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2014年9月12日 (金)

宮城沖地震に関するニュース・1754,2014年9月12日

引き続き、2011年3月11日に発生した、東北関東大震災に関するニュース記事を伝達します。

今後も引き続き、随時追加します。

リンク:テレ朝が事実誤認と謝罪 - 速報:@niftyニュース.
リンク:<川内原発>再稼働「国が責任」 事故対応への関与強調 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:報ステ・古舘キャスター「大きな間違いをした」と謝罪 規制委が「偏向編集」と抗議の川内原発報道で - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:避難先で死亡は原発事故原因…東電との訴訟和解 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<福島原発事故>細野氏「菅氏、吉田所長と信頼関係築けず」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:病院患者遺族、東電と和解=原発事故避難中の死亡で―千葉地裁 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:「報ステは誤報」規制委、川内原発報道で訂正・謝罪要求 テレ朝、12日の番組で説明へ - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:川内原発再稼働方針を明記 - 速報:@niftyニュース.
リンク:<菅官房長官>福島原発調書で枝野氏に反論 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:「吉田調書」で完全暴露された菅元首相のイライラ 怒鳴り声ばかりに「何だ馬鹿野郎」と批判 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:四国電、地震想定引き上げ=伊方3号機、650ガルに - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:菅長官、枝野氏の「黒塗り」発言に反論 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:個人情報など一部不開示=菅官房長官 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:吉田調書公開 新発見につながるか 現場指揮官の肉声「歴史的資料」解読を - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:菅元首相、やはり原発事故対応の障害か… 故吉田元所長が激烈に批判 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:川内原発、再稼働へ文書=鹿児島知事に手渡す―「事故時は政府が責任」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:吉田調書公開 「所長と菅元首相が信頼関係築けなかったこと、深刻に反省」 民主・細野氏 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<原発ADR>解決センター、岩手県に和解案提示へ - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:旧佐々直工場を震災遺構に 名取市が方針 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:小渕経産相、再稼働の必要性示す文書渡すと発表 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:国道6号15日開通=福島の帰還困難区域―政府 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:政府、川内原発避難計画を了承…今後のモデルに - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:川内原発の避難計画了承 - 速報:@niftyニュース.
リンク:政府、知事に文書手渡しへ=鹿児島・川内原発再稼働で - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:福島・楢葉のサケ 「立派な川に戻す」2年後の本格放流へ地道な戦い - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:10月1日解除を決定=川内村避難指示、2例目―政府 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<川内原発>安倍首相が避難計画を了承 原子力防災会議 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:川内原発の避難計画を拡充=移動手段など具体化―政府 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<大震災3年半>震災関連死3000人突破 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<大震災3年半>子よ友よ安らかに 沿岸被災地で追悼 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<大震災3年半>お父さん、お帰り 遺族ようやく納骨 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:菅氏に「バカ野郎と言いたい」…主張に食い違い - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:菅元首相釈明 現地視察「所長に負担かけた…でも必要だった」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:政府が吉田氏、菅元首相ら19調書公開 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<吉田調書>他の調書も公表…「検証の幅広がる」期待の声 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<東日本大震災>分断の防潮堤 震災から3年半 - 速報:Yahoo!ニュース.

以下、参考のために同記事を引用

テレ朝が事実誤認と謝罪
2014年9月12日(金)23時59分配信 共同通信

 テレビ朝日は12日夜のニュース番組「報道ステーション」で、九州電力川内原発1、2号機(鹿児島県)の新規制基準への適合に関する報道内容に関し、事実誤認と不適切な編集があったと謝罪した。

 古舘伊知郎キャスターは「2点について大きな間違いを犯した。心からおわび申し上げます」と述べた。

 謝罪したのは10日の同番組の報道で、原子力規制委員会の田中俊一委員長の記者会見内容を誤って伝えたという。

 規制委の審査書案でミスが見つかった竜巻の影響評価ガイドに関する質疑の内容を、火山のものと誤解して放送。規制委がテレビ朝日に訂正と謝罪を求めていた。


<川内原発>再稼働「国が責任」 事故対応への関与強調
毎日新聞 9月12日(金)23時41分配信

 政府は12日、九州電力川内(せんだい)原発(鹿児島県)の再稼働を進めるとする政府方針を示した文書を、立地自治体の鹿児島県と薩摩川内市に渡した。政府方針は、原発事故が起きた場合「政府は責任をもって対処する」など、地元不安に配慮した表現を明記。再稼働や事故対応に国が関与する姿勢を鮮明にすることで、再稼働への地元同意取り付けの地ならしを進めたい考えだ。【中井正裕、杣谷健太、宝満志郎】

 「エネルギー政策上の原発の必要性と安全性の確保について、政府の考え方が明確に示された」。小渕優子経済産業相名の文書を県庁で渡された伊藤祐一郎知事は、記者会見で政府方針を高く評価した。薩摩川内市役所で受け取った岩切秀雄市長も「安全性に国が責任を持つことが確認できた」と語り、県、市とも、住民説明会など地元同意の手続きを加速させる。

 政府方針は、4月に閣議決定したエネルギー基本計画に基づき、原子力規制委の安全審査をクリアした「川内原発の再稼働を進める」と明記。川内原発1、2号機は安全審査を通っており、再稼働の最後のハードルが地元同意だ。そのため政府方針は、原子力規制委の審査結果や、原子力災害対策について「政府として丁寧に説明する」とし、地元理解を得るために国が前面に立つ姿勢を強調した。さらに伊藤知事の求めに応じて「事故が起きた場合、政府は責任をもって対処する」との一文を盛り込んだ。

 県は10月9日から、川内原発30キロ圏内の5市町で住民説明会を開く。規制委事務局の原子力規制庁職員らが出席し、川内原発の安全対策や避難計画などについて話す。小渕氏も12日の記者会見で、11日に伊藤知事と岩切市長に電話し、「私自身必要があればいつでも現地に赴く準備がある」と伝えたことを明らかにした。伊藤知事は、県議会、薩摩川内市長と市議会の意向を確認した上で、再稼働を容認する方向だ。法律上、地元同意は再稼働の条件ではないが、九電は県、市と締結している安全協定に基づき、両自治体の同意を得た上で再稼働を決める。

 立地自治体の首長が政府方針に理解を示したことで、川内原発は再稼働に向け大きな一歩を踏み出した。しかし、30キロ圏内のすべての自治体、議会が再稼働賛成を決めたわけではない。出水(いずみ)市議会は昨年11月、再稼働反対の陳情を趣旨採択し、慎重な対応を県に求める意見書を可決。いちき串木野市では6月、市民団体の呼びかけた再稼働反対署名に住民の半数超が応じた。姶良(あいら)市議会は7月、再稼働に反対する意見書を採択。九電は、県と薩摩川内市以外の同意を取り付けるか明言していないが、再稼働が現実味を帯びるにつれ、安全性や避難計画に不安を持つ周辺自治体からの反発が強まる可能性がある。


報ステ・古舘キャスター「大きな間違いをした」と謝罪 規制委が「偏向編集」と抗議の川内原発報道で
産経新聞 9月12日(金)23時23分配信

 原子力規制委員会は12日、九州電力川内(せんだい)原発1、2号機(鹿児島県)の「合格証」交付について10日に放映したテレビ朝日系「報道ステーション」に対し、事実誤認と意図的な偏向編集があるとして、訂正と謝罪を要求したことを明らかにした。テレ朝は12日の番組で説明するという。

