« 低気圧急発達 北海道「数年に一度の猛吹雪」18日にかけ厳重警戒 | トップページ | 宮城沖地震に関するニュース・1847,2014年12月17日 »

2014年12月16日 (火)

石原慎太郎氏が政界引退を正式表明

次世代の党の石原慎太郎最高顧問は16日、東京・内幸町の日本記者クラブで記者会見し、政界を引退することを正式表明した。「仲間の若い武士たちのために一緒に戦って討ち死にした。肉体的にひびが入り、国会議員の中で最高齢になった」と説明した。選挙を機に引退する意向だった石原氏は、自ら希望して、次世代の比例代表東京ブロック名簿の最下位に登載されていた。

石原氏は「歴史の十字路に何度か立ち、政治家としても物書きとしてもうれしい経験だった。悔いはない。晴れ晴れとした気持ちで政界を去れる」と、長年の政治生活を振り返った。
ただ、「心残りは憲法が一字も変わらなかったことだ」と述べ、在職中に憲法改正が実現できなかったことを残念とした。

今後は若手芸術家の育成などに携わる考えを示し、「言いたいことを言ってやりたいことをやって、人から憎まれて死にたい」と語った。

リンク:石原氏、政界引退を正式表明 「心残りは憲法」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:石原慎太郎氏の引退会見詳報 中国共産党独裁、壊滅させなければ - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:橋下氏に公示前日まで出馬働きかけた…石原氏 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:最後まで慎太郎節!政界引退会見で「橋下は若い時の田中角栄、ヒトラーだ」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:石原慎太郎氏 毒吐き“らしく”引退「人から憎まれて死にたい」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:石原慎太郎氏引退会見詳報(5完)「尖閣の中国公船、私なら追っ払う」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:石原慎太郎氏引退会見詳報(4)「中国の若者は共産党独裁の壊滅を」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:石原慎太郎氏引退会見詳報(3)「橋下徹は、若いときの田中角栄」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:石原慎太郎氏引退会見詳報(2)「『新党ヤマト』でいけばよかった」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:石原慎太郎氏引退会見詳報(1)「晴れ晴れとした気持ちで政界去れる」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:石原慎太郎氏が引退を正式表明 「人から憎まれて死にたい」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<石原慎太郎氏>自主憲法制定「関心低い」…引退を正式表明 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:石原慎太郎氏が引退表明=「悔いなし、晴れ晴れ」 - 速報:Yahoo!ニュース.

以下、参考のために同記事を引用

石原氏、政界引退を正式表明 「心残りは憲法」
産経新聞 12月17日(水)7時55分配信

Photo_3
政界引退を決め、記者会見に臨んだ石原慎太郎氏=16日午後、東京・内幸町の日本記者クラブ(三尾郁恵撮影)(写真:産経新聞)

 次世代の党の石原慎太郎最高顧問(82)は16日、東京・内幸町の日本記者クラブで記者会見し、衆院選で落選したことを受け、政界を引退することを正式表明した。

 石原氏は「歴史の十字路に何度か立ち、政治家としても物書きとしてもうれしい経験だった。晴れ晴れとした気持ちで政界を去れる」と、長年の政治生活を振り返った。

 ただ、「心残りは憲法が一字も変わらなかったことだ」と述べ、在職中に憲法改正が実現できなかったことを残念がった。

 盟友だった維新の党の橋下徹共同代表について問われると、首相になれる器だとの認識を示し、「彼は天才だ。国会で内閣を動かさなければ大阪は持ち上がってこない」と述べ、国政進出に期待感を示した。

 中国系メディアが日中関係や尖閣問題についてただす場面もあり、石原氏は「けんかをしかけているのは向こう(中国)だ。頭を冷やした方がいいよ」などとやり返した。

 会見の最後は「死ぬまでは言いたいことを言って、やりたいことをやる。人から憎まれて死にたいと思う」と、“慎太郎節”で締めくくった。


石原慎太郎氏の引退会見詳報 中国共産党独裁、壊滅させなければ
産経新聞 12月17日(水)7時55分配信

Photo_2
石原慎太郎氏の主な経歴(写真:産経新聞)

 ■言いたいこと言い、憎まれ死にたい

 ■「歴史の十字路」に身をさらした

 ▼冒頭発言

 大してニュースバリューもないこの私が、大がかりな記者会見を申し込んだ理由は、私も延べ50年以上政治に携わってきて、今度の衆院選でああいう(落選の)結果になって、引退を決心したからだ。

 かねがね私は衆院解散をきっかけに引退するつもりだった。私自身も肉体的にひびが入り、見回してみると国会議員の中の最高齢者になっていた。かつては奥野誠亮さんという尊敬すべき大先輩が、90歳を過ぎるまでかくしゃくとして国会議員を務められたが、とても私にはその自信も能力もないので、引退を声明しようと思った。

 振り返ってみると、参院の全国区から始まって、衆院議員を25年務め、思うところあって東京都知事に就任した。できるだけのことはやったつもりだ。どの国も物書きが政治に参画、コミットするのは例がないわけではない。

 今までのキャリアの中で、「歴史の十字路」に何度か自分の身をさらして立つことができたことは、政治家としても物書きとしてもありがたい、うれしい経験だった。

 それをもって、私が欣快(きんかい)として、わりと晴れ晴れとした気持ちで政界を去れるな、という気でいる。

                   ◇

 ■演説うまい「橋下首相」あり得る

 ▼質疑応答

 --選挙では石原氏も、次世代の党も討ち死にした

 「次世代の党という党名そのものに私は異議を唱えていた。説明しなくてはなかなか意思が伝わらないネーミングだった。政党の名前としてはどうも問題がある。いくつか他にも案があって、『新党富士』や『新党ヤマト』でいけばよかったと思う。(選挙戦に)時間がなかったこと、日本維新の会が分党したことも結果につながった」

