« 宮城沖地震に関するニュース・1728,2014年8月17日 | トップページ | 宮城沖地震に関するニュース・1730,2014年8月19日 »

2014年8月18日 (月)

宮城沖地震に関するニュース・1729,2014年8月18日

引き続き、2011年3月11日に発生した、東北関東大震災に関するニュース記事を伝達します。

今後も引き続き、随時追加します。

リンク:子どもの被ばく防止措置は不十分 - 速報:@niftyニュース.
リンク:特殊公務災害に震災遺族が申請 - 速報:@niftyニュース.
リンク:<最終処分場問題>塩谷町が意見書…白紙撤回を求め - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ヨウ素剤、伊方原発は9月配布 - 速報:@niftyニュース.
リンク:宮城の被災地で校舎再建、落成式 - 速報:@niftyニュース.
リンク:最終処分場候補地撤回求め意見書 - 速報:@niftyニュース.
リンク:朝日報道に疑問 福島第1事故「吉田調書」 門田氏「慰安婦報道と図式が同じ」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:廃炉支援で新組織発足=原賠機構を改組 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:被災庁舎さい銭箱なくなる - 速報:@niftyニュース.
リンク:原発・吉田元所長、菅元首相に強い憤り? 産経が調書内容報じる - 速報:@niftyニュース.
リンク:<東北復幸祭>被災生徒らパリで 今月末、特産品など紹介 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:福島第1事故「吉田調書」 朝日の記事、各国で引用 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:福島第1事故「吉田調書」 元所員「逃げるものか」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:福島第1事故「吉田調書」 吉田氏、作業員を高く評価 危険顧みず職務全う - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:福島第1事故「吉田調書」入手 「全面撤退」明確に否定 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:「吉田調書」 菅元首相の言動に強い憤り - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:最終処分場 関東4県も苦慮 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:廃炉加速へ新組織発足 - 速報:@niftyニュース.

以下、参考のために同記事を引用

子どもの被ばく防止措置は不十分
2014年8月18日(月)20時0分配信 共同通信

 東京電力福島第1原発事故の際に福島県内に住んでいた父母らが18日、東京・永田町で記者会見し、十分な健康被害の防止措置をせずに子どもたちを被ばくさせたとして、国や県に1人当たり10万円の損害賠償を求め、福島地裁に提訴すると明らかにした。提訴は29日付の予定。

 弁護団によると、原告は現在も福島県内に住んでいたり、事故後に自主避難したりした子どもやその保護者計数十人。県内の各市町村に対し、子どもには安全な環境で教育を受ける権利があることの確認も求める。


特殊公務災害に震災遺族が申請
2014年8月18日(月)19時44分配信 共同通信

 東日本大震災で公務中に犠牲になった岩手県陸前高田市や県立高田病院(同市)の職員計4人の遺族が危険性の高い職務で死傷した公務員に適用され、補償も手厚い「特殊公務災害」を申請したことが18日、分かった。

 認定を担う地方公務員災害補償基金岩手県支部によると、震災で、警察官らを除く自治体一般職員の特殊公務災害の申請は同県で初めて。

 震災前は、警察官や消防職員ら高度な危険が予測される職種が特殊公務災害の主な対象だった。しかし震災では多くの一般職員も津波の避難誘導などで死亡。遺族が申請し、いったん不認定となったが、不服申し立てにより逆転認定されるケースが相次いだ。


<最終処分場問題>塩谷町が意見書…白紙撤回を求め
毎日新聞 8月18日(月)19時35分配信

 東京電力福島第1原発事故で生じた放射性物質を含む「指定廃棄物」の最終処分場建設問題で、栃木県の候補地として選ばれた塩谷町(しおやまち)の見形(みかた)和久町長らは18日、環境省を訪れ、石原伸晃環境相あてに「候補地の白紙撤回」を求める意見書を提出した。

 意見書は、5日の臨時町議会で全会一致で可決され、「設置は町政の根幹を揺るがすもので断じて容認できない」などとしている。

 見形町長と共に井上信治副環境相に面会した田代浩敏・町議会議長は「意見書は町民の総意であり、重く受け止めてほしい。(候補地に近い)尚仁沢湧水(しょうじんざわゆうすい)は、環境省の『名水百選』に入っており、私たちの宝だ」と強調した。井上副環境相は「話し合いができるように説明させてほしい。調査と建設は別の話だ」と述べ、適地かどうかを判断するための環境省の調査を受け入れるよう求めた。【渡辺諒】


