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2014年9月19日 (金)

広島で豪雨による土砂崩れ、発見した遺体の身元判明、死者74人に・20

広島市北部の安佐南、安佐北両区で20日未明、局地的に猛烈な雨が降り、10カ所以上の土砂崩れが発生、多数の住宅に土砂が流れ込んだ。

広島県警によると、18日に新たに発見された遺体の身元が判明し、死者は74人になった。他にけが人も多数出ており、自衛隊・消防隊などが救出や捜索を続けて来た。

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リンク:広島土砂災害で流失、遺骨の合同供養に300人 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<広島土砂災害>秋の彼岸法要 300人が参列 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<広島土砂災害>また立ち上がれる 被災の被爆者「前向く」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:広島土砂災害1カ月 「安心に暮らせる町へ」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:広島土砂災害1カ月 ボランティア、延べ3万6000人寄り添う - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:3割超「住みたくない」 - 速報:@niftyニュース.
リンク:土砂災害1か月、がれきの中で祈り…なお避難民 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:広島土砂災害 祈りと誓い…奮闘の1カ月、ボランティア延べ3万6000人 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:広島土砂災害1カ月 危機管理部、改編焦点に 消防局から市部局へ移管検討 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<広島土砂災害>7カ所の避難所に38世帯73人 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<広島土砂災害>1カ月の朝 母の好きなぶどうパンに… - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<広島土砂災害>「1カ月早いね」兄夫婦亡くした弟に涙 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:広島土砂災害 犠牲者74人を追悼 発生1カ月の被災地、遺族や市民ら献花 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:広島災害、犠牲者74人を追悼 - 速報:@niftyニュース.
リンク:<広島土砂災害>1カ月 避難者70人…一層濃い疲労の色 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<広島土砂災害>1カ月 続く捜索、願いは一刻も早い復旧 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<広島土砂災害>1カ月の早朝 亡き妻にコスモス供え - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:「尊い命奪われ、痛恨」=1カ月で追悼行事―74人犠牲、市長ら献花・広島土砂災害 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:広島被災者の8割「土砂災害ないと思っていた」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:広島土砂災害1カ月 「きみは太陽、来世も一緒」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<広島土砂災害>発生1カ月 18世帯37人避難勧告解除 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:81人が避難所で生活…広島土砂災害から1か月 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:当初、甚大災害とは…広島市長「今後の戒めに」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:広島土砂災害から20日で1カ月 - 速報:@niftyニュース.
リンク:復旧作業、難航の地域も=なお81人避難生活―土砂災害から1カ月・広島 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:広島土砂災害 義援金22億円、配分に差も…基準なく苦慮 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:広島土砂災害 見つかった遺体は大屋さんと確認 死者74人に - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:土砂災害「応急復旧は順調」=広島市長、発生1カ月控え会見 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:24カ所に砂防ダム建設へ=広島の土砂災害現場に―国交省 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<広島土砂災害>死者74人全員の身元判明 20日で1カ月 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:土砂災害、最後の遺体は大屋さん - 速報:@niftyニュース.

以下、参考のために同記事を引用

広島土砂災害で流失、遺骨の合同供養に300人
読売新聞 9月23日(火)22時33分配信

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僧侶によるお経が響く中、焼香し手を合わせる人たち(23日、広島市安佐南区で)

 秋分の日の23日、広島市安佐南区の緑井墓苑(ぼえん)では、大規模な土砂災害で流失した遺骨の合同供養が営まれ、遺族ら約300人が、仮の祭壇に手を合わせた。

 災害では、約830基あった墓石の約9割が失われた。遺族やボランティアが、土砂の除去を続け、約60人分の遺骨を確認したが、6割ほどが土砂に埋まったり、流されたりしたままという。

 敷地内には祭壇と焼香台が置かれ、管理する法林寺の僧侶3人が読経。参列者らは次々と焼香し、墓があった場所に流木で慰霊碑を立てる姿もあった。

 昨年納骨した実母の遺骨と墓石を失った女性(53)は「あきらめようと思いながらも、やはり切ない。墓石だけでも建て直したい」と目を潤ませていた。


<広島土砂災害>秋の彼岸法要 300人が参列
毎日新聞 9月23日(火)20時54分配信

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ほとんどの墓石が流された緑井墓苑の彼岸法要に訪れ手を合わせる女性。祖父母の墓石と骨つぼは流され見つからないという。「せめてここの土を持って帰ります」と話した=広島市安佐南区緑井町まで2014年9月23日午前10時50分、大西岳彦撮影

 広島市北部の土砂災害で大半が土砂で埋まった安佐南区緑井町の緑井墓苑で23日、秋の彼岸法要が営まれ、約300人が参列した。管理する法林寺が臨時の祭壇を設置。花を手向け、土砂災害の犠牲者74人にも追悼の言葉をささげた。

 800区画以上あった墓のうち元の姿で残るのはわずか30基ほど。夫らが眠る墓を捜し続けている南区東雲(しののめ)の無職、中元一枝さん(68)は「土石流でもう一度死なせてしまった気がする。『ごめんね』と話しかけました」と語った。【石川将来】


<広島土砂災害>また立ち上がれる 被災の被爆者「前向く」
毎日新聞 9月21日(日)11時1分配信

 広島市北部の土砂災害は20日、発生から1カ月となった。被害に遭った同市安佐南区緑井の中澤美佐子さん(79)は、69年前の原子爆弾で母や4人のきょうだいを失い、自らも被爆しながら懸命に生きてきた経験をもつ。土石流は1人暮らしの中澤さん宅の壁際まで押し寄せたが、辛くも難を逃れた。ボランティアの助けを借りて自宅を片付ける日々を送りながら思う。「あの原爆から立ち上がってきたんだもの。前を向いて生きるしかない」【高尾具成】

 先月20日は激しい雷鳴と豪雨に恐怖を感じ、家の中でじっとしていた。午前5時半ごろ、近所の人の大声が聞こえ、窓を開けた。裏山が崩れ、隣家の女性は建物と共に流され亡くなっていた。自宅は庭まで土石流に埋まったが、倒壊は免れた。「生かされた」と感じた。同時に「被爆からの日々を思った」という。

