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2014年6月20日 (金)

いわゆる「従軍慰安婦」強制を認めた「河野談話」の検証結果を公表・2

ゆすりたかりの犯罪国家・韓国が日本と日本人を貶め続ける材料として利用し続ける、いわゆる「従軍慰安婦」なるものの募集についての強制性を認めた1993(平成5)年の「河野洋平官房長官談話」に対する、政府の有識者チームによる検証結果が20日、公表された。

最初のニュース

それによれば、この「河野談話」は、自称元慰安婦16人の聞き取り調査の結果が集約される前にすでにその文案が作成されていたうえ、日韓両政府は原案段階から文言のすり合わせを行い、その事前調整の事実の隠蔽まで行なったなど、数々の問題点が発覚した。

報告書は「(当時の日本政府が)一連の調査を通じて得られた認識は、いわゆる『強制連行』は確認できないというもの」と結論づけたにもかかわらず、河野洋平が談話発表時の会見で、官房長官という職責にありながら、かつそれを裏付ける具体的客観的資料も提示しないまま、独断で政府見解をくつがえし、「強制連行の事実があった」と答えたとしている。

この報告書により、20年以上も国民の目から隠されてきた「河野談話」の実態が白日の下にさらされた意義は大きい。産経新聞などが繰り返し報じてきたとおり、「河野談話」は厳密な歴史的事実を確認したものではなく、日韓両国が入念にすり合わせて合作した、タカリ国家・韓国への「政治的配慮」の文書」だったことが改めて明らかになった。
さらに前記のとおり、国賊・河野洋平が独断で「強制連行」を認めるという売国行為も明らかになった。

にもかかわらず、当の河野洋平は、この報告書の公表を受けて《(有識者チームの)皆さんが短期間の中で精力的に作業に当たられたことに対し、敬意を表したいと思います》《(報告書公表を受けて)新たに付け加えることもなければ、差し引くこともないと考えております》と、あたかも他人ごとのような空とぼけたコメントを発表している。

※以上、主に産経新聞の報道内容を基本としつつ、本ブログ独自の見解を加えて記述。
各新聞の報道内容の詳細については、下記に設定した各記事へのリンクを参照されたい。

河野洋平は紛うことなき真性の売国奴だ。この人間が我が国の国益を毀損し、国家と国民に不名誉を与えたその罪状の数々を国会に喚問して国民の前に明らかにするとともに、国家反逆・外患招致の罪により裁判にかけて最高刑を科すべきだ。なお、言うまでもないことながら、私憤にもとづくテロの対象とすることは厳に慎むべきだろう。我が国は世界で最も先進的な文明国であることを、この機会に内外に鮮明にしなければならない。

また、この「河野談話」検証結果の公表により、これまでの極悪非道な犯罪行為の数々が白日のもとにさらされる事態に怯えた凶悪卑劣なゆすりたかり国家・韓国が、公表直前の段階で、島根県の竹島近海の我が国領海を含む海域で、我が国の制止要求にもかかわらず射撃訓練を強行した。
このチンケな犯罪国家が、自国の旧悪が明るみに出ることを恐れるのはわかるが、ただ事態の推移を静観しておればよいものを、ここでわざわざ軍事力を使った嚇しまがいの行為に出ることは、却って自国の犯罪行為を白状することにしかならないだろうに、この韓国と韓国人というやつらは、いったいどこまで馬鹿なのか。
自国の発展向上に何らの努力をせず、常に他国の存在を嫉み、逆恨みして、他国を讒訴してその国際的地位を下落させることのみに狂奔する、愚劣で凶悪な犯罪国家・韓国に未来はない。

言っておくが、仮に百歩譲って韓国と韓国人の望み通りに日本の国際的地位が下落したとしても、それによって韓国の地位が向上するわけではない。他者の失敗と不幸をよろこぶ精神異常者集団・キチガイ国家・韓国と韓国人に災いあれ!


※いわゆる「従軍慰安婦」に関する「河野談話」問題と、売国奴・河野洋平に関する、本ブログの過去記事

あの売国奴・河野洋平が売国アカ雑誌「世界」で安倍首相を誹謗・非難 14.6.9
「テキサス親父」トニー・マラーノ氏、キチガイ国家・韓国を徹底批判 14.5.1
「河野談話」作成に携わった石原元官房副長官、いわゆる「従軍慰安婦」聞き取りの裏付けなしと証言・2 14.2.28
「河野談話」作成に携わった石原元官房副長官、いわゆる「従軍慰安婦」聞き取りの裏付けなしと証言 14.2.20
日本維新の会、「河野談話」撤廃と河野洋平・朝日新聞社長の証人喚問要求の署名を展開 14.1.29
産経新聞、いわゆる「従軍慰安婦」強制を認めた「河野談話」が日韓の合作と暴く 14.1.1
日本維新の会、「河野談話」の撤廃と河野洋平国会招致を求める署名を展開 13.12.28
いわゆる「慰安婦」問題で、国賊・河野洋平に公開質問状 13.11.6
産経新聞、いわゆる「従軍慰安婦」強制を認めた「河野談話」の基礎調査のずさんさを暴く 13.10.16
「慰安婦の真実」国民運動、「河野談話」の撤廃を求める署名を国に提出、河野洋平個人の提訴も 13.9.16


以下、「河野談話」の検証結果に関する各報道機関の記事へのリンク

リンク:「慰安婦」も「安重根」も一緒くた…史実無視、中韓連携の不可解 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:強制連行20万人、外務省高官も「周知の嘘」 河野談話検証認めぬ韓国 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:河野氏とテキサス親父の「公開討論」は… 山口市民会館でニアミス - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:河野談話の根拠資料、非公開の方針 政府、にじむ韓国への配慮「大半が機密扱い」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:元慰安婦、死してなお「反日道具」…ソウル、1130回目の「糾弾水曜デモ」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:河野談話検証「世界に発信を」 自民の萩生田総裁特別補佐 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:河野談話、「河野氏は国会で説明を」…萩生田氏 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<河野談話>「ぜひ国会で説明を」自民・萩生田氏 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:河野談話「河野氏は国会で説明を」 自民の萩生田総裁特別補佐 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:河野氏は国会で説明を=自民総裁補佐 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:「河野談話に泥」「関係さらに悪化」 韓国メディアは談話検証批判 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:「慰安婦に強制性あった」 河野氏、談話の意義強調 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:歴史戦 「反日」でひとくくり1面トップ 「日本びいき」ある元慰安婦の死 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:慰安婦問題を巡る日韓間のやりとりの経緯…1 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:慰安婦問題を巡る日韓間のやりとりの経緯…2 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:河野洋平氏、山口の講演要旨 「誤った事実は謝罪する」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:河野洋平氏講演にテキサス親父「敵を間違えてはならない…」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<河野氏>慰安婦「強制との見方、当然」 談話に理解求める - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:河野談話検証 報告書は「すべて正しい」「慰安婦のなかには自分の意思で来た人も」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:「正しく書かれている」と河野氏 - 速報:@niftyニュース.
リンク:河野談話検証、正しく全て書かれている…河野氏 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:報告書「全て正しい」=談話検証で河野氏 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:河野氏、慰安婦問題悪化させた“元凶” 独断で「強制連行」認める - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:河野談話 不用意な発言 後世に禍根 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:対韓関係打開見えず 河野談話検証 近く局長級協議で説明 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:「河野談話作成過程検討チーム」但木座長の会見要旨 経緯を検証 信用性問わず - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:河野談話検証 河野氏「日韓指導者は大局的判断を」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:河野氏ら招致、要求へ 維新・山田氏「聞き取りは儀式」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:「矛盾した行為で無意味」 韓国が河野談話検証を嫌った理由とは - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:河野官房長官談話全文(平成5年8月4日) - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:「強制連行は事実」河野氏独断 談話検証報告、日韓事前調整は隠蔽 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<河野談話検証>元慰安婦の証言 信ぴょう性には踏み込まず - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<河野談話検証>韓国政府「談話の信頼性を毀損する」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<河野談話検証>韓国政府と文言調整、経緯伏せることも合意 - 速報:Yahoo!ニュース.

以下、参考のために同記事を引用

「慰安婦」も「安重根」も一緒くた…史実無視、中韓連携の不可解
産経新聞 6月24日(火)13時10分配信

 ソウル市の在韓日本大使館の前に設置された少女の慰安婦像の後ろの壁には、なぜか日本の初代首相(初代韓国統監)、伊藤博文を暗殺した安重根(アンジュングン)の写真入りポスターが張られていた。

 ポスターには、安が伊藤の「罪悪」と指摘した「政権を強制的に奪った罪」「教育を妨害した罪」「東アジアの平和を壊した罪」…など15項目も列挙されていた。その中には、日本では根拠のない俗説とされる「明治天皇の父、孝明天皇を殺した罪」も含まれる。

 ◆メッセージ性重視

 歴史に関わることなら、慰安婦問題も安も一緒くたにするのか。しかもそこでは、学問的な事実関係はあまり問われず、メッセージ性ばかり重視されているように思えた。

 韓国民の寄付金と国家予算で、2010年10月に建て直された「安重根義士記念館」を訪ねた。入場は無料で、受付にあった日本語のパンフレットにはこう記されていた。

 「記念館は、安重根義士の愛国精神と民族を愛する心そして、平和思想を広く伝え、民族間の友好と世界平和を願う場所」

 もっとも実際に館内をめぐっても、ここがどう「民族間の友好」に結びつくのか理解できなかった。

 展示物を見ても、やはり安による伊藤の「15の罪悪」を強調し、安が中国・ハルビン駅で伊藤を狙撃するシーンがリアルに人形で再現されている。安がその際に使用した銃「ブローニング」の複製もあった。

 一方で、伊藤が実は韓国併合に慎重だったことへの言及は見当たらない。

 日本から見れば「テロリスト」(官房長官の菅義偉)である安の行為を、韓国では「義挙」と呼ぶ。さらには大統領の朴槿恵(パククネ)自ら中国の国家主席、習近平に記念館の設置を要請する。

 ◆事実追求も許さない

 歴史は本来、いろいろな評価や見方ができるものだろう。だが、韓国では「日本の見方」が存在することすら理解されないようだ。

 日本政府による当時の官房長官、河野洋平の談話の検証結果発表について、韓国紙、東亜日報は21日付社説で次のように書いた。

 「来月の習訪韓は韓中が日本に強力な警告を送る機会にならなければならない」

 歴史の多様な評価だけでなく、事実の追求すら許せないとして、中国との対日共闘を主張している。東シナ海や南シナ海で、現在進行形で膨張する中国に警戒を示さず、過去の歴史で安易に連携しようという発想が不可解だ。

 ◆同盟国・米の不信

 「歴史問題が焦点になればなるほど、韓国と中国が一つになる。これは日本にとって戦略的によくない」

 国立外交院院長の尹徳敏(ユンドンミン)はこう指摘したが、事はそう単純な話だろうか。中国に接近して逆に取り込まれることは、同盟を結ぶ米国の不信を招き、韓国自身の立場を危うくはしないか。

