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2014年8月31日 (日)

宮城沖地震に関するニュース・1742,2014年8月31日

引き続き、2011年3月11日に発生した、東北関東大震災に関するニュース記事を伝達します。

今後も引き続き、随時追加します。

リンク:1日、政府に伝達=中間貯蔵施設の建設容認―福島知事 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:福島県1日、政府に受け入れ表明 - 速報:@niftyニュース.
リンク:「候補地の白紙撤回を」=指定廃棄物処分場で反対集会―栃木県塩谷町 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:住民2100人が防災訓練=高浜原発で事故想定―福井 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ALPSで全量処理断念=タンク汚染水、14年度中―低能力装置も投入・福島第1 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:夢の牧場から一転…新たな道を進む酪農家 飯舘 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:「吉田調書」報道「ウソ」なら朝日新聞どう責任取る? - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:福井・高浜原発で防災訓練 - 速報:@niftyニュース.
リンク:中間貯蔵施設「苦渋の決断だが容認」 福島知事が正式表明 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<吉田調書>元東電社員「戦う所長が支え」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:福島県で震度3 - 速報:Yahoo!ニュース.

以下、参考のために同記事を引用

1日、政府に伝達=中間貯蔵施設の建設容認―福島知事
時事通信 8月31日(日)19時1分配信

 東京電力福島第1原発事故の除染で出た汚染土などを保管する中間貯蔵施設について、福島県の佐藤雄平知事は1日、政府側に建設を容認する考えを伝える。石原伸晃環境相と根本匠復興相が同日午前に福島市を訪問し、佐藤知事や建設候補地の同県大熊、双葉両町長と会談する。佐藤知事らは同日午後、首相官邸で安倍晋三首相とも面会する予定だ。
 佐藤知事は8月30日、大熊、双葉両町長らと協議し、建設を容認する方針を表明。汚染土の30年以内の県外最終処分を定めた関係法の成立や、地元との安全協定締結などを搬入開始の条件とする意向も示しており、政府側にこうした考えを伝える。 


福島県1日、政府に受け入れ表明
2014年8月31日(日)18時2分配信 共同通信

 東京電力福島第1原発事故の除染廃棄物を保管する国の中間貯蔵施設について、福島県の佐藤雄平知事は31日、石原伸晃環境相、根本匠復興相と1日午前に福島市内で会い、大熊、双葉2町への建設受け入れを正式に伝えることを決めた。

 大熊町の渡辺利綱町長、双葉町の伊沢史朗町長も同席する。午後には、佐藤知事が官邸で安倍晋三首相と会談する方向で調整している。

 中間貯蔵施設をめぐっては、佐藤知事が8月30日、建設受け入れを正式に表明。(1)使用開始から30年以内に福島県外で最終処分することを法制化する(2)国が示した交付金を予算化する―などを求める考えを示した。


「候補地の白紙撤回を」=指定廃棄物処分場で反対集会―栃木県塩谷町
時事通信 8月31日(日)17時45分配信

 東京電力福島第1原発事故で発生した放射性物質を含む指定廃棄物の最終処分場をめぐり、栃木県内の建設候補地に選定された同県塩谷町で31日、住民らが反対を訴える総決起集会を開いた。見形和久町長や地元国会議員を含め約2000人が参加。「町民総ぐるみで、候補地選定の白紙撤回を求めていく」とする決議を採択した。
 集会では、見形町長が選定経過などを説明し、「あまりにも内密に進められてしまった。(環境省の名水百選の)尚仁沢湧水が近いこの地が選定されたことはどうしても納得できない」と強調した。宮城県内の処分場候補地に選定されたものの、詳細調査に反対している同県加美町の猪股洋文町長による激励のビデオメッセージも紹介された。 


住民2100人が防災訓練=高浜原発で事故想定―福井
時事通信 8月31日(日)14時51分配信

 福井県は31日、関西電力高浜原発3号機(同県高浜町)の事故を想定した原子力防災訓練を行った。周辺市町や原子力規制委員会、自衛隊など約120機関が参加。原発から30キロ圏内に住む住民約2100人が避難や屋内退避を行った。
 訓練は、同原発3号機で全交流電源を喪失して炉心が損傷、放射性物質が外部に放出されたと想定。事故の進展に合わせ、まず5キロ圏内の住民が、続いて5~30キロ圏の住民が自家用車やバスなどで段階的に避難した。 