ヨウ素剤、伊方原発は9月配布
2014年8月18日(月)17時47分配信 共同通信

 愛媛県と同県伊方町は18日までに、四国電力伊方原発(同町)での事故発生時に甲状腺被ばくを防ぐため服用する安定ヨウ素剤を9月28日から住民に事前配布することを決めた。

 配布は国が原発立地自治体に求めている措置。県によると、具体的な日程が決まったのは、鹿児島県と同県薩摩川内市が九州電力川内原発周辺の住民に7月下旬に配り始めたのに続いて2例目。

 対象は伊方原発から5キロ圏の住民で、来年4月1日現在で3歳以上になる約5500人。全て伊方町民。8月25日から地区ごとに夜間を中心に説明会を12回開く。


宮城の被災地で校舎再建、落成式
2014年8月18日(月)17時45分配信 共同通信

 東日本大震災で被害を受けた宮城県亘理町の長瀞小学校と荒浜中学校の新校舎が完成し18日、それぞれの学校で落成式が開かれた。これまでは町内の別の学校に間借りしていたが、両校とも2学期から新校舎が使えることになり、参加した児童や生徒は「体育や勉強を頑張りたい」などと声を弾ませた。

 亘理町によると、荒浜中は高さ約2・4メートルの津波に襲われた。校舎移転も検討されたが、住民説明会などで「地区の復興には学校が必要」との意見が多く、同じ場所での再建に踏み切った。新校舎は、将来の津波に備え1階を柱だけにして、2階と3階に教室などを配置する高床式とした。


最終処分場候補地撤回求め意見書
2014年8月18日(月)17時44分配信 共同通信

 東京電力福島第1原発事故で発生した指定廃棄物の最終処分場候補地となった栃木県塩谷町の見形和久町長らが18日、環境省を訪れ、候補地の白紙撤回を求める石原伸晃環境相宛ての町議会の意見書を提出した。

 対応した井上信治副大臣は「地元の懸念はあると思うが、ぜひ詳細調査をやらせてほしい」と述べ、地質などを調べる現地調査の実施に重ねて理解を求めた。また早期に候補地を視察する意向も示した。

 見形町長は提出後、記者団に「(今後の国との議論が)どういう結果になっても、賛成するわけにはいかない」と強調。


朝日報道に疑問 福島第1事故「吉田調書」 門田氏「慰安婦報道と図式が同じ」
夕刊フジ 8月18日(月)16時56分配信

Yoshida_2
吉田昌郎氏(写真:夕刊フジ)

 2011年3月の東京電力福島第1原発事故に関し、政府の事故調査・検証委員会が、事故発生時に所長として対応に当たった吉田昌郎氏(13年7月死去)に聞き取り調査してまとめた「聴取結果書」(吉田調書)を、産経新聞が入手、18日朝刊で報じた。朝日新聞は5月20日朝刊で「所長命令に違反 原発撤退」と報じたが、吉田調書を読む限り、朝日報道の「命令違反」という印象は感じられなかった。

 吉田氏への聴取は11年7月から11月にかけ計13回、延べ27時間以上にわたり行われた。調書はA4判で約400ページに及ぶ。当時の菅直人首相について、「あのおっさん」「何だ馬鹿野郎というのが基本的な私のポジション」などと批判する部分も見逃せないが、注目は朝日報道の違和感だ。

 朝日はこの調書をもとに、5月20日朝刊で「所長命令に違反 原発撤退」「福島第1 所員の9割」と書き、11年3月15日朝に第1原発にいた所員の9割に当たる約650人が吉田氏の待機命令に違反し、10キロ南の福島第2原発へ撤退していたと指摘している。

 だが、調書を読むと、吉田氏は、細野豪志首相補佐官(当時)に事前に電話し、「(事務関係者ら)関係ない人は退避させる必要があると私は考えています。今、そういう準備もしています」と話したことを披露し、「本当は私、2F(福島第2原発)に行けとは言っていないんです。私は福島第1の近辺で線量の低いようなところに一回退避して次の指示を待てと言ったつもりなんですが、2Fに行ってしまったというんでしようがないなと」などと、伝言ゲームによる指示の混乱については証言している。

 ただ、吉田氏は「よく考えれば2Fに行った方がはるかに正しい」と部下の判断を認め、別のやり取りでは「2Fまで退避させようとバスを手配させたんです」とも語っている。自身の命令に反して部下が撤退したとの認識は示していない。

 朝日報道を受け、米紙ニューヨーク・タイムズ(いずれも電子版)は5月20日、「パニックになった作業員が福島第1原発から逃げ出した」と報じた。韓国紙・国民日報も「現場責任者の命令を破って脱出したという主張が提起されて、日本版の“セウォル号事件”として注目されている」と報じている。