 習はハルビン駅での「安重根義士記念館」について「自ら指示した」と表明しており、明らかに歴史問題で韓国を引き寄せて利用するカードとしている。

 オバマ米政権は歴史問題で日本に「韓国とうまくやってほしい」と求める一方で、過去にこだわり過ぎる韓国へのいらだちも見せている。

 今回の訪問で韓国の各界の識者から話を聞いたが、全体に中国への警戒心は薄いと感じた。少なくとも、尖閣諸島(沖縄県石垣市)付近で中国の公船による領海侵犯を頻繁に受けている日本とは温度差がある。「G2(米国、中国の2大大国体制)」という言葉も何度も耳にした。

 とはいえ、面と向かって中韓接近を指摘すると、誰もがそれを否定した。元韓国外務省東北アジア局長、趙世暎(チョセヨン)はこう断じた。

 「韓国はそれほど中国に傾いていないと思う。韓国は歴史的に中国に対して被害意識がものすごく強い。それこそDNAの中に刻まれている」

 ある政治学者にもこの話を振ったが、とたんに不快感を示した。

 「中国の外相、王毅が5月に訪韓した際、『韓国は親類みたいなものだ』と言ったが、どういう意味か。気分が悪い。朝鮮日報に中国の当局者が韓国側に『朝貢外交に戻ったらどうか』と言ったと書いてあったが本当か。中国は時折、こうした韓国を見下した態度を取るから信用できない」

 日韓関係は中国という要素を抜きには語れない。

 かつて日本には、就任後初の日中韓首脳会談で「東アジア共同体構想」という意味不明のアイデアを提唱した首相がいた。それに対し、当時の韓国大統領、李明博(イミョンバク)は控えめに「いろんな問題が解決されなければならないので、時間が少しかかるかもしれない」と述べたが、本当はあきれていたことだろう。(敬称略)


強制連行20万人、外務省高官も「周知の嘘」 河野談話検証認めぬ韓国
産経新聞 6月23日(月)21時0分配信

 慰安婦募集の強制性を認めた平成5年の河野洋平官房長官談話に関する有識者チームの検証結果について、河野氏自身は21日の講演で「すべて正しい」と述べ、その事実関係の正しさを認めている。ところが、検証に対する韓国主要紙の21日付社説の論調は激越なものだった。

 「河野談話は“殻”だけが残ることになった」(中央日報)

 「検証の名で暴露するのは信義に欠け無礼な国家がするような野蛮な振る舞いだ」(京郷新聞)

 「報告書は21年前の河野談話に大きな傷をつけるもの」(朝鮮日報)

 「今になって検証うんぬんすること自体が天に唾する行為だ」(ハンギョレ)

外交の大きな成果

 それだけ韓国にとって、河野談話は外交的に勝ち取った大きな成果だったということだろう。その正体が赤裸々となって「河野談話の無力化」(東亜日報)が進むことは、談話を根拠にして日本たたきを続けてきた韓国メディアにとっても都合が悪いのだ。

 朝鮮日報は河野談話が生まれた背景についても、社説でこう言及している。

 「元慰安婦を中心に始まった在韓日本大使館前での水曜デモは23年にわたり続いている。そうして日本はこの問題をこれ以上隠し通せない状況になったことから、河野談話を準備する以外にない状況に追い込まれたのだ」

 日本側は、自分の意思で慰安婦になったのではないと主張する元慰安婦の名誉回復のため何らかの形で強制性の認定を求める韓国側に、「政府の善意」(元官房副長官、石原信雄)で河野談話を作った。これに対して、韓国側はあくまで自分たちの圧力が談話を作成させたと考えている。

 彼我の認識の差は、果たして埋められるものなのだろうか。水曜デモや韓国紙の論調を見ていると、渡る橋のない大河の対岸にいるような気持ちになるが…。

 「今、いちばん問題だと思っているのは、日本も韓国も政府内に真剣に関係改善に向けてやろうとする熱気がないことだ」

 世宗研究所日本研究センター長の陳昌洙(チン・チャンス)は現状をこう指摘した。そのうえで、「日本側が河野談話の検証結果を発表した後、日本の世論がどう動くかをみて、それを踏まえて日韓が本音で話し合いができる雰囲気になると思う」と語り、次のように強調した。

 「まず雰囲気づくりだ。世論の動向を変えることだ。慰安婦の問題は両国のトップにとって政治的負担になる。それを乗り越えてリーダーシップで決断しなくてはならない」

 前日も韓国外務省の東北アジア局長、李相徳(イ・サンドク)と意見交換したという陳によると、元徴用工の訴訟問題は「韓国内で何とか解決するという流れ」だとされる。結局、残るは慰安婦問題だけだというのだ。

 だが、かつて元慰安婦に「償い金」を支給した「アジア女性基金」は韓国挺身(ていしん)隊問題対策協議会(挺対協)の反対もあって韓国政府にはしごを外され、成功しなかった。現在、挺対協だけでなく、さまざまな市民団体が協力して米国で慰安婦像を建てるなど執拗(しつよう)に日本攻撃を続けている。

 日本からみればこれ以上、慰安婦問題で韓国に譲るものがあるとは思えないが、仮に歩み寄ったとしても韓国の政権が代わればまた元のもくあみではないか。第一、メディアや市民団体の反日を韓国政府は制御できないのではないか。

 こんな疑問をぶつけると、陳はこう答えた。

 「日韓関係がよくなると運動団体の力も弱くなる。挺対協も、そろそろ他の争点に移って運動しなくてはならないと気付いている。市民団体の活動についても、最近は『元慰安婦たちが本当にそう思っているのか』と問題提起する人が出てきた。以前だったら絶対にあり得ない。韓国もだんだんと多元化している」

「挺対協が拒否権」

 陳は市民団体はコントロール可能との立場だったが、違う意見の人もいる。元韓国外務省東北アジア局長の趙世暎(チョ・セヨン)は、挺対協が韓国政府に発揮する影響力について「政府の政策について最終的な拒否権を持っている」と表現した。

 また、日本人としては慰安婦像に「朝鮮人女性20万人を強制連行」などと書かれ、世界に宣伝されるのは我慢できない。陳は言う。

 「20万人は嘘だということははっきりしている。20万人が嘘だというのはみんな知っていることだから」

 ソウルで日本製ビールと焼酎を酌み交わした韓国大手紙の元東京特派員も「日本の記者が数字を大切にし、それにこだわることは分かっている」と語ったが、20万人を訂正すべきだとは言わなかった。そういう問題ではないと感じたが、それが韓国側の感覚ならば、やはり簡単には理解できない。(敬称略)


河野氏とテキサス親父の「公開討論」は… 山口市民会館でニアミス
夕刊フジ 6月23日(月)16時56分配信

Demo
山口市内では、河野談話撤回を求めるデモ行進も行われた=21日(写真:夕刊フジ)

 慰安婦問題を悪化させた「元凶」であることが発覚した河野洋平元官房長官(77)と、慰安婦問題の真実を訴え続けている「テキサス親父」こと、米評論家のトニー・マラーノ氏(65)が21日、山口市民会館でニアミスした。河野氏を糾弾する人々が集結するなか、河野氏は人ごとのような釈明を続け、マラーノ氏は熱く事実を語った。関係者が申し入れていた2人の公開討論会は実現しなかった。

 「私が日本を貶めるわけがないじゃないですか。当時、官房長官ですよ」

 河野氏は、地元情報紙が主催した講演会で、こう語気を強めた。前日、河野氏が1993年に発表した「河野談話」に対する、政府の有識者チームによる検証結果が公表されただけに、焦りでもあったのか。

 談話はやはり、厳密な歴史的事実を確認したものではなく、当時の日韓両政府が入念にすり合わせて合作した「政治文書」だった。加えて、河野氏が何の証拠もないのに、記者会見で「(強制連行の)事実があった」と独断で答えていた、売国的行為まで発覚した。

 明治維新の原動力となった長州人(山口県人)は、英霊の名誉を汚すような人間を決して許さない。山口市民会館周辺には約200人が集まり、「河野談話を差し替えろ」「河野氏を国会で証人喚問しろ」「米国の慰安婦像をどうにかしろ!」と気勢を上げた。

 山口県警は100人近くの警察官を配置し、異例の厳戒態勢を敷いた。ただ、集まった人の一部は、市民会館の入口で「河野さんを呼んでくれ」「抗議文を渡したい」と警備員に詰め寄るシーンも見られた。

 河野氏は講演で「(談話発表の目的は)日韓関係を将来にわたって尊敬し合える間柄にする(ことだ)。考えてもみてください。河野談話以降の日韓関係は非常に良好だったじゃないですか」とも語ったが、現状認識が完全にズレている。

 韓国は、河野談話と、河野氏の無責任極まる記者会見を根拠として、日本の地位を低下させる「ディスカウント・ジャパン運動」を世界中で展開している。同運動の中心団体である「VANK」は2005年ごろから反日広報活動をスタートさせているのだ。

 一方、マラーノ氏は隣の会場で、自身がワシントンの国立公文書館から、米軍が1944年、ビルマ(現ミャンマー)で朝鮮人慰安婦20人を尋問し、「慰安婦は雇用されていた」「洋服や化粧品など好きな物を買うことができた」などと記した調書を入手したことを披露。さらに、自身の動画を韓国が遮断したことに触れ、同国の言論弾圧ぶりを批判した。

 マラーノ氏は「韓国人は日本人が苦しむのが大好きなのさ。だったら、楽しんでやろうじゃないか」といい、ミニチュアの慰安婦像を世界各地で撮影するコンテストの実施を提案した。

 注目された、河野氏との「公開討論」が実現しなかったことに、マラーノ氏は「俺は誰とでも話をするんだが…」とあきれた様子で、「過去より、今に視点を移さなければダメだ。韓国を黙らせるには、日本人同士が協力しなければダメだ」とアドバイスした。

 ともかく、日本人が名誉や誇りを取り戻すためにも、河野氏の責任追及が不可欠だ。


河野談話の根拠資料、非公開の方針 政府、にじむ韓国への配慮「大半が機密扱い」
産経新聞 6月23日(月)10時43分配信

 慰安婦募集の強制性を認めた平成5年の河野洋平官房長官談話の検証結果をめぐり、検証の根拠となった元慰安婦への聞き取り調査などの資料について、政府が「大半が機密扱いの外交文書だ」との理由で公開しない方針であることが22日、分かった。

 政府側は20日の衆院予算委員会理事会で、「河野談話作成過程検討チーム」による検証作業の経緯について「検討チームのメンバーには守秘義務をかけて外交の機密文書を公開し、報告書の作成をお願いした」と説明した。その上で「原始記録である外交文書を公開することはできない」と理解を求めた。

