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2014年9月 6日 (土)

宮城沖地震に関するニュース・1748,2014年9月6日

引き続き、2011年3月11日に発生した、東北関東大震災に関するニュース記事を伝達します。

今後も引き続き、随時追加します。

リンク:北海道で震度3 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:原発風評被害装い…東電の賠償金詐取 容疑でNPO元理事らを再逮捕 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:東電賠償金を詐取の疑い…1人逮捕、2人再逮捕 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<宮城県警巡査>「笑顔を」…手品で被災者癒やす - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:復興半ばの故郷 「地元」か「新天地」か…逡巡する大学4年生たち - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:津波避難情報伝わらず犠牲…夫婦らが賠償訴訟 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:原発避難女性の自殺に賠償、東電控訴せず確定 - 速報:Yahoo!ニュース.

以下、参考のために同記事を引用

北海道で震度3
時事通信 9月6日(土)17時46分配信

 6日午後5時32分ごろ、北海道・浦河沖を震源とする地震があり、浦河町で震度3の揺れを観測した。気象庁によると、震源の深さは約70キロ。地震の規模(マグニチュード)は4.5と推定される。主な各地の震度は次の通り。
 震度3=北海道浦河町
 震度2=北海道函館市、安平町。 


原発風評被害装い…東電の賠償金詐取 容疑でNPO元理事らを再逮捕
産経新聞 9月6日(土)17時8分配信

 東京電力福島第1原発事故の風評被害を装った賠償金の不正請求事件で、警視庁組織犯罪対策3課は6日、詐欺容疑で、東京都練馬区豊玉南、NPO法人「東日本大震災原子力災害等被災者支援協会」(中野区)自称元理事、進藤一聡被告(42)ら2人を再逮捕、横浜市青葉区藤が丘、同協会会員で建築会社社長、佐藤武人容疑者(54)を逮捕した。同課によると、進藤容疑者ら2人は容疑を認め、佐藤容疑者は否認している。

 同協会の理事長は久間章生元防衛相(73)。平成24年1~8月に同協会が代理申請するなどした二十数社に東電から約3億数千万円の賠償金が支払われており、佐藤容疑者もうち約4300万円を受け取っていた。同課は進藤容疑者らが主導して不正請求を繰り返していたみて全容解明を進めている。

 逮捕容疑は、佐藤容疑者の建築会社が請け負っていた福島県南相馬市内の建築工事が原発事故前に中止になっていたにもかかわらず、事故の影響で中止になったように装い、平成23年12月~24年1月に虚偽の書類を東電側に提出。賠償金として約1800万円を詐取したとしている。


東電賠償金を詐取の疑い…1人逮捕、2人再逮捕
読売新聞 9月6日(土)16時13分配信

 東京電力福島第一原発事故で風評被害を受けたとする虚偽の請求で、東電が賠償金を詐取された事件で、警視庁は6日、横浜市青葉区藤が丘、建築会社社長、佐藤武人容疑者(54)を詐欺容疑で逮捕。

 久間章生・元防衛相(73)が代表を務めるNPO法人「東日本大震災原子力災害等被災者支援協会」の元職員で、会社役員の進藤一聡被告(42)(詐欺罪で起訴)ら男2人についても同容疑で再逮捕した。

 発表によると、3人は2011年12月、東電に対し、佐藤容疑者が福島県いわき市で経営する建築会社が「放射能の影響で工事が中止になった」とする虚偽の申請をし、12年1月に賠償金約1800万円をだまし取った疑い。

 元職員2人は容疑を認め、佐藤容疑者は「東電に賠償金を請求したが、だましてはいない」と容疑を否認している。

 同庁幹部によると、元職員2人が佐藤容疑者に虚偽請求を持ちかけた。3人は偽造の工事注文書などを東電に示して賠償金を受け取り、佐藤容疑者と、元職員側で半分に分けたという。

 同庁は、進藤被告らが12年1~8月の間、二十数社の3億数千万円分の賠償金請求に関与したとみて調べている。


<宮城県警巡査>「笑顔を」…手品で被災者癒やす
毎日新聞 9月6日(土)12時10分配信

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仮設住宅で手品を披露する松尾巡査(左)=宮城県石巻市で、松本光樹撮影

 ◇兵庫県警から出向中、「地域に寄り添った警察官に」

 東日本大震災の被災者の心を癒やそうと、兵庫県警から宮城県警河北署に出向している松尾克哉巡査(23)は仮設住宅を回って手品を披露している。父も阪神大震災の被災地で警察官として被災者と向き合った。「一時でも、つらさを忘れてもらえれば」と、仮設に笑顔を届ける日々だ。

 宮城県石巻市の仮設住宅「にっこりサンパーク団地」で8月27日に開かれた「防犯マジックショー」。松尾巡査は風船からハトのぬいぐるみを出してみせた。驚く住民に「マジックにはだまされても詐欺にはだまされないで」と呼び掛けると、拍手と笑い声に包まれた。同団地の佐藤富士夫自治会長(65)は「久しぶりに心から笑えた。住民が集まるきっかけになる」と喜んだ。