 規制委によると、番組の中で、竜巻の審査ガイドの修正を「火山ガイドの修正」と間違って報道。ナレーターが「審査基準を修正するのならそのまま合格とせず、修正した正しい基準で再審査すべきではないのか」と主張した。

 さらに田中俊一委員長の会見で、火山の質問に答えているにもかかわらず、別の質問に対する「答える必要がない」という回答になるよう編集した。原子力規制庁幹部は「編集権は尊重するが、今回は委員長をおとしめる中傷と考えている」と話した。

 テレビ朝日広報部は産経新聞の取材に対し、「誤解を与える表現や誤った印象を与えてしまい申し訳なく、田中委員長をはじめ関係者におわびします」とコメントし、訂正と謝罪を番組で放映することを明らかにした。


避難先で死亡は原発事故原因…東電との訴訟和解
読売新聞 9月12日(金)21時57分配信

 東日本大震災が起きた2011年3月、福島県大熊町の双葉病院に入院していた女性(当時83歳)が震災5日後に避難先で死亡したのは東京電力福島第一原発事故が原因だとして、女性の遺族らが東電に損害賠償を求めた訴訟は12日、千葉地裁(広谷章雄裁判長)で和解が成立した。

 東電側が慰謝料など約1360万円を支払う。

 訴状や原告弁護団によると、女性は第一原発から約4・5キロの同病院に入院。震災発生翌日の3月12日、原発から半径20キロ圏内の住民に避難指示が出されたが、病院から救助されたのは同16日だった。病院ではその間水道や電気、ガスが途絶えており、女性は同日夜に避難先で脱水症により死亡した。

 遺族は、事故による避難指示で救助が遅れたほか、医療関係者が外から入ることもできなかったため適切な治療を受けられなかったとして、東電に約3100万円の損害賠償を求めて13年11月に提訴していた。


<福島原発事故>細野氏「菅氏、吉田所長と信頼関係築けず」
毎日新聞 9月12日(金)20時43分配信

 民主党の細野豪志前幹事長は12日、東京都内での講演で、東京電力福島第1原発事故発生時の菅直人首相(当時)と吉田昌郎所長(同、故人)との関係について、「信頼関係を築くことができなかった。本当に深刻な反省が必要だ」と述べた。細野氏は当時首相補佐官だった。首相官邸の現場への介入が問題視されていることに対しては「一つ一つのことを首相はしっかりと考えて判断しており、必ずしも間違っていない」と反論した。


病院患者遺族、東電と和解=原発事故避難中の死亡で―千葉地裁
時事通信 9月12日(金)20時11分配信

 東京電力福島第1原発事故に伴う過酷な避難の影響で死亡したとして、福島県大熊町の双葉病院に入院していた女性=当時(83)=の遺族が東電に損害賠償を求めた訴訟は12日、千葉地裁で和解が成立した。
 原告弁護団によると、東電が慰謝料など1360万円を支払う内容で、既払い金を加えると賠償総額は1931万円。
 訴状などによると、双葉病院は原発から5キロ圏にあり、震災発生時の入院患者338人のうち一部の避難が大幅に遅れた。女性はその一人で十分なケアを受けられず院内に放置。事故から5日後の2011年3月16日に救助されたが、避難先の運動公園で脱水症のため死亡した。 


「報ステは誤報」規制委、川内原発報道で訂正・謝罪要求 テレ朝、12日の番組で説明へ
産経新聞 9月12日(金)19時16分配信

 原子力規制委員会は12日、九州電力川内(せんだい)原発1、2号機(鹿児島県)の「合格証」交付について10日に放映したテレビ朝日系「報道ステーション」に対し、事実誤認と意図的な偏向編集があるとして、訂正と謝罪を要求したことを明らかにした。テレ朝は12日の番組で説明するという。

 規制委によると、番組の中で、竜巻の審査ガイドの修正を「火山ガイドの修正」と間違って報道。ナレーターが「審査基準を修正するのならそのまま合格とせず、修正した正しい基準で再審査すべきではないのか」と主張した。

 さらに田中俊一委員長の会見で、火山の質問に答えているにもかかわらず、別の質問に対する「答える必要がない」という回答になるよう編集した。原子力規制庁幹部は「編集権は尊重するが、今回は委員長をおとしめる中傷と考えている」と話した。

 テレビ朝日広報部は産経新聞の取材に対し、「誤解を与える表現や誤った印象を与えてしまい申し訳なく、田中委員長をはじめ関係者におわびします」とコメントし、訂正と謝罪を番組で放映することを明らかにした。


川内原発再稼働方針を明記
2014年9月12日(金)19時3分配信 共同通信

 経済産業省資源エネルギー庁の上田隆之長官は12日、九州電力川内原発が立地する鹿児島県と薩摩川内市を訪れ、伊藤祐一郎知事と岩切秀雄市長に「安全性が確保されると確認された。政府として再稼働を進めることとする」とした小渕優子経産相名の文書をそれぞれ手渡した。

 文書は、原子力規制委員会が10日に川内原発の審査書を決定し、安全確保が確認されたと指摘。「万が一、事故が起きた場合は関係法令に基づき、政府が責任を持って対処する」と盛り込んだ。

 上田長官と面会後に記者会見した伊藤知事は「国の責任が明確にされた。手続きとしては十分」と評価した。


<菅官房長官>福島原発調書で枝野氏に反論
毎日新聞 9月12日(金)19時1分配信

 菅義偉官房長官は12日の記者会見で、東京電力福島第1原発事故に関する政府の事故調査・検証委員会の調書について、民主党の枝野幸男元官房長官が「私が求めた何倍もの黒塗りがなされている」と主張していることに対し、「枝野氏が事前に不開示部分に合意したので、(それ以外を)開示した。まったく当たらない」と反論した。


「吉田調書」で完全暴露された菅元首相のイライラ 怒鳴り声ばかりに「何だ馬鹿野郎」と批判
J-CASTニュース 9月12日(金)18時49分配信

 政府が東京電力福島第1原発の事故に関する政府事故調査・検証委員会の調書を公開した。事故処理の陣頭指揮をとった吉田昌郎所長による、いわゆる「吉田調書」を読むと、事故翌日に現地を訪れた菅直人首相(当時)に対する不信感が伝わってくる。

 吉田氏に対して「厳しい口調」で状況説明を求める一方、現場作業者への激励はなかったそうだ。ほかにも菅氏が怒りを爆発させていた様子を証言しており、「イラ菅」ぶりに「気分悪かった」と不快感をあらわにしている。

■「自由発言できる雰囲気じゃないじゃないですか」

 内閣官房のウェブサイトに2014年9月11日公開された「吉田調書」は、計11本の文書ファイルがある。2011年7月~11月に断続的に実施された聴取内容を、そのまま記録したものだ。注目されたのが、原発事故が起きた翌日の2011年3月12日、当時の菅首相が現地視察を実施した際の吉田所長とのやり取りだった。

 最初のヒアリングとなった2011年7月22日の記録に、早速その話題が登場する。菅氏が福島第1原発に到着して吉田氏と顔を合わせると、「かなり厳しい口調で、どういう状況になっているんだということを聞かれた」と明かす。そこで、ほとんどの電源を喪失し、制御が聞かない状態だと説明したという。

