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2014年12月27日 (土)

宮城沖地震に関するニュース・1857,2014年12月27日

引き続き、2011年3月11日に発生した、東北関東大震災に関するニュース記事を伝達します。

今後も引き続き、随時追加します。

リンク:災害住宅間に合った! 正月は新居で - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:【いいたて通信】長引くほど取り返せなく 湧き水や薪で自給自足する「山の暮らし」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:避難区域の営業損賠16年2月打ち切り・東電 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<回顧みやぎ>集中捜索この1年/参加広げる仕組みを - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:宮城県で震度3 - 速報:Yahoo!ニュース.

以下、参考のために同記事を引用

災害住宅間に合った! 正月は新居で
河北新報 12月27日(土)16時35分配信

  塩釜市が東日本大震災の被災者向けに整備していた錦町地区の災害公営住宅の一部が完成し26日、入居する21世帯に鍵が引き渡された。このうち6世帯が年内に引っ越しをする予定で、新年を新居で迎える。

  完成したのは鉄筋コンクリート造りの集合住宅3棟のうち、3階建てと4階建ての2棟。いずれも1~2DKのタイプで、各戸分の駐車場と屋外の物置も設置された。JR西塩釜駅から約200メートルと交通の便がよく、入居希望の抽選も倍率が2倍と人気が集まった。

  残りの1棟(6階建て、19世帯)は来年3月に完成予定で、計40世帯が入居する。総事業費は16億7000万円。造成、建設は都市再生機構(UR)に委託した。

  引き渡し式で佐藤昭市長は「仮設住宅などで3年以上耐えていただいた。お待たせしたことをおわびする。ぜひ復興の第一歩を踏み出してほしい」とあいさつした。

  引き渡し当日に早速、引っ越した森たか子さん(73)は「寒風沢島の仮設住宅にいたが、夫の体調を考え、病院通いをしやすい市内の住宅を希望した。長い間、夢に見た新居で正月を迎えることになり、うれしい」と喜びを語る。

  同市が計画する災害公営住宅420戸のうち、入居するのは伊保石地区の31世帯と合わせて52世帯となった。市では来年3月まで計94世帯の入居を見込んでいる。


【いいたて通信】長引くほど取り返せなく 湧き水や薪で自給自足する「山の暮らし」
産経新聞 12月27日(土)15時12分配信

 「除染後もあまり線量は変わらず、若い人は帰ってこない。これまでは野菜や食料なども自給自足でやってきた。これから先やっていくためにはお金がなくては生きていくことができない」

 居住制限区域に指定されている、飯舘村比曽地区の菅野初雄さん(76)が福島県庁で開いた記者会見で悲痛な胸の内を話した。

 比曽地区の住民160人は今年11月、帰還困難区域と同等の賠償を東京電力に求めるために『原子力損害賠償紛争解決センター』に和解仲介を申し立てた。

 比曽地区は飯舘村でもっとも標高の高い山間部にあり、帰還困難区域の長泥地区と隣接している。村内でも線量が高い地域だが、帰還困難区域ではなく、居住制限区域に指定された。住民は、元の生活を取り戻すためには時間がかかるため、土地や家屋、精神的な賠償は帰還困難区域と同等とし、計約107億円の支払いを求めている。

 記者会見の数日後、比曽地区の菅野さん宅に伺った。菅野さんの家までは山道を走る。冬になれば村で雪がもっとも降る地域で雪解けも遅く、避難先から通うのは簡単ではないと感じた。

 訪問時、菅野さんは自宅の片付けの真っ最中だった。妻の紀子さん(74)とともに避難生活で自宅に住まなくなったために使えなくなった布団や家財道具をまとめる作業をしていた。

 「除染しても線量は下がらないし、戻らないって言っている人が多いねえ。戻ってきても生活できるかどうか」

 避難前は母親と紀子さん、息子夫婦、孫2人の7人で暮らしていた。孫の成長を何より楽しみにしていたが、避難で離ればなれになってしまった。現在でも週に1回以上は会っている。飯舘村の自宅には孫2人の写真がたくさん飾られていた。

 孫の大輝さん(17)も「小さいときから一緒にいたからおばあちゃんの作った料理が食べたいってよく言うね」と話しているという。

 村の帰還が決まれば、それを「区切り」として飯舘ではなく、福島市で再び一緒に暮らしたいと考えている。

 「私たちは戻りたいと思うけれど、線量も高いし、孫達には戻ってほしくない」と紀子さんは話す。

 避難前の飯舘村での暮らしは、山からの湧き水を使い、風呂は薪風呂、野菜を栽培し、生活のほとんどが自給自足だった。足りない食材は近くのスーパーで十分だった。現在の状況では、再び飯舘に戻ってきても長年慣れ親しんだ以前と同じような生活をするのは難しい。

 紀子さんは「今は全部買って食べないといけないし、飯舘だと水道代もかからないから気にせず使えるけど、避難先ではあまり使わないように節水したり、気を使ってますね」と話す。

