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2014年10月19日 (日)

宮城沖地震に関するニュース・1790,2014年10月19日

引き続き、2011年3月11日に発生した、東北関東大震災に関するニュース記事を伝達します。

今後も引き続き、随時追加します。

リンク:B―1最高賞、バラ肉とタマネギ甘辛く焼いた… - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:B―1優勝は青森・十和田 - 速報:@niftyニュース.
リンク:<B-1グランプリ>「十和田バラ焼き」が栄冠…福島・郡山 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:十和田「バラ焼き」が1位=B―1グランプリ―福島で開催 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:島民と海を切り離す防潮堤…被災地の海と向き合う記者になりたい - 速報:Yahoo!ニュース.

以下、参考のために同記事を引用

B―1最高賞、バラ肉とタマネギ甘辛く焼いた…
読売新聞 10月19日(日)21時38分配信

 福島県郡山市で18日から開かれていたご当地グルメの祭典「第9回B―1グランプリ」は19日、閉幕した。

 最高賞のゴールドグランプリには「十和田バラ焼き」を提供した「十和田バラ焼きゼミナール」(青森県十和田市)が選ばれた。主催者によると、18、19日の来場者は約45万3000人。来年の開催地は青森県十和田市に決まった。

 十和田バラ焼きは、牛のバラ肉と大量のタマネギを甘辛いたれで味付けし、鉄板で焼いたもの。


B―1優勝は青森・十和田
2014年10月19日(日)20時20分配信 共同通信

Photo
 第9回「B―1グランプリ」で1位になった「十和田バラ焼きゼミナール」の十和田バラ焼き

 福島県郡山市で18日から開かれていた、ご当地グルメで全国各地の魅力を発信するイベント、第9回「B―1グランプリ」が19日閉幕した。来場者による投票で青森県十和田市の「十和田バラ焼きゼミナール」が初の1位になった。

 2位は「熱血!!勝浦タンタンメン船団」(千葉県勝浦市)、3位は「今治焼豚玉子飯世界普及委員会」(愛媛県今治市)。

 十和田バラ焼きゼミナールが提供したのは牛バラ肉とタマネギをしょうゆベースの甘辛いタレで炒めた料理。青森県立十和田西高校の生徒も参加し魅力をPRした。

 来場者は2日間で約45万3千人。次回は来年秋に十和田市で開かれる予定。


<B-1グランプリ>「十和田バラ焼き」が栄冠…福島・郡山
毎日新聞 10月19日(日)18時15分配信

 福島県郡山市で開かれたご当地グルメによるまちおこしの祭典「第9回B-1グランプリin郡山」が19日閉幕し、最高賞のゴールドグランプリには「十和田バラ焼き」を提供した青森県十和田市の「十和田バラ焼きゼミナール」が輝いた。来場者の箸の投票で決まり、総重量は2万3960グラム。2位の「熱血!!勝浦タンタンメン船団」(千葉県勝浦市)とはわずか700グラムの僅差だった。

【湯気立ち上る十和田バラ焼き】

 十和田バラ焼きは、牛バラ肉とタマネギを甘辛いしょうゆベースのタレで炒めた料理。十和田市内では80店以上の飲食店が提供し、家庭でも親しまれている。

 今回のB-1グランプリは「東北・福島応援特別大会」と位置づけられ、全国31道府県から59のまちおこし団体が出展。18日からの2日間で約45万3000人(主催団体発表)が来場した。次回は十和田市で開催される。【浅田芳明】

 ◇第9回B-1グランプリin郡山・上位10位◇

(1)十和田バラ焼きゼミナール(青森県十和田市)

(2)熱血!!勝浦タンタンメン船団(千葉県勝浦市)

(3)今治焼豚玉子飯世界普及委員会(愛媛県今治市)

(4)津ぎょうざ小学校(三重県津市)

(5)あかし玉子焼ひろめ隊(兵庫県明石市)

(6)久慈まめぶ部屋(岩手県久慈市)

(7)対馬とんちゃん部隊(長崎県対馬市)

(8)かほく冷たい肉そば研究会(山形県河北町)

(9)小樽あんかけ焼そば親衛隊(北海道小樽市)

(10)田川ホルモン喰楽歩(福岡県田川市)