 質問者が吉田氏に、「現場が厳しい状況になっているかということは、説明されているんですか」と問うと、「そこは、なかなかその雰囲気からしゃべれる状況ではなくて、現場は大変ですよということは言いましたけれども、何で大変かということですね、十分に説明できたとは思っていません」と返答し、「要するに自由発言できる雰囲気じゃないじゃないですか」と付け加えた。

 菅氏はこの際、現場作業者の激励には赴いていないという。訪問の様子を「来て、座って帰られました」としか吉田氏が表現していないところから、菅氏に対して好印象だったとはとても言いがたい。

 吉田氏の聴取後となる2012年2月に刊行された、福島原発事故独立検証委員会(民間事故調)の調査・検証報告書にも、菅氏の現場訪問時の様子が書かれていた。池田元久経産副大臣(当時)の手記の中で、「怒鳴り声ばかり聞こえ、話の内容はそばにいてもよく分からなかった」と記述されていたという。

「一騎だけで先頭を走るタイプ」「ものすごく苛烈な性格」
 公開された調書には、吉田氏以外の関係者のものもある。読み解くと、菅氏の現地視察には政権執行部ですら全面的に賛成していなかったようだ。

 当時官房長官だった枝野幸男氏(2012年3月25日聴取)は、「政治的には絶対にたたかれます」と考えて菅氏本人に確認したが、それでも行くとのことだったと明かした。パフォーマンスだと言われるに決まっている、「こんなところで東京を離れること自体、どんなに結果がよくてもたたかれるのはよくわかっていました」と述懐するが、官邸に情報が入ってこないため「誰かが行くしかない」となればその通りだろうとも思ったという。「一騎だけで先頭を走っていくタイプのリーダー」である菅氏が現地を訪問し、枝野氏が官邸に残って全体を見た方が「政治的な評価という意味では絶対にマイナスだけれども、正直その方がものは回るわなと思いました」と本音を漏らした。

 事故発生時は首相補佐官だった細野豪志氏(2011年12月14日聴取)は、「私は反対だった」と率直に語っている。だが「絶対にあの人は行くと思った」とも述べた。性格的に「行くと決めたら行く人」なので、本人に直接は反対しなかったそうだ。12、3年の付き合いのなかで「ものすごくあの人は苛烈な性格」と評している。現地に足を運んだことで腹を決めたと思うと話す半面、「今から考えたらものすごく大きなリスクだったですね」とも口にしている。

「あのおっさんがそんなのを発言する権利があるんですか」
 菅氏は2014年9月11日付のブログで、原発事故翌日の現場視察について触れ、「吉田所長に負担をかけたかもしれない」とする一方で、「住民避難の範囲を判断する上で原発がどの程度危険な状況か知る必要があった」「東電本店から官邸に来ていた武黒氏(注:武黒一郎フェロー=当時)が分からないと言う以上、現地に行って責任者から話を聞くしかなかった」と、あくまでも正当な行為だったと強調した。

 ただ、吉田氏の菅氏に対する不信が募ったのは、この訪問だけではなかったようだ。2011年7月29日実施の聴取では、菅氏が東電本店に乗り込んで政府との統合対策本部を設置した同年3月15日について触れている。本店の様子をテレビ会議で知った際、菅氏が「何か知らないですけれども、えらい怒ってらした......要するに、おまえらは何をしているんだということ」と振り返り、「気分悪かったことだけ覚えています」と述べた。菅氏が何の目的で本店に来ていたかも、「知りません」と突き放している。

 極めつけは、2011年11月6日に行われた聴取だ。事故現場からの「全面撤退」が検討されたかに関するやり取りのなかで、「逃げたと言ったとか、言わないとか、菅首相が言っているんですけれども、何だ馬鹿野郎というのが基本的な私のポジション」と強く菅氏を非難している。その後も「撤退」という言葉は使っていないと何度も繰り返し否定。質問者が「ある時期は、菅さんが自分が東電が逃げるのを止めたんだみたいな」と言うと、「あのおっさんがそんなのを発言する権利があるんですか。あのおっさんだって事故調の調査対象でしょう。そんなおっさんが、辞めて、自分だけの考えをテレビで言うというのはアンフェアも限りない」。菅氏を「おっさん」と呼んでいるところに、吉田氏の激高ぶりが伝わってくる。

 菅氏は前出のブログで、「吉田所長の証言と私の証言に、立場の違いはあるが本質的には食い違いはない」と書いている。だが当時、まさに命をかけて最悪の事態を回避しようとしていた吉田氏は、自分や仲間の現場スタッフにむけて「イラ菅」ぶりをさく裂させるばかりで激励の言葉ひとつかけなかった菅氏に対して、不信感を抱くのは理解できる。


四国電、地震想定引き上げ=伊方3号機、650ガルに
時事通信 9月12日(金)18時48分配信

 原発再稼働の前提となる新規制基準への適合性審査で、四国電力は12日、伊方原発(愛媛県伊方町)の想定する地震の揺れ(基準地震動)を申請時の570ガルから650ガルに引き上げる方針を、同日の原子力規制委員会の審査会合で表明した。
 四国電は、敷地近くを通る中央構造線断層帯が長さ480キロにわたり連動する可能性を考慮し、最大で570ガルの揺れを想定してきた。しかし、計算手法の見直しや、計算結果に余裕を多く取るなどして基準地震動を引き上げた。 


菅長官、枝野氏の「黒塗り」発言に反論
産経新聞 9月12日(金)18時13分配信

 菅義偉官房長官は12日の記者会見で、民主党の枝野幸男元官房長官が東京電力福島第1原発事故の対応に関する「聴取結果書」の公表に関し「私が求めた何倍もの黒塗りが政府になされた」と発言したことについて、「枝野氏本人に事前の了解をいただいて開示した。まったく当たらない」と反論した。


個人情報など一部不開示=菅官房長官
時事通信 9月12日(金)17時12分配信

 菅義偉官房長官は12日午後の記者会見で、東京電力福島第1原発事故をめぐり、政府が公開した関係者の聴取記録の一部が黒塗りとなったことについて、「本人が希望しない部分に加え、情報公開法の考え方を考慮し、個人情報、第三者の利益、国の安全にかかる部分については一部不開示にした」と説明した。
 菅長官は、事故当時に官房長官だった民主党の枝野幸男氏が「私が求めた何倍もの黒塗りがなされている」と発言したことに関し、「(事前に)不開示部分(の範囲)に合意したので本人の了解をいただいて開示した」と語った。 


吉田調書公開 新発見につながるか 現場指揮官の肉声「歴史的資料」解読を
産経新聞 9月12日(金)17時5分配信

 東京電力福島第1原発で、所長として現場の指揮を執った吉田昌郎氏の聞き取り調査をまとめた「吉田調書」は、現場指揮官の生々しい肉声を詳細に記録した唯一の歴史的資料だ。さまざまな専門家が精査することで、事故原因の新しい発見や、今後の事故防止につなげることが期待されている。

 「われわれのイメージは東日本壊滅ですよ。本当に死んだと思った」

 吉田調書によると、平成23年3月14日、2号機の原子炉格納容器の圧力が上昇し注水もできない危機的状況に陥った際、吉田氏はこのような表現で当時を振り返った。これまで明らかにされていなかった現場からの認識だ。