 これに対し、河野談話の検証を求めていた日本維新の会の山田宏衆院議員は、検証結果がまとまったことを踏まえ「原始資料も合わせて公表しないと韓国から捏造(ねつぞう)だといわれる。報告書が真実だという証拠も公表しないと検証の意味がない」と公開を要求した。

 しかし、政府側は「韓国には、検証結果の内容は客観性とすべての裏付けがあると伝える。理解してもらえるよう説得に努めたい」と応じるだけだった。加藤勝信官房副長官は「河野談話の見直しや取り消しは(安倍政権では)ない」と強調した。

 政府は、韓国側が検証結果に反発していることから、韓国に配慮して外交文書の公開を拒否する方針とみられる。

 外交文書の公開をめぐっては、22年に当時の民主党政権が日米核密約の調査を契機に、30年経過した文書を原則公開する制度を導入。自民党もその方針を踏襲し、公開手続きが済んだ文書は、都内の外交史料館で閲覧が可能になった。

 元慰安婦の聞き取り調査を実施したのは5年7月、河野談話の発表は同年8月で、公開基準に達するまで9年間残っている。


元慰安婦、死してなお「反日道具」…ソウル、1130回目の「糾弾水曜デモ」
産経新聞 6月23日(月)9時0分配信

 「賠償しろ!」「認めろ!」「ウオー!」

 平日のソウルのオフィス街に、場違いにも思える雄たけびが響いた。韓国の反日団体「韓国挺身(ていしん)隊問題対策協議会」(挺対協)が主催する慰安婦問題で日本政府を糾弾する「水曜デモ」での一コマだ。

 デモは1992年1月、当時の首相、宮沢喜一の韓国訪問直前のタイミングで始められた。それから現在に至るまで毎週水曜日、ソウルの駐韓日本大使館前で挺対協会員団体や学生らが歌って踊り、謝罪と賠償を求めるシュプレヒコールを繰り返している。

 その1130回目に当たるデモの模様を今月11日、現地で取材した。

 正午のデモ開始の30分ほど前から徐々に人が集まりだした。元慰安婦の李容洙(イヨンス)も車で連れてこられ、イスに腰を下ろした。その隣の席には、8日に死去した元慰安婦、ペ・チュンヒの額縁入りの遺影が置かれていた。

 日本大使館のほぼ正面の公道上には2011年12月、「公館の安寧妨害」や「公館の威厳の侵害」を禁止したウィーン条約に抵触する形で、慰安婦を表す少女像が違法に建てられている。

 この日集まった100人以上の人々は、思い思いに像の前で記念撮影をしたり、雑談をしたりでリラックスしていた。参加者の男子学生グループは、少女像の頭に腕を乗せたり、その頬をつついてみたりと像をもてあそび、特に敬意は払っていなかった。

 ただ、それまで手慣れた雰囲気でにこやかに記念写真撮影に応じていた李も、デモ開始時刻になると表情を厳しくし、あいさつではこう嗚咽(おえつ)した。

 「春姫姉さんは痛みも心配もないあの世に旅立ったけれど、私たちは一生懸命、闘い続けるのでどうか力をちょうだい」

 慰安婦は、死してなお対日歴史戦の戦士と祭り上げられ、反日の道具とされているように見えた。

 また、参加者には、英語やハングルで「性奴隷の戦争犯罪を認めろ」「犠牲者に賠償しろ」「慰安婦像を建てろ」などと書かれたプラカードを手にして、日本大使館に向けて掲げる者も多かった。だが、大使館側はデモ中、窓のブラインドをずっと下ろしていた。

 「私たちの領土である対馬を返還しろ」

 デモでは、こんな慰安婦問題とは関係のないビラを配る人もいた。それを疑問なく受け取る人々を見ながら、彼らと話し合う土台は存在するのかと考えた。

 「国際社会に対する重大な挑発だ」

 日本政府による河野洋平官房長官談話の検証結果発表を受け、挺対協は21日、こんな声明を出した。声明は「今後、各国政府、市民社会との、より強力な連帯によって、日本政府を糾弾、圧迫していく」とも指摘している。

 検証結果については、河野氏自身が「正しく書かれている。足すべきところも引くべきところもない」と認めたにもかかわらずだ。

 日本が事実関係を明らかにしたり、少しでも何か主張したりすると韓国側が感情的に反発する。この構図が変わらない限り、冷静な話し合いは難しい。(敬称略)


河野談話検証「世界に発信を」 自民の萩生田総裁特別補佐
産経新聞 6月23日(月)7時55分配信

 自民党の萩生田(はぎうだ)光一総裁特別補佐は22日のフジテレビ「新報道2001」で、慰安婦募集の強制性を認めた平成5年の河野洋平官房長官談話に関する政府の検証結果の報告書について「日本の善意が生かされていないことがよく理解できた。慰安婦像設置などの動きに対し英訳などを世界に発信していくツールに使える」と述べた。韓国系団体などがもくろむ慰安婦像設置を止める手段として、報告書の内容を海外に広めるべきだとの考えを示したものだ。

 一方で「安倍晋三首相は河野談話を継承すると言っている。与党もその思いは共有したい」とも語った。

 政府は、報告書を海外にも発信する必要があると判断し、すでに首相官邸のホームページ上で日本語版に加え英語版の報告書を掲載している。

 萩生田氏は「新報道2001」で、河野氏について「最近よく雑誌に寄稿したり特定のマスコミでコメントしたりしている。発言したい気持ちがあるなら、ぜひ国会に出てきて説明してほしい」と述べた。

 また、「河野氏は21日に(山口市で講演し)報告書を『すべて正しい』と言った。強制性がなかったという報告書が正しいと認めたわけだ」とも強調した。


河野談話、「河野氏は国会で説明を」…萩生田氏
読売新聞 6月22日(日)20時32分配信

 自民党の萩生田光一総裁特別補佐は22日、フジテレビの番組に出演し、いわゆる従軍慰安婦問題に関する1993年の河野洋平官房長官談話の作成過程を検証した政府の有識者検討会による報告書に関連し、「河野氏は、強制性がなかった(と結論づけた)報告書が正しいと、公の場で認めた。国会の場できちんと説明してもらいたい」と述べ、河野氏が参考人招致に応じるべきだとの考えを示した。

 河野氏は21日の講演で、報告書について「正しく全て書かれている」と認めた。河野氏は93年に談話を発表した際の記者会見では、強制連行について「そういう事実があった」と答えていた。


<河野談話>「ぜひ国会で説明を」自民・萩生田氏
毎日新聞 6月22日(日)19時59分配信

 自民党の萩生田光一総裁特別補佐は22日のフジテレビの番組で、従軍慰安婦問題に関する河野洋平官房長官談話を検証した政府の報告書が公表されたことを受け、「(河野氏)本人に発言したい気持ちがあるなら、ぜひ国会に出てきてきちんと説明してほしい。当然、党として話題になる」と述べ、河野氏の意向を踏まえ参考人招致を検討する考えを示した。日本維新の会は今国会(会期末22日)中の招致を要求したが、自民党は応じなかった。

 各国で慰安婦像を設置する動きが出ていることに関連しては「報告書を英訳し、世界に発信するツールに使えるのではないか」と語った。【宮島寛】


河野談話「河野氏は国会で説明を」 自民の萩生田総裁特別補佐
産経新聞 6月22日(日)12時52分配信

 自民党の萩生田光一総裁特別補佐は22日のフジテレビ「新報道2001」で、慰安婦募集の強制性を認めた平成5年の河野洋平官房長官談話に関連し、「河野氏は最近よく雑誌に寄稿したり特定のマスコミでコメントしたりしている。発言したい気持ちがあるなら、ぜひ国会に出てきて説明してほしい」と述べた。

 また「河野氏は21日に(山口市での講演で)報告書を『すべて正しい』と言った。強制性がなかったという報告書が正しいと認めたわけだ」と指摘した。

 政府の談話作成過程検討チームが20日、当時の日韓両政府が談話の文言を原案段階から入念にすり合わせていたとする報告書を提出したことについて「良いものだ」と評価。「日本の善意が生かされていないことがよく理解できた。直ちに韓国へこれをぶつけてやりとりすることは好ましくないが、慰安婦像設置などの動きに対し英訳などを世界に発信していくツールに使える」と述べた。

 同時に「安倍晋三首相は河野談話を継承すると言っている。与党もその思いは共有したい」とも語った。

 22日に閉幕する今通常国会では、日本維新の会が河野氏の国会への参考人招致を求めていたが、第一党の自民党は「犯罪に関係するものを除き、元衆院議員を参考人として呼んだ例はない」として応じなかった。

 河野氏は21日の講演で、報告書について「すべて正しい」とした上で、慰安婦募集について「(旧日本軍の)強制性はあった」と改めて主張した。


河野氏は国会で説明を=自民総裁補佐
時事通信 6月22日(日)10時40分配信

 自民党の萩生田光一総裁特別補佐は22日午前のフジテレビの番組で、従軍慰安婦問題に関する河野洋平官房長官談話を検証する報告書を政府がまとめたことに関し「(河野氏)本人に発言したい気持ちがあるなら国会に出てきて説明してほしい」と述べた。 


「河野談話に泥」「関係さらに悪化」 韓国メディアは談話検証批判
産経新聞 6月22日(日)7時55分配信

 【ソウル=名村隆寛】慰安婦問題に関する河野談話の検証報告書が公表されたのを受け、韓国各紙は21日、1面トップで「河野談話に泥を塗る」(朝鮮日報)「韓日関係さらに悪化」(中央日報)などと一斉に強く批判した。テレビも前夜に続き朝からトップニュースで報じた。

 朝鮮日報は「外交の慣例を無視した挑発だ」と批判し、社説では「検証自体、正常な国では考えられないこと」「韓日間で『取引』でもあったかのように事実を歪曲(わいきょく)している」などとし、「どこまでが事実か分からぬものを勝手に公表する国を信頼できるだろうか」と断じた。中央日報は社説で、報告書について「内容の一方的な解釈で、韓日外交の信頼は根幹が揺るがされる」と指摘した。さらに、「河野談話の継承を明言しつつも談話を無力化させるのは、手のひらで空を隠すようなものだ」と酷評した。東亜日報の社説は「談話を無力化し歴史を覆すのは、国際社会の怒りを募らせる」と批判した。7月にソウルで予定される中韓首脳会談を機に「韓中が日本に強力な警告を送るべきだ」とし、歴史認識問題での中韓共闘を促した。


「慰安婦に強制性あった」 河野氏、談話の意義強調
産経新聞 6月22日(日)7時55分配信

 河野洋平元官房長官は21日、山口市内で講演し、平成5年に自らが発表した官房長官談話(河野談話)に関する検証報告書について「報告書には引くべき所も足すべき所もない。すべて正しい。日韓関係を良好なものにするために談話を出した」と述べた。

 慰安婦募集での日本軍の強制性については「当時、軍に慰安所があったのは事実だ。慰安婦の中には自分の意思で来た人もいるかもしれないが、中に入ってしまえば軍の命令には逆らえない。そうした意味での強制性があった」と反論。「『昔はよその国もやっていた』と口にするのは卑怯(ひきょう)なことだ」とも述べた。