 生前の吉田氏らを徹底取材し、『死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日』(PHP研究所)を書き上げた、ジャーナリストの門田●(=隆の生の上に一)将氏は、吉田調書を読んで、「(朝日が)事実と異なる報道によって日本人をおとしめるという点において、先に撤回された慰安婦報道と図式がまったく同じではないか」と、産経に寄稿している。

 ■朝日新聞社広報部のコメント「吉田氏が命じたのは、高線量の場所から一時退避し、すぐに現場に戻れる第1原発構内での待機だったことは、記事で示した通りです。10キロ離れた第2原発への撤退は命令に違反した行為です」


廃炉支援で新組織発足=原賠機構を改組
時事通信 8月18日(月)14時54分配信

 政府は18日、東京電力福島第1原発の廃炉作業を監視する「原子力損害賠償・廃炉等支援機構」を発足させた。原発事故の賠償関連業務を行う原子力損害賠償支援機構を改組し、廃炉支援の機能を新たに備えた。放射能汚染水対策などへの政府の関与を強め、福島第1原発の廃炉を着実に進める狙いがある。 


被災庁舎さい銭箱なくなる
2014年8月18日(月)14時2分配信 共同通信

Photo_2
 さい銭箱がなくなった岩手県大槌町の旧役場庁舎前の献花台=18日午前

 東日本大震災の津波で当時の町長ら多くの職員が犠牲になった岩手県大槌町の旧役場庁舎前に置かれていたさい銭箱がなくなったことが18日、分かった。釜石署が窃盗事件として調べている。

 管理している住民によると、このさい銭箱はこれまでに中の現金が盗まれる被害が4回あった。うち2回は住民が釜石署に届け出て、同署が巡回を強化していた。

 住民の男性(43)によると、16日午後9時半ごろ、さい銭箱がなくなっているのに気付き、釜石署に通報した。中には現金約1万円が入っていたとみられる。秋田県五城目町の有志が2013年7月に寄贈したものだった。


原発・吉田元所長、菅元首相に強い憤り? 産経が調書内容報じる
2014年8月18日(月)13時18分配信 J-CASTニュース

福島第1原発の吉田昌郎元所長(故人)が当時首相だった菅直人氏に強い憤りを示していたと、産経新聞が2014年8月18日に報じた。

政府が非公開としている吉田調書を独自に入手したとしており、吉田氏は菅氏が現場を混乱させたとみていたと指摘した。吉田氏は、政府の事故調査・検証委員会の聞き取りで、「菅さんが自分が東電が逃げるのを止めたんだみたいな(ことを言っていたが)」と聞かれ、「(首相を)辞めた途端に。あのおっさんがそんなのを発言する権利があるんですか」と反発していたという。


<東北復幸祭>被災生徒らパリで 今月末、特産品など紹介
毎日新聞 8月18日(月)11時8分配信

 震災を経験した私たちにしか伝えられないことがある--。東日本大震災で被災した岩手、宮城、福島3県の中高生約80人が30、31の両日、フランス・パリで開催するイベント「東北復幸祭<環WA>」。未曽有の震災被害からの復興状況や東北地方の魅力を若い力で伝える企画だ。津波の高さを示すと同時に復興の象徴として、パリの空に赤いバルーン群を浮かせたり、東北の特産品、熱気あふれる祭りを紹介。2年半かけて企画してきた生徒は本番に向けて意欲を燃やしている。

 このプロジェクトは震災発生1カ月後の2011年4月、来日した経済協力開発機構(OECD)のグリア事務総長が、復興支援策の一つとして提案した。復興の担い手となる人材を育成しようと「OECD東北スクール」と名付け、福島、宮城、岩手の3県から中高生を募集した。翌年3月から活動を開始した生徒に課されたミッション(使命)は「2014年8月に(OECD本部がある)パリで東北の魅力を世界にアピールするイベントをつくること」。

 生徒は、福島大などの協力を得ながら、イベントを取りまとめる「シナリオ担当」▽イベント情報などを発信する「PR担当」▽協賛企業・自治体などと交渉する「産官学連携担当」▽活動の様子を記録する「セルフドキュメンタリー担当」--の各チームに分かれ、作業を分担。2年半の間、試行錯誤を繰り返しながら準備に取り組んできた。

 パリでは、宮城県気仙沼市伝統の「天旗(てんばた)まつり」で知られる凧(たこ)「天旗」に復興へのメッセージを書き込んで連凧にして揚げるほか、福島県伊達市産の柿で作ったゼリーや被災地の映像も紹介する。