ALPSで全量処理断念=タンク汚染水、14年度中―低能力装置も投入・福島第1
時事通信 8月31日(日)14時43分配信

 東京電力福島第1原発のタンクなどに保管されている汚染水対策で、東電が「切り札」と位置付けている放射性物質濃度を低減させる装置「ALPS」(アルプス)による2014年度中の全量処理という当初目標を断念したことが31日、分かった。
 相次ぐトラブルなどで処理が追い付かず、より性能の劣る装置も投入するが、放射性物質の多くを取り除けないままの水が15年度以降も存在し続けることになる。
 東電の公表資料などによると、8月26日時点で、ALPSで処理が終わっていないタンクの汚染水は36万7000トン。これに加え、2号機と3号機のトレンチ(ケーブルなどの地下管路)にたまった汚染水1万1000トンと、原子炉建屋に日々流入する地下水などによる増加分を4万3000トンと見積もり、15年3月末までに処理が必要な総量は約42万トンとなる。
 一方、ALPSでの処理量は、新型や増設分が試運転に入ると見込んでいる9月から14年度末までの合計を約38万トンと想定。残る約4万トンについては、12月から汚染水中のストロンチウムを吸着する別の装置で処理する方針。
 東電は「目標としていた14年度中に全量を浄化し終える」と主張しているが、この装置ではストロンチウム以外の放射性物質は十分取り除けず、15年度以降にALPSで再度処理が必要になるという。 


夢の牧場から一転…新たな道を進む酪農家 飯舘
産経新聞 8月31日(日)14時1分配信

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復興の足がかりになればと話す田中さん=福島市(写真:産経新聞)

 「飯舘や長泥のことを考えることもあるけど、人生の時計を考えたら時間を無駄にはできない。これからのことを考えていかないと…」

 飯舘村で酪農を営んでいた田中一正さん(43)がそう話した。

 田中さんは来年4月に福島市に新しくできる復興牧場の新会社「フェリスラテ」の社長に就任する。

 復興牧場は東京電力福島第1原発事故による避難で休業を強いられた県内の酪農家の営農再開を支援する目的で設立。運営するのは田中さんをはじめ、原発事故で被害を受けて休業中の飯舘村や南相馬市、浪江町の酪農家5人だ。

 フェリスラテは幸福を意味する「フェリス」と牛乳の「ラテ」を合わせて名付けられた。乳牛580頭を飼育する予定だ。

 東北でも有数規模の牧場を目指し、大規模化酪農の新しいモデル事業にすると同時に、原発事故によって多くの酪農家が休業に追い込まれた福島県の酪農復興への第一歩にしたいとしている。

 東京出身の田中さんは平成13年に飯舘村長泥地区に住まいを構え、牧場を始めた。多いときには60頭ほどの牛を飼育しながら酪農の専業農家として牛乳を出荷し、季節の野菜を作りながら暮らしていた。

 牧場を始めるのは想像以上に大変だ。広大な土地はもちろん、畜産特有の臭いなど問題があるため、近隣住民の理解が必要になる。飯舘村は広大な土地に加え、畜産への理解が得られやすい風土があった。大学で畜産を学び関東地方の大きな牧場で経験を積み、牧場経営を目標にしていた田中さんにとって長泥地区はうってつけの場所だった。

 「牛飼いとしては最高の環境だった。自分のやりたいことが実践できるのはよかったし、居心地がよかった。携帯電話はつながらなくて不便でしたけどね」

 しかし、その生活を原発事故が砕いた。

 田中さんは避難後は西郷村や山形県の牧場などで働き、現在は福島市の「ミネロファーム」で場長として働いている。ミネロファームは酪農の復興と循環型農業の発展を目的として24年1月に設立された牧場だ。教育ファームとして子供や学生の農業体験も受け入れている。

 田中さんは「初めて教育に関わり重要さを実感したのと、受け皿もなければ意味がないと思った。復興牧場が受け皿になって、福島で教育から働き口までの一通りの基盤ができれば」と話す。

 国内の畜産業は後継者不足が叫ばれる一方で、家族経営がほとんどのため、基盤がない人は畜産業を始めるのが難しいという。復興牧場のように大規模化な経営スタイルで、従業員を雇って分業化する方針にすると酪農をやりたいという人の門戸も広がる。

 ただ、すべてを大規模化すればいいとは思っていない。大規模経営をしているのは広大な土地を持つアメリカなどが中心で、ヨーロッパはむしろ家族経営が多いという。大規模化に傾くのではなく日本の風土や気候に合わせたスタイルを作っていく必要があると話す。