 談話を作成した理由についても「資料や関係者の話はもとより、被害者である従軍慰安婦本人の口から当時の話を聞き、日本は反省しなければならないと感じた。官房長官として日本をおとしめるわけがない」と述べた。


歴史戦 「反日」でひとくくり1面トップ 「日本びいき」ある元慰安婦の死
産経新聞 6月22日(日)7時55分配信

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ナヌムの家の前庭に立ち並ぶ元慰安婦たちの胸像=韓国・広州市(阿比留瑠比撮影)(写真:産経新聞)

 慰安婦募集の強制性を認めた平成5年8月の官房長官、河野洋平の談話作成経緯と韓国の関与について、日本政府が20日に民間の有識者による検証結果を発表すると、韓国政府は早速反発し「深い遺憾」を表明した。大統領、朴槿恵(パククネ)が慰安婦問題に絡めて日本に「歴史の直視」を要求しているのと矛盾している。慰安婦問題をはじめとする歴史問題で冷え切った日韓関係に和解の糸口はあるのか。果たして問題解決は可能なのか。政治部編集委員、阿比留瑠比が今月9日から12日まで前ソウル特派員、水沼啓子とともに韓国を訪ねて各界の識者と意見を戦わせ、韓国側の本音と実情を探った。

 ◆到着後いきなり洗礼

 韓国は慰安婦問題をどうとらえ、どう位置づけているのか-。

 9日に韓国に着いて最初に受けた“洗礼”が大手紙、中央日報の同日付1面トップ記事だった。

 「日本軍慰安婦被害者、●春姫(ペチュンヒ)さんが8日死去」

 記事は、韓国政府に登録された237人の元慰安婦の一人で91歳の●が亡くなり、生存者は残り54人になったと報じていた。同紙は、これがこの日一番のニュースだと判断したことになる。

 記事には、ソウルの駐韓日本大使館前に建てられた慰安婦の少女像の写真と、登録元慰安婦の生存者の名前と年齢も添えられていた。中には、現在80歳と記され、終戦時には10歳か11歳だった計算になる女性もいる。日本人から見れば信じ難いが、韓国では、それが受け入れられている。

 ◆強制的連行見てない

 元慰安婦女性が共同生活を送る「ナヌムの家」で晩年を過ごした●は実は戦後、自ら韓国から日本に渡って約30年間、日本で暮らしており、日本の演歌や軍歌が上手だった。「日本びいきなので、ナヌムの家では少し浮いていた」(関係者)という。

 ●と以前から交友があり、葬儀にも参列してきたという人物に会った。

 「彼女は『(朝鮮人女性を)強制的に連れて行ったなんて見てないよ』と言っていた。『日本を許したい』とも話していた」

 だが、韓国のメディアではこうした●の一面は報じられない。中央日報のこの記事は、彼女の人となりには触れず、代わりにナヌムの家所長、安信権(アンシングォン)のこんなコメントを掲載していた。

 ◆女性として尊重せず

 「一日も早く日本政府の公式的謝罪が行われ、元慰安婦の被害女性たちが人生の恨みを晴らし、心安らかに余生を送れるといい」

 慰安婦となった経緯も考え方も生き方もそれぞれ違う女性たちを、「日本軍被害者」という観念的な枠組みでひとくくりにし、画一的に取り扱う。そんな韓国社会の姿勢は、それぞれの事情も複雑な心境もある元慰安婦を一人の女性として尊重しているのではなく、ただ「反日」のために利用しているのではないかとの疑問を禁じ得なかった。

 そんなことを思いながらソウル市街から車で1時間余りの広州市にあるナヌムの家を訪れた。するとそこには、●の死去を悼む大統領、朴の名前を冠した白い花輪が飾られていた。 (敬称略)

●=褒の保を非に

                   ◇

 ■「ナヌムの家」憎悪あおる日韓左派の展示 日常に 溶け込む反日

 元慰安婦の女性が共同生活を送るソウル近郊、広州市の「ナヌムの家」に着くと、立ち並ぶ元慰安婦の胸像に圧倒される。顔のしわや髪のなでつけ方までリアルに再現されており、彼女らはまるで民族の英雄のように位置づけられている。

 ◆朝日新聞のコピー

 「安倍昭恵首相夫人を施設に招待したい」

 韓国メディアは今年3月、ナヌムの家の所長、安信権(アン・シングォン)が外務省アジア大洋州局地域政策課長、山本恭司らと面会し、こんな意向を伝えたと報じた。外務省は「事実無根」と否定したが、こんな話が出るほど韓国ではナヌムの家は有名だ。今年1月には尹炳世(ユン・ビョンセ)も韓国外相として初めてここを訪れ、河野談話を認めず「過去の悪行を正当化している」と日本を批判した。

 「彼女たちは慰安婦ではなく、性奴隷だったと訪問者にきちんと伝えるようにしている」

 ナヌムの家で案内してくれた日本人ボランティアはこう淡々と語った。

 日本人はここに行くとまず、共産党元参院議員、吉川春子が代表世話人を務める団体が企画し、反日団体「韓国挺身(ていしん)隊問題対策協議会」が協力したビデオ「15のときは戻らない ナヌムの家のハルモニ(おばあさん)たちの証言」を見せられる。

 例えば、李玉善(イ・オクソン)はこう訴える。

 「15歳のときに養女となり、その家の手伝いをしていた。そこから他の家の養女に売られ、お使いに出たところを日本人に連れ去られた」

 ナヌムの家の前庭に掲げられた李の紹介文(日本語)には、「朝鮮人と日本人の2人によって連れていかれた」と書いてあるのに、ビデオではなぜか「朝鮮人」は省かれている。

 李はまた、「慰安所は人を殺すところです」「天皇は私たちの前に来て謝罪しなくてはならない」などと激高した様子で話す。これを日本から修学旅行で来た高校生らが見るのだ。

 ビデオを見終わると、今度は「日本軍『慰安婦』歴史館」という展示場に案内される。

 入り口には韓国で初めて元慰安婦だったと名乗り出て、朝日新聞が平成3年8月に大きく取り上げたことで慰安婦問題が日韓間の政治問題化するきっかけとなった金学順(キム・ハクスン)の次の言葉が記されている。

 「私たちが無理強いされて抗(あらが)えずにしてしまったことを、歴史に残さなければならない」

 もっとも、金は自ら「母親に40円でキーセン(芸妓(げいぎ)・娼婦)に売られた」と証言しており、無理強いの主体は誰だというのか。

 場内には朝日新聞が4年1月に軍関与の証拠として“スクープ”した「軍慰安所従業婦募集に関する件」という文書も展示されているが、これは悪質な業者には気をつけろという内容にすぎない。

 5年8月の河野談話発表を「慰安婦『強制』認め謝罪」と報じた朝日新聞のコピーや、共産党系の団体の寄せ書きもある。

 ソウルの駐韓日本大使館前で毎週開かれる、慰安婦問題で日本を糾弾する「水曜デモ」に参加した民主党の元国家公安委員長、岡崎トミ子の写真パネルも掲げられていた。

 「(慰安婦の)その数は5万から30万程度と推定されている」「日帝は特に朝鮮の女性たちを軍“慰安婦”として広範囲に動員」

 日本語で書かれた解説文を読んでも、慰安婦問題が日韓両国の左派勢力による合作であることがよく分かる。彼らは日韓の和解のためだと言いつつ、逆に両国の対立をあおり離反させているのではないか-。

 少なくとも、対日憎悪を増幅させるような展示がごく当たり前のものとされているうちは、日韓間のすれ違いは続くと感じた。

 ◆「感情の爆発ない」

 夕食をともにした日本に詳しい韓国人歴史学者は次のような反応を示した。

 「中国みたいに、ソウルの真ん中で反日団体が暴れていたり、日本人の悪口を言ったりとかは一つもない。日本の対韓ヘイトスピーチ(憎悪表現)のようなものは韓国にはない。韓国には、日本の嫌韓本みたいに日本を批判する本もない」

 そのうえで「対立をあおるばかりのマスコミは悪いが…」と付け加えた。

 国立外交院院長、尹徳敏(ユン・ドンミン)も「韓国の反日は日常的なもので、爆発するような感情ではない。実際に日本の観光客とか隣に住む日本人に対する嫌がらせはない」と指摘し、同様に「韓国に対日ヘイトスピーチのようなものはない」と語る。韓国では日本風居酒屋が流行するなど、日本そのものを排斥しようという動きは目立たない。

 だが、反日が日常の中に当たり前のように溶け込んでいることこそが、問題の根の深さを表している。 (敬称略)


慰安婦問題を巡る日韓間のやりとりの経緯…1
読売新聞 6月22日(日)3時32分配信

 慰安婦問題を巡る日韓間のやりとりの経緯

 ―河野談話作成からアジア女性基金まで―

 1 検討の背景

 (1)河野談話については、2014年2月20日の衆議院予算委員会において、石原元官房副長官より、〈1〉河野談話の根拠とされる元慰安婦の聞き取り調査結果について、裏付け調査は行っていない、〈2〉河野談話の作成過程で韓国側との意見のすり合わせがあった可能性がある、〈3〉河野談話の発表により、いったん決着した日韓間の過去の問題が最近になり再び韓国政府から提起される状況を見て、当時の日本政府の善意が活かされておらず非常に残念である旨の証言があった。

 (2)同証言を受け、国会での質疑において、菅官房長官は、河野談話の作成過程について、実態を把握し、それを然るべき形で明らかにすべきと考えていると答弁したところである。

 (3)以上を背景に、慰安婦問題に関して、河野談話作成過程における韓国とのやりとりを中心に、その後の後続措置であるアジア女性基金までの一連の過程について、実態の把握を行うこととした。したがって、検討チームにおいては、慰安婦問題の歴史的事実そのものを把握するための調査・検討は行っていない。


 2 会合の開催状況

 2014年

 4月25日(金)準備会合

 5月14日(水)第1回会合

 5月30日(金)第2回会合

 6月6日(金)第3回会合

 6月10日(火)第4回会合


 3 検討チームのメンバー

 秘密保全を確保する観点から、検討チームのメンバーは、非常勤の国家公務員に発令の上、関連の資料を閲覧した。

 弁護士(元検事総長) 但木敬一(座長)

 亜細亜大学国際関係学部教授 秋月弘子

 元アジア女性基金理事、ジャーナリスト 有馬真喜子

 早稲田大学法学学術院教授 河野真理子

 現代史家 秦郁彦


 4 検討の対象期間

 慰安婦問題が日韓間の懸案となった1990年代前半から、アジア女性基金の韓国での事業終了までを対象期間とした。


 5 検討の手法

 (1)河野談話にいたるまでの政府調査及び河野談話発表にいたる事務を当時の内閣官房内閣外政審議室(以下「内閣外政審議室」)で行っていたところ、これを継承する内閣官房副長官補室が保有する慰安婦問題に関連する一連の文書、並びに、外務省が保有する日韓間のやり取りを中心とした慰安婦問題に関する一連の文書及び後続措置であるアジア女性基金に関する一連の文書を対象として検討が行われた。