 震災の現実を表現したイベントも。バルーン群のほか「ドミノ倒し」もその一つだ。ドミノが倒れていく様は来襲する津波をほうふつとさせる。倒れた後、ドミノを来場者と一緒に再び立てて「復興」を表現したいという。

 イベントのタイトルの副題は「死と再生、未来へとつなぐ」。復興イベントでは忌避されがちな「死」という言葉をあえて使った。PR担当の岸佑里香さん(16)=国立福島工業高等専門学校2年=は「死という過去も直視しなくてはいけないと思う」。統括リーダーの佐藤陸さん(18)=福島県立磐城高校3年=は「プロジェクトが始まった当初は苦悩続きだったが、仲間や支援してくれる人たちと協働しながら大切なことを学んだ。東北はこんなに良いところだということを世界にPRしたい」と集大成となる日を心待ちにしている。【三木陽介】


福島第1事故「吉田調書」 朝日の記事、各国で引用
産経新聞 8月18日(月)7時55分配信

 ■「逃げ出す作業員」「恥ずべき物語」

 外国の有力メディアは、「吉田調書」に関する朝日新聞の記事を引用し、相次いで報道した。韓国のセウォル号事故と同一視する報道もあり、「有事に逃げ出した作業員」という印象が植え付けられている。

 米紙ニューヨーク・タイムズ(いずれも電子版)は5月20日、「パニックになった作業員が福島第1原発から逃げ出した」と報じた。「朝日新聞によると」という形で、記事では第1原発所員の第2原発への退避を「命令違反」だと報じている。

 英紙ガーディアンは5月21日付で「『フクシマ・フィフティーズ(福島の50人)』と呼ばれたわずかな“戦闘員”が原発に残り、ヒーローとしてたたえられた。しかし、朝日新聞が明らかにしたように650人が別の原発に逃げたのだ」と記した。

 オーストラリアの有力紙オーストラリアンも「福島のヒーローは、実は怖くて逃げた」と見出しにした上で、「事故に対して自らを犠牲にし果敢に闘った『フクシマ・フィフティーズ』として有名になったが、全く異なる恥ずべき物語が明らかになった」と報じた。

 韓国紙・国民日報は「現場責任者の命令を破って脱出したという主張が提起されて、日本版の“セウォル号事件”として注目されている」と報道。韓国で4月に起きた旅客船沈没事故で、船長が真っ先に逃げたことと同一視している。


福島第1事故「吉田調書」 元所員「逃げるものか」
産経新聞 8月18日(月)7時55分配信

 ■「退避するなら第2」共通の認識

 17日に判明した政府事故調の「吉田調書」。その文面から、東京電力福島第1原発にいた所員らの9割が10キロ南の福島第2原発に一時退避したことを、吉田昌郎所長(当時、平成25年7月9日死去)が「正しかった」と認識していたことが分かる。朝日新聞は5月20日付朝刊で、吉田調書に基づき「所員らは吉田氏の待機命令に違反し、第2原発へ撤退」と報じたが、第1原発の複数の元所員は産経新聞の取材に「命令違反でない」と明言する。吉田調書と関係者の証言から経緯を追った。

 ◆所員の危害懸念

 第1原発所員が第2原発へ退避したのは、東日本大震災4日後の23年3月15日午前7時ごろ。第1は最大の危機を迎えていた。

 前日の14日夜には、第1原発2号機への注水に使っていた消防車が燃料切れで動かなくなったことで、原子炉格納容器が壊れ、多数の所員に危害が生じることが懸念された。

 テレビ会議映像では、当時東電本店(東京都千代田区)にいた幹部が14日午後8時16分ごろ、「1F(福島第1)にいる人たちみんな2F(福島第2)に避難するんですよね」と発言。緊急時対策室を第2へ移す検討を始めていたことが分かっている。15日午前5時半ごろには、菅直人首相(当時)が東電本店を訪れ、「撤退したら東電は百パーセントつぶれる。逃げてみたって逃げ切れないぞ」と絶叫した。このとき、テレビ会議映像を見た元所員は「誰が逃げるものか」と反発を覚えたと振り返る。

 ◆第1の環境悪化

 午前6時14分ごろ、2号機の方向から爆発のような音が聞こえ、原子炉圧力抑制室の圧力がゼロになったという報告が入った。格納容器破壊の懸念が現実味を帯び、複数の元所員によると、吉田氏は「各班は最少人数を残して退避」と命じ、班長に残る人員を決めるように指示、約650人が第2原発へ退避した。