 10歳だった1945年8月6日午前8時15分。爆心地の北十数キロの東野国民学校(当時)で始業の礼を終えた直後、閃光(せんこう)や爆風を感じた。現在の安佐南区東野にあった実家に戻ると、大工で農業もしていた父、中野芳太郎さん(60年に69歳で死去)は「捜さにゃあいけん」と家族の姿を求めて自転車で家を飛び出した。中澤さんも追った。太田川の土手を上流に向け、さまよい歩く人波をかき分けた。「地獄絵でした」

 6日の朝、母美代子さん(当時49歳)は、2番目の姉ヨシエさん(同23歳)、3番目の姉里美さん(同22歳)と共に現在の広島平和記念資料館近くに出向いていた。父が母を見つけ出したのは8月8日のこと。遺体は損傷がひどく、「父が古タイヤから手作りしたベルトの下だけ、服の模様が残っていた」。近くで姉2人も見つかった。2番目の兄信行さん(当時13歳)は死亡したとの連絡を受けたが、遺体は見つからず、学徒動員中だった4番目の姉豊子さん(同14歳)の行方も分からない。

 戦後の55年に結婚した夫敬一さんは87年に先立った。50歳を過ぎていたが「気を張って自立せんと」と働き始めた。70代まで料亭などで料理人として調理場に立ち、今の住まいは努力の結晶だ。山沿いの家は四季を感じることができ、なお愛着は消えていない。

 5年ほど前に膝を痛めた。被災後は避難所になった公民館と自宅との間を片道半時間かけてシニアカーで往復し、家の片付けをしてきた。今、人の助けを本当にありがたく思う。そして、生き延びた自分を見守ってくれているはずの亡き家族にも思いをはせる。土砂撤去に訪れたボランティアにこう礼を言う。「感謝です。帰ったら、家族に優しい言葉をかけてくださいね」

 ◇秋祭りに笑い声

 広島市の松井一実市長は20日、安佐北、安佐南両区の避難勧告区域を中心に被災地を視察し、復旧計画の進捗(しんちょく)状況を確認した。視察後、松井市長は「まだまだがれきがうずたかく積まれている。特例に特例を重ねなければ対応できないほどの災害だ」と改めて被害が深刻との認識を示した。広島市役所には献花台が設けられ、市民らが犠牲になった74人を悼んだ。

 被災した安佐南区八木の県営別所住宅では20日、地元自治会が秋祭りを開いた。焼きそばなどの屋台も出て、会場では子供の笑い声が響いた。復旧支援をしているNPO法人「さとやま交流館」(広島県庄原市)が協力し、岩手産のサンマも販売。売上金は義援金として寄付される。

 県営別所住宅に暮らす長女と孫2人と一緒に来た、安佐北区のパート店員、山崎生美さん(54)は「大変さが身にしみている。それだけに活気づけとなるイベントが開かれてよかった」と話した。【高橋咲子、加藤小夜】

 ◇広島市の土砂災害の人的被害と避難の状況

死者    74人

行方不明者 0人

避難対象者 2335人

避難者   73人

避難所   7カ所

 (広島県警、広島市まとめ、20日午前9時現在)


広島土砂災害1カ月 「安心に暮らせる町へ」
産経新聞 9月21日(日)7時55分配信

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土砂崩れ発生から1カ月。警察官らが、がれきの撤去作業を前に現場に向かって黙とうした=20日、広島市安佐南区八木(松永渉平撮影)(写真:産経新聞)

 74人が犠牲になった広島市の土砂災害から1カ月となった20日、同市中区の市役所で、犠牲者を追悼する行事が営まれ、遺族や市民らが花を手向けた。松井一実市長は「教訓を肝に銘じ、安心に暮らせる町の実現に向け全力を尽くす」と追悼の言葉を述べた。

 次女、村田宏美さん(54)と利主さん(59)の夫婦を失った西本幸子さん(77)は「何が何だか分からないまま1カ月が来ました。今日は涙を流してはいけないと思ったけど、ついねぇ」と白いハンカチで目頭を押さえた。19日夜の時点で約70人が避難所生活を余儀なくされ、避難勧告も一部で継続している。土砂やがれきは、10月上旬までに撤去する。

 市によると、安佐(あさ)北、安佐南両区の道路での土砂撤去をほぼ完了し、宅地での作業は、安佐北区で9割、安佐南区で7割を終えた。


広島土砂災害1カ月 ボランティア、延べ3万6000人寄り添う
産経新聞 9月21日(日)7時55分配信

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献花を終え、がれきの山を見ながら涙ぐむ亡くなった冨永美奈子さんの友人=20日午前、広島市安佐南区八木(松永渉平撮影)(写真:産経新聞)

 ■祈りと誓い、復旧へ

 日常を奪われたあの日から、1カ月が過ぎた。74人が犠牲になった広島市の土砂災害で20日、家族や友人らが現場に花を手向け、故人の人柄をしのんだ。土砂やがれきの撤去のため、週末のボランティアセンターには長い列ができ、「力になりたい」と被災地に向けて動き出した。

                   ◇

 最大の被害が出た安佐南区八木3丁目。会社員の池内麻衣さん(31)はひまわりの花束を持って、現場を訪れた。高校の同級生だった冨永美奈子さん(31)の笑顔に、この黄色の花がぴったりだと思ったからだ。

 土石流は美奈子さんを含め一家4人を奪い去った。その自宅付近にはまだ大量のがれきが残っている。「怖かったよね。苦しかったよね」。池内さんはそう語りかけた。「でも家族が一緒。寂しい思いはしていないよね」

 八木4丁目で犠牲になった伊呂波(いろは)雅子さん(52)宅付近。うずたかく積み上がったがれきの横で母親の辰見美代子さん(76)が座り込んでいた。

 彼岸でもあり、島根の実家から線香をあげにきた。「娘はよく農作業を手伝ってくれた。ああしてくれた、こうしてくれたと思い出さない日はない」

 災害の2日前には実家で一緒に夕食を食べた。「風呂では背中を流してくれたのに」と泣き崩れた。

 避難所となっている安佐南区緑井の佐東公民館。ピーク時に500人だった避難者は34人まで減った。自宅に戻れず、1カ月間ここで暮らしてきた男性(74)も、最近ようやく仮住まいが決まった。「暑かった季節が過ぎて、肌寒くなった。あのときは考えもしなかったが、今は雨や雷になると、逃げなければという意識になった」と心境の変化を語った。

 同区中須の災害ボランティアセンターには早朝から行列ができ、午前8時半の時点で300人が申し込んだ。市によると、この1カ月で全国から延べ3万6千人が参加し、泥のかきだしなど復旧作業を手伝った。

