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2014年7月22日 (火)

宮城沖地震に関するニュース・1702,2014年7月22日

引き続き、2011年3月11日に発生した、東北関東大震災に関するニュース記事を伝達します。

今後も引き続き、随時追加します。

リンク:<皇室>両陛下、宮城のハンセン病療養所訪問 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:両陛下が宮城県のハンセン病療養所訪問 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:両陛下、復興状況などご視察で宮城ご訪問、全ハンセン病療養所入所者と面会果たされる - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:川内原発ヨウ素剤で最後の説明会 - 速報:@niftyニュース.
リンク:<福島県知事>「何のための一元化か」…政府の復興対応批判 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:福島市、「放射線に負けない体づくり」呼びかけ 「表現が不適切」「風評被害助長」などの批判で文言修正 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:津波被害の中学跡地に野菜工場 - 速報:@niftyニュース.
リンク:「避難タワー」立地の難しさ 安全基準は…犠牲者増加につながる場合も - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:両陛下、療養所訪問=ハンセン病施設一巡―宮城 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<皇室>両陛下が宮城訪問 ハンセン病療養所も視察へ - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:両陛下が宮城県を訪問 - 速報:@niftyニュース.
リンク:両陛下、宮城県入り - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:両陛下、復興状況などご視察で宮城へ - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<東日本大震災>悲母観世音菩薩像が完成 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:原発審査、本格的に再開 規制委、川内原発「審査書案」完了で - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:両陛下きょうから宮城ご訪問 ハンセン病ご慰問半世紀 全療養所入所者とご面会 - 速報:Yahoo!ニュース.

以下、参考のために同記事を引用

<皇室>両陛下、宮城のハンセン病療養所訪問
毎日新聞 7月22日(火)21時19分配信

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国立ハンセン病療養所「東北新生園」の入所者と懇談する天皇、皇后両陛下=宮城県登米市で2014年7月22日午後2時13分(代表撮影)

 天皇、皇后両陛下は22日、宮城県登米(とめ)市の国立ハンセン病療養所の東北新生園(しんせいえん)を初めて訪れ、入所者らと懇談した。両陛下は国立、私立を併せて全国14カ所の全療養所の入所者と懇談したことになった。

 同園は1939年の設立で、現在の入所者は87人。平均年齢は84歳を超える。両陛下は、同園で亡くなった人たちを弔う霊安堂に赴き、白菊を供花。引き続き集会室で入所者14人と懇談した。

 天皇陛下は、同園設立時から生活している入所者に「当時は状況が厳しかったんじゃないですか」と語りかけ、差別や偏見に苦しんだ入所者をいたわった。また、目の不自由な入所者の手を握りながら「お体は大丈夫ですか」と話した。

 皇后さまは転倒して足を痛めたという入所者のひざに手を当て「痛かったでしょうね」と語りかけ、「練習なさると強くなるから」と励ました。入所者自治会会長の久保瑛二さん(81)は「亡くなった入所者の霊が少しでも慰められたと感じました」と話した。

 両陛下はその後、南三陸町入りし、多くの町職員が亡くなった防災庁舎を車窓から見た。【真鍋光之、古関俊樹】


両陛下が宮城県のハンセン病療養所訪問
読売新聞 7月22日(火)21時6分配信

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国立療養所東北新生園の霊安堂前で一礼される天皇・皇后両陛下(22日午後、宮城県登米市で)=冨田大介撮影

 天皇、皇后両陛下は22日、宮城県登米市の国立療養所東北新生園を訪れ、ハンセン病の回復者と懇談された。

 両陛下は皇太子夫妻時代の1968年以降、各地の療養所に足を運び、今回の訪問で、全国14か所の療養所全ての入所者との懇談を果たされた。

 両陛下は、同園で亡くなった人たちの遺骨が納められた霊安堂で白菊を供えた後、入所者14人と約25分間懇談された。現在の入所者は87人で、平均年齢は84・3歳。ハンセン病の後遺症や高齢化に伴う合併症がある人たちがふるさとを離れ、長期の療養生活を送っている。