 調書によると、吉田氏は「本当は2Fに行けと言っていないんですよ。福島第1の近辺で、所内にかかわらず線量の低いような所に1回退避して次の指示を待てと言ったつもりなんですが」と命令の行き違いがあったことを示唆している。朝日新聞は、吉田氏のこの発言などから「命令違反」と報じたとみられる。

 しかし、調書で吉田氏は「考えてみればみんな全面マスクをしているわけです。(第1原発で)何時間も退避していたら死んでしまうよねとなって、2Fに行った方がはるかに正しいと思った」と、全面マスクを外して休息できる第2原発への退避が適切だったと認識を示している。菅氏らが「第1原発からの撤退」との疑心暗鬼にとらわれていたことを問われると、吉田氏は「現実として逃げていない」と否定した。

 当時、現場にいた複数の元所員も産経新聞の取材に「命令違反」を否定した。40代の元所員は「第1原発では乾パンや水しかなく環境は日に日に悪化しており、第1のどこかに待機するというのはありえない」と語る。吉田氏の命令は第2への退避と受け止めたという。別の中堅元所員も「第1原発にいた所員は、退避するなら第2へという共通認識があった。それが吉田氏の命令違反であるはずがない」と証言した。

 ◆無事到着に安堵

 当時、第1原発にとどまったのは吉田氏ら69人。15日昼ごろには第2に退避していた多数の人が戻った。

 吉田氏と一緒に現場にとどまったベテランの元所員は「(第1に)残りたいという人ばかりだった。第2までの道は崖崩れの危険があったから、退避した人から『第2に無事に到着した』という連絡があったときには、第1に残った人は『ああよかった』とお互いに喜び合った」と語る。

 別の東電関係者も「当時自家用車で第2へ退避した人も多く、逃げるのであればそのまま避難所にいる家族のもとに行っているはずだ。しかし、彼らは第1へ戻ってきた」と話した。


福島第1事故「吉田調書」 吉田氏、作業員を高く評価 危険顧みず職務全う
産経新聞 8月18日(月)7時55分配信

Yoshida
東日本大震災から8カ月がたち、免震重要棟で報道陣の質問に答える吉田昌郎所長(中央)と細野豪志・原発担当相=平成23年11月12日、福島県大熊町(写真:産経新聞)

 「吉田調書」では、吉田昌郎氏が現場の作業員について、「日本有数の技術屋」「(危険な)現場に(自ら率先して)行こうとすることに本当に感動した」と、高く評価する言葉を述べていた。調書からは「フクシマ・フィフティーズ(福島の50人)」と世界が称賛した勇敢な姿だけでなく、現場の作業員の有事での工夫と判断力で事故の被害を最小限に抑えられたことが浮かび上がる。

 平成23年3月11日に全交流電源喪失後、2号機では原子炉隔離時冷却系(RCIC)が動いているか確認できない状況が続いていた。12日午前2時55分にRCICの運転を確認したが、バッテリーが8時間しか持たないことから、電源の選別が迫られた。

 この時の状況について、吉田氏は「不要な負荷を全部切ったのは現場の判断。私がそこまで言っていない。私はそこまで分からないというか、逆によくやってくれたなと思っている」と語り、現場が瞬時に状況判断したことを評価した。

 また、バッテリーが足りない時には「うちの連中は、車のバッテリーを外したり、ものすごい知恵を働かせてやれることを全部やった」とも語った。

 さらに、事故直後に専門技能を持つ協力企業もいないなかで、ケーブルや給水ラインの調達、接続ができたことについても言及。「口幅ったいようだが、ここの発電所の発電員、補修員は優秀だ。今までトラブルも経験し、肌身で作業してきた経験があるから、これだけのことができたと思う」と評価した。

 そのうえで、「私が指揮官として合格だったかどうか、私は全然できませんけども、部下たちはそういう意味では、日本で有数の手が動く技術屋だった」と絶賛した。

 3号機爆発直後は、高線量のがれき撤去や注水のためのホース交換をしなければならず、作業員を危険な現場に送り出さざるを得なかった。吉田氏は「注水の準備に即応してくれと、頭を下げて頼んだ。本当に感動したのは、みんな現場に行こうとするわけです」と、危険を顧みずに職務を全うしようとする姿をたたえた。