 団体職員の山田麻衣子さん(26)は仙台市から駆けつけた。東日本大震災では祖母の家が津波に襲われたという。「ひとごとと思えずここに来た。見慣れた風景が壊れるのは悲しいことです」と被災者の気持ちを思いやる。「1カ月がたっても人手が必要な状況にかわりはない。話を聞いて、寄り添ってあげたい」と話した。


3割超「住みたくない」
2014年9月20日(土)19時28分配信 共同通信

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 1カ月を迎えた現在も被災した家屋や土砂が残る、広島市安佐南区八木地区の土砂災害現場=20日午後

 74人が犠牲になった広島市の土砂災害から20日で1カ月になったのに合わせ、被災した住民61人に共同通信が聞き取り調査をしたところ、3割超の20人が「元の場所には住み続けたくない」と答えた。山裾に近い住宅地で災害が再発する危険性を理由に挙げる人が最も多く、今後の防災対策が生活再建に向けた鍵になりそうだ。

 災害当日の8月20日に、広島市の勧告をきっかけに避難したのは7人にとどまった。

 調査は15~19日、被害が大きかった安佐南、安佐北両区の住民を対象に面談と電話で実施。18~82歳の男女が回答した。


土砂災害1か月、がれきの中で祈り…なお避難民
読売新聞 9月20日(土)15時35分配信

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冨永美奈子さんの自宅近くで手を合わせる高校時代の同級生(20日午前8時33分、広島市安佐南区八木で)=佐々木紀明撮影

 死者74人を出した広島市北部の土砂災害は20日、発生から1か月を迎えた。

 大規模な土石流が起きた安佐南、安佐北両区には、早朝から犠牲者の家族や友人らが訪れ、がれきが残る現場で花を手向けた。

 被災地では、今も安佐南区の2335人に避難勧告が出たままで、73人が避難所暮らしを続ける。損壊・浸水被害は住宅4540戸に及び、今後、被災者の生活再建が課題となる。

 52人が犠牲となった同区八木地区には、朝から花を手にした人々が姿を見せた。

 家族3人と一緒に亡くなった冨永美奈子さん(31)の自宅跡では、高校時代の同級生3人がヒマワリの花を供えた。同区の女性会社員(31)は「美奈子のヒマワリのような笑顔ばかりを思い出す。寂しいけれど、自分も美奈子に負けない笑顔でいたい」と声を詰まらせた。

 広島市役所1階の市民ロビーには献花台が設けられ、午前9時から、県と市が合同の献花式典を開いた。


広島土砂災害 祈りと誓い…奮闘の1カ月、ボランティア延べ3万6000人
産経新聞 9月20日(土)15時3分配信

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土砂崩れの現場で花を手向け手を合わせる男性=20日午前、広島市安佐南区緑井(彦野公太朗撮影)(写真:産経新聞)

 日常を奪われたあの日から、1カ月が過ぎた。74人が犠牲になった広島市の土砂災害で20日、家族や友人らが現場に花を手向け、故人の人柄をしのんだ。土砂やがれきの撤去のため、週末のボランティアセンターには長い列ができ、「力になりたい」と被災地に向けて動き出した。

 最大の被害が出た安佐南区八木3丁目。会社員の池内麻衣さん(31)はひまわりの花束を持って、現場を訪れた。高校の同級生だった冨永美奈子さん(31)の笑顔に、この黄色の花がぴったりだと思ったからだ。

 土石流は美奈子さんを含め一家4人を奪い去った。その自宅付近にはまだ大量のがれきが残っている。「怖かったよね。苦しかったよね」。池内さんはそう語りかけた。「でも家族が一緒。寂しい思いはしていないよね」

 八木4丁目で犠牲になった伊呂波(いろは)雅子さん(52)宅付近。うずたかく積み上がったがれきの横で母親の辰見美代子さん(76)が座り込んでいた。

 彼岸でもあり、島根の家から線香をあげにきた。「娘はよく農作業を手伝ってくれた。ああしてくれた、こうしてくれたと思い出さない日はない」

 災害の2日前には家で一緒に夕食を食べた。「風呂では背中を流してくれたのに」と泣き崩れた。

 避難所となっている安佐南区緑井の佐東公民館。ピーク時に500人だった避難者は34人まで減った。自宅に戻れず、1カ月間ここで暮らしてきた男性(74)も、最近ようやく仮住まいが決まった。「暑かった季節が過ぎて、肌寒くなった。あのときは考えもしなかったが、今は雨や雷になると、逃げなければという意識になった」と心境の変化を語った。

 同区中須の災害ボランティアセンターには早朝から行列ができ、午前8時半の時点で300人が申し込んだ。市によると、この1カ月で全国から延べ3万6千人が参加し、泥のかきだしなど復旧作業を手伝った。

 団体職員の山田麻衣子さん(26)は仙台市から駆けつけた。東日本大震災では祖母の家が津波に襲われたという。「ひとごとと思えずにここに来た。見慣れた風景が壊れるのは悲しいこと」と被災者の気持ちを思いやる。「1カ月がたっても人手が必要な状況にかわりはない。話を聞いて、寄り添ってあげたい」と話した。


広島土砂災害1カ月 危機管理部、改編焦点に 消防局から市部局へ移管検討
産経新聞 9月20日(土)14時59分配信

 今回の災害では、情報収集や現場対応が広島市消防局に集中したことが混乱を招いたと指摘されている。迅速な初動対応のため、司令塔役と実動部隊を分けている自治体は多い。市の防災体制の強化に向け、地域防災計画の見直しとともに、危機管理部門を消防局から独立させるなどの組織改編も焦点となりそうだ。

 消防局には、災害が起きた8月20日の未明から600件以上の119番が集中した。職員は、被害情報の収集や現場活動に加え、災害対策本部の設置や関係機関との連絡調整などにも追われた。

 この過程で「1時間に70ミリ」という気象台の降雨量予報ファクスが見逃されるなどした。

 安佐南、安佐北両区で最初に避難勧告が出されたのは人的被害が起きた後で、いずれも各区が独自の判断で発令した。

 こうした初動対応については現在、学識者らで構成する専門部会で検証している。年内にもまとまる検証結果を踏まえ、市は災害時のマニュアルなどを定めた地域防災計画を見直す方針だが、危機管理部門の新設や市長部局への移行といった抜本的な体制変更も併せて検討される見通しだ。