 天皇陛下は「随分大変でしたでしょうね」「お大事にね」と腰をかがめ、ひざに触れたりしながら、一人ひとりに話しかけられた。皇后さまは「美智子でございますよ」と目が不自由な人の手を握られ、「長生きしたかいがありました」と答えた入所者の目には、涙が浮かんだ。

 女性職員にも「お世話をお願いいたしますね」と声を掛け、「差別や偏見の時代もありました」と話す入所者には、「大変でしたね」とねぎらわれた。

 入所者自治会会長の久保瑛二さん(81)は「霊安堂にお参りしていただいて、亡くなった人の霊が少しでも慰められたと感じました」と話した。

 両陛下はこの後、宮城県南三陸町へ移り、東日本大震災で多くの町職員が犠牲になった防災対策庁舎を、徐行した車の中から見られた。宿泊先は、震災当初に避難所として利用された南三陸ホテル観洋が選ばれた。


両陛下、復興状況などご視察で宮城ご訪問、全ハンセン病療養所入所者と面会果たされる
産経新聞 7月22日(火)21時2分配信

 天皇、皇后両陛下は22日、宮城県に入り、国立ハンセン病療養所の東北新生園(登米市)を訪問された。病とともに差別や偏見に苦しんだ入所者と懇談し、園内で亡くなった入所者の霊安堂に白菊を供花された。これにより、全国14カ所すべてのハンセン病療養所の入所者との面会を、半世紀かけて果たされた。

 同県訪問は東日本大震災からの復興状況ご視察が主な目的だが、両陛下の強いお気持ちから、療養所のご訪問日程も組まれた。

 震災後の同県訪問は3度目で、この日は平成23年4月以来となる南三陸町に入り、町職員が犠牲となった町防災対策庁舎も車内からご覧になった。水産業などの復興状況を確かめたいとのご意向から、24日まで三陸沿岸を回られる。3日間かけて東日本大震災の被災地を訪問されるのは初。


川内原発ヨウ素剤で最後の説明会
2014年7月22日(火)19時43分配信 共同通信

 九州電力川内原発が立地する鹿児島県と薩摩川内市は22日、原発事故時に甲状腺被ばくを防ぐ安定ヨウ素剤の事前配布について、半径5キロ圏の住民を対象とした説明会を同市で開いた。説明会は6月17日以降、9回目。27日にヨウ素剤を一斉配布する予定で、その前では最後の説明会となる。

 川内原発は新規制基準を満たすとして秋にも再稼働する可能性がある。ただ、ヨウ素剤の配布対象となっている5キロ圏の3歳以上の全住民約4800人のうち、説明会に出ていない住民も多い。

 市の避難計画の実効性に問題を指摘する声もある中、再稼働への準備が行政主導で一方的に進められる恐れがある。


<福島県知事>「何のための一元化か」…政府の復興対応批判
毎日新聞 7月22日(火)19時16分配信

 福島県の佐藤雄平知事は22日、いわき市であった市町村長との意見交換会で、政府の復興対応について「(市町村長が)霞が関に行って陳情するというのが聞こえてくる。何のための一元化か」と述べ、復興加速化を目的に発足した復興庁や同庁福島復興局が役割を果たしていないとの考えを示した。佐藤知事が政府をあからさまに批判するのは異例だ。

 震災復興のあり方を語り合う意見交換会は今回で4回目。この日は双葉郡8町村といわき市の計9首長が参加した。

 この中で、各首長らは自治体の枠を超えて対応すべき問題を指摘し、「県のリーダーシップ」を改めて要求。川内村の遠藤雄幸村長が国の福島再生加速化交付金について「支給決定まで時間がかかりすぎる。福島復興局で裁断できる権限を与えることを確認してほしい」と注文すると、佐藤知事は「対応が遅すぎる」と応じ、「(予算や使途を)裁断できる状況が必要だ」などと批判。「ややもすると矮小(わいしょう)化の雰囲気がないわけでもない」と述べ、福島の復興が政府内で軽視されているとの認識も示した。

 政府は昨年2月、福島復興局、環境省福島環境再生事務所、原子力災害現地対策本部の統括組織を新設し、根本匠復興相がトップを兼任し「省庁にまたがる要望に一元対応する体制」を強化した。しかし、首長たちは上京し、各省庁に陳情活動を続けている。