 「ヨーロッパでは畜産の地位が高いんですよね。畜産は人の役に立つなくてはならない産業だと思っています。周囲もそのことを理解して、本人もプライドを持ってやれば日本の酪農の地位は上がっていくのではないかと思います」と話す。

 田中さんはフェリスラテの経営をしながら日本の酪農の未来が開けるようになってほしいと考えている。原発事故後も休み無く働き続けているが、ふと飯舘村で牧場を経営していたことを思い出す。酪農をすることが目的で飯舘に来た田中さんにとって、飯舘村に戻って再び酪農をすることは難しいことだ。しかし、飯舘に牧場を開いたときの喜びを忘れたことはない。

 「飯舘に牧場を開いたときが人生のピークだったと思いますよ。場所も人間関係も含めて長泥のようなところはそうそうない。よその土地に移ってまた一からやるというのは厳しい。お金の問題ではないですよね。被害者意識を持ち続けていても前には進めないですから。今はやれることをやるだけです」(大渡美咲)


「吉田調書」報道「ウソ」なら朝日新聞どう責任取る?
スポーツ報知 8月31日(日)13時40分配信

 私、「事故調」と聞くと、ドキッとします。というのは、私が昨年しでかしたヨットとクジラの衝突事故は、日本の国内法上、間違いなく「海難」に当たり、海難審判と事故調査委員会の対象になったからです。

 結果的に審判では「船長の責任なし」ということになり、事故調の報告書はつい先ごろ出たばかりですが、この審判と事故調は全く別物です。

 審判は当事者の責任を問う作業で、事故調は未来の事故を防ぐための知恵と教訓を得るためのプロセスです。ですから、事故調の検証結果は開示されますが、そのプロセスは原則非公開なんですね。「責任は問わないし、公開もしないから、そのかわり関係者は本当の事を話してね」というわけです。この「事故調の聴取は免責かつ非開示」というのは、航空機事故などの調査の場で全世界共通の原則です。

 今年5月20日、朝日新聞は政府の事故調が行った吉田昌郎福島第1原発所長(当時)の聴取内容をスクープして、その中で、「600人以上の職員が所長の指示に反して原発から退避した」と報じました。

 このニュースはすぐに「無責任な職員が恐怖で現場から逃げ出した」という趣旨で世界中に伝わっていきました。この時点で吉田調書を入手していたのは朝日新聞だけでしたが、今月に入って産経新聞が同じ調書を全文入手し、「朝日の報道は間違いで、職員は吉田所長の指示で退避しただけだ」と報じました。生前の吉田氏と親しかった作家の門田隆将氏は産経新聞紙上で、「朝日はどこまで日本人をおとしめるのか」と激怒しています。

 さあ、朝日と産経、どっちの言い分が正しいのか?

 私はそもそも、事故調の調査プロセスは公開すべきでないと思っています。だって「広く報道された」なんて例が出ると、今後の事故調の真実追及に確実に支障が出ますからね。でも今回のように、既に複数のメディアが全文入手し、しかもその報道内容に関して国益を揺るがすほどの疑義が生じています。

 政府は非公開方針を転換して「吉田調書」を9月の早い時期に公開すると発表しましたが、その結果、例の「従軍慰安婦」に続いて、またも「ウソ」が明らかになったら、朝日はどう責任を取るんでしょうか?((株)大阪綜合研究所代表・辛坊 治郎)


福井・高浜原発で防災訓練
2014年8月31日(日)12時57分配信 共同通信

 福井県は31日、関西電力高浜原発(同県高浜町)で過酷事故が起きた想定で、原子力防災総合訓練を実施した。原発から30キロ圏にある、おおい、若狭両町などが参加し、隣接する京都府とも連携した。8月に改定した原発事故時の避難ルートや輸送手段を定めた県広域避難計画要綱の実効性を検証する。

 県によると、訓練は高浜原発3号機で全交流電源を失ったことをきっかけに、炉心が冷却できず損傷し、放射性物質が外部に放出されたと想定。

 高浜原発から30キロ圏の医療機関、社会福祉施設がそれぞれ作成した避難計画を基に、入院患者らの搬送手順を確認した。


中間貯蔵施設「苦渋の決断だが容認」 福島知事が正式表明
産経新聞 8月31日(日)7時55分配信

 東京電力福島第1原発事故に伴う除染で出た放射性廃棄物を保管する国の中間貯蔵施設について、福島県の佐藤雄平知事は30日、福島市内で地元町村と協議し、「苦渋の決断だが、容認することにしたい」と受け入れを正式に表明した。