 吉田氏は事故後、一度も記者会見を開いていない。吉田調書を作成した政府の事故調査・検証委員会の報告書は、事故の原因や状況を冷静に分析することに努めているため、吉田氏の肉声はほとんど記載されていない。未曽有の事故が進展する中、現場指揮官がどう考え、どう動いたか、これまで伝えられなかったことの方が異常だった。

 メディアに吉田氏が初めて登場したのは、第1原発が報道陣に公開された同年11月。事故から8カ月を過ぎており、許されたのはごく短い時間のいわゆる、ぶら下がり取材だけだった。メディアの取材依頼は殺到するものの、吉田氏はその後、健康診断で食道がんが見つかり、同年12月に所長を退任。体調は戻らず、25年7月に他界した。

 原発の事故原因を引き続き調査している原子力規制委員会の田中俊一委員長は「危機的に追い詰められた状況で、吉田氏がどういう判断をしたのか、割合本音が出ているとしたら、どこか将来に生かすべきなのか、非常に関心がある」と話した。

 規制委は、今月10日に「合格証」を交付した九州電力川内原発(鹿児島県)を含めて計13原発20基を審査している。大規模な地震や津波に施設が耐えられるかなど設備面での審査に集中しており、現場の作業員がどう考えてどう動くべきかなど、ソフト面での審査は必ずしも十分でない。

 吉田調書には、事故時の現場の“感覚”が極めて細かく記録されている。ある電力会社の幹部は「事故時の訓練は常にやっている。しかし本当に自らの命と周囲に危機が迫っているときに作業員がどう動くか、机上では計り知れないものがある」と話し、吉田調書の解読を進めることを示唆した。

 吉田氏が明らかにした教訓をどう読み取るべきか、事業者とともに、原発の本格的な再稼働が近づく国全体が直面している課題である。(「吉田調書」取材班)


菅元首相、やはり原発事故対応の障害か… 故吉田元所長が激烈に批判
夕刊フジ 9月12日(金)16時56分配信

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菅直人元首相(写真:夕刊フジ)

 東京電力福島第1原発事故における、菅直人元首相の対応や言動に関係者が厳しい見方をしていたことが、政府が11日に公開した、事故調査・検証委員会による「聴取結果書(調書)」で改めて分かった。やはり、イラ菅が事故対応の障害だったのか。

 まず、吉田昌郎元所長は、菅氏が東電の全面撤退を自分が止めたなどと語っていることについて聞かれ、「(首相を)辞めた途端に。あのおっさんがそんなのを発言する権利があるんですか」「アンフェアも限りない」などと不信感をあらわにし、当時の民主党政権幹部について、「アホみたいな国のアホみたいな政治家」とばっさり切り捨てていた。

 細野豪志元首相補佐官は、菅氏が事故の翌朝に第1原発を視察したことについて、「私は指揮官が(官邸を)離れることに反対だったが、性格からいってあの人は絶対行くと思った。ものすごくあの人は苛烈な性格だ」と指摘していた。

 長島昭久元防衛政務官は「(菅氏と官僚の意思疎通について)民主党の政治主導という、ある種、勘違いの部分も含めて、僕らがやらなければならない、というのが出た。菅首相のリーダーシップの特徴も加味されていた。菅さんは、おれはこうやる、というところがある。官僚機構と多少摩擦があったかもしれない」と語っていた。

 これに対し、菅氏は自身のブログで11日、「(菅氏と吉田氏の)両調書を重ね合わせて見てもらえば、吉田所長と東電本店との間でいくつかの点で食い違いがあったことが分かる」として公開を歓迎している。


川内原発、再稼働へ文書=鹿児島知事に手渡す―「事故時は政府が責任」
時事通信 9月12日(金)15時38分配信

 上田隆之資源エネルギー庁長官は12日、鹿児島県庁で伊藤祐一郎知事と会い、九州電力川内原発1、2号機(同県)について「再稼働を進めていきたい」とする文書を手渡した。政府方針を文書で明確に説明することで、再稼働の理解を求めるのが狙い。原子力規制委員会は、2基が新規制基準に適合していると判断しており、地元が運転再開に同意するかどうかが焦点となる。
 文書は小渕優子経済産業相名。伊藤知事が国に提出を求めていた。文書には「川内原発は、再稼働に求められる安全性が確保されることが確認された」と明記。「安全性が確認された原発の再稼働は、国民の暮らしや日本経済の活力にとって重要だ」と指摘した。
 東京電力福島第1原発事故にも触れ、「国民の中で再稼働に不安の声があることは承知している。立地自治体の理解や納得が得られるよう丁寧に説明を尽くす」と表明。その上で「万が一事故が起きた場合には、政府は責任をもって対処する」との方針を示した。
 記者会見した伊藤知事は「政府の考え方が明確に示された」と文書を評価。10月に予定する住民説明会後、「県議会などの意向を総合的に勘案し、再稼働について判断をしていきたい」と語った。 


吉田調書公開 「所長と菅元首相が信頼関係築けなかったこと、深刻に反省」 民主・細野氏
産経新聞 9月12日(金)14時48分配信

 民主党の細野豪志前幹事長は12日、東京電力福島第1原発事故に関する政府の事故調査・検証委員会による吉田昌郎元所長ら当時の関係者の調書公開について、「現場の指揮官である吉田所長と、全体の最終責任者である菅直人元首相の間に信頼関係を築くことができなかったことは、本当は深刻な反省が必要だ」と述べた。


<原発ADR>解決センター、岩手県に和解案提示へ
河北新報 9月12日(金)13時44分配信

 福島第1原発事故をめぐる東京電力に対する損害賠償請求に関連し、国の原子力損害賠償紛争解決センターに和解仲介手続き(ADR)を申し立てていた岩手県は11日、同センターが10月下旬にも和解案を提示する見通しであることを明らかにした。同日、盛岡市であった市町村担当職員対象の連絡会議で報告した。県はことし1月、市町村と広域連合の計36団体と共同でADRを申し立てた。都道府県による申し立ては全国で岩手のみ。
 申立額は県が約6億3400万円、市町村が約8億3500万円、広域連合が約7500万円。主に東電が支払いに応じていない放射線影響対策の人件費や汚染牧草の保管・処理費など。一戸町と洋野町、一部の広域連合など和解案が示されている団体もある。
 県と市町村などが東電に求めた全体の損害賠償請求額は、7月末時点で計約91億5500万円。東電が支払いに応じたのは約41億9500万円で、支払率は45.8%。


旧佐々直工場を震災遺構に 名取市が方針
河北新報 9月12日(金)13時9分配信

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市が震災遺構として保存する方針を決めた旧佐々直本店工場。右は慰霊碑

 東日本大震災で被災した名取市閖上地区で、市は11日、笹かまぼこ製造「佐々直」の旧本店工場を震災遺構として保存する方針を明らかにした。津波の脅威・教訓を伝える施設として震災メモリアル公園(仮称)と一体的に整備する考えだ。
 同日開かれた市議会震災復興調査特別委員会で計画を示した。工場は日和山南側に位置する鉄筋コンクリート2階の建物。8月に建立された慰霊碑に隣接する。震災時は海抜8メートルを超す津波が襲い、1階が抜けるように大破したが、外壁などは流されず残った。
 市は同社から建物を寄付してもらうことで合意したほか、敷地約1350平方メートルを市有地と等価交換する。復興交付金の第10次申請で耐震診断・補修補強調査設計費1380万円を計上する。
 市は今春、震災遺構に関して市民の意見を募ったところ、佐々直本店工場や閖上小・中学校などが保存候補に挙がった。
 今後メモリアル公園整備などを進める上で、佐々直本店工場は立地的にも遺構にふさわしいと判断。閖上小・中学校は区画整理事業地内にあるため復興事業に支障が出るほか、生活者の心情にも配慮が必要なことから除外したという。
 工場には見学者向けの外階段を設けたり、1階内部に震災当時の状況を伝えるパネルを展示したりすることを検討中。市は「震災を後世に伝えるシンボル的施設にもなり得る」と期待する。