 この日参加した首長の一人は取材に「今日の知事はいつもと違った。(知事選で)何か決断したのだろうか」と語った。【栗田慎一】


福島市、「放射線に負けない体づくり」呼びかけ 「表現が不適切」「風評被害助長」などの批判で文言修正
J-CASTニュース 7月22日(火)18時36分配信

 福島県福島市が「放射線に負けない体を作りましょう」と呼びかけ、市公式サイトにチラシを掲載した。ネットでは「負けない」という表現が不適切ではないかという声があり、市にも問い合わせがあった。

 数日後に市は謝罪し、サイト上の文言も変更された。しかし一部では、依然として非難の声があるという。

■「放射線の影響を受けにくい」に変更

 福島市放射線健康管理室は2014年7月8日、市の公式サイトに「放射線に負けない体をつくりましょう」と題する文章を掲載した。日常生活であびる放射線量や、飲酒や喫煙などの生活習慣がどの程度の被ばく量に相当するかなどを4種類のチラシで伝えている。

 「食生活のポイント」と「生活習慣のポイント」というチラシでは、実際に「放射線に負けないからだ」を作るための注意点が載っている。食生活面では、放射性物質を取り込まない、速やかに排泄する、「放射性物質と性質が似ているミネラル」を食べて放射能物質を取り込みにくくする、整腸作用のある伝統食材を摂取することなどを推奨している。

 また生活習慣の面では「日常生活の中で心がけたいこと」として、室内の換気をはかる、洗濯物は日光に当てる、天気の良い日は布団を干す、外から帰ったら手洗いとうがいをすることが「ポイント」としてあげられている。

 これらの文章が17日ごろから、インターネット上で話題になり始めた。「タイトルが内容とミスマッチしている」「題目だけがひとり歩きしている」などネットユーザーの指摘を受け、管理室は18日夕方、ページのタイトルを「放射線の影響を受けにくい生活をしましょう」に変更し、

  「『放射線に負けない』という表記は市民の皆さまに力強く生活していただきたいという思いを表現したものです」

などと謝罪文を掲載した。しかし、いまなおツイッターでは「内容は同じ」などと非難の声が出ている。

市の担当部署「掲載すべき情報を吟味する」
 放射線健康管理室に取材すると、チラシ制作の経緯を教えてくれた。初版が作られたのは2011年秋。まだ東日本大震災から半年だったため、その後に一部文言は更新されたが、当初から「放射線に負けない」の表現はあったという。しばらく市主催の講座などで配られていたが、14年春になって「正確な情報の周知」を目的として、現状にあわせた最新版を作成。これをサイトに載せたのが7月8日だった。

 SNSでの指摘以外に、電話でも「『負けない』という表現が不適切」「市民では背景がわかるが、状況がよく伝わっていない人には文字面だけが行ってしまう」「風評被害を助長する」などと指摘を受けたという。なお「食生活」と「生活習慣」のチラシには「放射線に負けない」の表現が残っているが、

  「表現の仕方等、また今の状況にふさわしい内容かどうかも含めて、掲載すべき情報を今後吟味していく考え」

だと説明する。

 ネット上では「放射線に負けない」と同時に、市が出したとする「被曝しよう!」と書かれたチラシ画像も出回っていた。管理室もこの画像を確認しているが、チラシと別の画像を合成したもので、「まったく福島市とは関係ないもの」だと否定している。


津波被害の中学跡地に野菜工場
2014年7月22日(火)18時27分配信 共同通信

 東日本大震災の津波で校舎1階が浸水し、その後の生徒数減少で閉校した宮城県石巻市立大川中の跡地に、水耕栽培の野菜工場が完成し、落成式が22日、開かれた。

 運営する同県東松島市のリサイクル業「東部環境」の工藤豊和社長(47)は「安定して生産できれば、雇用も拡大できる。仕事に困っている人も多いと聞くので、少しでも地域の人に笑顔で過ごしてほしい」と話した。

 工藤社長は、近くの市立大川小で当時6年生だった三男佐藤雄樹君=当時(12)=を津波で亡くした和隆さん(47)と高校時代の同級生。和隆さんらを元気づけたいと、大川中の跡地を石巻市から借り、事業に乗り出した。