 候補地の大熊町の渡辺利綱町長と双葉町の伊沢史朗町長も「知事の判断を重く受け止める」と容認する考えを示した。

 佐藤知事は両町と、両町を含めた8町村との協議終了後、記者団に対し、「県の考え方(建設容認)を示し、理解してもらった。中間貯蔵施設は、除染の推進と環境回復のために大変重要。来週にも国と協議したい」と語った。

 ただ、「建設容認と搬入受け入れは別」とし、廃棄物搬入に当たっては、国に(1)使用開始30年以内に県外で最終処分することを確実に法制化する(2)交付金を予算化する(3)搬入ルートを維持管理し、運送の安全確保を図る-ことなどを改めて求めるとした。2町長も「地権者へのていねいな説明を求める」と述べた。

 佐藤知事は9月1日にも、石原伸晃環境相と根本匠復興相に結論を伝え、官邸で安倍晋三首相と会談する方向で調整している。


<吉田調書>元東電社員「戦う所長が支え」
毎日新聞 8月31日(日)7時0分配信

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爆発で原形をとどめない福島第1原発の(左から)3号機、4号機=2012年2月26日、本社ヘリから

 東京電力福島第1原発事故の発生直後、収束作業に当たった元東電社員の男性は、現場の最高責任者が何を考え、どう行動したかを記録した調書の内容が明らかになったことを「ずっと知りたかった」と歓迎する。男性は当時、本店の幹部らを相手に一歩も引かない吉田昌郎元所長の姿を自らの支えにしていたという。それだけに「9割の所員が命令に違反して撤退した」との一部報道には「命がけで戦った仲間全員への侮辱で、悔しい」と話す。【袴田貴行】

 男性は20代後半。2011年3月12日に最初の水素爆発が起きた時は、炉心への冷却水注入が続く1号機に車で向かっていた。激しい爆発音とともに車が上下に揺れ、一瞬気を失った。我に返って前を見ると、原子炉建屋が吹っ飛んでいた。わずか100メートルの距離だった。不眠不休で作業を続けたが、14日午前に3号機が爆発、夜には2号機の危機的状況が伝わった。普段は冷静な上司が誰に聞かせるともなく「もう駄目なんだからな」としきりにつぶやいた。

 日付が15日に変わる頃、免震重要棟の1階出入り口付近には数百人の所員が待機していた。明け方、吉田所長らが指揮を執る2階の緊急時対策室から人が下りてきて、退避命令を伝えた。免震重要棟の重い二重扉が開き、所員らはバスや自家用車で第2原発へ向かった。だが、2時間ほど仮眠を取った後、上司に起こされ第1原発に戻ってくれと言われた。4号機で火災が発生し、人員が必要だという。同僚が戻ると言うので一緒に従わざるをえなかった。

 「生きて帰りたい」と願う一方、「吉田所長が頑張っている間は自分も折れるわけにはいかない」とも思った。緊急時対策室でのテレビ会議で、本店の幹部に食ってかかる姿を何度も見かけた。半面、たまに資料を渡しに行くと、若い所員にも気さくに話しかけてくれるのがうれしかった。

 しかし今年5月、朝日新聞に「吉田所長の命令に違反して撤退した」と書かれた。男性は「当時、退避先が第2原発というのは全員の共通認識だった」と反論。第1原発の構内で退避先を探しても「全面マスクをした状態で何時間もいたら全員死んでいた」と話す。

 男性が第1原発を出て帰宅したのは11年4月2日。その後、東電を退職し、別の仕事をして暮らす。だが、今もフラッシュバックに悩まされている。事故直後、3号機の原子炉建屋へ機械の点検に行った時のことだ。高線量の建屋内で空気ボンベを背負い、作業を終えて二重扉を開けようとしたが、停電でスイッチを押しても開かない。緊急時用の解錠レバーを見つけるまでの数分間、「閉じ込められてこのまま死ぬのでは」と恐怖を感じた。その場面が不意に頭をよぎり冷や汗をかく。

 男性は吉田所長の言動を記した記録が、今後の人生で危機に立ち向かう際の手引きになると感じている。

 「この記録は私が生きていくための羅針盤です」


福島県で震度3
時事通信 8月31日(日)6時45分配信

 31日午前5時44分ごろ、福島県沖を震源とする地震があり、同県いわき市などで震度3の揺れを観測した。気象庁によると、震源の深さは約50キロ。地震の規模(マグニチュード)は4.2と推定される。主な各地の震度は次の通り。
 震度3=福島県いわき市
 震度2=福島県白河市、茨城県北茨城市。 

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