな問題が提起された。発言したのは、東北大大学院工学研究科の姥浦(うばうら)道生准教授だった。

 研究者の間では、コンパクトシティー構想とは、自治体の各地域に、それぞれ拠点となる集落を維持することを指す。姥浦准教授も「人や施設を(駅前など)1カ所に集めればいいという発想ではない」と指摘する。

 沿岸部の岩手県陸前高田市は、高台に広い土地が少ないためにネットワークづくりを生かしたまちづくりを目指す。主要な施設は高台に移転するが、1カ所に集積できる広さを持った高台はない。結果的に数カ所に分散することになり、コンパクトシティーからかじを切った。

 市役所や商店街が集まっていた高田南地区は津波の直撃を受けた。このため、この地区には商店のみを集中させる。住宅の高台移転は544戸の計画だが、最も大きい団地でも100戸程度。30団地に分かれており、うち20団地は10戸にも満たない。

 市は高田南地区から高台に向かって南北に延びる市道を2車線から6車線に拡幅するのをはじめ、高台を結ぶ道路計画を進める。BRT(バス高速輸送システム)や路線バスの補完となる、乗り合いタクシーの実証実験も繰り返している。電子カルテなどを使った医療や介護ネットワークの構築も急いでいる。

 平成22年の国勢調査では陸前高田市の人口は2万3千人。現在は約1万7千~1万8千人ともいわれ、人口減少に歯止めがかからない。高田南地区の復興工程は31年までかかる見通しだが、「5年後には変わっていると思いますよ」と市担当者は話す。

 全長3キロにわたるベルトコンベヤーが、かつては中心市街地だった更地の上を縦横無尽に走る。「希望のかけ橋」という愛称の巨大な人工物は、1日に10トントラック4千台分の土砂を運ぶ。工事が順調に進めば、6年後には、街並みが出現することになる。

 仮設住宅に住む佐々木実佐子さん(72)は、その光景を見つめながらつぶやいた。「新しいまちも間違いなく私のふるさと。完成するまで元気でいなくちゃね」(高木克聡)


<成人式>葛尾村が原発事故避難先で4回目を開催 福島
毎日新聞 1月3日(土)14時0分配信

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華やかな振り袖姿で、旧友と談笑する新成人ら=三春町大町で2015年1月2日、喜浦遊撮影

 原発事故による全村避難が続く福島県葛尾村の成人式が2日、避難先の三春町で開かれた。村の新成人20人のうち18人が出席し、保護者や恩師らが大人の仲間入りを祝った。

 避難先での成人式は今年で4回目。新成人は色鮮やかな振り袖やはかまなどに身を包み、久しぶりに再会した旧友との会話に花を咲かせていた。

 東京都内の美容専門学校に通う吉田江美さんは浪江高在学中に震災が発生し、一時、横浜市に避難。その後、福島に戻って同校を卒業したが、県外へのあこがれと美容師になりたいという夢を抱えて都内の専門学校に進んだ。3月の卒業後は横浜市の美容院に就職することが決まった。「実際に都会に出てみると親のありがたみなどがよく分かった」と話し、横浜で数年は頑張り、福島に戻りたいという。「いつか葛尾だけじゃなく福島の復興に役立てるような美容師になりたい」と笑顔をみせた。

 赤いはかま姿の南相馬市原町区の専門学校生、松本雄幸さんは4月から、市内で厨房(ちゅうぼう)機器を作る会社に就職する。葛尾村で小学校までを過ごし、その後、南相馬市小高区に引っ越した。原発事故で古里の村も小高区の自宅も避難区域に含まれたが「やっぱり福島に愛着がある。地元が一番いいっすね」とほほ笑んだ。