 全国の自治体では危機管理部門の分離が進み、20の政令指定都市のうち、消防局のみが災害時の情報収集などを担っているのは広島と名古屋だけとなっている。

 阪神大震災のあった神戸市では、局クラスの危機管理室が独立してあり、危機管理監以下28人の専従職員に加え、他局の庶務担当者など40人も兼任職員に任命されている。担当者は「現場を持たないので被害情報の収集などに集中できる」とメリットを強調する。

 一方、広島市関係者の中には「消防は24時間体制で、非常時に対応しやすい」「情報を収集した部署が対応した方が、スムーズに処理できる」といった声もあり、消防の人員増強も選択肢の一つとなる。

 このほか、消防局の危機管理部では、主に災害発生直前からの防災業務を担当するため、土砂崩れの危険や河川の状況を日常的に調査し、災害のリスクを把握する防災の専門部署の新設も検討される見通しだ。


<広島土砂災害>7カ所の避難所に38世帯73人
毎日新聞 9月20日(土)12時52分配信

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災害現場に残された時計。発生時刻とみられる3時15分を指して止まっている=広島市安佐南区八木で2014年9月20日午前10時19分、大西岳彦撮影

 発生から1カ月を迎えた広島市北部の土砂災害。広島市災害対策本部によると20日午前9時現在、38世帯73人が7カ所の避難所に身を寄せている。住宅への被害は全壊133戸▽半壊122戸▽一部損壊174戸▽床上浸水1300戸▽床下浸水2811--の計4540戸。ピーク時2662戸に達した断水は今も90戸で続いている。

 生活再建への支援は本格化。同市は、災害で自宅が全壊または半壊した被災者を対象に、公営住宅約600戸を用意し、6カ月間無償提供する体制を整えた。これまで400世帯の住居が決まったという。

 市は避難所に残る人の意向を調査。今月17日に各所で相談を受けたところ、残っていた47世帯のうち、移転先はあるが移るための準備ができていないという世帯が32、自宅に帰りたいが掃除が済んでいないなどの理由で避難所に残っている世帯が13あった。一方で、仮の住まいが見つかっていない世帯も2世帯あったため物件を紹介したという。

 一方、義援金は、広島市に約16億6000万円(18日現在)、県に7億8000万円(17日現在)が寄せられた。市は12日、一次配分として、全壊から床下浸水までの家屋を対象に一律10万円の申請受け付けを始めた。今後、二次配分として、被害に応じて傾斜配分する予定だ。【高橋咲子】


<広島土砂災害>1カ月の朝 母の好きなぶどうパンに…
毎日新聞 9月20日(土)12時7分配信

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母田中和子さんが亡くなった現場で手を合わせる小島美貴さん=広島市安佐南区緑井で2014年9月20日午前8時17分、三浦博之撮影

 発生から1カ月を迎えた広島市北部の土砂災害。20日、広島市安佐南区緑井8では、土石流にのまれ亡くなった田中和子さん(当時75歳)の長女小島美貴さん(46)が、原形をとどめないほど破壊された実家を訪れ、花を供えた。田中さんが好きだったというぶどうパンにカフェオレも添えた。

 田中さんは被災前日の8月19日午後10時半ごろまで隣に住む長男の固(かたし)さん(42)宅にいたが、寝床に就くため自宅に戻ったという。田中さんの自宅は流されたが、固さん宅は残った。それが小島さんの心残りだという。

 「過保護なくらい優しかった」という最愛の母だった。小島さんは「災害から1カ月たっても、母が亡くなった時の悲しい気持ちが変わることはありません」と話した。【倉沢仁志】


<広島土砂災害>「1カ月早いね」兄夫婦亡くした弟に涙
毎日新聞 9月20日(土)11時54分配信

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亡くなった兄夫婦の自宅跡に花を手向け、手を合わせる立川新三さん(左)と妻祝枝さん=広島市安佐南区八木で2014年9月20日午前7時46分、後藤由耶撮影

 阿武山(あぶさん)の山裾に広がる、広島市安佐南区八木地区の住宅地。発生から1カ月を迎えた広島市北部の土砂災害。20日朝、立川(たつがわ)新三さん(77)と妻の祝枝(ときえ)さん(71)は自宅から50メートルほど離れた新三さんの兄宅まで急な坂を上った。「1カ月、早いね」。新三さんが祝枝さんに語りかけた。家々は土石流にのまれ、今も巨石が目につく。崩れ落ちた兄の家の前で、転がっていた石の上にキクやユリの花を置き、2人は手を合わせた。「どうか安らかに」

 新三さんは、兄洋二さん(当時81歳)と義姉サチコさん(同82歳)夫婦をこの災害で失った。同じ戸建て団地の中なのに、3区画分ふもとに近い自分の家はほとんど被害を受けなかった。

 建築会社に勤めていた新三さんは、長男が生まれたばかりの38歳の時、傾斜地を造成したこの土地にマイホームを手に入れた。その翌年、洋二さん夫婦も家を建て引っ越してきた。2人の家は目と鼻の先。両夫婦とも登山が趣味で、洋二さんは団地の入り口を「登山口」、新三さん宅を「7合目」、自分の家を「山頂」と呼んだ。「見晴らしがいいけのう」。夏の花火がよく見えた自分の家を洋二さんは気に入っていた。

 洋二さんと新三さんは、4人きょうだいの次男と三男。戦時中は2人で広島県安芸高田市の祖父母宅に疎開した。戦後の貧しい時代は、毎食のようにふかした芋を食べ、肩を寄せ合って飢えをしのいだ。

 半世紀にわたって兄と住んできた愛着のある街。そこが土砂とがれきの街に変わった。新三さんは夫婦で毎朝、花と線香を持って洋二さんの自宅跡に向かう。「兄と自分の運命を分けたのは何だったのか……」。兄夫婦の苦しみを思い「早くがれきを取り除いて、更地にしてくれんかのう」と涙を浮かべる。

 「ただ、自分は生涯ここに住み続けたい。それが兄への供養になるから」。手を合わせた後、新三さん夫婦はきびすを返し、自分の家の方へゆっくり歩き始めた。【後藤豪】


広島土砂災害 犠牲者74人を追悼 発生1カ月の被災地、遺族や市民ら献花
産経新聞 9月20日(土)11時47分配信

 74人が犠牲となった広島市の土砂災害の発生から、20日で1カ月を迎えた。被災地では、土石流が被害を巻き起こした現場など、さまざまな場所で住民らが犠牲者を追悼するとともに、街の復旧を願った。