 菅野さん宅の敷地内には紀子さんと息子の妻が服飾の仕事をするための作業場もあった。作業場にはまだまだ使えそうな立派なミシンが数台残されたままになっていた。

 取材中、孫の大輝さんから菅野さんに電話がかかってきて、笑顔で話す菅野さんが印象的だった。原発事故さえなければ菅野さんは子供や孫と不自由なく暮らすことができた。布団も捨てなくてよかっただろうし、ミシンもまだまだ使うことができただろう。戻れない月日が長くなるごとにそうした元通りの生活を再び送ることの厳しさが押し寄せてくる。

 菅野さんは「今は飯舘には長くいられないけど帰ってくるとせいせいしますね。掃除もちゃんとできていないけど、自分の家が一番いいですよ」としみじみ話した。(大渡美咲)


避難区域の営業損賠16年2月打ち切り・東電
河北新報 12月27日(土)10時10分配信

  東京電力福島第1原発事故に伴う避難区域の商工業者に対する営業損害賠償について、東電と国は26日までに、事故から5年となる2016年2月に打ち切る素案をまとめた。対象は農林水産業を除く避難区域11市町村の個人事業主や中小企業。

  東電はこれまで営業損害賠償に関し15年2月分までしか示しておらず、それ以降は未定としていた。16年2月までの1年分については、避難による商圏損失や減収が認められる場合にのみ賠償する。

  避難区域外の商工業者には16年2月まで、売り上げの減収分が原発事故と相当の因果関係があると認められる場合のみ支払いに応じる。

  素案について福島県商工会連合会は「実害と風評被害が続く中、打ち切りを了承できるはずがない。賠償の継続を求めていく」と反発。来年1月中に県内商工会関係者の意見を集約し、東電と国に見直しを求める方針。

  東電福島広報部は「賠償期間は決定事項ではなく、これから商工業者の意見を聞いていく。国の見解も踏まえながら検討したい」と説明している。


<回顧みやぎ>集中捜索この1年/参加広げる仕組みを
河北新報 12月27日(土)10時10分配信

Photo
東日本大震災から3年9カ月。気仙沼署の集中捜索にはボランティア45人が参加し、熊手などで砂や石をかき分けた=11日、気仙沼市階上地区のお伊勢浜海水浴場

 ◎集中捜索この1年

  浜辺のどこかに帰りたい人がいて、帰りを待ちわびる人がいる。東日本大震災で226人の行方が分からない気仙沼市を訪れ、両者の思いに寄り添う人もいる。

  気仙沼市本吉町の津谷川河口で泥まみれの人々を目にしたのは、赴任直後の5月11日だった。歩み寄ると、ボランティアがスコップで代わる代わる沼地をかいていた。

  気仙沼署は月命日の毎月11日に行方不明者の集中捜索を続けている。捜索は日に日に難しく、見つかる手掛かりも減る。昨年12月から一般社団法人気仙沼復興協会が受け入れたボランティアも参加するようになり、「骨1本でも」と捜しているところだった。

  以来、ボランティアの存在が気になった。東京、神奈川、埼玉、長野、兵庫…。話を聞くと、東北にゆかりがない遠方の人ばかりだった。

  骨が18本見つかった日もあったが、空振りの日は多い。ことしの捜索で見つかった骨から身元判明に至ったケースは、まだない。それでも無心で手を動かす人々の姿に胸を打たれた。

  「1人で捜すには広すぎるけど、人手が増えれば見つかる可能性が高まる。自分が家族なら捜したいと思うから」。京都市のボランティア松尾典子さん(43)が、冷たい浜風の中、ほほ笑んでいたのが印象に残る。

  夜行バスで駆け付ける松尾さんのように、遠方から毎月訪れる「常連組」がいるのを知ったのは最近のことだ。多くが「息の長い支援が必要」と口をそろえる。ボランティア参加者はことし延べ400人を超える。

  全国に応援してくれる人がいて被災地の復興が支えられている。大切なことをあらためて気付かせてくれた。

  一方、集中捜索に地元の人々をほとんど見かけないのは残念だ。

  市職員が11月から捜索に加わったが、4カ月おきの2人派遣にとどまる。消防職員や消防団員の姿もない。12月に初参加した住民は「参加したいという気持ちは前々からあったが、これまで場所や日時が分からなかった」と言う。告知の仕組みなどがあれば駆け付ける人がいるはずだ。

  できるときに、できるだけでいい。捜索環境が一層厳しくなる来年こそ行政、市民、ボランティア一体の活動を紙面で伝えられることを願う。(気仙沼総局・高橋鉄男)

 [メモ]気仙沼署の行方不明者集中捜索 ことしは、月命日や遺族からの要望を含め16回に上った。人骨の可能性がある骨片56個が見つかり現在鑑定中。気仙沼市の震災による行方不明者数は226人で、過去に見つかった遺体の身元が判明するなどしてこの1年で10人減少した。警察庁によると県内ではいまも1256人の行方が分かっていない。


宮城県で震度3
時事通信 12月27日(土)6時20分配信

 27日午前6時4分ごろ、宮城県沖を震源とする地震があり、同県涌谷町で震度3の揺れを観測した。気象庁によると、震源の深さは約60キロ、地震の規模(マグニチュード)は4.3と推定される。 

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