福島第1事故「吉田調書」入手 「全面撤退」明確に否定
産経新聞 8月18日(月)7時55分配信

 平成23年3月の東京電力福島第1原発事故に関し、産経新聞は17日、政府の事故調査・検証委員会が事故発生時に所長として対応に当たった吉田昌郎氏(25年7月9日死去)に聞き取り調査してまとめた「聴取結果書」(吉田調書)を入手した。吉田氏は東電が事故発生3日後の14日から15日にかけて第1原発から「全面撤退」しようとしていたとする菅直人首相(当時)らの主張を強く否定し、官邸からの電話指示が混乱を招いた実態を証言している。吉田氏は一方で、現場にとどまった所員には感謝を示すなど、極限状態での手探りの事故対応の様子を生々しく語っている。(「吉田調書」取材班)

【表で見る】福島第1原発事故直後の主な経過

 吉田氏への聴取は23年7月から11月にかけ、事故収束作業の拠点であるサッカー施設「Jヴィレッジ」と第1原発免震重要棟で計13回、延べ27時間以上にわたり行われた。吉田調書はA4判で約400ページに及ぶ。

 それによると、吉田氏は聴取担当者の「例えば、(東電)本店から、全員逃げろとか、そういう話は」との質問に「全くない」と明確に否定した。細野豪志首相補佐官(当時)に事前に電話し「(事務関係者ら)関係ない人は退避させる必要があると私は考えています。今、そういう準備もしています」と話したことも明かした。

 特に、東電の全面撤退を疑い、15日早朝に東電本店に乗り込んで「撤退したら東電は百パーセント潰れる」と怒鳴った菅氏に対する評価は手厳しい。吉田氏は「『撤退』みたいな言葉は、菅氏が言ったのか、誰が言ったのか知りませんけれども、そんな言葉を使うわけがない」などと、菅氏を批判している。

 朝日新聞は、吉田調書を基に5月20日付朝刊で「所長命令に違反 原発撤退」「福島第1 所員の9割」と書き、23年3月15日朝に第1原発にいた所員の9割に当たる約650人が吉田氏の待機命令に違反し、10キロ南の福島第2原発へ撤退していたと指摘している。

 ところが実際に調書を読むと、吉田氏は「伝言ゲーム」による指示の混乱について語ってはいるが、所員らが自身の命令に反して撤退したとの認識は示していない。

 また、「退避」は指示しているものの「待機」を命じてはいない。反対に質問者が「すぐに何かをしなければいけないという人以外はとりあえず一旦」と尋ねると、吉田氏が「2F(第2原発)とか、そういうところに退避していただく」と答える場面は出てくる。


「吉田調書」 菅元首相の言動に強い憤り
産経新聞 8月18日(月)7時55分配信

Photo
福島第1原発事故直後の主な経過(写真:産経新聞)

■「(首相を)辞めた途端に、自分だけの考えを言うのはアンフェア」

 「私にとって吉田(昌郎)さんは『戦友』でした。現(安倍)政権はこの(吉田)調書を非公開としていますが、これは特定秘密にも該当しないし、全面的に公開されるべきです」

 菅直人元首相は月刊宝島8月号で、ジャーナリスト(元朝日新聞記者)の山田厚史氏のインタビューに対し、東電福島第1原発の元所長、吉田氏を自らの「戦友」だと述べている。

 だが、産経新聞が入手した吉田調書を読むと、吉田氏側は菅氏のことを「戦友」とは見ていない。むしろ、現場を混乱させたその言動に強い憤りを覚えていたことが分かる。

 例えば、政府事故調査・検証委員会の平成23年11月6日の聴取では、「菅さんが自分が東電が逃げるのを止めたんだみたいな(ことを言っていたが)」と聞かれてこう答えている。

 「(首相を)辞めた途端に。あのおっさんがそんなのを発言する権利があるんですか」

 「あのおっさんだって事故調の調査対象でしょう。辞めて、自分だけの考えをテレビで言うというのはアンフェアも限りない」

 菅氏は同年8月の首相辞任後、産経新聞を除く新聞各紙やテレビ番組のインタビューに次々と応じ、自身の事故対応を正当化する発言を繰り返していた。これを吉田氏が批判的に見ていたことがうかがえる。

 また、菅氏が自分も政府事故調の「被告」と述べていたことから、吉田氏は「被告がべらべらしゃべるんじゃない」とも指摘し、事故調が菅氏に注意すべきだとの意見を表明した。

 菅氏だけでなく、当時の海江田万里経済産業相や細野豪志首相補佐官ら菅政権の中枢にいる政治家たちが、東電が全面撤退する意向だと考えていたことに対しては「アホみたいな国のアホみたいな政治家」とばっさり切り捨てている。