 甚大な被害が出た安佐南区の八木地区では、土砂やがれきの撤去に当たる警察官らが、作業開始前に整列して黙とうをささげた。手を合わせたり、花を手向けたりする住民らの姿があちこちで見られ、涙ぐむ女性もいた。

 広島市中区の市役所では同日、1階の市民ロビーに献花台が設けられた。

 午前9時ごろ、参列者が1分間にわたり黙とう。松井一実市長は「尊い命を奪われた74人の無念の思い、いかばかりかと痛恨の情を禁じえない」と死を悼み、「被災者の思いをくみ取り、今後の生活の展望が開けるよう、支援に努める」と誓った。


広島災害、犠牲者74人を追悼
2014年9月20日(土)11時17分配信 共同通信

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 土砂災害から1カ月を迎え、広島市役所で営まれた犠牲者を追悼する行事で言葉を述べる松井一実市長=20日午前

 74人が亡くなった広島市の土砂災害の発生から1カ月となった20日、同市中区の市役所で、犠牲者を追悼する行事が営まれ、遺族や市民らが花を手向けた。

 市役所1階のロビーに献花台を設置し、黙とうした後、松井一実市長と湯崎英彦知事が献花。松井市長は「(犠牲者の)無念の思い、いかばかりかと痛恨の情を禁じ得ない。教訓を肝に銘じ、安心に暮らせる町の実現に向け全力を尽くす」と追悼の言葉を述べた。

 災害当日から、行方不明者の捜索や土砂の撤去作業に当たった警察や消防、自衛隊の代表も出席。市職員らを含め、計約100人が参列した。


<広島土砂災害>1カ月 避難者70人…一層濃い疲労の色
毎日新聞 9月20日(土)11時5分配信

 発生から1カ月を迎えた広島市北部の土砂災害。市内の避難所には最も多かった8月22日、2354人だった避難者は約70人に減った。だが、避難所暮らしの長期化を余儀なくされている人たちの疲労の色は、一層濃い。一日も早い生活再建を望む気持ちは強いが、見通しが立っていない人もいる。

 安佐南区八木3の市立梅林(ばいりん)小に避難している大工、森下義由(のりよし)さん(67)は20日午前6時55分ごろ、妻千早恵(ちさえ)さん(65)を車でパート先へ送った後、安佐北区内で引き受けたトイレの改修工事現場に出掛けた。「この1カ月、今後への不安で頭がいっぱいだった。気持ちを切り替えて頑張っていきたい。生きている限り」

 森下さん方の2階建て住宅は土石流で全壊した。当初は体育館で、最近は空き教室で寝泊まりするが、慣れない場所での寝起きがたたり腰が痛い。千早恵さんも最近「胸が苦しい」と訴えて病院に行った。森下さんは「集団生活をした経験はなく、気を使う。夕方、仕事場から避難所に帰って来るのがおっくうだ」とつぶやいた。

 森下さん夫婦は今月27日、安佐北区の民間賃貸住宅に入居できる段取りになった。土石流の恐怖があり、住んでいた場所に戻るつもりはない。「入居はうれしいが、半年後には家賃補助もなくなると聞いた。生活は大丈夫だろうか」と不安を打ち明けた。

 同じ避難所に長女(19)と一緒に避難している女性(52)は、住んでいた県営住宅の雨漏りがひどく、帰ることができない。避難所生活が長引くにつれ「市の職員が巡回する音や、誰かがトイレに行く音などでいちいち目が覚めてしまう。神経質になり、イライラする」と言う。睡眠は1日3~4時間程度。ようやく市の借り上げマンションを仮契約することができたが、もうしばらくは避難所暮らしが続く。

 また、妻と子供3人と共に安佐南区の佐東公民館に避難している坂本宗幸さん(76)は、自宅1階が泥で埋まり帰ることができない。「ステージ上の袖で寝泊まりしているが、反対側の袖には別の家族が暮らしているのでプライバシーがない状況」と話す。数日後には公営住宅に移るが、手元に資金がなく、肝心の自宅を修理できるか不安でいっぱいだ。

 自宅アパートが床上浸水し、夫や娘夫婦らと6人で安佐南区の市立八木小の空き教室で暮らしている女性(60)は、ペットがいるため公営住宅には入れず、次の住まいのめどが立たない。「子供たちは、たとえ身内でも生活が丸見えになっているのが嫌みたい。孫のためにも早く次の家を見つけないと」と話していた。【後藤豪、村田拓也】


<広島土砂災害>1カ月 続く捜索、願いは一刻も早い復旧
毎日新聞 9月20日(土)11時0分配信

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広島県と市の合同追悼献花の会場で献花する参列者=広島市役所で2014年9月20日午前9時13分、望月亮一撮影

 74人が犠牲になった広島市北部の土砂災害は20日、発生から1カ月を迎えた。現場では把握できていない行方不明者がいる可能性もあるため、警察や消防の捜索は続く。また、生活の再建に見通しが立たない被災者も少なくない。被災地ではこの日早朝から、多くの人が亡くなった人たちを追悼し、一刻も早い復旧を願った。

 被害の大きかった広島市安佐南区八木の被災現場では午前8時、広島県警の機動隊員ら150人が犠牲者に1分間の黙とうをささげた。広島市役所では午前9時から、広島県と市の合同で追悼献花が行われ、行政関係者や市民約110人が災害に強いまちづくりに取り組むことを誓った。

 同市役所1階のロビーには献花台が設けられ、ユリなどの白い花が飾られた。犠牲者には広島市都市交通部長だった竹内重喜(しげき)さん(当時54歳)も含まれ、松井一実市長は「無念の思いはいかばかりか」と語りかけた。また、湯崎英彦県知事も「一日も早く被災者が安心して暮らせる日常を取り戻せるようにしたい」と追悼の言葉を述べた。

 献花後、松井市長は「今回のことを教訓に行政側の点検をしないといけない」と沈痛な表情で語った。この日急きょ出席した地元出身の岸田文雄外相も「政府として、地域の生活再建、復旧に全力で取り組みたい」と話した。