十和田「バラ焼き」が1位=B―1グランプリ―福島で開催
時事通信 10月19日(日)18時14分配信

 福島県郡山市で開催されたご当地グルメの祭典「第9回B―1グランプリ」で、1位のゴールドグランプリに19日、「十和田バラ焼き」を出品した「十和田バラ焼きゼミナール」(青森県十和田市)が選ばれた。今回は東日本大震災と東京電力福島第1原発事故からの復興を支援する「東北・福島応援大会」と位置付けられ、18、19日の2日間で約45万3000人が訪れた。
 31道府県から59団体が参加。2位は勝浦タンタンメンを出品した「熱血!! 勝浦タンタンメン船団」(千葉県勝浦市)、3位は今治焼豚玉子飯の「今治焼豚玉子飯世界普及委員会」(愛媛県今治市)。
 十和田バラ焼きゼミナールは、青森県立十和田西高校の生徒25人と地元住民らがメンバーの有志団体。食を通した町おこし活動に従事してきた。バラ焼きは甘辛いたれで炒めた牛バラ肉と玉ネギなどをご飯の上に乗せた料理で、今回は福島産の米を使った。
 同団体は震災後、福島県浪江町を中心に復興を支援。同校2年の市沢愛さん(16)と西野菜奈さん(17)は被災者を元気づけるため、二本松市などにある仮設住宅を訪問し、バラ焼きの炊き出しなどを行った。
 市沢さんは「笑顔を取り戻してもらいたかったが、思いが本当に伝わったのか不安」と話したが、出展した店には訪問した仮設住宅の住民が多く駆け付け、声を掛けてもらったという。西野さんは「名前も覚えていてもらえ、応援された。私たちの思いが伝わっていたのを知り、本当にうれしかった」と涙を浮かべた。
◇第9回B―1グランプリ上位10団体
(1)十和田バラ焼きゼミナール(青森県十和田市)
(2)熱血!! 勝浦タンタンメン船団(千葉県勝浦市)
(3)今治焼豚玉子飯世界普及委員会(愛媛県今治市)
(4)津ぎょうざ小学校(津市)
(5)あかし玉子焼ひろめ隊(兵庫県明石市)
(6)久慈まめぶ部屋(岩手県久慈市)
(7)対馬とんちゃん部隊(長崎県対馬市)
(8)かほく冷たい肉そば研究会(山形県河北町)
(9)小樽あんかけ焼そば親衛隊(北海道小樽市)
(10)田川ホルモン喰楽歩(福岡県田川市)。 


島民と海を切り離す防潮堤…被災地の海と向き合う記者になりたい
産経新聞 10月19日(日)13時10分配信

 仙台の東北総局に配属されて5カ月がたった。担当は宮城県警。事件を追う毎日は厳しく忙しいが、充実している。同期がいる他の総支局と大きく違うのは、宮城県は東日本大震災の被災地だということだ。つねづね被災地の海と、そこで暮らす人々の思いを多くの人に伝えたいと考えていた。9月末、塩釜市浦戸諸島での取材は、その初心を改めて思い出した。

 ■聞けば聞くほど複雑な問題

 震災で被災した塩釜市浦戸諸島で9月25日、島と塩釜を結ぶ自主運航船が就航した。夜間も移動できるようになり、島の復興に期待がかかる。

 同日昼ごろ、塩釜市営汽船で浦戸諸島の桂島(かつらじま)に渡り、取材した。浦戸自主航路運営協議会の理事長、内海春雄さん(60)の経営するペンションで、いろんな話を聞いた。荷物を片付けながら、「島の活性化が楽しみですね」と声をかけると、「ところが、いいことばかりじゃないんだ」と内海さんは島の抱える大きな問題を話してくれた。

 内海さんによると、松島湾に浮かぶ桂島で、津波の被害が大きかったのは島の南側。松島湾に面した島の北側は約1メートルの津波しか到達しなかったという。しかし、塩釜市の計画する防潮堤の建設では島の北側にも3・3メートルの防潮堤の建造が計画されている。

 浦戸諸島は日本三景のひとつ、特別名勝「松島」の景観の一部を担っている。背の丈よりずっと高い防潮堤は島の景観を損ない、観光業や漁業にも影響が出るとして、市が開催した島民への説明会などでは住民から反対する声も上がった。

 市は反対を受け、今年2月に防潮堤の高さを4・3メートルから3・3メートルに引き下げたが、依然として島民からは不満の声も上がっているという。

 ■好きな海を取材するが…

 高校時代はヨット部に所属し、高校中退後には船舶免許を生かして漁船の手伝いをした。大学時代はボードセーリングを楽しむほか、船舶の登記などを行う海事代理士として海と関わってきた。海に関するさまざまなことも伝えたいと思い、新聞記者を志した。

 沿岸部での被災地取材が多い宮城県に来てからは、被災地の海の話題を積極的に書いてきた。ヨット、導灯、海上保安庁、そして自主運航船。しかし、次第に分かりやすいテーマばかりを選ぶようになっていたことに気付いた。この日の島への滞在時間は約1時間。記事にするための必要な情報だけを聞いて、「被災地」である小さな島のことに向き合わなかった気がした。

 3日後の休日、再び桂島を目指した-。

 ■美しい景観とともに山積の袋

 桂島は塩釜市の「マリンゲート塩釜」から市営汽船で約25分。面積0・76平方キロ、人口約200人の小さな島だ。東西に長い島の北西に位置する桂島漁港へ到着した。2度目の上陸だ。

 島に着くと、船着き場の松島湾を臨む海で釣りをしている人々がいる。友人とハゼ釣りに訪れていた学生に話を聞く。塩釜市の学生、鈴木沙織さんは「親戚(しんせき)の住む島なので昔からよく来ていた。この景観がなくなってしまうのは寂しい」と話す。