「避難タワー」立地の難しさ 安全基準は…犠牲者増加につながる場合も
産経新聞 7月22日(火)15時12分配信

 南海トラフ巨大地震の津波対策においては、住宅地の近くに適切な避難場所がない場合、国などは人工の避難タワーを設けることを推奨している。しかし、設置の際の安全基準が明確でない一方、浸水想定域内の住宅地に近い場所に設置されることが多いことから誘導効果が高く、慎重さを求める声があがっている。(編集委員 北村理)

 「なぜ、ここに避難タワーをたてることになったのか…」。太平洋沿岸部のある自治体の職員は、こうもらした。

 住宅街の外れの場所で、周囲は川に囲まれ、数百メートル南に海が広がる。避難タワーは逃げ遅れた場合の緊急避難場所とされるが、この地理的環境では、避難が遅れた時点で、すでに浸水しているであろうことが容易に予想できる。

 避難タワーの設置にあたっては、行政と住民が協議するが、用地取得の問題もあり、理想の場所に置かれるとはかぎらない。冒頭の自治体職員もそのことを言いたかったようだ。

 避難タワーは現在、100基以上設置している沿岸部の県もある。しかし地域によっては、協議の末、「設置場所の標高が低い」「構造的に不安」などの住民の声もあって、検討を中断しているケースもあり、対応はまちまち。そのことが、避難タワーの置かれている状況を示している。

 避難対策を研究している群馬大災害社会工学研究室(片田敏孝教授)では、三重県尾鷲市をモデルとし、津波避難タワーがその設置場所によって救命にどのような効果をもつかをシミュレーションした。

 設置場所は尾鷲市の中心市街地に4915カ所の避難タワー設置候補地を設定し、南海トラフ巨大地震による被害想定(犠牲者数)への影響をみた。結果、設置場所によっては、犠牲者を100人近く減らすことのできる地点があったり、犠牲者が200人増加する地点もあった。

 これらの場所の特徴を分析したところ、犠牲者を減らせる場所は、(1)既設避難所は浸水域内だったが、避難タワー設置で浸水域外に避難目標ができたケース(2)目標の高台が遠かったが、目標への途中に避難タワーができたことで、犠牲者数が減少した-だった。

 犠牲者数が増えるケースは、既設の避難所へ避難する場合は、遠くても海側から山側に向かって避難コースが設定されていたが、避難タワーが設置され、津波が来る海側に向かわざるを得ないケースだった。

 津波が地震後5分で到達し、町内の4割が浸水域となると想定される静岡県吉田町では、標高の低い平野部が広がる。このため約1キロを避難者の移動可能範囲にするなど基準を設け、浸水域を20に区分けし、避難施設のない街区に避難タワーの設置を進めてきた。

 このため、避難者の居住地によっては、「海側の避難タワーを目標にせざるをえない」(吉田町)。これは、群馬大学のシミュレーションでは犠牲者が増加する条件に該当するが、「町の立地を考えると、町ごと移転しない限りは、現時点では精いっぱいの対応」(同)と嘆息する。

 こうした避難タワーをめぐる状況について、片田教授は「避難タワーは安全性に限界があり、あくまでも緊急避難的な手段にすぎない。一番避けるべきことは避難タワーが近くにあるからといって避難が遅れること。設置後もタワーの利用方法を地域で議論し続けなくてはいけない。むしろそうすることで防災意識が高まり、いざというときの行動に結びつくと考えるべきだろう」としている。