 土砂災害で肉親を失った遺族も訪れ、安佐南区緑井7に住んでいた次女の村田宏美さん(当時54歳)夫婦を亡くした西本幸子さん(77)は「何が何だか分からないままに、1カ月が過ぎた。気持ちを表す言葉が見つからない」と目頭を押さえた。【高橋咲子、吉村周平、竹下理子】


<広島土砂災害>1カ月の早朝 亡き妻にコスモス供え
毎日新聞 9月20日(土)10時57分配信

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妻恵津子さんの遺影を持ち、自宅跡を訪れた池田敏則さん。恵津子さんが好きだったコスモスの花を手向けた=広島市安佐南区八木で2014年9月20日午前6時37分、大西岳彦撮影

 土砂災害から1カ月を迎えた20日早朝、広島市安佐南区八木4の池田敏則さん(65)は自宅跡にコスモスを供えた。土砂にのまれて亡くなった妻の恵津子さん(当時63歳)が好きだった花だ。前日に家族でよく行った市内の渓谷から摘んできた。一帯を襲った土石流で日常生活は断ち切られ、家は跡形もなくなった。それでも前を向くしかない。「1カ月前には戻れんからね。女房のためにも、生きてやらにゃあ」と静かに手を合わせた。

 あの日、池田さんは2階、恵津子さんは1階にいた。池田さんが豪雨に寝付けずにいると、突然、岩が目の前に飛び込んできて家ごと押し流され、気付くと土砂に埋もれていた。先月26日、恵津子さんは警察署の安置室で、黒い袋にくるまれていた。64歳の誕生日だった29日、関東地方から駆けつけた子供や孫たちと10人で、骨になった恵津子さんを囲んだ。「2歳の孫が覚えたてのバースデーソングを歌ってね」。みんなでケーキを食べた。

 今月になり、避難所を出て、子供たちが探してくれたワンルームのアパートに移った。池田さんにとって、一度も経験したことのない一人暮らしだ。そばには土石流に巻き込まれながら奇跡的に戻ってきた愛犬のジャッキー。そして、自宅跡から見つかった恵津子さんにとても似合いのベージュの帽子や思い出の写真……。「午前3時38分」で止まった掛け時計もあった。

 「2人で100%だったのに、半分になってしまった」。当たり前だった日常が頭を駆け巡り、「どうして早(はよ)う、避難できんかったんか」と自責の念に駆られる。慣れない自炊もままならず、生活再建はこれからだ。だが、恵津子さんと2人で選んだ地に「早く戻りたい」と夢を抱いている。【加藤小夜】


「尊い命奪われ、痛恨」=1カ月で追悼行事―74人犠牲、市長ら献花・広島土砂災害
時事通信 9月20日(土)10時49分配信

 74人が犠牲となった広島市北部の土砂災害は20日、発生から1カ月を迎えた。現場や市役所などで朝から追悼行事が行われ、献花した松井一実市長は「尊い命を奪われた皆さまをしのぶとき、痛恨の情を禁じ得ません」と述べ、冥福を祈った。 


広島被災者の8割「土砂災害ないと思っていた」
読売新聞 9月20日(土)9時13分配信

 広島市北部の土砂災害は、20日で発生から1か月となる。

 読売新聞は、被災者150人に聞き取り調査した。8割弱にあたる114人が自宅付近で土砂災害はないと思っていたと答え、土石流発生までに避難行動をとったのは全体の1割強の19人にとどまった。被害発生後に出された避難勧告について、直後に発令に気づいたのは9人だけで、危険情報をどう伝達するかが課題として浮かび上がった。

 調査は9月11~15日、自宅に被害を受けた人に対し、記者が面談で行った。

 被害が出たのは、土砂災害警戒区域の指定地域や、指定予定の場所も多い山沿いの土地だったが、住民のほとんどは土砂災害の危険があると知らなかった。

 土石流発生までに「避難が必要」と感じた35人のうち、自宅外に避難したのは6人、自宅2階などに逃げたのは13人。16人は「既に外は危険な状態だった」などとして避難できなかった。


広島土砂災害1カ月 「きみは太陽、来世も一緒」
産経新聞 9月20日(土)7時55分配信

 29年前にローンを組んだ中古の2階建て住宅。妻が新聞のチラシで見つけてきた。それが運命の分かれ道だった。広島市の土砂災害でコミュニティーバスの運転手、池田敏則さん(65)=同市安佐南区八木4丁目=は妻の恵津子さん(63)を亡くした。あれから1カ月。今は何の照れもなく「きみは太陽だった」と言える。失った存在は大きく、毎日が無気力だ。ただ一点、「ここで生きていく」とだけ心に誓った。妻を奪ったこの場所は妻が愛した場所でもある。

 時計の針は3時38分で止まっていた。8月20日のその時刻、土石流が家屋全体を襲った。わずかな立ち位置の差が、夫妻の生死を分けた。

 2日後に遺体が見つかった。損傷が激しく、DNA型鑑定で恵津子さんと特定された。遺体を保管していた警察署で担当者に尋ねられた。「写真を見ますか。おすすめはしません」

 万に一つ、人違いかもしれない。覚悟を決めて写真を見た。目尻の面影で分かった。「だめか」。荼毘(だび)に付される直前、参列者の前で声に出して言った。「来世も一緒になろう」

 2人とも広島・因島の出身。同じ町内で育ち、小中高も同じ。昭和48年、23歳のときに結婚した。仕事の都合で安佐南区八木のアパートに転居。雨漏りを直さない管理人に業を煮やした恵津子さんが、新聞チラシで近所の売り物件を2軒見つけてきた。

 意見が割れたが「外観がいい」と恵津子さんが今の家に決めた。池田さんが推したもう1軒は、今回被災を免れていた。

 以来、ここで人生の大半を過ごした。3人の子供を独立させ、孫ができた。再び夫婦2人となり、昨年から犬を飼い始めた。そしてこの家の敷地内で恵津子さんは土砂に埋まった。

 「他の場所に流されもせず、よっぽど、ここが好きじゃったんじゃろう」

 被災後は近くの八木小学校の避難所で過ごす。仕出し弁当を1人でつつき、恵津子さんが得意だったお好み焼きのことを考える。生地に山盛りのキャベツ、さらにうどんをのせて器用にひっくり返した。ビールを分け合い、コテで食べた。