小渕経産相、再稼働の必要性示す文書渡すと発表
読売新聞 9月12日(金)13時4分配信

 小渕経済産業相は12日の閣議後記者会見で、鹿児島県の伊藤祐一郎知事らに対し、九州電力川内(せんだい)原子力発電所1、2号機の再稼働の必要性を明記した文書を渡すと発表した。

 伊藤知事が地元同意に向けて、「『再稼働は必要だ』という文書を国の責任で出してほしい」と求めていたことに応じた。

 上田隆之資源エネルギー庁長官が同日午後、鹿児島県を訪れ、伊藤知事と、原発がある薩摩川内市の岩切秀雄市長に経産相名の文書を手渡す。

 小渕経産相は記者会見で、「しっかりと地元の理解をいただくことが大事。私自身、必要があればいつでも現地に赴く準備がある」と述べた。

 川内原発は、原子力規制委員会が安全審査の合格証にあたる審査書をまとめ、再稼働に対する地元同意が今後の焦点になっている。


国道6号15日開通=福島の帰還困難区域―政府
時事通信 9月12日(金)12時53分配信

 政府は12日、東京電力福島第1原発事故の影響で通行を制限していた福島県沿岸部の国道6号を15日に全面開通すると発表した。
 今回開通するのは、6号のうち双葉、大熊、富岡3町の帰還困難区域にある区間(約14キロ)と、常磐自動車道の常磐富岡インターチェンジ(IC)と6号を結ぶ県道36号。国による除染が8月中に終わり、平均の空間放射線量はそれぞれ毎時3.8マイクロシーベルト、同2.3マイクロシーベルトになった。 


政府、川内原発避難計画を了承…今後のモデルに
読売新聞 9月12日(金)12時35分配信

 政府の原子力防災会議は12日、原子力規制委員会の新規制基準を初めてクリアした九州電力川内(せんだい)原子力発電所(鹿児島県)について、政府が鹿児島県や地元9市町と共同で策定した避難計画を了承した。

 東京電力福島第一原発事故後に作られた規制委の指針に基づく避難計画は計156自治体(21道府県135市町村)が策定を進めているが、政府が共同策定した計画は初めて。政府は今回の計画をモデルに、各地の原発についても避難計画作りに積極的に関わる考えだ。

 川内原発の避難計画では、規制委の指針に沿って避難が必要な地域を、原発から5キロ圏と、5~30キロ圏に分けている。

 5キロ圏については、原発で全交流電源喪失などの「施設敷地緊急事態」が起きた場合、入院患者や子供ら最大計約1200人をバスなどで30キロ圏外に移送。一般住民計約3700人はその後、冷却機能の喪失など「全面緊急事態」に発展した時点で避難させる。

 5~30キロ圏の住民計約20万9300人には原則、屋内退避を指示する。ただ、空間放射線量が毎時500マイクロ・シーベルトを超えた場合は即時避難。それ以外は、毎時20マイクロ・シーベルトを超えた時点で1週間程度かけながら避難させる。移送に使うバスは、事前に地元のバス会社と協定を結ぶなどして確保する。


川内原発の避難計画了承
2014年9月12日(金)12時16分配信 共同通信

 政府は12日、原子力防災会議(議長・安倍晋三首相)を開いた。今冬以降の再稼働が見込まれる九州電力川内原発(鹿児島県)周辺自治体の避難計画などを、原子力防災を担当する内閣府が報告し、安倍首相らが内容を点検した。首相は「避難計画を含めた緊急時対応が具体的、合理的であることを県や関係省庁が確認し、了承する」と述べた。

 政府が従来の姿勢から踏み出して関与を強め、自治体に事実上委ねていた計画を了承することで、再稼働に向けて防災面の対策の進展を強調したい構えだ。国や自治体は設置済みの作業部会などで協議した上、訓練を実施するなどし、計画の内容を改善する。


政府、知事に文書手渡しへ=鹿児島・川内原発再稼働で
時事通信 9月12日(金)12時14分配信

 小渕優子経済産業相は12日の閣議後記者会見で、原子力規制委員会が新規制基準に適合すると認めた九州電力川内原発(鹿児島県薩摩川内市)について、政府として再稼働の必要性を明記した文書を同日午後、鹿児島県の伊藤祐一郎知事らに手渡すと発表した。資源エネルギー庁の上田隆之長官が現地を訪れ、伊藤知事と薩摩川内市の岩切秀雄市長に文書を直接渡して理解を求める。 


福島・楢葉のサケ 「立派な川に戻す」2年後の本格放流へ地道な戦い
産経新聞 9月12日(金)12時10分配信

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サケの遡上を前に、津波で流されてきた網を片付ける鈴木謙太郎さん=福島県楢葉町の木戸川(写真:産経新聞)

 豊富な水をたたえる福島県楢葉町の木戸川。川岸に立ち、その流れをじっと見つめる目には、寂しさと期待が入り交じっていた。

 「やっとここまで来た。あと少しなんです」

 木戸川漁協でサケのふ化場長を務める鈴木謙太郎さん(32)は、川底に引っかかった網を引き上げ、太平洋が広がる河口の方へ目をやった。

 東京電力福島第1原発事故で住民避難が続き、手入れが行き届かなくなった川岸には雑草が生い茂り、河口近くには津波で流されたテトラポットが残る。東日本大震災から3年半が過ぎたが、震災前の姿を取り戻すにはまだ時間がかかる。

 木戸川は日本有数のサケの漁場として知られ、平成7年には捕獲数が本州一になった。漁協は震災前まで毎春、人工で孵化(ふか)させた約1600万匹のサケの稚魚を放流。多いときには10万匹が故郷に帰ってきた。

 鈴木さんの話では、サケは放流から4年程度で遡上(そじょう)してくる。最後の放流は震災1年前の平成22年春。今年秋から冬にかけて戻ってくるが、23年以降は放流していないため来年以降の遡上数は激減しそうだ。

 「遡上する数が減ると、木戸川のサケを絶やしてしまう。だから、一日も早くきれいな川に戻し、稚魚を放流したい」

■700万匹の稚魚全滅

 震災の日、漁協事務所近くで大きな揺れを感じた。そばの堤防に上がると津波の第1波が来るのが分かった。「ゴォー」。川の水が一気に引く。「まるで海に吸い込まれていくようだった」。危険を感じて近くの岬の展望台に逃げると、すぐに第2波が来た。高さは10メートル近い。水が引くと車や家の屋根が、がれきとなって残っていた。

 「孵化場の稚魚は大丈夫だろうか」。急いで戻ったが、泥がたまった事務所に足を踏み入れられない。停電で、隣接する孵化場の水を循環させる機械は止まっていた。「このままだと全滅する。川へ流してやろう」。孵化場へ向かったが、がれきの山を前にどうすることもできなかった。