 --自主憲法制定は

 「憲法は良い意味でも悪い意味でも、これだけ日本社会に定着してしまうと、国民の関心はあまり憲法にないという気がする。本当に憲法を変えなくてはいけないと考えている人は、残念ながら希少な存在でしかなくなった」

 「あの醜い前文ひとつを見ても、助詞の間違いがたくさんある。例えば『平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼し』。せめて『に』だけは国文学者を集めて、変えようじゃないかと、俺がアリの一穴となって憲法を変えることができるんじゃないかと(衆院予算委員会で安倍晋三首相に)いったら、安倍さんは残念ながら答えませんでしたな」

 --今日は田中角栄元首相の命日だが、宿敵の田中元首相と安倍首相に何を言い残すか

 「安倍さんには初志貫徹してもらいたい。角栄という人物は素晴らしかった。あんな面白い人はいない」

 --(石原氏が参加した自民党政策集団の)青嵐会をやっているころは河野洋平氏のような憲法改正反対派が自民党内にもいた

 「さあ。河野君というのはまったく例外的な人物で、私は大嫌いだ」

 --今回の選挙で民意は何を示したか

 「共産党の躍進だと思う。共産党への支持は、自分たちを囲んでいる社会的な現実に対する、漠として感じている現況への不満の社会心理学的なリアクションだ。これから日本を担っていく20、30代の人にあまり希望がない、自分の人生に対して大きな期待を持てない現象だ。その不満や不安がこの結果になった」

 --橋下徹(大阪市長)という政治家と出会った

 「彼は天才だ。私は絶対、(衆院選に)彼は出るべきだと思った。前日まで私は何度も電話をして口説いたが、出なかった。本当に残念だ。私は彼に『君は大阪の井戸の中にいて、なかなか大海が見えていない。一回井戸から出て、国会議員になって日本を全部眺めろよ』といったが、残念ながら忌避した」

 --橋下氏が首相になる可能性はあるか

 「あると思う。あんなに演説のうまい人をみたことがない」

 --忘れ得ない「歴史の十字路」は

 「(元首相の)佐藤栄作さんに随行してワシントンに行ったとき、日本の国会議員として初めて米国の戦略基地を訪れた。佐藤はすごい人だと思う。非核三原則を唱えながら、米大統領のジョンソンに『日本は核を持ちたい』といって断られている。それをあきらめた後、ニクソン(米大統領)と丁々発止やりながら、ドイツと一緒に核開発しようと持ちかけている。これだけの大きな二枚舌を使った政治家はいない」

 「私は米国の核の傘は全く信用できないということを暴いた。そのおかげで核保有論者にされたが、あの体験は日本に覚醒をもたらしたし、自分にとっても歴史的な十字路に立ったポイントだと思っている」

 --中国が嫌いか

 「嫌いだ。共産主義を好きな人はいない。共産中国は嫌いだ。(中国は)チベットをなくした」

 --日中関係はこれからどうすればいいか

 「(中国人は)もうちょっと頭を冷やして、共産党の独裁というのを壊滅させる。それが、幸せなことではないか」

 --中国の若者にメッセージを

 「自分の人生を自由闊達(かったつ)に開いていくために、共産党の独裁というのを壊滅させなければだめだ」

 --尖閣諸島(沖縄県石垣市)での日本と中国の衝突で、自分が首相ならどう対応していたか

 「私が首相なら(中国船を)追っ払う。けんかを仕掛けているのは向こう(中国)だ。頭を冷やした方がいいよ、シナの人は」

 --引退後は何をするか 「若い内外の芸術家を育てたい。アラブや東南アジアなどの若い芸術家に日本に来てもらい刺激を受けて、新しい芸術を世界のために展開してもらいたい。来年もまだ生きてて元気だったら、ヨットのレースの試合をしたい」

 --今の心境は

 「いつ死ぬか知らないが間もなく死ぬのだろう。死ぬまでは言いたいことを言い、やりたいことをやる。人から憎まれて死にたい」


橋下氏に公示前日まで出馬働きかけた…石原氏
読売新聞 12月17日(水)7時23分配信

Photo
引退会見で笑顔を見せる石原氏(16日、東京都千代田区で)=沼田光太郎撮影

 次世代の党の石原慎太郎最高顧問(82)は16日、東京都内の日本記者クラブで記者会見し、「歴史の十字路に何度か立てたのは、代え難い経験だった。晴れ晴れとした気持ちで政界を去れる」と述べ、政界引退を正式に表明した。

 衆院選では比例東京ブロックの同党名簿登載順位最下位の9位で落選。選挙中は党候補の応援に回った。石原氏は「仲間に対する義理だけは最低限果たせた」と胸を張った。

 旧日本維新の会でともに共同代表を務めた橋下徹氏(維新の党共同代表)については「彼は天才だ。絶対に(衆院選に)出るべきだと(公示)前日まで電話して言い続けた」と衆院選出馬を働きかけていたことを明らかにした。

 今後の活動については「言いたいことを言って、やりたいことをやって、人に憎まれて死にたい」と語った。

 石原氏は1968年参院選で初当選して政界入り。72年に衆院にくら替えして運輸相などを歴任した。99年には東京都知事となり、4期目途中の2012年の衆院選に旧日本維新の会から出馬して当選。参院議員を1期、衆院議員を9期務めた。