 (2)秘密保全を確保するとの前提の下、当時の政府が行った元慰安婦や元軍人等関係者からの聞き取り調査も検討チームのメンバーの閲覧に供された。また、検討の過程において、文書に基づく検討を補充するために、元慰安婦からの聞き取り調査を担当した当時の政府職員からのヒアリングが内閣官房により実施された。

 (3)検討にあたっては、内閣官房及び外務省から検討チームの閲覧に供された上記(1)の文書並びに(2)の聞き取り調査及びヒアリング結果に基づき、事実関係の把握、及び客観的な一連の過程の確認が行われた。


 6 検討チームの検討結果

検討チームの指示の下で、検討対象となった文書等に基づき、政府の事務当局において事実関係を取りまとめた資料は別添のとおりである。検討チームとして、今回の検討作業を通じて閲覧した文書等に基づく限り、その内容が妥当なものであると判断した。


(別添資料)

 1.河野談話の作成の経緯

 1 宮沢首相訪韓に至るまでの日韓間のやりとり(~1992年1月)

 (1)1991年8月14日に韓国で元慰安婦が最初に名乗り出た後、同年12月6日には韓国の元慰安婦3名が東京地裁に提訴した。1992年1月に宮沢首相の訪韓が予定される中、韓国における慰安婦問題への関心及び対日批判の高まりを受け、日韓外交当局は同問題が総理訪韓の際に懸案化することを懸念していた。1991年12月以降、韓国側より複数の機会に、慰安婦問題が宮沢首相訪韓時に懸案化しないよう、日本側において事前に何らかの措置を講じることが望ましいとの考えが伝達された。また、韓国側は総理訪韓前に日本側が例えば官房長官談話のような形で何らかの立場表明を行うことも一案であるとの認識を示し、日本政府が申し訳なかったという姿勢を示し、これが両国間の摩擦要因とならないように配慮してほしいとして、総理訪韓前の同問題への対応を求めた。既に同年12月の時点で、日本側における内々の検討においても、「できれば総理より、日本軍の関与を事実上是認し、反省と遺憾の意の表明を行って頂く方が適当」であり、また、「単に口頭の謝罪だけでは韓国世論が治まらない可能性」があるとして、慰安婦のための慰霊碑建立といった象徴的な措置をとることが選択肢に挙がっていた。

 (2)日本側は、1991年12月に内閣外政審議室の調整の下、関係する可能性のある省庁において調査を開始した。1992年1月7日には防衛研究所で軍の関与を示す文書が発見されたことが報告されている。その後、1月11日にはこの文書について朝日新聞が報道したことを契機に、韓国国内における対日批判が過熱した。1月13日には、加藤官房長官は、「今の段階でどういう、どの程度の関与ということを申し上げる段階にはありませんが、軍の関与は否定できない」、「いわゆる従軍慰安婦として筆舌に尽くし難い辛苦をなめられた方々に対し、衷心よりお詫びと反省の気持ちを申し上げたい」との趣旨を定例記者会見で述べた。

 (3)1992年1月16日~18日の宮沢首相訪韓時の首脳会談では、盧泰愚大統領から「加藤官房長官が旧日本軍の関与を認め、謝罪と反省の意を表明いただいたことを評価。今後、真相究明の努力と、日本のしかるべき措置を期待」するとの発言があり、宮沢首相から、「従軍慰安婦の募集や慰安所の経営等に旧日本軍が関与していた動かしがたい事実を知るに至った。日本政府としては公にこれを認め、心から謝罪する立場を決定」、「従軍慰安婦として筆舌に尽くし難い辛苦をなめられた方々に対し、衷心よりお詫びと反省の気持ちを表明したい」、「昨年末より政府関係省庁において調査してきたが、今後とも引き続き資料発掘、事実究明を誠心誠意行っていきたい」との意向を述べた。


 2 宮沢首相訪韓から加藤官房長官発表(調査結果の発表)までの間の期間の日韓間のやりとり(1992年1月~1992年7月)

 (1)宮沢首相訪韓後、1992年1月、韓国政府は「挺身隊問題に関する政府方針」を発表し、「日本政府に対して徹底的な真相究明とこれに伴う適切な補償等の措置を求める」とした。日本側では、真相究明のための調査に加えて、「65年の法的解決の枠組みとは別途、いわゆる従軍慰安婦問題について人道的見地から我が国が自主的にとる措置について、韓国側とアイディアを交換するための話し合いを持つ」ことが検討され、韓国側の考え方を内々に聴取した。

 (2)日本側は、1991年12月に開始した各省庁における関連資料の調査を1992年6月まで実施した。韓国側からは、調査結果発表前に、当該調査を韓国の政府及び国民が納得できる水準とすることや、調査結果発表について事務レベルで非公式の事前協議を行うことにつき申し入れがあった。また、発表直前には、韓国側から、調査結果自体の発表の他、当該調査結果についての日本政府の見解の表明、調査に続く措置の案の提示が含まれるべき旨意見が呈されるなど、調査結果の発表ぶりについて韓国側と種々のやりとりが行われた。

 調査結果の内容について、韓国側は、日本政府が誠意をもって調査した努力を評価しつつ、全般的に韓国側の期待との間には大きな差があり、韓国の国民感情及び世論を刺激する可能性があると指摘した。その上で、募集時の「強制性」を含めて引き続きの真相究明を行うこと、また、「後続措置」(補償や教科書への記述)をとることを求めるコメントや、「当時の関係者の証言等で明らかな強制連行、強制動員の核心となる事項が調査結果に含まれていない点に対する韓国側世論の動向が憂慮される」とのコメントがなされた。なお、韓国政府は、日本政府による調査結果の発表に先立ち、1992年7月、慰安婦問題等に関する調査・検討状況を発表したが、その際にも日本側に対し事前にコメントするよう要請し、結果として、両国で事前調整が行われた。

 (3)1992年7月6日、加藤官房長官は、記者会見においてそれまでの調査結果を発表した。官房長官より、関係資料が保管されている可能性のある省庁において資料の調査を行った結果として、「慰安所の設置、慰安婦の募集に当たる者の取締り、慰安施設の築造・増強、慰安所の経営・監督、慰安所・慰安婦の衛生管理、慰安所関係者への身分証明書等の発給等につき、政府の関与があったこと」を認め、「いわゆる従軍慰安婦として筆舌に尽くし難い辛苦をなめられた全ての方々に対し、改めて衷心よりお詫びと反省の気持ちを申し上げたい」、「このような辛酸をなめられた方々に対し、我々の気持ちをいかなる形で表すことができるのか、各方面の意見を聞きながら、誠意をもって検討していきたいと考えております」と発言した。他方、徴用の仕方に関し、強制的に行われたのか、あるいは騙して行われたのかを裏付ける資料は調査で出てこなかったのかと問われ、「今までのところ、発見されておりません」と応じた。

 (4)なお、韓国側は、「補償」やその日韓請求権・経済協力協定との関係については、法律論で請求権は処理済みか検討してみないとわからないとしたり、現時点では日本側に新たに補償を申し入れることは考えていないと述べたりするなど、韓国国内に種々議論があったことがうかがえる。


 3 加藤官房長官発表から河野官房長官談話前の間の期間の日韓間のやりとり(1992年7月~1993年8月)

 (1)加藤官房長官発表の後も、韓国の世論においては慰安婦問題に対し厳しい見方が消えなかった。かかる状況を受け、内閣外政審議室と外務省の間で、慰安婦問題に関する今後の措置につき引き続き検討が行われた。1992年10月上旬に外務省内で行われた議論では、盧泰愚政権(注・韓国は1992年12月に大統領選挙を実施)の任期中に本件を解決しておく必要があると認識されていた。同じく10月上旬には石原官房副長官の下で、内閣外政審議室と外務省の関係者が、慰安婦問題に関する今後の方針につき協議した。同協議では、慰安婦問題につき、今後検討する事項を、〈1〉真相究明に関する今後の取組、〈2〉韓国に対する何らかの措置、〈3〉韓国以外の国・地域に対する措置、〈4〉日本赤十字社(以下「日赤」)への打診(〈2〉を実施するための協力要請)、〈5〉超党派の国会議員による懇談会の設置とする方針が確認された。このうち、真相究明については、資料調査の範囲を拡大するが、元慰安婦からの聞き取りは困難であるとしている。また、韓国への措置については、日赤内に基金を創設し、大韓赤十字社(以下「韓赤」)と協力しつつ、元慰安婦を主たる対象とした福祉措置を講ずることとされている。

 (2)上記方針を受け、10月中旬に行われた日韓の事務レベルのやりとりでは、日本側より、非公式見解としつつ、〈1〉日赤に基金を設置し、韓国等の国々に慰安婦問題に対する日本の気持ちを表すための措置を講ずる、〈2〉真相究明については、対象となる省庁の範囲を広げたり、中央・地方の図書館の資料を収集する等の措置を講じ、これら2点をパッケージとするアイディアがある旨を伝達した。これに対し、韓国側からは、〈1〉重要なのは真相究明である、〈2〉強制の有無は資料が見つかっていないからわからないとの説明は韓国国民からすれば形式的であり、真の努力がなされていないものと映る、〈3〉被害者及び加害者からの事情聴取を行い、慰安婦が強制によるものであったことを日本政府が認めることが重要である等の反応があった。

 (3)こうした韓国側の反応を受け、日本側において改めて対応方針の検討が行われた。10月下旬、未来志向的日韓関係の構築のため、韓国の政権交代までに本件決着を図るよう努力するという基本的立場の下、〈1〉真相究明(資料の調査範囲の拡大、元従軍慰安婦代表者(数名)との面会の実施といった追加措置をとり、結論を導く。「強制性」については明確な認定をすることは困難なるも、「一部に強制性の要素もあったことは否定できないだろう」というような一定の認識を示す。)と、〈2〉「我々の気持ちを表すための措置」(日赤内に基金を創設し、韓赤と協力しつつ、主に福祉面での措置を想定)をパッケージとすることで本件解決を図ることを韓国側に提案する方針を決定し、韓国側に伝達した。

 (4)しかし、1992年12月の大統領選挙との関係で、韓国側では検討はあまり進んでおらず、本格的な議論は大統領選挙後に行いたいとの反応であったため、日本側は、韓国新政権のスタッフと調整を行い、早期かつ完全な決着をめざすとの方針を決定した。その際、今後の対応として、〈1〉真相究明のための措置を実施する、〈2〉後続措置の内容について可能な限りさらに具体化する、〈3〉「後続措置とセットの形で、真相究明の措置の結果として」、「一部に『強制性』の要素もあったと思われる」など一定の認識を示すことを再度韓国側に打診することとなった。その際、真相究明のための措置として、〈1〉調査範囲の拡大、〈2〉韓国側調査結果の入手、〈3〉日本側関係者・有識者よりの意見聴取、〈4〉元従軍慰安婦代表からの意見聴取が挙げられているが、元慰安婦代表からの意見聴取については「真相究明の結論及び後続措置に関して韓国側の協力が得られる目処が立った最終段階で」、「必要最小限の形で」実施するとしている。