両陛下、療養所訪問=ハンセン病施設一巡―宮城
時事通信 7月22日(火)15時6分配信

 宮城県訪問中の天皇、皇后両陛下は22日午後、登米市の国立ハンセン病療養所「東北新生園」を訪れ、入所者と懇談された。全国計14カ所(国立13、私立1)の療養所のうち、皇太子夫妻時代から通算13カ所目の訪問。
 残る大島青松園(高松市)は小さな島にあり、訪問が難しいが、入所者と2004年、高松市内で懇談した。宮内庁幹部は「全国の療養所訪問は実質的に一巡した」と話している。
 東北新生園は1939年開設。現在87人の入所者がおり、平均年齢84.3歳。両陛下は、亡くなった入所者の遺骨が納められた霊安堂の供花台に白菊を供え、一礼した。続いて入所者14人と懇談した。
 天皇陛下が入所者の手を握り、「随分長くおられたんですね。お体の方は」などと気遣うと、入所者は涙ぐんだ。皇后さまも手を取り、床に膝を突いて懇談。「差別や偏見の時代もありました」と話す入所者を「大変でしたね」といたわった。
 入所者自治会会長の久保瑛二さん(81)は「霊安堂にお参りしていただき、亡くなった入所者の霊が少しでも慰められたと感じました」と話した。 


<皇室>両陛下が宮城訪問 ハンセン病療養所も視察へ
毎日新聞 7月22日(火)13時49分配信

 天皇、皇后両陛下は22日、東日本大震災の復興状況視察などのため、宮城県を訪れた。同県訪問は2012年5月以来で震災後3度目。津波で大きな被害を受けた南三陸町を3年ぶりに訪ねる他、気仙沼市を初めて訪問する。両陛下は、同県登米(とめ)市のハンセン病国立療養所、東北新生園(しんせいえん)も視察する。この訪問で全国に14ある全てのハンセン病療養所の入所者と懇談することになる。両陛下は震災直後に避難所になった南三陸町の南三陸ホテル観洋に宿泊。23日は仮設商店街「南三陸さんさん商店街」などを視察、24日は気仙沼市魚市場を視察した後、栃木県那須町の那須御用邸に入って静養する。


両陛下が宮城県を訪問
2014年7月22日(火)13時18分配信 共同通信

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 宮城県訪問のため、JR東京駅を出発される天皇、皇后両陛下=22日午前

 天皇、皇后両陛下は22日、東日本大震災からの復興状況を視察するため、東北新幹線で宮城県に入られた。震災後、両陛下が宮城県を訪れるのは一昨年5月以来、3回目。

 午後は登米市の国立ハンセン病療養所「東北新生園」を訪問。これで全国14カ所(国立13、私立1)すべてのハンセン病療養所の入所者と会うことになる。この日は震災直後、避難所になった南三陸町の「南三陸ホテル観洋」に宿泊する。

 23日は同町の仮設商店街「南三陸さんさん商店街」を視察後、気仙沼市に移り、日本ジオパークに認定された岬「岩井崎」を訪ねる。24日は栃木県の那須御用邸に入って静養する。帰京は28日。


両陛下、宮城県入り
時事通信 7月22日(火)12時28分配信

 天皇、皇后両陛下は22日、東日本大震災の復興状況視察などのため、東北新幹線で宮城県に入られた。同県訪問は2012年5月以来2年ぶりで、震災後3度目。 


両陛下、復興状況などご視察で宮城へ
産経新聞 7月22日(火)11時56分配信

 天皇、皇后両陛下は22日午前、東日本大震災からの復興状況などを視察するため、東北新幹線で宮城県へ出発された。震災後の同県ご訪問は3度目。

 午後に同県入り。初日は、国立ハンセン病療養所の東北新生園(登米市)を訪問される。これにより、全国に14カ所(国立13、私立1)ある全療養所の入所者との面会を果たされる。その後、車で三陸沿岸の南三陸町に向かい、津波にのまれて多数の町職員が犠牲になった防災対策庁舎も車窓から初めてご覧になる。

 23日は仮設商店街「南三陸さんさん商店街」を訪問し、気仙沼市でジオパーク「岩井崎」を視察される。

 24日は気仙沼市魚市場の復興状況を視察後、那須御用邸(栃木県那須町)に移って静養に入られる。28日に帰京される予定。


<東日本大震災>悲母観世音菩薩像が完成
毎日新聞 7月22日(火)10時36分配信

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岩手県陸前高田市の寺に建立される悲母観世音菩薩像と、制作した柳本伊左雄・身延山大学教授=山梨県身延町の身延山大で、松田嘉徳撮影