最後まで慎太郎節!政界引退会見で「橋下は若い時の田中角栄、ヒトラーだ」
スポーツ報知 12月17日(水)7時4分配信

Photo_5
「キャリアの中で歴史の十字路に何度か立つことができた」と振り返った石原慎太郎氏

 衆院選比例東京ブロックで落選した次世代の党・石原慎太郎最高顧問(82)が16日、東京都千代田区の日本記者クラブで会見し、政界引退を正式表明した。1968年の参院初当選から46年にわたる政治家人生に終止符を打った心境を「死ぬまで言いたいこと言って、人から憎まれて死にたい」と吐露するなど、最後まで“慎太郎節”を炸裂(さくれつ)させた。

 足元を気にしながら、ヨロヨロと登壇する姿が引退の真実を物語っていた。冒頭、慎太郎氏は「50年以上も政治に携わって参りました(実際には初当選から46年)が、今度の選挙でああいう結果になって引退の決心を致しました」と思いを語った。

 最高顧問として率いる次世代の党が19議席から2議席に減らす大惨敗を喫した衆院選から2日。自らも立候補したが、比例最下位での出馬は事実上の引退宣言だった。「仲間に対する最低限の義理は果たせました。落選という形で討ち死にするのも一つの宿命」と殊勝に語りつつ、敗因を問われると「党名が浸透しなかった。『新党富士』とか『新党ヤマト』が良かったけど、富士はリンゴがあって、ヤマトは『宇宙戦艦ヤマト』で重複するとかで」と笑った。

 1968年に参院議員として政界入りして46年。歯に衣着せぬ物言いで物議を醸し続けてきたが、やはり最後まで慎太郎節を炸裂。中国メディアから「中国嫌いですか?」と問われると「嫌い!」と即答し「共産中国、好きな人はいない。あんたがたがチベットなくしたんだ!」とカミついた。

 一方、分党前に共闘した維新の党・橋下徹共同代表については「彼は天才。あんなに演説がうまい人はいない。若い時の田中角栄、若い時のヒトラーだね」とビミョーな表現で絶賛。そして「(今選挙は)出るべきだった。前日まで電話して口説いたけど『風呂敷を広げすぎたので畳みます』と言うから『君は大阪という井戸を出て国会から日本という大海を見ろよ』と言った」と舞台裏を明かした。

 別れ際に「間もなく死ぬんでしょうけど、死ぬまで言いたいこと言って、やりたいことやって、人から憎まれて死にたい」と言い残した82歳。今後について「生きてて元気なら、来年もヨットレースをしたい。好きな海ですから」と笑顔も見せていた。

 【石原慎太郎氏の政界での足跡】

 ▼1968年 参院選全国区に出馬し、史上初の300万票を獲得してトップ当選

 ▼72年 くら替えし、衆院選旧東京2区で当選

 ▼75年 衆院議員を辞職し、東京都知事選に出馬するも落選

 ▼76年 衆院選で当選し国政復帰。福田赳夫内閣で環境庁長官(当時)に就任。竹下登内閣では運輸大臣を務めた

 ▼95年 衆院議員を再び辞職

 ▼99年 都知事選に出馬し当選。以降4選

 ▼2012年 都知事を辞職し、太陽の党結成。直後に日本維新の会に合流して共同代表に。衆院選比例東京ブロックで当選し、国政に復帰

 ▼14年 日本維新の会を分党して次世代の党結成。衆院選比例東京ブロックで落選し、政界引退


石原慎太郎氏 毒吐き“らしく”引退「人から憎まれて死にたい」
スポニチアネックス 12月17日(水)7時1分配信

 衆院選で比例代表の東京ブロックで落選した次世代の党の石原慎太郎最高顧問(82)が16日、都内で記者会見し、政界からの引退を正式に表明した。作家として芥川賞を受賞後、35歳で政界入りして40年余り。「晴れ晴れとした気持ちで政界を去れる」と述べた。今後はヨットレースへの出場や、若い芸術家の育成に力を入れるという。

 衆院選落選から2日。石原氏は内幸町の日本記者クラブで会見し「キャリアの中で歴史の十字路に何度か自分の身をさらして立つことができたことは、うれしい経験だった。晴れ晴れとした気持ちで政界を去れる」とサバサバとした様子で政治生活を振り返った。

 公示前には「老兵は去るのみ」といったん引退を表明したものの、党内の若手に促され前言を撤回。比例東京ブロック最下位の9位で立候補した。同党は獲得議席も19から2と大幅減となった。

 心残りについては「憲法が一字も変わらなかった」。次世代の党の敗北には「政党の名前としては問題がある。浸透しにくい名前だった。時間がなかった」と分析した。

 日本維新の会をともに立ち上げた、維新の党の橋下徹共同代表について質問すると「彼は天才だ。あんなに演説がうまい人を見たことがない。うまさは若い時の田中角栄だし、迫力はヒトラー」とベタ褒め。「彼は再登場すると思うし、させなきゃいけない」と持ち上げた。

 また、中国メディアから中国は嫌いかと聞かれると「嫌い!あんた方がチベットをなくしたんだ」などと気色ばんだものの、以前のような歯に衣(きぬ)着せぬ石原節をサク裂させることはなかった。

 今後は「国内外の若い芸術家を育てる仕事をしたい」と述べるなど、新しい芸術に力を注ぐ方針で、体調面には問題ないとばかりに「元気ならヨットレースに出たい」と意欲を示した。ラストメッセージには「もうすぐ死ぬんでしょうけど、言いたいことを言って、やりたいことをやって、人から憎まれて死にたい」と締めくくり、ようやく“らしさ”を見せた。