 その菅氏は今年7月24日付のツイッターで、吉田調書についてこう書いた。

 「吉田調書など(で)当時の状況が明らかになり、発生翌朝現地で吉田所長から話を聞き、撤退問題で東電本店に行った事も理解が増えています」

 吉田氏の肉声はこれとは食い違う。政府事故調の聴取(23年7月22日)で「(菅氏は)何のために来るということだったんですか」と質問され、こう突き放している。

 「知りません」

 「行くよという話しかこちらはもらっていません」

 さらに作業を続けている所員らに菅氏が激励もせずに帰っていったことを証言している。

 菅氏が震災発生4日後の15日早朝、東電本店に乗り込んだことにも冷ややかだ。同じ頃、現場でまさに死と向き合っていた吉田氏は7月29日の聴取で、テレビ会話を通してみた菅氏の東電本店での叱責演説についてこう語っている。

 「ほとんど何をしゃべったか分からないですけれども、気分悪かったことだけ覚えています」

 「何か喚(わめ)いていらっしゃるうちに、この事象(2号機で大きな衝撃音、4号機が水素爆発)になってしまった」

 ■官邸介入、現場混乱に拍車/最前線に空疎な電話「水素爆発の仕組みは」

 政府の事故調査・検証委員会が平成24年7月にまとめた報告書は、福島第1原発事故における菅直人元首相をはじめとする首相官邸サイドからの介入についてこう総括した。

 「介入は現場を混乱させ、重要判断の機会を失し、判断を誤る結果を生むことにつながりかねず、弊害の方が大きい」

 これは当然、吉田昌郎元所長からの聴取結果を反映しての結論だろう。吉田氏は、直接官邸と現場がやりとりすることの違和感を繰り返し語っている(23年8月8、9日の聴取)。

 「何で官邸なんだというのがまず最初です。何で官邸が直接こちらにくるんだ。本店の本部は何をしているんだ」

 「最初、官邸と電話なんかする気は全くなかった」

 「官邸と現場がつながるということ自体が本来あり得ない」

 その上で、不眠不休の極限状況の中で菅氏から受けた電話の内容の空疎さについて、こう明かしている。

 「水素爆発はどういうメカニズムで起こるんだということとか、それは水蒸気爆発と違うのかというようなご質問をなさっていた」

 「ごく初歩的な質問を菅さんがして、私が説明し始めたら、ちょっと待ってくれ、その質問は日比野(靖内閣官房参与)さんがしているからということで、日比野さんに代わって、結構忙しいときだった」

 菅氏から電話があったのは4回ほどで、このほか「警戒区域と避難区域、20キロ、30キロの話について、こう決めたけれども、所長はどう思う」と問われて吉田氏が「知りません」「現場の判断ではない」と答える場面も出てくる。

 また、同年11月6日の聴取では政府事故調の質問者から、官邸内で海江田万里経済産業相や細野豪志首相補佐官ら政治家や東電幹部、班目(まだらめ)春樹原子力安全委員長らが「勉強会」を開き、そこで出た疑問を現場に電話で問い合わせていたと聞き、吉田氏はあきれてこんな感想を語っている。

 「何をもってこの国は動いていくんですかね。面白い国ですね」

 吉田氏は、細野氏にはあらかじめ、協力企業関係者や事務職員ら「関係ない人は退避させることも考えています」と言って、プラント制御に最低限必要な人員は残す考えを伝えていた。

 ところが、細野氏は23年11月の民間事故調のヒアリングでは東電に全面撤退論があったとの立場でこう菅氏を持ち上げている。

 「菅氏は、何の躊躇(ちゅうちょ)もなく『(東電の)撤退はあり得ない』と言った。私は(菅氏が)日本を救ったと今でも思っている」

 菅氏自身は今年6月21日付のツイッターで「私の原発事故対応に対する嵐のような批判も、吉田調書や(関電大飯原発第3、第4号機の運転差し止めを命じた)福井判決で風向きが変わってきた」と記した。

 吉田調書は、あくまで吉田氏個人の記憶に基づく証言であり、すべて正確だとまでは言えないだろう。とはいえ、現場で事故対応の前線指揮を執った当事者の証言は極めて重い。


最終処分場 関東4県も苦慮
河北新報 8月18日(月)6時5分配信

 福島第1原発事故で発生した指定廃棄物の最終処分場建設をめぐり、宮城県は3市町の詳細調査受け入れを表明した。各候補地が建設や調査に反発する中で苦渋の決断となったが、国が同様に建設を計画する他の4県もそれぞれ対応に苦慮している。指定廃棄物の一時保管の長期化に不安が募る一方、風評被害への懸念も根強いという点で、各県の悩みは共通だ。(報道部・水野良将)