 事務所の様子を確認できたのは、16日後。約700万匹の稚魚は全滅していた。

 「何もできない自分が情けなかった。町に戻れるかも分からず、木戸川の漁業はもう無理なんじゃないかと思った」

 月に1度は事務所に足を運び、立ち入りが制限された中で片付けを進めた。その間の仕事は、震災の1カ月半後に開いたいわき市の仮事務所で、もっぱら東電への休業補償請求の書類作り。「自分は何をやってるんだ」。木戸川に戻りたい、でも戻れない。もどかしさばかりが募った。

■また戻ってきて

 この年の秋、サケを捕れないと分かりつつも川の様子を見に行った。サケは戻ってきていた。しかし、サケを捕るため川に仕掛ける「やな」が津波で流されたため、漁場より上流に泳いでいってしまった。「せっかく戻ってきてくれたのに申し訳ない。無事に産卵して1匹でも多く、またこの川に戻ってきて」。そう願うことしかできなかった。

 24年8月、立ち入りが禁じられる警戒区域から日中に戻れる避難指示解除準備区域に再編されると、10月からサケの放射性物質濃度を測定するため、100匹ほどの試験捕獲を始めた。サケ漁の本格再開へ向けた大きな一歩だった。

 「今年は漁をやりますか」「再開を心待ちにしています」。そんな問い合わせや励ましのメッセージが届くたび、明日への力が湧く。試験捕獲では過去2年とも、放射性物質濃度は検出限界値未満だ。今年4月には復興への願いを込め、震災後初めて1万匹の稚魚を放流した。だが、稚魚はいわき市の漁協から譲り受けたものだ。

 「ここで育てたサケが戻ってこそ、木戸川のサケ漁の復活。だから、震災前より立派な川に戻す」。そして続けた。「サケも4年たてば戻ってくる。だから、いつか楢葉の人にもこの町に戻ってきてほしい」

 本格放流は2年後の春だ。(野田佑介、写真も)


10月1日解除を決定=川内村避難指示、2例目―政府
時事通信 9月12日(金)11時50分配信

 政府の原子力災害対策本部(本部長・安倍晋三首相)は12日、東京電力福島第1原発事故で避難指示解除準備区域に指定されている福島県川内村東部について、10月1日付で避難指示を解除することを正式決定した。住民の帰還が可能になる。原発20キロ圏内の旧警戒区域での解除は、同県田村市都路地区に続き2例目。
 安倍首相は同本部の会議で「解除はゴールではなく、復興に向けた出発点。解除後も一層強力に支援していく」と述べた。
 川内村東部は2012年4月に立ち入り禁止の警戒区域指定が解除され、日中の立ち入りが可能な避難指示解除準備区域と居住制限区域に再編。居住制限区域は10月1日付で準備区域とする。 


<川内原発>安倍首相が避難計画を了承 原子力防災会議
毎日新聞 9月12日(金)11時45分配信

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九州電力川内原発=鹿児島県薩摩川内市で2014年9月10日、本社ヘリから津村豊和撮影

 政府は12日、原子力防災会議(議長・安倍晋三首相)を開いた。年明け以降に再稼働する見通しの九州電力川内(せんだい)原発(鹿児島県)周辺自治体の避難計画など緊急時の対応策を内閣府が報告。安倍首相は「具体的かつ合理的になっていることを(内閣府が)確認し、それを了承した」と述べ、対策を了承した。政府は再稼働に向け、災害対策の進展を強調したい構えだが、報告内容は計画の実効性をどう担保するかを示していない上、今後の調整や詰めが必要な項目も多く、住民の不安を解消するのは困難な状況だ。

 関係省庁と作業チームを設けて計画作りを支援してきた内閣府の原子力防災担当者が、避難計画や国の支援内容を盛り込んだ資料を示して説明した。

 それによると、事故発生後、すぐ避難する必要のある川内原発の半径5キロ圏内では、病院の入院患者や福祉施設入所者ら災害時要援護者の避難のために民間会社や九電の協力でバスを準備するとした。

 放射線量の上昇具合に応じて段階的に避難する30キロ圏内では、避難車両が不足した場合、隣接する熊本、宮崎両県の自治体から調達したり、国が支援したりするとした。しかし地元バス会社との調整も完了しておらず、協定締結などに至っていない。

 また、具体的な避難先が未定の10~30キロ圏の要援護者については、県が整備予定の避難先の受け入れシステムで調整するとしたが、未完成という。

 川内原発を巡っては、原子力規制委員会が10日、再稼働の前提となる安全審査で新規制基準に適合していると結論づけた。地元同意が今後の焦点となるが、安全審査と「車の両輪」とされる避難計画は規制委の審査の対象外で、安全審査の要件には入っていない。計画を実際の避難に結びつけられるかどうか、周辺の住民が計画を受け入れるかが注目される。【狩野智彦】


川内原発の避難計画を拡充=移動手段など具体化―政府
時事通信 9月12日(金)10時55分配信

 政府の原子力防災会議(議長・安倍晋三首相)は12日、新規制基準を満たし、最も早く再稼働する見通しの九州電力川内原発(鹿児島県)の事故に備えて地元自治体が策定する住民避難計画について、避難の手順や移動手段などをより具体化させた拡充案を了承した。今後、各自治体の避難計画に反映される。
 避難計画は原子力規制委員会が定めた指針に基づき、原発から30キロ圏内の自治体が策定する。しかし、自治体からは国の支援を求める声が強く、昨年9月の同会議で安倍首相は、内閣府原子力災害担当室が各原発の立地地域ごとにワーキングチームを作り、関係省庁とともに自治体の計画拡充を支援するよう指示していた。
 今回公表された案では、川内原発から5キロ圏内の病院や老人介護施設の入所者数などに基づき、避難に必要な車両数や手配先などを明示。車両の不足分は九電に準備させることなどを盛り込んだ。また、自衛隊や海上保安庁など国の関係機関が、事故の初動段階から準備を進められるよう調整した。 


<大震災3年半>震災関連死3000人突破
河北新報 9月12日(金)9時47分配信

 全国で1万5000人以上が犠牲となった東日本大震災の発生から、11日で3年半が過ぎた。被災規模の大きい岩手、宮城、福島3県では計2597人が行方不明のままとなっている。避難先などで亡くなる「関連死」が3県で3000人を超えるなど、震災被害は今も拡大し続けている。
 被災3県の行方不明者数の推移はグラフの通り。遺体の身元判明が進み、人数は減りつつあるが、震災から2年が経過した2013年3月以降、横ばいが続く。
 不明者の一斉捜索は今も行われ、各県警などは被災者の要望を受け、11日も沿岸に人員を配置した。ただ、月日の経過とともに、手掛かりの発見は難しくなっている。
 震災に伴う被災3県の関連死は計3097人。昨年同時期より350人増えた。県別では福島が1758人(前年比296人増)と最も多く、宮城897人(25人増)、岩手442人(29人増)と続いた。関連死には持病の治療を十分に受けられずに亡くなったり、心の病で自殺したりする事例が含まれる。福島第1原発事故の影響が続く福島では、被災者が帰還時期を見通せないストレスにさらされている。心身両面の継続的支援が不可欠となっている。


<大震災3年半>子よ友よ安らかに 沿岸被災地で追悼
河北新報 9月12日(金)9時36分配信

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地蔵像に手を合わせる遺族=11日、岩手県大槌町の旧役場庁舎