 ≪一筆「光天充」≫日本記者クラブでは、会見した人は色紙に揮毫(きごう)する慣例がある。終了後、控室に戻った石原氏は「光天充(ひかりてんにみつる)」と記した。事務所によると、中国の詩人、白楽天の詩句にあり、昔から記している言葉という。

 ▼政治評論家浅川博忠氏 政界入りした石原さんは、高い人気から首相になる野心を持っていたものの、下積みを知らないままだったので党内に仲間をつくれず、国政では成功できなかった。批判されても、米国や中国に物申す強さはあった。心のよりどころは、都知事として一国一城の主となったこと。首相の夢を託した長男・伸晃氏も総裁選で敗れてしまい、その後は惰性で政治家をやっていたのではないだろうか。


石原慎太郎氏引退会見詳報(5完)「尖閣の中国公船、私なら追っ払う」
産経新聞 12月16日(火)19時57分配信

Photo_15
会見を終え、退席する石原慎太郎氏=16日午後、東京都千代田区内幸町(三尾郁恵撮影)(写真:産経新聞)

 --週刊誌で「シナと戦争して勝つこと」と発言。文学者としての発言なのか、政治家としての発言か。日本政府が尖閣諸島を国有化した後に海域の緊張が続いている

 「私が首相なら追っ払う。ある週刊誌のインタビューで『一番したいこと』を聞かれたので『シナと戦争して勝つこと』と。私は日本人として言った」

 --衝突が起きてもいいのか

 「衝突を仕掛けているのは中国だ。けんか仕掛けているのは向こうだ。日本の領海に入っているのはシナ人の方だ。頭を冷やした方がいいよ、シナの人は」

 --メディアには政治家をどう扱ってほしいか

 「お互い人間だから問われたことに対して簡潔に分かりやすく話したか話さなかったかはある。メディアも相手の言論に対する理解力が足りないと思う」

 --政界を引退したらヨットレースをするか

 「今でも暇な時は乗っている。今年の夏も2つほどレースで優勝した。来年もまだ生きてて元気だったらレースの試合をしたいと思う」

 --若い芸術家の育成以外にトライしてみたいことがあれば

 「新しくつくった財団で、アラブとか東南アジアとか、日本人と違った感性を持っている若い芸術家がいるから、そういう人たちに日本に来てもらい、刺激を受けて、新しい芸術を世界のために展開してもらいたい。その手伝いをできるだけするつもりだ」

 --政治生活で成し遂げたことは何か。心残りは何か

 「小さなことで都知事の立場でやれたことはいくつかあった。ただ、痛快だったのは日本の経済使節団が中国に行った。周恩来が『これからいかなる日本人も歓迎する』と言った。経済人が『青嵐会も歓迎するか』と聞いたら、周恩来が呵々大笑(かかたいしょう)して『私は彼らを非常に評価している。青嵐会の人たちは昔の日本人ですね』と発言したそうだ。心残りは憲法が一字も変わらなかったことだ」

 --都知事時代に東京五輪招致の道筋をつけた

 「都知事時代に招致運動で敗れはしたが、一回灯したたいまつだからもう一回火をつけようということで、在任中だったがもう一回チャレンジをすることを権限で決めた。皆が頑張って、世界の情勢もずいぶん変わったのだろうが、東京に決まったということで、たいまつの火を消さずにいてよかったなあと思っている」

 --憲法改正に対する国民へのメッセージは

 「もう一回前文だけでも読み直してもらいたい。あんな前文を持っている憲法は世界中にない」

 --今の心境は

 「いくつで死ぬか知らないが間もなく死ぬのだろう。死ぬまでは言いたいことを言って、やりたいことをやる。人から憎まれて死にたいと思う」


石原慎太郎氏引退会見詳報(4)「中国の若者は共産党独裁の壊滅を」
産経新聞 12月16日(火)19時53分配信

Photo_14
政界引退を決め、会見する石原慎太郎氏=16日午後、東京都千代田区内幸町(三尾郁恵撮影)(写真:産経新聞)

 --中国人が石原先生にどういう質問があるかインターネットで集めた。3つの質問に絞って質問する

 「絞って3つ?」

 --先生は本当に中国が嫌いか。また嫌いだとしたらどういう理由か

 「嫌い。共産主義も嫌い。共産中国嫌いだ。あなた方がチベットをなくしたんだ」

 --東京都が尖閣諸島を買おうという運動で日中関係は悪化した。今の結果は望んでいるか。日中関係はこれからどうすればいいか

 「もうちょっと頭冷やして、共産党の独裁というのを壊滅させることだ。それがあなたも含めて幸せなことではないか」

 --中国の若者に対してメッセージを

 「自分の人生を自由闊達に開いていくために共産党の独裁というのを壊滅させなければだめだ」

 --石原先生がかつて自民党にいる時は「変わった人」と思われていた。最近の自民党は、かつて石原先生がおっしゃってたことと同じようなことを言っている。これを見ていて自民党はよくなっているとお考えか。それとも悪くなっているとお考えか

 「僕と同じ事をどんな人が言っているのか」

 --自主憲法制定まではいかないが、憲法改正を唱えている方は今の自民党内では半数を…

 「当たり前じゃないですか。自民党の党是じゃないですか」

 --青嵐会をやっているころは、例えば河野洋平さんのような憲法改正反対の方が相当おられたような気がしませんか

 「さあ。河野君というのは全く例外的な人物で、私は大嫌いですけど」

 --「晴れ晴れした気分」とおっしゃったがそうは見えない。実際悔いはないか。正直なところを

 「悔いはありませんな。サバサバした気持ちだから」

 --本当にこれで終わりなのか。終わりなら次は何をするのか。今日は田中角栄元首相の命日だが、宿敵の田中角栄氏と、長期政権になるであろう安倍晋三首相に政治家として何を言い残すか