 父宏行さん(51)は1995年の阪神大震災当時、兵庫県警交通機動隊に所属し、行方不明者の捜索や避難者のケアに当たった。「『うちの子はどうなっているの』と泣かれ、どう言葉をかけていいか分からなかった」などと、心に傷を負った被災者と接する難しさを聞いていた。東日本大震災を受け、「被災者を癒やすために趣味の手品を少しでも生かせれば」と宮城県警への出向を志願した。

 昨年4月に希望がかない、仮設を回ったが、「思っていたより被災者は明るい」と感じた。手品の役割はないと思ったが、被災者と親しくなるにつれ、本音を漏らしてくれるようになった。家族や自宅を失った悲しみを聞き、心の復興は進んでいないと痛感した。昨年6月から手品の披露を始めた。

 被災者からの「ありがとう」の一言が心に染みる。忙しさのあまり、市民への対応が事務的になりがちだった兵庫での仕事では、あまり聞いたことがない言葉。「人に向き合い、心に寄り添うことの大切さを再確認した」と話す。宮城での任期は来年4月まで。「被災地で学んだことを生かし、地域に寄り添った警察官になる」と決意を新たにしている。【松本光樹】


復興半ばの故郷 「地元」か「新天地」か…逡巡する大学4年生たち
産経新聞 9月6日(土)8時5分配信

 空を見上げると、晴れ間がのぞいていた。久しぶりの青空だ。福島大4年の高橋恵子さん(21)は、残暑が厳しい8月31日、福島県三春町の仮設住宅にいた。避難生活を続ける葛尾(かつらお)村の松本春一さん(63)の話を聞くためだ。

 葛尾村は大部分が東京電力福島第1原発の30キロ圏内にあり、全住民が避難を強いられている。村は、住民が歩んできた軌跡を一冊の本に残そうと学生らに聞き取りを依頼し、高橋さんは松本さん宅を訪れた。

 松本さんの口から漏れるのは、震災前の、ごくありふれた日常だ。周りはみな古くから見知った仲。どの家も四六時中、戸を開け放ち、自由に行き来していた。「空き巣なんて気にしたこともなかった」

 高橋さんはうなずきながら、実家を思い浮かべていた。原発から直線で4・8キロ先にある大熊町にある。「帰りたい、でも帰れない」。松本さんと同じ境遇に立たされ、苦しみ続けてきた。「この先もどうなるか分からんね」。高橋さんは悲しげな笑みを、松本さんに投げかけた。

 東日本大震災直後の平成23年4月に大学生になった被災者の大半は、4年生になった。震災から3年半を迎える今、多くは就職先が決まっている。地元か、新天地か-。進路先に逡巡(しゅんじゅん)した学生も多いだろう。高橋さんもその一人だ。

 「周囲に助けられた学生生活」。高橋さんはこの3年半をそう振り返る。当初は1週間くらいで自宅に帰れると思った避難は長引き、一家は山梨に移った。

 入学後、大学の寮に入ったが、半年が過ぎても自宅に帰れない。むなしさに襲われ、精神的に不安定になった。友人らが優しく声をかけ続けてくれて、どうにか前向きになれた。

 「私も誰かのためになりたい」。そう思えるようになり、災害復興や社会福祉を学ぶゼミを専攻した。学生生活で震災に向き合ってきただけに今後の人生をどうすべきか、迷った。夢もある。

 洋服が好きで、一時はアパレルメーカーに勤めたいと上京を考えた。東京で会社説明会にも参加した。だが、違和感が募った。「都会の人は福島の苦しみを忘れたかのような生活を送っている。どうすれば…」。自問自答を繰り返した。

 答えは、福島大大学院への進学だった。大熊町の文化財を研究し、将来は町職員として地元の文化を伝えていきたいと考えた。

 幼いころは、いじめられっ子で、地元に楽しい思い出はない。離れて暮らすうち、「山菜がおいしかったな」「あの川魚食べたいな」との思いを強くした。

 大学生になり、海外に行ったとき、福島出身というだけで、放射能に汚染されていると敬遠された。いわれなき中傷だった。

 「地元の良さを伝えられるよう、私たち若者が頑張ります」。仮設住宅に光を届ける青空のように、高橋さんは晴れ晴れとした表情を浮かべた。

 ■温かかった東京/地元宮城の力に

 高橋恵子さんのように故郷に残る人もいれば、新しい土地で就職する人もいる。仙台市出身の中央大4年、安原元樹さん(23)は東京に残り、民間企業に就職する道を選んだ。

 仙台市宮城野区の自宅マンションは、海から3キロほど離れていたが、津波でロビーが浸水し、地震の影響で全壊状態になった。福島市の祖父母も被災し、大学の資金援助を受けられなくなった。入学金は自慢のバイクを売って捻出したが、授業料のメドは立たない。「もう大学には行けないな」。正直、そう思った。