 漁港を離れ、南方向へ伸びる坂を上る。上りきると、正面には大きな袋づめの山。その奥には海が広がっている。右手には森が広がり、左手には小さな山のような地形が広がる。

 右手に進み、民家や畑を抜けて松崎神社の鳥居をくぐる。木が生い茂り、一気に暗くなる。神社の境内の看板で、生えているのは、この地方を北限とする常緑樹、タブの木だと知る。境内の木に刃物を入れれば天罰が下るという言い伝えもあるようだ。

 境内の裏を抜けて、周辺の大藻根(おおもね)島や小藻根(こもね)島、鐘(かね)島などの島々、遠くに蔵王や船形山などの山並みまで見渡せる二度森展望台や、特別名勝「松島」の仁王島などが眺められる観月崎(かんげつざき)展望台など、絶景とされるビューポイントを目指すが、道は荒れている。

 なんとか展望台にたどり着くと、立ち入り禁止のテープが貼られていた。後で知ったことだが、震災で柵などが壊れ、修理されないままなのだという。震災で遠目にしか眺められなくなった展望台からでも、絶景は楽しめた。

 タブの森を抜け、島の南西に到達すると、視界が開け、右側に桂島海水浴場、そして、左側には先ほどの大きな袋が並んでいる。元々はバーベキューや海水浴客であふれたという海水浴場は、震災後に休止されたままだ。

 右手の袋をよくみると木材、網などと記されている。普段、記事ではがれきと表記するが、住宅や漁の道具だったそれらはこの島の生活を支えてきたものだと生々しく感じられた。これを単にがれきとは呼びたくない。

 海水浴場沿いに島の東側を目指して歩き、島の高台へ続く坂を上ると、内海さんの経営するペンションへたどり着いた。

 内海さんは「桂島は松島の景観を一望でき、島巡りや釣り、マリンレジャーが楽しめる。カキやノリなど海の幸にも恵まれた海と共存する島。漁業と観光業が中心の桂島が防潮堤で海と切り離されたら、この島は復興どころじゃなくなる」と肩を落とす。

 「津波の来なかった島の北側まで防潮堤を作る必要があるのだろうか。必要ならば、島民にもっと説明をしてほしい」と考えるが、「限界集落であるこの島には病院などの施設もなく、買い物だって塩釜に頼っている。市や県に助けられている部分は大きい。不満はあるが、反発ばかりしてはいられない」という。

 ■被災地を歩き、人々と向き合う

 ペンションを出て、応急仮設住宅や、「鬼ケ浜の鬼のせいばつ」「おじゃらの奇談」など、地元に伝わる昔話の舞台となっている鬼ケ浜を抜け、島の北東に位置する石浜漁港に着く。明治時代には大小の船舶がここに寄港して北海道、関東の中継地となった港だ。

 また、石浜漁港は戊辰戦争のときに、榎本武揚や土方歳三ら幕府艦隊が、函館五稜郭へ向かう途中に艦を休め、兵を養った港でもある。

 港で猫と戯れていた漁師の男性(73)は震災当日、島の高台から津波をみていたという。男性は「防潮堤ができたら安心して、地震が来てもみんな逃げなくなるんじゃないかな」と話す。

 地震発生直後、海に囲まれた島に住む島民たちのほとんどは、すぐに自ら高台に避難したのだという。男性は海を見ながら「この景色がなくなっちまうのは悲しいな…」とつぶやいた。

 浦戸郵便局の横を抜けて、海運業や遠洋漁業(ラッコ・オットセイ猟)で塩釜を発展させた明治時代の実業家、白石廣造邸跡を目指した。

 人口の少ないこの島に郵便局があるのは、白石廣造が作った郵便局がそのまま残ってきたのだという。

 敷地内には母屋は残っていなかったが、屋敷の礎石や石蔵、庭園の石灯籠が残っていた。小さな島だが、さまざまな歴史が詰まっていた。歴史好きにはたまらないだろう。

 夕暮れ前、市営汽船の最終便を待っているとバケツいっぱいのワタリガニを抱えた男性が小舟からあがってきた。千葉眞澄さん(72)はノリの養殖が本業の漁師だ。カニを運ぶのを手伝いながら、記者も底引き網漁やノリ養殖の手伝いをしていたことがあると話す。

 防潮堤のことを聞いてみると「漁師は海の様子をみて海に出る。3・3メートルも防潮堤があったら海が見えなくなる」という。しかし、それ以上に問題なのは島の漁師の高齢化だという。ノリとカキの養殖の盛んな島だが、「ただでさえ、震災後に少しずつ島に住む人自体が減っている。Iターンをどうやって受け入れていくか、ちゃんと対策しないと、どのみちこの島の漁業はおしまいだ」という。

 実際に島を見て歩き、海に囲まれた小さな島のことが少しだけ分かった。じっくりと島民の話に耳を傾けると、防潮堤に限らず島民の抱える一筋縄ではいかない複雑な感情が垣間見えた。

 忙しい毎日の中だが、被災地の記者として、時にはこうして被災地の海とじっくり向き合おう。この島で見たこと、聞いたこと、感じたことはどう記事に生かせるだろうか。帰りの市営汽船に乗り込み、夕焼けに染まった松島湾を一望しながら考えた。(上田直輝)

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