 「安倍さんには初志貫徹してもらいたい。しかし、角栄という人物は素晴らしかった。あんなおもしろい人はいなかった。私はかつて若い仲間と選挙権を18歳に下げようというキャンペーンをやった。選挙権を18歳に下げようという会合をやるために『自民党のホールを貸してくれ』と申し込みに行った。幹事長は田中角さん。角さんが『何に使うんだ』と言うから、『選挙権を18歳に下げるキャンペーン』と言ったら、『馬鹿なことを言うな。馬鹿なことを。何を馬鹿なことを言っているんだお前。選挙権は25歳でいいんだ。25歳で。頭冷やせ馬鹿』と言われて、私は後になってその通りだなと思った。成人式に親を連れてこなくちゃいけない連中が多い時代に18歳まで選挙権下げるのは間違いだ。絶対反対だ。25歳で十分だ」

 --ロッキード事件の背景に角福戦争があったのか。それともアメリカの謀略か

 「日本のエネルギー問題でウラニウムの取得というものをアメリカルートじゃなくて自分で開発しようと動きだした。これはアメリカの虎の尾を踏んだと思う。しかもロッキード裁判というのはめちゃくちゃな裁判だ。アメリカの刑法を日本に持ち込んできて、向こうでやった免責証言は日本の裁判で使われて、しかもそれに対する日本側の反対尋問を許さない。こんなでたらめな暗黒裁判はない」

 --本当にやめるのか。やめるとしたら今後何をするのか

 「何かやります。アラブや東南アジアの芸術家との交流をやろうと思う。内外の若い芸術家を育てる仕事をしていきたい」


石原慎太郎氏引退会見詳報(3)「橋下徹は、若いときの田中角栄」
産経新聞 12月16日(火)19時52分配信

Photo_11
政界引退を決め、会見にのぞむ石原慎太郎氏(中央)=16日午後、東京都千代田区内幸町(三尾郁恵撮影)(写真:産経新聞)

 --橋下徹という政治家について、今後の彼の生き方も含め、どんな思いでみているか。

 「彼は天才ですね。私は絶対、彼は(衆院選に)出るべきだったと思っている。前日まで私は何度も電話をして口説いた。彼は彼なりの言い分で、『自分はちょっと風呂敷を広げすぎたから、これを畳まなくちゃいかん』と。風呂敷って何か。大阪都構想ですよ。よくわかりにくい言葉だが、つまり東京に並ぶ大都市である大阪の復活ということだ」

 「私は大阪が衰退するということは、日本の衰退だと思う。橋下君も感じていると思うし、安倍総理にしても自民党の政治家も、大阪というものをもう少し持ち上げないと、日本のバランスが取れないと痛感していると思う」

 「橋下君はそれを念願するんだったら、国会に出てくるべきだ。安倍君とも(菅義偉)官房長官とも親しい仲らしいし、そういった人脈を通じて、とにかく国会で内閣を動かさないと大阪は持ち上がってこない。僕は絶対、彼は出るべきだったと思う」

 --しかし出なかった。

 「出なかった。本当に残念だ。私は彼に『君は大阪の井戸の中にいて、なかなか大海が見えていない。一回、井戸から出て、国会議員になって、日本を全部眺めろよ』と言ったが、残念ながら忌避した」

 --橋下氏は総理になる器か。総理になる可能性はあるか。

 「僕はあると思う。あんなに演説のうまい人をみたことない。言葉の調子は違うが、田中角栄だね。若いときの。それから例が良くないかもしれないけど、彼の演説のうまさ、迫力というのは若いときのヒトラーですよ。ヒトラーは後にバカなことをしたが」

 「ドイツの外交官が『石原さん、ヒトラーは悪名を被っているが、若い時にやったことは間違っていなかった。ただ、ユダヤ人を偏見で虐殺したことは許せないが』と言っていた。私はその言葉を是とするし、橋下徹ってのは彼に該当する政治家だ。惜しいことをしたなあ。彼は必ずもう一回でてくるだろう。再登場すると思う。させなきゃいかんですよ」

 --石原氏は(前東京都知事の)猪瀬直樹氏に副知事を経験させ、後継に指名したが、(医療法人徳洲会グループから)5千万円の提供を受けて問題になった。誤算だったか。

 「それはわからないが、私は彼を評価している。物書きのくせにあんなに数字に精通して、数字の虚構を見破ることできる男を私は知らなかった。それから役人が体裁の上でつく嘘を見破るのも非常にうまい。彼は日本でも一流のノンフィクション作家だったから、そういうリサーチ能力は非常にあった。非常に惜しい人を失ったと思う。東京のためにも大きな損失だった」

 --その5千万円をいただいた相手は(「徳洲会」前理事長の)徳田虎雄氏だった。徳田氏はもともと石原さんのファンであり支持者だったが、違和感はなかったか。

 「むしろ私が徳田さんのファンだ。彼は本当に日本のシュバイツァーといっていいのか、見事な志を持った大事業家だと思う。日本の医師会が彼に反発し、自民党が彼をボイコットしたのは間違いだと思う。彼だけの自己犠牲を踏まえて病院の経営で人を助けた人がいますか」