 友人や恩師らと談笑する新成人の姿に、松本允秀村長は「避難が続くが、古里を忘れず、復興に力を貸してほしいと思います」と目を細めた。【喜浦遊】


老朽化進む仮設住宅 雨漏り、カビ発生で肺炎不安も…大震災の被災地に疲労色濃く
産経新聞 1月3日(土)13時16分配信

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いまだ多くの人が仮設住宅での生活を余儀なくされている=6月、宮城県名取市(写真:産経新聞)

 東日本大震災から3年9カ月が過ぎたが、被災3県では11月末現在でいまだ約8万5千人がプレハブ仮設住宅で生活を送る。そもそも災害救助法では、仮設住宅の長期使用は「原則2年間」としか想定されていない。住宅の老朽化も進み、月日とともに増していく人々の疲労を感じた1年だった。

 海から湿った風が流れ、蒸し暑さが続いた今年の夏。狭く気密性が高い仮設住宅では、多くの人が室内にしつこく発生するカビに悩んでいた。宮城県気仙沼市の仮設住宅に住む50代の女性は、平成23年8月の入居直後から室内にカビが生え、掃除と布団干しを毎日欠かさなかったという。カビの悪臭で、1部屋に3つずつ脱臭剤を置いていたことも。しかし、同年の冬からせきが止まらなくなり、昨年肺炎と診断され、入院も経験。「カビの掃除で吸い込んでいたのでは」と不安そうに話す。今でもカビや結露、雨漏れに悩まされる日々が続く。

 肌寒さが増してきた今年の秋。福島県南相馬市の仮設住宅を訪ねると、住民の青砥(あおと)宗男さん(86)が玄関の壁に取り付けた木の板を指さした。「これ、自分で作ったんです」。板は、雨漏りやすきま風を防ぐためのもの。3年以上がたった仮設住宅は劣化が進み、住民自ら修繕などの工夫を施した住宅を多く見た。保温性に乏しい仮設住宅は「朝晩本当に寒い」と10月下旬にこたつを出し、やがて来る冬に身構える男性もいた。

 宮城県名取市の仮設住宅では、多くの高齢女性が津波の夢を見たり、将来への不安が襲ってきたりして、「いまだ睡眠薬を手放せない」と話していた。同県石巻市の女性(87)は4畳半一間に1人で暮らし、「家に1人でいるとおかしくなってしまいそう」と漏らす。仮設住宅の物理的な劣化と比例するように、住民の気苦労や不安、疲労も増大している。

 現在仮設住宅に住む多くの人は高齢で、自宅の自力再建は困難だ。建てたばかりの自宅が津波に流され、「もう住めない家のローンが3千万円ほど残って払い続けている」と打ち明けてくれた女性もいる。そのため多くは市町が整備する集合住宅か、戸建て住宅で賃貸の「災害公営住宅」に移ることになるが、完成したのは宮城県でも11月末時点で1割ほど。用地取得などの遅れから、何年先に入居できるのかがはっきりしていない場所もあり、被災者の不安をあおっている。

 「若く元気な人は抜けていき、高齢者や体調に問題を抱える人が凝縮する」。石巻市包括ケアセンターの長(ちょう)純一所長(48)に取材した際、これからの仮設住宅が迎える問題をこう表現したのが印象に残っている。自宅を再建できる経済力や働き続けられる体力を持つ若い世代が抜け、仮設住宅団地からも徐々に活気が失われている。仮設住宅に残った人々にとっては暮らしが長期化するほど、焦りばかりが募ってしまう。

 「ぜいたくは言わない。ここまでみんなに支えられて生きてこられただけでありがたい」。そう答え、決して十分とはいえない生活環境の中で、毎日を懸命に生きる被災地の人々の姿を見てきた。人々が1日も早く終のすみかへ移り、来年はより多くの人が新年を暖かな新居で迎えられるよう、復興がさらに進むことを願う。(安藤歩美)