 東日本大震災の発生から3年半となった11日、東北の沿岸被災地は追悼の祈りに包まれた。親族や知人らが思い出の場所で手を合わせるなどして、犠牲者をしのんだ。
 当時の町長、職員計40人が津波の犠牲になった岩手県大槌町旧役場庁舎。行方不明となっている町職員小笠原広樹さん=当時(28)=の母京子さん(55)と祖母スワさん(85)は、献花台に花を供えた。
 2人は月命日には必ず旧庁舎を訪れている。「3年半たっても、亡くなった実感がなくてね」と京子さん。スワさんは「ここに来れば孫に会えるような気がする」と声を詰まらせた。
 旧庁舎は慰霊の場として定着したが、住民有志が設置したさい銭箱が何度も盗まれるトラブルに見舞われている。埼玉県から訪れた男性は「静かに手を合わせる場になってほしい」と気遣った。

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慰霊碑に手を合わせる岩手県雫石町西根小の児童=11日、名取市の閖上中

 約750人が犠牲になった名取市閖上地区では、市内のアルバイト佐藤完治さん(74)が、津波で亡くなった知人宅の跡地を訪れた。
 佐藤さんは「雑草に覆われてしまうのは忍びない。知人の霊が帰って来られるようにしてあげたい」と、草むしりに汗を流した。
 節目となったこの日、岩手県雫石町西根小の6年生10人が、修学旅行の一環で地区内を訪問。地元の語り部から津波の状況を聞いたり、閖上中にある慰霊碑に手を合わせたりした。


<大震災3年半>お父さん、お帰り 遺族ようやく納骨
河北新報 9月12日(金)9時16分配信

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父の遺骨を墓に納める高橋さん(中央)。震災3年半でようやく一つの区切りを迎えた

 東日本大震災発生から3年半となった11日、石巻市の看護師高橋和美さん(44)が津波で犠牲になった父阿部武松さん=当時(76)=の納骨を済ませた。ずっと行方不明だったが、今月初め、DNA鑑定でようやく身元が判明した。「骨の重さも感じられた」。高橋さんはほっとした表情を見せた。
 11日午前10時すぎ、高橋さんは家族と共に東松島市赤井の寺院で納骨を見守った。母あさ子さん=当時(72)=はいまだ行方が分からない。それでも、「普通のことが普通にできて良かった」と静かにつぶやいた。
 阿部さん夫妻は、石巻市南浜町の自宅で津波に襲われたとみられる。家屋は土台しか残らず、近くに建てたばかりだった高橋さんの自宅も流失した。
 高台の勤務先にいた高橋さんは無事だったが、避難所に両親の姿は見当たらない。夫の実家に身を寄せながら、遺体安置所を回った。
 震災1年後に両親の死亡届を提出し、葬儀を行った。昨春の三回忌には、遺骨代わりに実家の砂を墓に納めた。「この辺りにはいない。遠くに流されたんだろう」。そう思ってきた。
 「身元不明遺体と歯型が一致した」。ことし4月、宮城県警からの連絡も半信半疑で聞いた。着衣だけでは確信を持てず、詳細なDNA鑑定を依頼。今月1日に身元が判明した。遺骨引き取りの際、高橋さんは「最期の姿を見たい」と発見時の写真を見せてもらった。「お父さんだ」。実感が湧いたのは顔ではなく、生前見慣れた背中を写した1枚だった。
 高橋さんは、今も仮設住宅での避難生活が続く。住宅再建は来春を目標に据えている。「お母さんもあと何年かしたら出てきてくれるかな」。両親そろって弔ってあげる日が来ることを願った。


菅氏に「バカ野郎と言いたい」…主張に食い違い
読売新聞 9月12日(金)8時41分配信

 東京電力福島第一原子力発電所事故を巡り、政府が11日に公表した政府事故調査・検証委員会調書からは、菅首相ら当時の民主党政権幹部と、吉田昌郎福島第一原発所長の主張に大きな食い違いがあることが、改めて浮き彫りになった。(肩書は事故当時)

 ◆原発視察

 事故発生直後の11年3月12日朝、菅首相が福島第一原発を視察したことについて、菅氏と吉田氏の受け止め方には温度差がある。

 菅氏は、事故の情報が首相官邸に正確に届かなかったことなどを視察理由に挙げた。「吉田所長となら普通の話が出来るなと感じた」と成果も強調。「後々のいろんな展開の中で非常に役立った」とも語った。

 吉田氏は聴取で、視察時の菅氏の様子を「厳しい口調で状況を聞かれた。十分に説明できたとは思っていない」と評した。菅氏について「バカ野郎と言いたい」と批判するなど、信頼関係が深まった様子はない。

 枝野官房長官は「菅さんが現地に行って私が官邸で全体を見ていることが、政治的な評価ではマイナスだが、正直、その方がものは回ると思った」と述べた。

 ◆「全面撤退」

 東電が福島第一原発からの全面撤退を検討したかどうかに関し、菅政権幹部の証言はほぼ一致している。

 菅首相は聴取に対し、海江田経済産業相から11年3月15日未明、「東電が(電話で)撤退したいと言ってきている」と知らされたと明言。菅氏は東電の清水正孝社長を首相官邸に呼び、「撤退は認めない」と通告した。菅氏は「清水社長からは、そんなことは言っていませんという反論はなかった」とも述べ、東電側が「全面撤退」を検討したと主張した。

 清水氏から電話を受けた枝野官房長官も、「間違いなく全面撤退の趣旨だった」と断言。ただ、やはり清水氏の電話を受けた海江田氏は「覚えているのは『撤退』ではない。『退避』という言葉」としており、ニュアンスは若干異なる。

 吉田氏は「(東電本店から全員撤退との指示は)全くない」と証言。ただし、一部の第一原発所員は第二原発に避難しており、「伝言ゲーム」が混乱を招いた様子がうかがえる。

 政府と東電側の言い分が異なるため、政府事故調は最終報告で、「撤退」の経緯に関し「十分解明するに至らなかった」とした。

 ◆ベント

 過熱して圧力の高まった原子炉からの「ベント(排気)」をめぐっては、急速に事態が悪化する中で対策に時間がかかり、いらだつ官邸側と東電が互いに不信感を募らせていたことが、当時の政権幹部の調書からうかがえる。

 東電は、11年3月12日午前3時にベントの計画を発表したが、成功したのは午後2時半。海江田氏は「大変な事故ということが知れ渡ることに対する懸念があるのではないか」と疑った。吉田氏に、「とにかくベントをやってくれ」と迫った。

 しかし、ベントの遅れは、弁を開閉するための電力を失っていたうえ、余震や放射線量の上昇で手動操作も困難を極めたことなどが原因だった。遅れを非難する声があったことに対し、吉田氏は調書で「現場が躊躇(ちゅうちょ)しているなどと言っているやつは、たたきのめしてやる」と憤りを示した。


菅元首相釈明 現地視察「所長に負担かけた…でも必要だった」
産経新聞 9月12日(金)7時55分配信

 原発事故発生時の首相だった菅直人氏は11日、吉田昌郎元所長の調書(吉田調書)とあわせ自らの調書も公開されたことを受け、滞在先のアイルランドでブログを更新し「両調書を重ね合わせて見てもらえば、吉田所長と東電本店との間でいくつかの点で食い違いがあったことが分かる」として公開を歓迎した。