 --猪瀬氏から石原氏に相談はなかったのか。

 「ない。個人の金融の問題ですから」

 --数ある歴史の十字路の中で、忘れ得ない十字路は。

 「私は日本の国会議員として初めてアメリカの戦略基地を訪れた。(元首相の)佐藤(栄作)さんが向こうの国務省にはかってくれたんだろうが。佐藤ってすごい人だと思う。沖縄返還交渉で非核三原則を唱えながら、アメリカの大統領のジョンソンに『日本は核を持ちたい、日本の核について協力してくれ』って言って断られている。それを諦めた後、沖縄返還の時にニクソン(元米大統領)と丁々発止やりながら、ドイツと一緒に核開発をしようと思って話をもちかけている。これだけの大きな二枚舌を使った政治家はいないと思う」

 「私はそれで『アメリカの核の抑止力はない、アメリカの核の傘というのは全く信用できない』ということを暴いた。そのおかげで私は核保有論者にされたが、あの体験は日本に覚醒をもたらしたと思うし、自分にとっても歴史的な十字路に立ったポイントだと思っている」


石原慎太郎氏引退会見詳報(2)「『新党ヤマト』でいけばよかった」
産経新聞 12月16日(火)19時51分配信

Photo_13
政界引退を決め、会見する石原慎太郎氏(左)=16日午後、東京都千代田区内幸町(三尾郁恵撮影)(写真:産経新聞)

 --今回の選挙では石原氏が落選の“討ち死に”をしたほか、次世代の会のほとんども“討ち死に”をした。もともと地盤の強かったベテラン2人だけしか生き残らなかった。この結果について。

 「『次世代の党』という党名そのものに私は異議を呈した。非常にわかりにくいというか、説明しなくてはなかなか意思が伝わらないネーミングだった気がする。私は小説家だから、自分としても自負しているが、小説の名前を付けるのは割とうまい方だ。政党の名前としてはどうも問題があるなと」

 「いくつか他にも案があった。昔、私たちがつくった『黎明(れいめい)の会』とか。それとこれは(次世代の党党首の)平沼(赳夫)君が言い出したと思うが、富士山の名前をとって『新党富士』というのも良いじゃないかとね。でも、『ふじ』という名のリンゴがあるのでネーミングとしてバッティングすると」

 「それから私が一番良いと思ったのはカタカナで『新党ヤマト』だ。これまた『宇宙戦艦ヤマト』というアニメがあって紛らわしい。私は本当は『新党ヤマト』でいけばよかったと思ったが、過ぎたことだから愚痴でしかない。ただ、やっぱり党名が浸透しにくい名前だった。(選挙戦の)時間がなかった」

 「維新の会と一緒だったが、分党になった。分党するときに、橋下(徹)くんと肝胆相照らした。私の人生の中で、彼と知己を得たのは快事の一つだと思っているが、やっぱり大阪維新の会が発売元本舗だから、『維新』の名前を私たちがひねって使うのは失礼だと思うし、遠慮した。結局、党員全体で投票して『次世代の党』という名前を選んで、この結果になった」

 --次世代の党が選挙戦で前面に打ち出したのは自主憲法制定だった。それに対する世の中の評価については。

 「憲法は良い意味でも悪い意味でも、これだけ日本社会に定着してしまうと、国民の関心はあまりない気がする。本当に憲法を変えなくてはいけないと考えている人は、残念ながら希少な存在でしかなくなったと思う」

 「皆さんもメディアの方々だから文章について講釈するのはうるさいことだと思うが、あの醜い前文ひとつを見ても、間違いが非常に多い。私も最後の予算委員会で安倍(晋三)総理に話したが、言葉には助詞、動詞、形容詞、いろいろあり、助詞も非常に大事な要素だ。この助詞の間違いが前文にたくさんある。例えば『平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して』という部分だが、人にお金を貸すとき、『あなたに信頼してお金を貸します』とは言わない。やっぱり『信義を信頼』だ」

 「かつてシェークスピアを訳した福田恒存さんと前文の話をしているとき、『石原君、勘定してごらん。5つも6つも7つも8つも助詞の間違いがあるぞ』と言う。私も本当にその通りだと思う。9条を変えるとなると大事になるから、せめて『に』だけは国文学者を集めて、変えようじゃないかと総理に言った。それが蟻の一穴となって憲法を変えることができるんじゃないかと。安倍さんは残念ながら答えませんでしたな」

 --石原氏はかつては300万票を得票したこともある。その石原氏が比例で出馬しながら、これだけ集票が落ちた。

 「私に対する投票じゃなく…。誰かが言っていたが、『比例の一番初めに石原さんの名前が挙がったらおそらく票数も違ったのではないか』と。でもそれはわからない。うぬぼれているわけじゃないから…。選挙の結果はいいでしょう。もう勘弁してください」

 --今回の選挙で自公3分の2体制になったが、民意は何を示したと評価するか。

 「それを逆に明かしているのは共産党の躍進だと思う。なんというか、今回、共産党に多くの支持が集まったのは、いま自分たちを囲んでいるもろもろの社会的な現実に対する、みんなが漠として感じている現況への不満の社会心理学的なリアクションだと思う。何が不満かというと、色んな格差が出てきた」

 「例えば私たちがあえて『次世代』という言葉を使ったのも、これから日本を担っていく20代、30代の人にあまり希望がないからだ。結婚できない。しても子供をつくれない。なんていうかなあ、人生の黎明(れいめい)期にいる20代の人間が、自分の人生に対して大きな期待を持てない。そういう現象がある」