 (5)1992年12月、韓国大統領選挙と前後して、日本側は累次にわたり、韓国側に対して基本的な考え方を説明した。真相究明については、〈1〉日本政府はこれまで真相の究明に努力してきたが、100%の解明はそもそも不可能である、〈2〉慰安婦の募集には、「強制性」があったケースもなかったケースもあろうが、その割合をあきらかにすることはできないであろう、〈3〉最後の段階で、日本政府関係者が慰安婦の代表と会って話を聞き、また韓国政府の調査結果を参考にして、強制的な要素があったということを何らかの表現にして政府の認識として述べてはどうかと考えている等の説明を行った。これに対し、韓国側は、〈1〉理論的には自由意志で行っても、行ってみたら話が違うということもある、〈2〉慰安婦になったのが自分の意志でないことが認められることが重要である等述べた。後続措置に関しては、日本側より、法律的には片付いているとしつつ、ことの本質から考えて単に違法行為があったということでなく、モラルの問題として誠意をどう示すかの問題として認識している、措置をとるにあたって、韓国側の意見は参考としてよく聞くが、基本的には日本が自発的に行うものである等の説明を行った。

 (6)1993年2月には、金泳三大統領が就任した。1993年2月~3月頃の日本側の対処方針に係る検討においては、基本的考え方として、「真相究明についての日本政府の結論と引き換えに、韓国政府に何らかの措置の実施を受け入れさせるというパッケージ・ディールで本件解決を図る」、「真相究明については、半ば強制に近い形での募集もあったことについて、なんらかの表現により我々の認識を示すことにつき検討中」、「措置については、基金を創設し、関係国(地域)カウンターパートを通じた福祉措置の実施を検討」としていた。「強制性」については、「例えば、一部には軍又は政府官憲の関与もあり、『自らの意思に反した形』により従軍慰安婦とされた事例があることは否定できないとのラインにより、日本政府としての認識を示す用意があることを、韓国政府に打診する」との方針が示されている。また、元慰安婦の代表者からの事情聴取に関しては、「真相究明の結論及び後続措置に関し、韓国側の協力が得られる目途が立った最終的段階で、他の国・地域との関係を考慮しつつ、必要最小限の形でいわば儀式として実施することを検討する」とされている(聞き取り調査については後述)。

 (7)1993年3月13日、2月に就任した金泳三韓国大統領は、慰安婦問題について、「日本政府に物質的補償を要求しない方針であり、補償は来年から韓国政府の予算で行う。そのようにすることで道徳的優位性をもって新しい日韓関係にアプローチすることができるだろう」と述べた。

 同年3月中旬に行われた日韓の事務方の協議において、日本側は、〈1〉慰安婦問題の早期解決、〈2〉韓国政府による世論対策の要請、〈3〉前出の大統領発言を受けての韓国政府の方針と日本による措置に対する韓国側の考え方の確認等を軸とする対処方針で協議に臨んだ。この対処方針の中で日本側は、「真相究明の落とし所として、日本政府として『強制性』に関する一定の認識を示す用意があることを具体的に打診する。また、韓国政府の仲介が得られれば、本件措置のパッケージの一環として元慰安婦代表(複数可)との面会を実施する用意があることを打診する」としている。同協議の場において、韓国側は、日本側の認識の示し方について、事実に反する発表はできないであろうが、(例えば、何らかの強制性の認定の前に、「軍は募集に直接関与したことを示す資料は発見されなかったが」等の)複雑な「前置き」は避けるべきと考える旨述べた。

 同年4月1日の日韓外相会談では、渡辺外相より、「強制性」の問題について「全てのケースについて強制的であったということは困難である」、「両国民の心に大きなしこりが残らないような形で、日本政府としての認識をいかに示すかぎりぎりの表現の検討を事務方に指示している」、「認識の示し方について、韓国側と相談したい」等と韓昇洲外務部長官に伝達した。

 (8)一方、韓国側は、それまで真相究明のやり方については韓国側としていちいち注文を付けるべきことではなく、要は誠意をもって取り進めていただきたいとの姿勢であったのが、前述の93年4月1日の日韓外相会談頃から、韓国国内の慰安婦関係団体が納得するような形で日本側が真相究明を進めることを期待する、また、韓国政府自体は事態収拾のために国内を押さえつけることはなし得ないとの姿勢を示し始めた。1993年4月上旬に行われた日韓の事務方の意見交換の際にも、日本側の働きかけに対し、〈1〉日本側が真相究明のためにあらゆる手をつくしたと目に見えることが必要、いたずらに早期解決を急ぐべきではない、〈2〉慰安婦は一部のみに強制性があったということでは通らないのではないか、〈3〉韓国政府としては、日本側と決着を図り、韓国世論を指導するとか抑え込むということはなし得ない、要は日本政府の姿勢を韓国国民がどう受け取るかにつきる、との見解を述べた。

 更に、同年4月下旬に行われた日韓の事務方のやりとりにおいて、韓国側は、仮に日本側発表の中で「一部に強制性があった」というような限定的表現が使われれば大騒ぎとなるであろうと述べた。これに対し、日本側は、「強制性」に関し、これまでの国内における調査結果もあり、歴史的事実を曲げた結論を出すことはできないと応答した。また、同協議の結果の報告を受けた石原官房副長官より、慰安婦全体について「強制性」があったとは絶対に言えないとの発言があった。

 (9)1993年6月29日~30日の武藤外相訪韓時には、武藤外相より、「客観的判断に基づいた結果を発表し、本問題についてのわれわれの認識」を示すとした上で、「具体的にどういう表現にするかについては、日本側としても韓国国民の理解が得られるようぎりぎりの努力を行う所存であるが、その際には韓国政府の大局的見地からの理解と協力を得たい」旨述べた。韓昇洲外務部長官からは、日本側の誠意あふれる発言に感謝するとしつつ、重要な点として、「第一に強制性の認定、第二に全体像解明のための最大の努力、第三に今後とも調査を継続するとの姿勢の表明、第四に歴史の教訓にするとの意思表明である。これらがあれば」、「韓国政府としても」、「本問題の円満解決のために努力していきたい」との発言があった。また、韓国側からは、日本に対し金銭的な補償は求めない方針であるとの説明があった。


 4 元慰安婦からの聞き取り調査の経緯

 (1)元慰安婦からの聞き取り調査に関しては、1992年7月~12月にかけて累次にわたり、韓国側からは、〈1〉被害者及び加害者からの事情聴取を行ってほしい、〈2〉日本側の誠意を示すためにも、全ての慰安婦とは言わないまでも、その一部より話を聞くべき、〈3〉日本政府が最善を尽くしたことが韓国人に伝わることが重要である、〈4〉日本政府だけでなく地方や外国でも調査を行ったり、関係者の証言も聴取することが望ましい等の指摘があった。また、韓国側からは、聞き取り調査によって関係者の感情を和らげることができ、また、自分の意思でなかったことを主張している人に対し誠意を示すことになるとの見解が示されていた。

 (2)日本側においては当初、元慰安婦からの聞き取り調査を始めると収拾がつかず、慎重であるべきとの意見もあったが、1992年12月までに、上記韓国側見解を踏まえ、「真相究明の結論及び後続措置に関して韓国側の協力が得られる目処が立った最終段階で」、元慰安婦からの意見聴取を「必要最小限の形で」実施するとの対応方針が決定された。その後、1993年3月の日韓の事務方のやりとりでは、日本側より、前述(3(4)~(6))の対処方針に沿って、「韓国政府の仲介が得られれば、本件措置のパッケージの一環として元慰安婦代表(複数可)との面会を実施する用意がある」ことを打診した。これに対し、韓国側は、評価すべきアイディアとコメントするとともに、全員から聴取する必要はないであろうとし、「証人」の立ち会いを求めることはあり得るが、韓国政府は立ち合いを希望しないであろう旨述べた。

 (3)1993年4月頃より元慰安婦からの聞き取り調査に関するやりとりが本格化した。その際に、韓国政府が慰安婦問題関係団体への打診を行ったが、韓国政府からは、慰安婦問題関係団体の主張は厳しく、解決を急ぐあまり当事者から証言をとってお茶を濁そうとしているとの反発があるとの説明があった。また、韓国政府は、真相究明のあらゆる手段を尽くした上での最後の手段として本人のインタビューが必要であるといった位置づけを説明する必要があり、いきなりインタビューを行うと一方的に決めるのではなく、時間の余裕をもって対応する必要がある旨述べた。その上で、韓国政府から、太平洋戦争犠牲者遺族会(以下「遺族会」。1973年に結成。太平洋戦争の遺族を中心に結成された社団法人で、活動目的は遺族実態の調査や相互交流等)及び挺身隊問題対策協議会(以下「挺対協」。1990年に結成。多数のキリスト教系女性団体で構成され、特に慰安婦問題を扱い、日本軍の犯罪の認定、法的賠償等を日本側に要求することを運動方針としている)に打診を行った。韓国政府からは、このうち、遺族会については、聞き取り調査に応じる用意があるのでこれを行い、挺対協については、聞き取り調査には難色を示しているので、挺対協が出している証言集を参考とすることも一案である旨の見解が示されていた。なお、同年5月中旬には、韓国政府は、聞き取り調査によって新たな事実が出てくるとは思わないが、この問題の解決の一つの手続きとして行うということであろうとの反応を示した。また、7月上旬に行われた日韓の事務方のやりとりでは、韓国側より、聞き取り調査の実施は最終的に日本側の判断次第であり、不可欠と考えているわけではないとしつつも、聞き取り調査は日本側の誠意を強く示す手順の一つであり、実現できれば調査結果の発表の際に韓国側の関係者から好意的反応を得る上で効果的な過程の一つとなると考えるとの意向が示された。

 (4)1993年5月末~7月にかけて、日本側は、挺対協及び遺族会と相次いで、元慰安婦からの聞き取り調査の実施のための接触・協議を行った。

 挺対協については、(3)のとおり、韓国政府から、挺対協の厳しい立場の根底には日本政府に関する不信感があり、それを和らげるためには現地調査の実施やインタビューへの民間人の立ち会いが必要である旨示唆があった。韓国政府の示唆を踏まえ、5月下旬に在韓国日本大使館が挺対協との協議に着手したが、挺対協側は聞き取りの実現に、当時日本政府が行っていた追加調査結果の事前提示、「強制性」の認定等を条件として掲げ、日本側とのやりとりを経てもその立場を翻意するには至らなかった。またその過程で挺対協側より、日本の役人、しかも男性がいきなり来ても誰も心を開いて話はしないとして、慰安婦らの証言については挺対協がとりまとめていた証言集を参考にすることで十分であるとのコメントもあり、最終的に挺対協からの聞き取り調査は断念し、代わりに同証言集をもって参考とすることとなった。