<栃木 独自検証>
 環境省によると、放射性セシウム濃度が1キログラム当たり8000ベクレル超の指定廃棄物の総量は6月末現在、12都県の計14万6009トンに上る。国は、全体の83%を占める福島県に次いで保管量が多い宮城、茨城、栃木、群馬、千葉の5県に、処分場建設を計画する。
 保管量が5県で最多の栃木県。環境省は7月30日、塩谷町を詳細調査候補地に選んだ。町内には国が全国名水百選に認定した湧水群がある。町は「自然を守るために建設反対」との方針だ。
 県は独自の有識者会議を設置し、放射線や地盤などの専門家らが選定の経緯や基準に欠点がないかどうか検証する。
 福田富一知事は「有識者会議を活用し、疑問や不安に丁寧に対応しながら一日も早い処分場整備につなげたい」と語る。

<千葉 民有地も>
 千葉、茨城、群馬の3県では、候補地の提示にすら至っていない。
 千葉県内からは国有地や県有地に限定せず、民有地も対象に1カ所が選ばれる見通し。環境省は、選定対象をめぐり同県の市町村長会議で「県内の最適地を確保してほしい」と提案があったことなどを考慮した。宮城、栃木両県では、候補地選定に際し民有地が含まれなかったのと対照的だ。
 茨城県の市町村長会議では建設地を1カ所に絞るか、複数箇所で長期保管するかが論点となっている。
 橋本昌知事は「どちらが良いかは市町村長の意見を十分に踏まえて対応したい」と語る。環境省によると、同県の指定廃棄物の放射性物質濃度は他4県に比べ低い。
 群馬県では、汚泥などを7市村の公的機関で保管する。「他県に先駆けた宮城県の調査受け入れ決定を前向きに捉え、参考にしたい。できる限り早く、より安心を確保できる場所に保管することが必要だ」と県の担当者は言う。

<行動力を示せ>
 環境省が2012年3月に公表した指定廃棄物処理方針は「14年度末をめどに必要な処分場の確保を目指す」と掲げる。石原伸晃環境相は再三にわたり「国が責任を持って処理する」と強調する。
 村井嘉浩知事は「調査は3市町で同時実施されなければならない。何が何でも受け入れてもらうという情熱が伝わるような行動力がないと打開できない」と国に求める。

◎宮城県の状況/加美はあくまで反対

 2012年10月の市町村長会議で県内1カ所に建設することを申し合わせた。国は14年1月、候補地として栗原市、大和町、加美町の国有地を提示。栗原市、大和町が建設に反対、加美町は詳細調査受け入れにも反対する中、今月4日、村井嘉浩知事が受け入れを表明した。


廃炉加速へ新組織発足
2014年8月18日(月)0時13分配信 共同通信

 原子力損害賠償支援機構(原賠機構)の業務に東京電力福島第1原発の廃炉や汚染水対策の支援を加えた新組織「原子力損害賠償・廃炉等支援機構」が18日、発足した。汚染水漏れなどが相次いだことから、東電の経営に大きな影響力を持つ原賠機構を改組して政府の関与を強化し、廃炉作業の加速化を図る。

 新組織は従来の賠償部門に加え、廃炉部門を新設。専門家からなる「廃炉等技術委員会」が廃炉に必要な研究や技術開発を検討するほか、東電が着実に対策を実施するよう指導する。廃炉に向けた現在の工程表の改定作業も担い、溶融燃料の取り出し時期や工法についても具体的な計画を策定する。

« 宮城沖地震に関するニュース・1728,2014年8月17日 | トップページ | 宮城沖地震に関するニュース・1730,2014年8月19日 »

ニュース」カテゴリの記事

社会・事件」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/566606/60171155

この記事へのトラックバック一覧です: 宮城沖地震に関するニュース・1729,2014年8月18日:

» ケノーベルからリンクのご案内(2014/08/19 08:44) [ケノーベル エージェント]
伊達市エージェント:貴殿の記事ダイジェストをGoogle Earth(TM)とGoogle Map(TM)のエージェントに掲載いたしました。訪問をお待ちしています。 [続きを読む]

» ケノーベルからリンクのご案内(2014/08/19 08:52) [ケノーベル エージェント]
気仙沼市エージェント:貴殿の記事ダイジェストをGoogle Earth(TM)とGoogle Map(TM)のエージェントに掲載いたしました。訪問をお待ちしています。 [続きを読む]

« 宮城沖地震に関するニュース・1728,2014年8月17日 | トップページ | 宮城沖地震に関するニュース・1730,2014年8月19日 »

2017年8月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31