 「例えば経済一つにしても、私は新聞を読まずに主にテレビで情報を拾っているが、ニュースの度に、経済を評価する指標に株の値段があげられる。経済動向を測るメジャースティックに株の値段が真っ先に取り上げられる。私はあまり良いことじゃないと思う。ほとんどの人が株なんてやってない」

 「確かに株価は2倍になった。でも株価が何を表しているかというと、経済界の上層部、つまり上場を果たしている企業の内容だ。それだけをもって、日本全体が良くなっている、国民の生活が向上しつつある、そういった判定を下すには確かな指標にはならないと思う。その不満や不安がこの結果になった気がする」

 「それとメディアの怠慢だと思う。前から言ってきたが、なんで日本の会計制度を変えないのか。日本は単式簿記で大福帳の域を出ない。どんな国でも複式簿記ですよ。日本は国家の財政運営に財務諸表がない。バランスシートがない。そんな近代国家はないですよ。国家の体をなしている国で、日本と同じように大福帳の域を出ないのは、私の知る限り北朝鮮とフィリピンとパプアニューギニアぐらいですな」

 「メディアが頑張って、少し勉強して、声を起こして経済界が動いたらこの国は変わってくると思う。国の借金は1兆円近くあると言いながら、個人の持っている金融資本は1250兆くらいある。このギャップが埋められない」


石原慎太郎氏引退会見詳報(1)「晴れ晴れとした気持ちで政界去れる」
産経新聞 12月16日(火)19時49分配信

Photo_12
政界引退を決め、会見する石原慎太郎氏(左)=16日午後、東京都千代田区内幸町(三尾郁恵撮影)(写真:産経新聞)

 石原慎太郎前衆院議員(次世代の党最高顧問)は16日、東京・内幸町の日本記者クラブで記者会見し、「今度の選挙で(落選という)結果になって、私は引退を決心した」と述べ、政治活動からの引退を表明した。政治家人生を振り返った石原氏は「歴史の十字路に何度か自分の身をさらして立つことができたことは政治家としても物書きとしてもありがたい経験だった」と語り、「欣快(きんかい)として、わりと晴れ晴れとした気持ちで政界を去れる」と語った。会見の詳細は以下の通り。

 「皆さん、こんにちは。僭越(せんえつ)でございますが、大してニュースバリューもないこの私が個人の資格で皆さんにこうやって大がかりな記者会見を申し込んだ理由は、私も延べ50年以上政治に携わってきたが、結局、今度の選挙でああいう結果になって、私は引退を決心した。ただ、(衆院選の)開票日に、いってはいけないが、自宅にまで浅薄なメディアの先兵が押しかけて、歩く途中もマイクを突きつけて『一言、二言』と(コメントを求められた)。そこで、後にゆっくり話させてくれということで、日本記者クラブにご厚意いただいて、この機会を設けさせていただいた。私が申し上げたいことを端的に申し上げて、皆さんに批判をいただきたい」

 「結論から言えば、かねがね私はこの解散が決まったときに、選挙をきっかけに引退をするつもりだった。私自身も肉体的にひびが入ったりもして、見回してみると国会議員の中の最高齢者になった。これ非常に皮肉な話だ。かつては奥野誠亮さんという尊敬していた大先輩が、90歳を過ぎるまでかくしゃくとして国会議員を務められたそうだが、とても私にはその自信も能力もないので、これをきっかけに引退ということを声明しようと思った」

 「限られた仲間が『今引退されると党、選挙の趨勢(すうせい)に悪い影響を与えるから思いとどまってほしい』ということだった。特に若い議員からは連判状などもいただいた。いろいろ勘案して、選挙の事前に私が引退を声明することは仲間のためにもよろしくない、と判断した。それならば皆さんと、とにかく戦うと決心した」

 「いずれにしても私は引退を覚悟で戦いをするわけだから、討ち死にを覚悟の出陣ということで、東京比例のランキングは一番最後してほしいことを、党の方も受け入れてくれた。ある意味で結論が知れていることだったので、空いている時間に仲間の応援に駆け回った。残念ながら風邪をひいたりして肝心の名古屋の大きな大会には出席できなかったが、仲間に対する義理だけは最低限、果たせたな、と思っている」

 「私の実家の石原家は、武田武士の残党だった。武田家は(織田)信長に滅ばされて雲散霧消した。武田の赤備えというのは戦国時代有名だったそうで、武田武士を争って3つの藩が抱えたそうだ。1つは毛利藩、1つは井伊藩、もう1つは伊予藩だった。私の先祖は甲州から追われて伊予藩に抱えられたそうだ」

 「かつての時代に弓矢の武功で禄を食(は)んでおって、家の家紋は黄金分立のきかない『7つ矢』だ。珍しい家紋だ。正月に赤塗りのお膳で家族そろって雑煮を食べたりするときに、据えられたお膳に7つの紋が記されているな、と印象深く覚えている」

 「母の方の略紋は三ツ矢サイダーに似た3つの紋だったが、7つの紋はなかなか日本に珍しい家紋で、私もいわれを聞かされて子供心にプライドを持っていた。石原家の弓で勝ち取ったわが家の家訓は、『明日の戦 己はむなしと心得べし』という。これは武士の家訓としてもなかなかいい家訓だなと思った」

 「それを受けて私は討ち死に覚悟というか、本当なら引退を声明して退くべきだと思ったが、やっぱり仲間の若い武士たちのために自分も一緒に戦って、恥ずかしいことだが落選という形の討ち死にすることは 自分の1つの宿命かな、と思って決心をした。私からこの選挙についてのかかわりについて申し上げることはそれだけだ」