 (5)一方、在韓国日本大使館は遺族会とも協議を開始し、複数回に亘る交渉を経て、聞き取り調査を実施することで合意した。この際、〈1〉聞き取りは静かな雰囲気で行うこととし、場所は遺族会の事務所とすること、〈2〉聞き取りに当たっては、全国人権擁護委員連合会所属の弁護士1名及び訴訟に関与した弁護士1名が日本側のオブザーバーとして、遺族会関係者1名が遺族会側のオブザーバーとして、それぞれ立ち会うこと、〈3〉遺族会の募集により希望する全ての慰安婦から聞き取りを行うこと、〈4〉外部の記者は入れず、また、遺族会の内部記録用としてビデオ撮影を行うが、本ビデオは公表したり法廷で使用したりしないこと、〈5〉慰安婦関連の訴訟で原告側の訴状の中に出てくる元慰安婦9名の証言については、被告である日本政府が訴状をそのまま参考にはしないが、遺族会側がそれら元慰安婦の証言を別の形でまとめたものを参考資料とすること等について一致した。聞き取り調査は、事前の調整の時間が限られていたこと、また日本側としては元慰安婦の話を聞きにいくという姿勢であったこともあり、前述のとおり遺族会側が手配した場所(遺族会事務所)で行われ、日本側は対象者の人選を行わなかった。また、聞き取り調査の実施に向けた日本側と遺族会の間の具体的な調整に際し、対象となる慰安婦の選定等については、韓国政府側が何らかの関与・調整等を行った事実は確認されなかった。

 (6)最終的に、遺族会事務所での聞き取り調査は1993年7月26日に始まり、当初は翌27日までの2日間の予定であったが、最終的には30日まで実施され、計16名について聞き取りが行われた。日本側からは、内閣外政審議室と外務省から計5名が従事し、冒頭で聞き取りの内容は非公開である旨述べて聞き取りを行った。元慰安婦の中には淡々と話す人もいれば、記憶がかなり混乱している人もおり、様々なケースがあったが、日本側は元慰安婦が話すことを誠実に聞くという姿勢に終始した。また、韓国政府側からは、聞き取り調査の各日の冒頭部分のみ、韓国外務部の部員が状況視察に訪れた。

 (7)聞き取り調査の位置づけについては、事実究明よりも、それまでの経緯も踏まえた一過程として当事者から日本政府が聞き取りを行うことで、日本政府の真相究明に関する真摯な姿勢を示すこと、元慰安婦に寄り添い、その気持ちを深く理解することにその意図があったこともあり、同結果について、事後の裏付け調査や他の証言との比較は行われなかった。聞き取り調査とその直後に発出される河野談話との関係については、聞き取り調査が行われる前から追加調査結果もほぼまとまっており、聞き取り調査終了前に既に談話の原案が作成されていた(下記5参照)。


 5 河野談話の文言を巡るやりとり

 (1)1992年7月の加藤官房長官発表以降、日本側は真相究明及び後続措置について何らかの表明を行うことを企図し、韓国側との間で緊密に議論を行った。1993年3月に行われた日韓の事務方のやりとりでは、韓国側から、日本側による発表は、韓国側との協議を経て行われるような趣旨のものではなく、あくまでも日本側が自主的に行ったものとして扱われるべきものとしつつ、発表内容は韓国側をも納得させ得る内容に極力近いことが望ましいとの感想が述べられた。同年5月の日韓の事務方のやりとりでは、日本側から、発表に対して韓国政府からネガティブな反応は避けたいとして、「強制性」等の認識については、一言一句というわけにはいかないものの、韓国側とやりとりをしたい旨述べたのに対し、韓国側は、種々協力したく、発表文については、その内容につき知らせてほしいと述べる等、発表文を承知したい旨要望していた。

 同年7月28日の日韓外相会談において、武藤外相より、「発表の文言については内々貴政府に事前にご相談したいと考えている」、「この問題については右をもって外交的には一応区切りを付けたい。金泳三大統領は、日本側の発表が誠心誠意のものであったならば、自分から国民に説明する考えであり、そうすれば韓国国民にも理解してもらえると考えている旨述べていた。この点を踏まえ、是非大統領に日本側の考えを伝えて欲しい」と述べた。これに対し、韓昇洲韓国外務部長官からは、「本件に対する日本の努力と誠意を評価したい。日本側の調査の結果が金泳三大統領より韓国国民の前で説明して納得できる形で行われることを期待すると共に、これにより韓日関係が未来志向的にもっていけることを期待している。韓国もこのような結果を待ち望んでいる」と述べた。

 (2)また、日本側では、加藤官房長官発表以降も引き続き関係省庁において関連文書の調査を行い、新たに米国国立公文書館等での文献調査を行い、これらによって得られた文献資料を基本として、軍関係者や慰安所経営者等各方面への聞き取り調査や挺対協の証言集の分析に着手しており、政府調査報告も、ほぼまとめられていた。これら一連の調査を通じて得られた認識は、いわゆる「強制連行」は確認できないというものであった。


慰安婦問題を巡る日韓間のやりとりの経緯…2
読売新聞 6月22日(日)3時32分配信

 (3)その後の談話の文言を巡る日韓間の具体的な調整は、上記外相会談を受けて開始されたが、談話の原案は、聞き取り調査(1993年7月26日~30日)の終了前の遅くとも1993年7月29日までに、それまでに日本政府が行った関連文書の調査結果等を踏まえて既に起案されていた(上記4(7)参照)。

 談話の文言の調整は、談話発表の前日となる8月3日までの間、外務省と在日本韓国大使館、在韓国日本大使館と韓国外務部との間で集中的に実施され、遅くとも7月31日には韓国側から最初のコメントがあったことが確認された。その際、韓国側は、発表内容は日本政府が自主的に決めるものであり、交渉の対象にする考えは全くないがとしつつ、本問題を解決させるためには、韓国国民から評価を受け得るものでなければならず、かかる観点から、具体的発表文を一部修正されることを希望する、そうした点が解決されることなく日本政府が発表を行う場合は、韓国政府としてはポジティブに評価できない旨述べた。その後、韓国側は、上記文言調整の期間中複数回に亘りコメントを行った。これに対し、日本側は、内閣外政審議室と外務省との間で綿密に情報共有・協議しつつ、それまでに行った調査を踏まえた事実関係を歪めることのない範囲で、韓国政府の意向・要望について受け入れられるものは受け入れ、受け入れられないものは拒否する姿勢で、談話の文言について韓国政府側と調整した。韓国側との調整の際に、主な論点となったのは、〈1〉慰安所の設置に関する軍の関与、〈2〉慰安婦募集の際の軍の関与、〈3〉慰安婦募集に際しての「強制性」の3点であった。

 慰安所の設置に関する軍の関与について、日本側が提示した軍当局の「意向」という表現に対して、韓国側は、「指示」との表現を求めてきたが、日本側は、慰安所の設置について、軍の「指示」は確認できないとしてこれを受け入れず、「要望」との表現を提案した。

 また、慰安婦募集の際の軍の関与についても、韓国側は「軍又は軍の指示を受けた業者」がこれに当たったとの文言を提案し、募集を「軍」が行ったこと、及び業者に対しても軍の「指示」があったとの表現を求めてきたが、日本側は、募集は、軍ではなく、軍の意向を受けた業者が主としてこれを行ったことであるので、「軍」を募集の主体とすることは受け入れられない、また、業者に対する軍の「指示」は確認できないとして、軍の「要望」を受けた業者との表現を提案した。

 これらに対し、韓国側は、慰安所の設置に関する軍の関与、及び、慰安婦の募集の際の軍の関与の双方について、改めて軍の「指図(さしず)」という表現を求めてきたが、日本側は受け入れず、最終的には、設置については、軍当局の「要請」により設営された、募集については、軍の「要請」を受けた業者がこれに当たった、との表現で決着をみた。

なお、「お詫びと反省」について、日本側は、「いわゆる従軍慰安婦として数多の苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負われた方々ひとりひとりに対し、心からお詫び申し上げる」との原案を提示し、韓国側は、「お詫び」の文言に「反省の気持ち」を追加することを要望し、日本側はこれを受け入れた。

 この交渉過程で、日本側は宮沢首相、韓国側は金泳三大統領まで案文を上げて最終了解を取った。

 慰安婦募集に際しての「強制性」について、どのような表現・文言で織り込むかが韓国側とのやりとりの核心であった。8月2日の段階でも、韓国側は、いくつかの主要なポイントを除き、日本側から韓国側の期待に応えるべく相当な歩み寄りがあり、その主要な点についても双方の認識の違いは大きくないと述べる一方、越えられない限界があり、韓国国民に対して一部の慰安婦は自発的に慰安婦になったとの印象を与えることはできない旨発言していた。

 具体的には、日本側原案の「(業者の)甘言、強圧による等本人の意思に反して集められた事例が数多くあり」との表現について、韓国側は、「事例が数多くあり」の部分の削除を求めるも、日本側はすべてが意思に反していた事例であると認定することは困難であるとして拒否した。また、朝鮮半島における慰安婦の募集に際しての「強制性」にかかる表現について、最後まで調整が実施された。8月2日夜までやりとりが続けられ、「当時の朝鮮半島は我が国の統治下」にあったことを踏まえ、慰安婦の「募集」「移送、管理等」の段階を通じてみた場合、いかなる経緯であったにせよ、全体として個人の意思に反して行われたことが多かったとの趣旨で「甘言、強圧による等、総じて本人たちの意思に反して」という文言で最終的に調整された。

 最終的に8月3日夜、在日本韓国大使館から外務省に対し、本国の訓令に基づくとし、金泳三大統領は日本側の現(最終)案を評価しており、韓国政府としては同案文で結構である旨連絡があり、河野談話の文言について最終的に意見の一致をみた。

 (4)以上のとおり、日本側は、(2)にあるように、関係省庁における関連文書の調査、米国国立公文書館等での文献調査、さらには軍関係者や慰安所経営者等各方面への聞き取り調査や挺対協の証言集の分析等の一連の調査を通じて得られた、いわゆる「強制連行」は確認できないという認識に立ち、それまでに行った調査を踏まえた事実関係を歪めることのない範囲で、韓国政府の意向・要望について受け入れられるものは受け入れ、受け入れられないものは拒否する姿勢で、河野談話の文言を巡る韓国側との調整に臨んだ。また、日韓間でこのような事前のやりとりを行ったことについては、1993年8月2日、日本側から、マスコミに一切出さないようにすべきであろう旨述べたのに対し、韓国側はこれに了解するとともに、発表の直前に日本側からFAXで発表文を受け取ったと言うしかないであろう旨述べた。また、8月4日の談話発表に向けて日本側事務方が用意した応答要領には、韓国側と「事前協議は行っておらず、今回の調査結果はその直前に伝達した。」との応答ラインが記載された。