 東日本大震災の被災地復興祈願と犠牲者慰霊のため、身延山(みのぶさん)大(山梨県身延町、浜島典彦学長)仏教学部の柳本伊左雄教授と学生らが制作していた悲母観世音菩薩(ひぼかんぜおんぼさつ)像が完成した。

 高さは台座を含め3.6メートル。「被災者の悲しみはあまりにも大きく、犠牲者が美しい菩薩に少しでも救っていただけるように」(柳本教授)と、白衣観世音菩薩をイメージした。2011年6月から3年がかりで作り上げ、慰霊の気持ちを込めてもらおうと一般から募集した延べ約1300人がノミ入れをした。

 身延山久遠寺(同町)の本堂で8月から約1カ月間、一般公開した後、岩手県陸前高田市の奇跡の一本松近くにある妙恩寺に建立される。【望月一夫】


原発審査、本格的に再開 規制委、川内原発「審査書案」完了で
産経新聞 7月22日(火)10時33分配信

 原子力規制委員会は22日、東京電力柏崎刈羽原発6、7号機(新潟県)など事実上凍結していた審査を本格的に再開した。審査チームが九州電力川内(せんだい)原発1、2号機(鹿児島県)に集中していたが、事実上の合格証となる「審査書案」の作成が完了したため、審査は元の体制に戻りつつある。

 この日審査を再開したのはほかに、中国電力島根原発2号機(島根県)と東北電力女川原発2号機(宮城県)。いずれも沸騰水型軽水炉(BWR)で、事故や災害の影響を数値化して原発ごとの問題点を洗い出す「確率論的リスク評価」について事業者から説明を受けた。

 審査を申請している原発は計12原発19基。川内原発は今月16日に審査書案が了承され、現在、審査書案に対する意見公募を実施している。


両陛下きょうから宮城ご訪問 ハンセン病ご慰問半世紀 全療養所入所者とご面会
産経新聞 7月22日(火)7時55分配信

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天皇、皇后両陛下のハンセン病療養所ご訪問・ご面会(写真:産経新聞)

 天皇、皇后両陛下は22~24日の日程で宮城県を訪問し、初日の22日、国立ハンセン病療養所「東北新生(しんせい)園」を訪ねられる。皇太子同妃時代に初めてハンセン病療養所を訪ねられてから約半世紀。今回のご訪問で、全国に14カ所(国立13、私立1)ある全療養所の入所者との面会を果たされることになる。

 宮城訪問は東日本大震災の被災地の復興状況ご視察が主目的だが、宮内庁の風岡典之長官は「まだ訪れていない療養所を訪問したいという強いお気持ちがあり、実現した」と話す。

 初のご訪問は46年前の昭和43年、奄美和光園(鹿児島県)。病だけでなく、国の長年の強制隔離政策のもとで偏見と差別にも苦しんだ人々に、温かく接してこられた。入所者には家族とも縁を絶たれたり、改名を迫られたりした人もいる。完治しても入所を続けざるを得ず、療養所内に納骨される人が今もいるという。

 両陛下は皇居・御所に関係者を招いて説明も聞かれた。平成16年、皇后さまに高齢化する入所者の現状を話した当時の邑久(おく)光明園(岡山県)園長、牧野正直さん(71)は「『陛下は(同園に)行きたいと常々おっしゃっています』と話してくださった」と振り返る。

 実際に両陛下は翌年の岡山訪問時に足を運び、入所者の手を握りながら話をされた。「つらい思いをした入所者に、同じ高さの目線で向き合ってくださった」。牧野さんは語る。

 香川県の大島青松園(せいしょうえん)は、直接のご訪問が唯一かなわなかった。離島で大型船が接岸できないためだが、側近によると、両陛下は「どうしてもだめなのか」と、何度もお尋ねになったという。

 代わりに平成16年10月の同県入りの際、高松市内に出向いた入所者と懇談の場を持たれた。その2日後には、通常の航路を離れて島に近寄った船から、浜辺に並んだ入所者らに手を振って応えられた。

 初のご訪問となる東北新生園だが、皇后さまは8年前、御所で横田隆園長に「どうすれば新生園のみなさんのお役に立てるでしょうか」と尋ねられていたという。

 両陛下は今回、入所者と懇談するとともに、園内の霊安堂へ供花される。

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