 「振り返ってみると、参院の全国区から始まって、衆院を25年務め、インターバルをおいて、思うところあって都知事に就任した。できるだけのことはやったつもりだ。政治家として、どの国も物書きが政治に参画、コミットするのは例がないわけではない。ゲーテとか、(フランスの)ドゴール(大統領)の文化相を務めた(アンドレ)マルローの例もある」

 「印象的だったのは激しい最初の、自民党からの優秀な人材が5、6人出た選挙で何とか都知事になったとき、縁があって日本に来られたときに2日ほどお会いして旅もした マルローなんていう人は印象的な人物だったが、アンドレ・マルローの未亡人から私に『知事になって頑張れ』という手紙をもらったのを覚えている」

 「今までのキャリアの中で歴史の十字路に何度か自分の身をさらして立つことができたことは私にとって、政治家としても物書きとしてもありがたい、うれしい経験だったという気がする。それをもって、私が欣快(きんかい)として今、わりと晴れ晴れとした気持ちで政界を去れるな、という気でいる。1つご理解いただきたい」


石原慎太郎氏が引退を正式表明 「人から憎まれて死にたい」
産経新聞 12月16日(火)18時51分配信

Photo_11
政界引退を決め、会見にのぞむ石原慎太郎氏(中央)=16日午後、東京都千代田区内幸町(三尾郁恵撮影)(写真:産経新聞)

 次世代の党の石原慎太郎最高顧問は16日、東京・内幸町の日本記者クラブで記者会見し、衆院選で落選したことを受け、政界を引退することを正式表明した。

 石原氏は「歴史の十字路に何度か立ち、政治家としても物書きとしてもうれしい経験だった。晴れ晴れとした気持ちで政界を去れる」と、長年の政治生活を振り返った。

 ただ、「心残りは憲法が一字も変わらなかったことだ」と述べ、在職中に憲法改正が実現できなかったことを残念がった。

 盟友だった維新の党の橋下徹共同代表について問われると、首相になれる器だとの認識を示し、「彼は天才だ。国会で内閣を動かさなければ大阪は持ち上がってこない」と述べ、国政進出に期待感を示した。

 中国系メディアが日中関係や尖閣問題について質(ただ)す場面もあり、石原氏は「けんかをしかけているのは向こう(中国)だ。頭を冷やした方がいいよ、シナの人は」などとやり返した。

 会見の最後は「死ぬまでは言いたいことを言って、やりたいことをやる。人から憎まれて死にたいと思う」と、“慎太郎節”で締めくくった。


<石原慎太郎氏>自主憲法制定「関心低い」…引退を正式表明
毎日新聞 12月16日(火)18時45分配信

 次世代の党最高顧問の石原慎太郎前衆院議員(82)は16日、東京・内幸町の日本記者クラブで記者会見し、政治活動からの引退を正式表明した。衆院選での共産党の躍進を「自分たちを囲んでいるもろもろの社会的な現実に対する不満が表れた」と指摘。公約に掲げた自主憲法制定について「国民の関心はあまりなく、変えないといけないと考えているのは残念ながら希少な存在になった」と語った。

 旧日本維新の会でタッグを組んだ維新の党の橋下徹共同代表(大阪市長)に対し「首相の可能性はある。あんなに演説がうまい人は見たことがなく、若いころの田中角栄、若いころのヒトラーだ」と改めて述べた。

 石原氏は1968年に参院選全国区で初当選後、衆院にくら替えし、環境庁長官や運輸相を歴任後、東京都知事に転身。2012年12月の衆院選で旧日本維新の会代表として17年ぶりに国政に復帰したが、今回衆院選では比例東京ブロックで次世代の党の最下位の名簿順位を希望し、落選した。【佐藤慶】


石原慎太郎氏が引退表明=「悔いなし、晴れ晴れ」
時事通信 12月16日(火)18時30分配信

 衆院選で落選した次世代の党の石原慎太郎最高顧問(82)は16日、日本記者クラブで会見し、政界引退を表明した。「仲間の若い武士たちのために一緒に戦って討ち死にした。肉体的にひびが入り、国会議員の中で最高齢になった」と説明した。選挙を機に引退する意向だった石原氏は、次世代の比例代表東京ブロック名簿の最下位に登載されていた。
 石原氏は「悔いはない。晴れ晴れとした気持ち」と強調。旧日本維新の会でともに共同代表を務めた橋下徹大阪市長について「彼は天才だ。再登場すると思うし、させなければいけない」と期待を示した。橋下氏に衆院選出馬をぎりぎりまで働き掛けていたことも明かした。
 今後は若手芸術家の育成などに携わる考えを示し、「言いたいことを言ってやりたいことをやって、人から憎まれて死にたい」と語った。「中国は嫌いだ。共産党の独裁を壊滅させなければ駄目だ」と持論を展開する場面もあった。 

« 低気圧急発達 北海道「数年に一度の猛吹雪」18日にかけ厳重警戒 | トップページ | 宮城沖地震に関するニュース・1847,2014年12月17日 »

ニュース」カテゴリの記事

人物・伝記」カテゴリの記事

国防・軍事・安全保障」カテゴリの記事

経済・政治・国際」カテゴリの記事

領土・外交」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/566606/60821902

この記事へのトラックバック一覧です: 石原慎太郎氏が政界引退を正式表明:

« 低気圧急発達 北海道「数年に一度の猛吹雪」18日にかけ厳重警戒 | トップページ | 宮城沖地震に関するニュース・1847,2014年12月17日 »

2017年11月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30