 文部科学省の学校基本調査によると、宮城県の平成23年度の大学などへの進学率は、45・51%と震災前年度より2・22ポイント下回った。その後は回復しており、震災によって大学進学を断念した被災者が多かったことがうかがえる。

 安原さんは、大学職員に状況を打ち明けた。返ってきたのは、意外な反応だった。「心配しなくてもいいですよ」。授業料を2年間免除してくれた。近隣住民はアパートを4年間、無償で貸してくれた。引っ越し作業も職員が休日返上で手伝ってくれた。

 冷たい人ばかりだと思っていた東京のイメージは一変した。「この温かさを独り占めしてはいけない」。その思いを強くした。

 長期の休みになると、奨学金を使って同県気仙沼市の大島を訪れ、がれき撤去などのボランティアに励んだ。ボランティアを続け、困っている人を助けたい。それを将来の目標にした。

 その半面、民間企業に勤めたら、ボランティアに携わることができないのではないか、との懸念も胸の奥でうずいていた。ボランティアか、就職か-。二者択一に頭を悩ませた。

 その懸念は、気仙沼沖合にある大島を訪ねているうちに吹き飛んだ。少しの休みでも被災地を訪れる社会人に何度も接したからだ。民間企業を受けてみようと決意した。

 経営破綻を経験した日本航空。会社側は面接のたびに、公的支援を受けて再建したことに触れ、社会に感謝の念を持ち続ける責任があると説明していた。

 「私も支援を受けて今がある。震災が大きく自分を成長させてくれたと思う。感謝の気持ちは忘れない」。安原さんは日本航空への入社を決めた。

 東北学院大4年の高橋龍太朗さん(22)は、東京にある複数の企業から内定をもらいながら、地元企業への就職を決めた。

 津波は、同県南三陸町の自宅を跡形もなく流し、父が勤める食品会社にも襲いかかった。裕福な家庭ではなかった。弟も高校進学を間近に控えており、「両親に二重三重の負担がかかる。進学を諦めようか」という考えが頭をよぎった。ここにも進学に逡巡(しゅんじゅん)した若者がいた。

 そんなとき、両親が背中を押してくれた。「心配せず入学すればいい」。入学後、勉学と野球に打ち込んだ。「震災前に想像していた浮かれた学生生活をしてみたいとは、一度も思わなかった」

 震災を機に、向上心が高まったのだろう。「宮城を離れ、もっと自分を磨きたい」。東京のスポーツ関連会社や保険会社などから内定をもらった。

 だが、自分を強くしてくれた被災地への思いが勝っていた。「やっぱり地元で働き、少しでも復興に携わっていきたい」。仙台市の自動車関連会社へ就職することを決めた。

 被災直後の混乱期に大学生になった若者が歩む道は、さまざまだ。ただ、違った選択をしようが、復興半ばの故郷を思う気持ちは変わらない。(森本充)

 東日本大震災から11日で3年半となる。被災者は迷い、壁にぶつかりながらも生きていく。自らの復興という「針路」を見失わないように。


津波避難情報伝わらず犠牲…夫婦らが賠償訴訟
読売新聞 9月6日(土)0時21分配信

 東日本大震災の津波で宮城県名取市の閖上(ゆりあげ)地区にいた生後8か月の長男と妻の両親、祖母が死亡・行方不明になったのは、避難の呼びかけが不適切だったためだとして、仙台市の夫婦ら4人が5日、名取市を相手取り、約6800万円の損害賠償を求める訴訟を仙台地裁に起こした。

 訴状などによると、市は地震直後に、防災行政無線が故障して音が出ないことに気づかず、広報車などによる情報伝達も行わなかったため、妻の実家にいた長男らが逃げ遅れたとし、「住民の安全を確保する義務を怠った」と主張している。

 佐々木一十郎市長は「訴状を見ておらず、コメントはできないが、真摯(しんし)に対応したい」としている。


原発避難女性の自殺に賠償、東電控訴せず確定
読売新聞 9月6日(土)0時21分配信

 東京電力福島第一原発事故で福島県川俣町から避難を強いられた渡辺はま子さん(当時58歳)の自殺を巡り、東電の責任を認めた先月26日の福島地裁判決について、東電は5日、「早期解決を図る」ためとして控訴しない方針を発表した。

 原告側も控訴しない方針で、東電に約4900万円の賠償を命じた判決が確定する見通しとなった。

 訴えていたのは、夫の幹夫さん(64)と子供3人。東電は原告側に連絡した後、5日に控訴見送り方針を発表。理由については「早期解決を図る観点と、判決内容を踏まえて判断した」と説明した。8日には幹部社員が幹夫さんに謝罪するという。

 5日夕、福島県いわき市で記者会見した幹夫さんは、「自分たちの悩み、苦しみ、悲しみを理解してくれた。でも、亡くなったはま子が帰ってこないのが一番悔しい」と声を震わせた。

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