葛尾村、避難先の三春で成人式
河北新報 1月3日(土)9時55分配信

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記念写真を撮る晴れ着姿の新成人=2日、福島県三春町

  東京電力福島第1原発事故で全村避難が続く福島県葛尾村の成人式が2日、県内の市町村のトップを切って、役場機能を移している同県三春町で開かれた。新成人20人のうち19人が出席し、社会人としての決意や復興への思いを新たにした。

  振り袖やはかま姿の新成人を前に、松本允秀村長が「村の復興に関心を持ち続け、何かを感じた時は古里のために行動を起こしてほしい」と激励。新成人代表の大学生松本隼也さん(20)が「避難生活の中でさまざまな経験をして、成長できた。支えてくれた方々に感謝の気持ちを持ち続けたい」と謝辞を述べた。

  新成人たちは、仲間を囲んで記念写真を撮るなど久々の再会を喜び、近況を報告し合った。

  三春町の仮設住宅に避難する専門学校生松本美鈴さん(19)はこの春、念願だった福島県警の警察官となる。「避難所に警察官の方が来てくれた時の安心感が忘れられない。そういった思いを感じてもらえるような警察官を目指したい」と決意を語った。


石巻線、仙石線 15年に全線で運転再開
河北新報 1月3日(土)9時55分配信

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6月までに運転を再開するJR仙石線陸前大塚-陸前小野間。昨年12月、レール締結を祝い、移設される東名駅(東松島市)で作業用車両が走った

  東日本大震災で大きな被害を受けたJR石巻線、仙石線が2015年、全線で運転を再開する。石巻線は休止している浦宿-女川間が3月21日に再開。小牛田-女川間(44.7キロ)がつながり、被災したJR在来線で最初の全線再開となる。仙石線はあおば通-石巻間(49.0キロ)が6月までに再開する予定で、東北線への乗り入れも始まる。震災から5年目に入ることし、沿岸部の鉄路再生が目に見える形になり、少しずつ前進する。

  石巻線の全線再開は、女川駅周辺の復興を宣言する「まちびらき」の3月21日に合わせた。同駅は震災前より内陸へ、約200メートル移される。

  石巻-女川間は、震災前と同じ上下計22本を運行する。最短で28分の所要時間となる見通しだ。

  JR東日本仙台支社は「被災路線の最初の全線再開で、復興を後押ししたい。再開後は利用状況の推移を見守り、今後のダイヤなどを考えたい」と説明する。

  仙石線は松木茂仙台支社長が14年7月、全線再開時期を「15年6月まで」と明言。被災した陸前大塚-陸前小野間(6.4キロ)は約500メートル内陸の高台に移設する。14年12月にレール締結式があり、再開までは試運転を行い安全装置の確認などを実施する。

  東北線に乗り入れ、仙台-石巻間を約1時間で結ぶ「仙石東北ライン」の運行も始める。仙石線松島海岸-高城町間と東北線塩釜-松島間で、両線が近接する区間に敷設された接続線約300メートルを利用し、2両編成で運転。震災前より約10分短縮される。仙台-石巻間は1時間に上下各2本程度と、震災前と同じ本数が確保される見通し。

  他の在来線では、路線を内陸に移す常磐線駒ケ嶺-浜吉田間で14年5月、移設復旧工事が本格的に始まった。地権者と話し合いがまとまり、基礎工事は9割完了した。

  同区間を含む運休中の相馬-浜吉田間は「着工から3年」の17年春の再開を見込む。仙台支社の担当者は「計画通りに進んでいる」と説明する。

  山田線で運休中の宮古-釜石間は14年12月、第三セクター三陸鉄道(宮古市)への移管に道筋が付いた。気仙沼線柳津-気仙沼間と、大船渡線気仙沼-盛間は、バス高速輸送システム(BRT)の代替運行が続く。

  震災と福島第1原発事故の影響で運休していた常磐線広野-竜田間が14年6月、運転を再開した。竜田-原ノ町間は15年2月をめどに代行バスの運行が始まるが、鉄路復旧の見通しは立っていない。

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