 人生の最高の幸せとは-。「あのひとときだ」と今なら答える。「お好み焼きのときだけ、また現れてくれんか」と夢想する。

 今は何をするにも気力がわかない。失って初めて実感した。「一言でいえば、家内は自分にとって太陽だった。今は1人で月夜を歩いている」

 生き残った愛犬を連れて毎朝、自宅跡に通う。「市の避難勧告が遅れたのどうのって、最終的には自分の判断が甘かった」といつも悔やんでいる。あの日、家内は寝ていた。自分は雨がひどくて起きていた。早めに逃げる決断をしていればよかった。

 自宅のあった場所へ必ず帰る。それだけは決めている。危険でも構わない。「住むことが弔いになる。テントを張ってでも、いつかあそこへ戻る」


<広島土砂災害>発生1カ月 18世帯37人避難勧告解除
毎日新聞 9月20日(土)0時0分配信

 74人が犠牲になった広島市北部の土砂災害が20日で発生1カ月を迎えるのを前に、広島市は19日、安佐南区八木6丁目の一部で18世帯37人の避難勧告を解除した。避難者はピーク時の約2400人から大きく減少した。住宅への被害は全半壊255戸を含め約4500戸。依然として90戸で断水が続くなどライフラインの全面復旧には至っていない。

 死亡者の身元は全員判明したが、広島県警などは把握できていない行方不明者がいる可能性もあるとみて捜索を続ける。【石川裕士】


81人が避難所で生活…広島土砂災害から1か月
読売新聞 9月19日(金)21時50分配信

 広島市北部の土砂災害は20日で、発生から1か月となる。

 広島県警は19日、同市安佐南区八木で前日見つかった遺体の身元が、行方不明者で近くの無職大屋弘子さん(67)と確認したと発表し、死者74人全員の身元が判明した。今も2335人に避難勧告が出され、81人が避難所での生活を強いられている。

 今回の災害では、安佐南、安佐北両区を中心に大規模な土石流が発生。負傷者も44人に上った。住宅429戸が損壊したほか、90戸で断水が続く。

 国や県、市は復旧計画で、土砂やがれきの撤去などを10月上旬までに完了させるとしており、道路の土砂撤去は99%終わった。

 避難勧告が継続しているのは、甚大な被害の出た安佐南区八木、緑井両地区の一部。土砂の撤去が進まず、大雨の際に避難路が確保できないためで、解除の見通しは立っていない。


当初、甚大災害とは…広島市長「今後の戒めに」
読売新聞 9月19日(金)19時1分配信

 広島市の松井一実市長は19日、災害発生から1か月となるのを前に記者会見し、8月20日未明の初動対応について、「3回にわたって連絡を受けたが、午前3時台の1回目の段階では(甚大な災害であると)受け止めていなかった。(災害対策本部会議を開くべきだとの報告を受けた)2回目の午前5時頃の連絡で大変なことになっているという認識を持った。今後の戒めとしたい」と語った。

 また、年内に被災地の新たな街づくりの全体像を示す計画を作成することを明らかにした。さらに、道路の土砂撤去が進んでいることから、19日中に安佐南区八木の一部の避難勧告を解除する方針を示した。街づくり計画には、避難経路の見直しや新たなハザードマップづくり、砂防ダム建設の計画的な推進などを盛り込むとした。


広島土砂災害から20日で1カ月
2014年9月19日(金)18時59分配信 共同通信

 74人が犠牲になった広島市北部の土砂災害から20日で1カ月。土砂やがれきの処理、被災者の生活再建など課題は依然多い。避難勧告の遅れが問題視され、災害当日の対応を検証する作業も進められている。

 8月20日未明、局地的な豪雨により土石流が相次いで発生し、安佐南区で68人、安佐北区で6人が死亡した。行方が分からなかった最後の1人が18日に見つかり、全員の身元が判明。警察と消防、自衛隊の延べ約7万2千人が捜索に当たった。

 市によると、両区で崖崩れは約350件。住宅の被害は、全半壊約250、床下浸水約2800などの計約4500棟に上る。


復旧作業、難航の地域も=なお81人避難生活―土砂災害から1カ月・広島
時事通信 9月19日(金)16時23分配信

 犠牲者74人を出した広島市北部の土砂災害は、20日で発生から1カ月となる。安佐南区八木、緑井両地区では、918世帯2335人を対象に避難勧告が継続されている。ボランティアの協力などで土砂の撤去が進み、勧告解除のめどは立ちつつあるが、山積みとなった土砂やがれきに妨げられ、復旧作業が難航している地域もある。同区の避難所には、なお81人が身を寄せている。
 19日には、避難勧告が続いていた八木、緑井両地区の9地域のうち、1地域が解除された。継続中の地域でも道路上の土砂撤去は99%終わっており、市は10月上旬までに、さらに6地域の解除を進める方針だ。
 ただ、八木3丁目地域の一部では、行方不明者の捜索活動が続いたことから、土砂やがれきが山積みのままで、下水道管の工事も進んでいない。道路上の土砂撤去はほぼ終わったものの、宅地に流れ込んだ土砂は全量の把握すらできておらず、市の担当者は「復旧のめどを立てるのは難しい」と話している。
 市は17日、避難を続ける47世帯の聞き取りを実施。仮住宅が見つからないとしたのは2世帯のみで、13世帯は仮住宅への転居を望まず、「自宅に戻れるまで避難所にいたい」と答えた。松井一実市長は19日の記者会見で、「事情を聴いて丁寧に対応し、避難所から出ていただける状態にしたい」と話し、長引く避難生活への懸念を示した。 


広島土砂災害 義援金22億円、配分に差も…基準なく苦慮
産経新聞 9月19日(金)15時10分配信

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8月25日には流出したがれきなどで道路が埋まっていた広島市安佐南区八木3丁目(右)。発生から1カ月を前に、18日には車両が通行できるまでに土砂の撤去が進んだ(左)(写真:産経新聞)

 広島市の土砂災害で、全国から寄せられた義援金の総額が20億円を突破した。市は家屋被害のあった世帯に一律10万円を配布することを決めたが、所有者が転勤して一時的に居住していない空き家や事業所は対象外とし、同じ被災者でも差が生じている。市は「できるだけ多くの人に届けたいが生活再建が第一。初期の段階からむやみに対象を広げるのは難しい」と頭を悩ませている。

 「通帳とにらみ合いの生活が続くので、本当に助かる」

 安佐南区役所で申請手続きをすませた会社員男性(61)は自宅が土砂で損壊したうえ、車も流された。一部は保険が下りそうだが経済的な余裕はない。義援金という「善意」の恩恵を受けられることに感謝しきりだった。