 菅氏は福島第1原発からの「全面撤退」について、東電の清水正孝社長(当時)が撤退を求め、吉田氏との間で「食い違いがあった」と指摘。「私と吉田所長の食い違いではない」と、吉田氏と連携して対処したことを強調した。

 海水注入問題でも「止めようとしたのは本店から官邸に派遣されていた武黒(一郎)フェロー。私を含め全員が準備ができれば当然海水注入を始めるべきと考えていた」と主張。注入を続けた吉田氏の判断は正当との認識を示した。

 吉田調書には、事故発生翌日早朝に現地視察に訪れた菅氏に対し、吉田氏の困惑ぶりが記されている。これに菅氏はブログで「吉田所長に負担をかけたかもしれない」と反省する一方、「住民の避難範囲を判断する原子力災害対策本部の責任者の立場からすれば必要であった」と正当な視察だと強調した。

 菅氏は自らの調書公開にあたり「全面公開を了解した」とも指摘した。ところが菅調書には、菅氏が「しょっちゅういろんなことで首が飛んだり何かしていますからね」と東電の体質を批判する部分については、菅氏から「特に非開示の強い要望」があったとも記述されている。

 菅氏は原発事故についてブログなどで積極的に発信。最近は菅氏の事故当時の行動を「過剰介入」と批判した読売新聞に謝罪を求め、反応がないことに対し3日のツイッターで「相当びびっている」とつづっていた。


政府が吉田氏、菅元首相ら19調書公開
産経新聞 9月12日(金)7時55分配信

 政府は11日、平成23年3月の東京電力福島第1原発事故に関し、政府の事故調査・検証委員会が関係者から聞き取り調査してまとめた「聴取結果書(調書)」のうち、事故発生時に所長として対応した吉田昌郎氏(25年7月死去)や菅直人元首相ら計19人分を公開した。関係者を非公開で聴取した政府事故調の調書が公開されるのは初めて。

 公開されたのは吉田氏、政権幹部として事故対応に当たった菅元首相、枝野幸男元官房長官ら政治家11人、原子力委員会の近藤駿介元委員長ら行政関係者5人、研究者2人の調書。

 調書の中で菅元首相は、事故の翌朝に第1原発を視察した理由について「(東電側と)コミュニケーションがスムーズに行かず、現場の責任者と会って話をした方がいいと判断した」と説明。「普通の文系の政治家より、理解できる私が行った方がいいということも考えた」とも語った。

 これに対し、細野豪志元首相補佐官は「私は指揮官が(官邸を)離れることに反対だったが、性格からいってあの人は絶対行くと思った。ものすごくあの人は苛烈な性格だ」と指摘。「今考えたら、ものすごく大きなリスクだった。(視察を)止めなかったという自責の念もあった」と反省の弁を述べた。

 また、菅元首相は、1号機の海水注入の“中断”問題について「東電の武黒一郎フェローの判断で吉田氏に止めろと言った。東電の伝達ミス、誤解、おもんぱかりが私に対する批判になっている」と述べ、自身は中断を指示していないと正当性を強調した。

 1号機の水素爆発後、菅元首相らは首相執務室に集まったが、細野氏は「この爆発が何かわからず、一瞬論争になった。テロかもしれないみたいな話が出た」と振り返った。


<吉田調書>他の調書も公表…「検証の幅広がる」期待の声
毎日新聞 9月12日(金)1時10分配信

 政府事故調の聴取を巡り、政府は11日、吉田昌郎元所長の調書にとどまらず他の調書の一部の公表にも踏み切った。話を聴かれた当事者や調査に当たった元委員はどう受け止めているのか。【奥山智己、関谷俊介】

 「吉田元所長の証言だけでは事故の全容を把握できない。官邸や東電本店にいた関係者の分も公表されれば、それぞれがどのような指示をして、どう行動したのか検証できる」

 経済産業省関係者の男性はこう語り、公表が一層進むことに期待する。政府事故調が聴取したのは政治家、役人、東電幹部ら計772人。男性も2011年秋、政府事故調の事務局があった東京・大手町の合同庁舎に3回ほど呼ばれ、事故調の事務局員を務めた東京地検の検事ら4人から話を聴かれた。政府の対応や東電とのやりとりを中心に1日3~4時間、事故当時の記憶をたどった。

 政府は今後、本人の同意を得られたものから順次、公表するとしている。男性は、1167人から聴取した国会事故調の調書の公表も望む。「いろいろな証言を分析すれば、両事故調の報告書自体の検証にもつながる。自分の調書も必要なら公表してかまわない」。ただし調査が非公表を前提に実施されたことに触れ、「政府は公表に当たってきちんとした手順を踏まないと、将来別の事故調ができた時に真実を話そうと思う人がいなくなる」と注文する。

 ◇公表ルール必要

 一方、研究者や法曹関係者ら計10人で構成した政府事故調の元委員たちの反応はさまざまだ。

 九州大大学院の吉岡斉教授(科学技術史)は「原発事故の検証と今後の事故対策を考える上で社会にとって有益だ」と公表を歓迎し、「できるだけ多くの調書について同意が得られて公表されることを望む」と話した。

 調査では、関係する全員の証言が一致しなければ「証拠」として報告書に採用できなかったという。時間的な制約により再度のヒアリングがかなわず、真実に迫れなかった部分も多かった。その反省を踏まえ、「常設の事故調査組織を復活させ、政府・国会事故調で得られた証言を全て活用できるようにし、検証を継続すべきだ」と主張する。

 さらに「一般向けにも30年たったら全て公表するなど、今後のルールを決めるべきだ」と提言する。

 これに対し、元名古屋高検検事長の高野利雄弁護士は「非公表を前提で聴いたものを公表すると、今後同じような組織ができた時に協力を得られず、真実を追求しにくくなる」と懸念する。

 一方で、「異常な状況に置かれた吉田元所長の調書は危機管理のあり方を考える上で国民の財産にもなる」とジレンマもにじませ、他の調書が公表されることについて「ヒアリング対象者本人を含め、調査に携わった関係者を納得させるものでなくてはならない」と指摘した。


<東日本大震災>分断の防潮堤 震災から3年半
毎日新聞 9月12日(金)0時23分配信

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建設に賛成した住民が「こんなに大きいのか」と驚く本吉町野々下海岸の高さ9.8メートルの防潮堤=宮城県気仙沼市本吉町で2014年8月26日、梅村直承撮影

 東日本大震災から3年半がたち、東北3県の沿岸部で防潮堤が姿を見せ始めた。被災地域には安心感が広がる一方、巨大な壁がそびえ立つ様に、計画の変更を求める声もあがる。

 防潮堤は、被災地域の沿岸部に約370キロにわたって建設。高い所では、5階建てビルに相当する14.7メートルになる。その大きさゆえに、景観や環境への影響、多大な維持費に対する不安が地域住民の間には根強い。計画を変更した自治体もあるが、高さを見直すなど代替案が検討されない地域もある。

 宮城県気仙沼市本吉町前浜地区で話し合いを続ける自治会長の菊地敏男さん(66)は、「100年、200年後に、どのような海岸を残すのか。防災の方法は防潮堤だけではないんです」。拙速な結論を危惧している。

 防潮堤を巡り、海とどう生きるかに揺れる東北3県の沿岸部をカメラマンが訪ねた。【梅村直承】

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