 これまでに届いた義援金は市に約15億円、県や関係機関に約7億6千万円の計22億6千万円。市は配分委員会を設置し、第1次の配分先を決定。自宅が全半壊した人に加え、土砂流入による床下浸水の人も対象とし、およそ5千世帯が該当するという。

 ただ、被災地に「生活実態があること」が条件。このため、所有者が転勤中の空き家には配布されない。アパートやマンションについても、仮に部屋に土砂が流れ込んでいても、借り主がいなければ義援金の対象外。被災地の商店や会社の事務所も同様だ。

 同じ安佐南区の無職男性(69)は自宅は被害を免れたが、趣味の工房として使っていた近くの建物に土砂が流入。修繕費に充てようと、義援金を申請したが区の担当者から対象外と告げられた。「『被害が軽いから面倒をみません』といわれているようだ」と不満げだ。

 同じ地区の診療所では、診察室が泥水につかり、入り口付近や駐車場に土砂が堆積した。患者の衛生面を考え、業者に撤去を依頼。義援金はもらえず、40万円の費用は自腹を切った。院長の男性(54)は「地元のために開業しているのに」と少し寂しげに話した。

 災害時の義援金の配布先は被災地の配分委員会が地域の実情に応じて決めており、統一的な基準はない。

 東日本大震災で被災した岩手県大槌町では、商店は対象外だったが、空き家には配布した。「過疎化で空き家が多いが、将来的に生家に戻ってくる人もいるため」と担当者は説明する。

 平成23年の紀伊半島豪雨で被害が出た奈良県でも商店は対象外だった。

 被災者支援に詳しい室崎益輝・兵庫県立大防災教育センター長(防災計画)は「義援金は早急に配布するため、まず住家被害で線引きをすることも大事だが、行政側は本当に必要な人に届くように被害状況を分析しなければならない」と話した。


広島土砂災害 見つかった遺体は大屋さんと確認 死者74人に
産経新聞 9月19日(金)15時6分配信

 広島市の土砂災害で、広島県警は19日、同市安佐南区八木3丁目で前日に見つかった遺体について、無職の大屋弘子さん(67)と確認したと発表した。災害発生から20日で1カ月を迎えるのを前に、最後まで行方が分からなかった大屋さんが発見され、死者は計74人となった。

 大屋さんの遺体は18日午前、自宅跡から斜面を数十メートル下った県営住宅の外階段付近で、土砂の下から見つかった。県警が遺体のDNA型鑑定を実施し、大屋さんと特定した。

 大屋さんは夫の幸雄さん(71)と2人暮らし。自宅が土石流で流され、幸雄さんは8月28日に死亡が確認されている。

 大屋さんの弟、浜野順次さん(65)=松江市=は姉の死を覚悟しながら、気持ちに区切りをつけられない日々を過ごしてきた。「やっと出てきてくれた。一時はあきらめたが、彼岸に間に合った」と大きく息をついた。

 幸雄さんはすでに荼毘(だび)に付されたが「姉も一緒に」と葬儀はまだしていない。浜野さんは「姉は亡くなる直前まで幸雄さんと一緒だったと思う。それがせめてもの救い。ようやく葬儀もできる」と話した。


土砂災害「応急復旧は順調」=広島市長、発生1カ月控え会見
時事通信 9月19日(金)13時39分配信

 74人が死亡した広島市北部の土砂災害発生から20日で1カ月となるのを前に、松井一実市長は19日、記者会見し、避難勧告が継続中の地域について「応急復旧はおおむね順調に進んでいる」と述べた。安佐南区八木、緑井両地区の936世帯2372人を対象に避難勧告が続いているが、うち10月上旬までに勧告解除を目指している地域での作業が順調だといい、一部は19日午後に勧告を解除する。
 一方、広島県は八木、緑井両地区で今年度末までに、土砂災害警戒区域の指定を進める方針だが、被災地域からの移転を希望する人も多く、市長は「現行の制度で十分か、県と連携して検討する」と、移転支援に乗り出す考えを示した。 


24カ所に砂防ダム建設へ=広島の土砂災害現場に―国交省
時事通信 9月19日(金)12時10分配信

 広島市北部の土砂災害で、国土交通省は19日、被害が大きかった同市安佐南区などの渓流24カ所に、砂防ダムを建設すると発表した。付近では現在も上流に崩れた土砂が残っており、緊急の対応が必要と判断した。
 国交省によると、建設するのは安佐南区の緑井、八木地区の20カ所と山本地区の1カ所のほか、安佐北区可部東地区の3カ所。19日に現地事務所を設置し、26人の職員が調査やダム設計に当たる。 


<広島土砂災害>死者74人全員の身元判明 20日で1カ月
毎日新聞 9月19日(金)11時0分配信

 広島市北部の土砂災害で、広島県警は19日、安佐南区八木3で18日に収容された遺体は、近くの無職、大屋弘子さん(67)と確認したと発表した。DNA型鑑定で特定した。土砂災害は20日で発生から1カ月になるが、これで死者74人全員の身元が判明し、県警が把握している行方不明者はゼロになった。

 ただ、県警や消防は、未確認の行方不明者がいる可能性もあるとして、19日は計約900人態勢で捜索や土砂の除去などの作業に当たる。捜索には19日を含め、警察は延べ約3万9200人、消防は延べ1万8000人を投入している。【石川裕士】


土砂災害、最後の遺体は大屋さん
2014年9月19日(金)10時2分配信 共同通信

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 広島市安佐南区八木地区で、積み上げられたがれきの山。手前には寄り添うように花束が置かれていた=19日午前

 広島県警は19日、広島市の土砂災害で18日に見つかった遺体の身元を安佐南区の無職大屋弘子さん(67)と発表した。土砂災害発生から20日で1カ月となるのを前に死者74人の身元が全員判明した。最後の行方不明者が確認されたことで捜索活動に区切りがついた。今後は現場復旧に軸足が移り、行政などによる作業が加速しそうだ。

 県警によると、DNA鑑定の結果などから大屋さんと断定した。遺体は18日午前、自宅から数十メートル斜面を下った県営アパート外階段2階付近で、直径1メートルほどの岩と土砂の下から見つかった。

 付近からは夫の幸雄さん(71)の遺体が見つかっている。

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