 (5)上記次第を受け、1993年8月4日、日本側では、河野官房長官より、これまで行われてきた調査をまとめた結果を発表するとともに、談話(河野談話)を発表した。

     ◇

 【河野官房長官談話(1993年8月4日)】

 いわゆる従軍慰安婦問題については、政府は、一昨年12月より、調査を進めて来たが、今般その結果がまとまったので発表することとした。

 今次調査の結果、長期に、かつ広範な地域にわたって慰安所が設置され、数多くの慰安婦が存在したことが認められた。慰安所は、当時の軍当局の要請により設営されたものであり、慰安所の設置、管理及び慰安婦の移送については、旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与した。慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も、甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった。また、慰安所における生活は、強制的な状況の下での痛ましいものであった。

 なお、戦地に移送された慰安婦の出身地については、日本を別とすれば、朝鮮半島が大きな比重を占めていたが、当時の朝鮮半島は我が国の統治下にあり、その募集、移送、管理等も、甘言、強圧による等、総じて本人たちの意思に反して行われた。

 いずれにしても、本件は、当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題である。政府は、この機会に、改めて、その出身地のいかんを問わず、いわゆる従軍慰安婦として数多の苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負われたすべての方々に対し心からお詫びと反省の気持ちを申し上げる。また、そのような気持ちを我が国としてどのように表すかということについては、有識者のご意見なども徴しつつ、今後とも真剣に検討すべきものと考える。

 われわれはこのような歴史の真実を回避することなく、むしろこれを歴史の教訓として直視していきたい。われわれは、歴史研究、歴史教育を通じて、このような問題を永く記憶にとどめ、同じ過ちを決して繰り返さないという固い決意を改めて表明する。

なお、本問題については、本邦において訴訟が提起されており、また、国際的にも関心が寄せられており、政府としても、今後とも、民間の研究を含め、十分に関心を払って参りたい。

     ◇

 (6)「強制性」の認識に関し、河野官房長官は同日行われた記者会見に際し、今回の調査結果について、強制連行の事実があったという認識なのかと問われ、「そういう事実があったと。結構です」と述べている。

 また、「強制」という言葉が慰安婦の募集の文脈ではなく慰安所の生活の記述で使われている点につき指摘されると、河野官房長官は「『甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた』というふうに書いてあるんです。意思に反して集められたというのはどういう意味か。お分かりだと思います」と述べた。

 さらに、公文書で強制連行を裏付ける記述は見つからなかったのかと問われ、河野官房長官は、「強制ということの中には、物理的な強制もあるし、精神的な強制というのもある」、精神的な強制という点では、「官憲側の記録に残るというものではない部分が多い」、「そういうものが有ったか無かったかということも十分調査を」し、元従軍慰安婦から聞いた話や証言集にある証言、元慰安所経営者等側の話も聞いたとした上で、「いずれにしても、ここに書きましたように、ご本人の意思に反して、連れられたという事例が数多くある」、「集められた後の生活についても、本人の意思が認められない状況があったということも調査の中ではっきりしております」と述べた。

 (7)河野談話発表後、韓国外務部は、「日本政府が今次発表を通じ、軍隊慰安婦の募集、移送、管理等において全体的な強制性を認定し、また軍隊慰安婦被害者に対する謝罪と反省の意とともに、これを歴史の教訓として直視していく等の決意を表明した点」を評価したい旨の論評を発表した。また、在韓国日本大使館から外務省に対し、韓国側報道は事実を淡々と述べ比較的肯定的な評価のものが多いこと、韓国外務部は積極的に協力していたことを指摘した上で、その背景として、調査結果と談話が全体として誠意に満ちたものであったことに加え、同問題の扱いを巡っては頻繁に韓国政府と協議をしつつ、日本側の率直な考えを伝え、かつ韓国側のコメントを可能な限り取り入れてきたことがあると考えられること等を報告した。

 (8)日本側において検討され、韓国側とも種々やりとりが行われてきた日本側による元慰安婦への「措置」のあり方については、河野談話の発表を受け、両国間でより詳細な議論が行われることとなる。(次章参照)

 2. 韓国における「女性のためのアジア平和国民基金」(以下「基金」)事業の経緯

 1 「基金」設立まで(1993年~1994年)

 (1)前述のとおり、慰安婦問題をめぐる日韓政府のやりとりでは、真相究明と後続措置がパッケージと観念されてきた。1993年8月4日の河野談話も「そのような(お詫びと反省の)気持ちを我が国としてどのように表すかということについては、有識者のご意見なども徴しつつ、今後とも真剣に検討すべきものと考える」として言及している。元慰安婦への「措置」について日本側が、いかなる措置をとるべきか韓国政府の考え方を確認したところ、韓国側は、日韓間では法的な補償の問題は決着済みであり、何らかの措置という場合は法的補償のことではなく、そしてその措置は公式には日本側が一方的にやるべきものであり、韓国側がとやかくいう性質のものではないと理解しているとの反応であった。

 (2)その後、元慰安婦に対する具体的な措置について韓国政府側とやりとりを重ねたが、日本政府が何らかの具体的な措置を講じるとしても、日韓両国間では、慰安婦の問題を含め、両国及び両国民間の財産・請求権の問題は、法的には完全且つ最終的に解決済みであり、韓国の元慰安婦に対しては、個人的な賠償となる措置は実施しないことを想定している旨韓国側には確認していた。韓国側は、日本側が戦後処理の清算の次元で自主的に処理すべきものであり、また韓国政府は日本政府に対し物質的な補償を求めず、かつ、日本側の措置には関与しないとの反応であった。また、翌94年の夏に入り、日韓の事務方のやりとりにおいて、韓国側からは、韓国の世論の一つには被害者とその関係団体があり、彼らの要求は補償をしろというものである一方、慰安婦問題であれ、何であれ、日本政府に何かを求めることはそろそろ止めにしようという世論もあり、数でいえばこちらの方が多いとの率直な意見が述べられた。

 (3)1994年12月7日、与党三党(社会・自民・さきがけ)による「戦後50年問題プロジェクト・チーム」の下に設けられた慰安婦への対応を議論する小委員会で「第一次報告」がまとめられ、国民参加の基金を設置し、元慰安婦を対象とした措置を行うとともに、過去の過ちを繰り返さないために女性に対する暴力など今日的な女性の名誉と尊厳にかかわる問題の啓発・予防・対応・解決に向けた活動の支援を行うこと、政府がこの基金に対する資金拠出を含め可能な限りの協力を行うことを表明した。

 (4)1995年6月13日、日本政府は、韓国、台湾、インドネシア、フィリピン、オランダを対象にした「基金」を翌日に公式発表することを決定し、その設立目的や事業の基本的な性格等を記した「基金構想と事業に関する内閣官房長官発表」の内容を韓国側に対し事前通報したところ、韓国政府からは、〈1〉全般的な感想としては、当事者団体にとって満足いくものでないにしても、韓国政府としては評価できる点もあるような感じがする、〈2〉従来より金泳三大統領は、慰安婦に対する補償金は要らないが、徹底した真相究明が行われるべきである旨明らかにしている、〈3〉韓国側が要請してきた点である、日本政府としての公的性格を含める必要があること及び日本政府としてのお詫びの気持ちを表明することの2点が概ね含まれており、こうした点において評価したい旨述べた。また、関係団体に対し日本側の措置を説明するにあたっては、韓国政府としてもできるだけ協力したい旨の反応があった。翌14日には、五十嵐官房長官が以下を発表した。

     ◇

 【五十嵐内閣官房長官発表(抜粋)(1995年6月14日)】

 平成6年8月の村山総理の談話を受け、また与党戦後50年問題プロジェクトの協議に基づき、政府において検討の結果、戦後50年にあたり過去の反省に立って「女性のためのアジア平和友好基金」による事業を次の通り行うものとする。

    記

 元従軍慰安婦の方々のため国民、政府協力のもとに次のことを行う。

 (1)元従軍慰安婦の方々への国民的な償いを行うための資金を民間から基金が募金する。

 (2)元従軍慰安婦の方々に対する医療、福祉などお役に立つような事業を行うものに対し、政府の資金等により基金が支援する。

 (3)この事業を実施する折、政府は元従軍慰安婦の方々に、国としての率直な反省とお詫びの気持ちを表明する。

 (4)また、政府は、過去の従軍慰安婦の歴史資料を整えて、歴史の教訓とする。

 女性の名誉と尊厳に関わる事業として、前記1(2)にあわせ、女性に対する暴力など今日的な問題に対応するための事業を行うものに対し、政府の資金等により基金が支援する。「女性のためのアジア平和友好基金」事業に広く国民のご協力を願う「呼びかけ人」として、これまでご賛同を得た方々は次の通りである。(以下略)

     ◇

 これを受け、韓国外務部は以下の外務部論評を発表した。

     ◇

 【五十嵐官房長官発表に対する韓国外務部論評(1995年6月)】

 1 韓国政府は従軍慰安婦問題についてのフォローアップは、基本的に日本政府が93年8月に発表した実態調査の結果により自主的に決定する事項であるが、従軍慰安婦問題の円満な解決のためには、当事者の要求している事項が最大限反映されることが必要であることを指摘してきた。

 2 今次日本政府の基金設立は、一部事業に対する政府予算の支援という公的性格は加味されており、また、今後右事業が行われる際、当事者に対する国家としての率直な反省及び謝罪を表明し、過去に対する真相究明を行い、これを歴史の教訓にするという意志が明確に含まれているとの点で、これまでの当事者の要求がある程度反映された誠意ある措置であると評価している。

 3 韓国政府は、今後日本が今次基金設立を契機に、様々な過去史問題に対する史実を明らかにし、右解決のための努力を積極的に傾けていくことによって、正しい歴史認識を土台にした近隣各国との未来志向的な善隣友好関係に発展させていくことを期待する。

     ◇

 2 「基金」設立初期(1995年~1996年)

 (1)一方、韓国国内の被害者支援団体は、「基金」を民間団体による慰労金と位置づけ、日本政府及び「基金」の取組を批判した。これを受け、翌7月には、韓国政府は、官房長官発表を韓国外務部としては評価する声明を出したが、その後被害者支援団体から韓国外務部に強い反発がきて困っている、このような事情からも表立って日本政府と協力することは難しいが、水面下では日本政府と協力していきたいとの立場が示された。

 (2)1996年7月、「基金」は、「償い金」の支給、首相による「お詫びの手紙」、医療福祉事業を決定した。特に首相からの「お詫びの手紙」については、韓国政府から、日本政府は韓国政府に対してお詫びをしているが、被害者は個人的にはお詫びをしてもらってないと感じているという反応もあり、お詫びを表明するに当たっては首相による手紙という形をとることとなった。こうした決定を、日本政府から韓国側に説明するために、韓国政府を通じ遺族会及び挺対協に対して面談を申し入れたが、「民間基金」を受け入れることはできないとの見解が両団体から示された。

 (3)韓国政府からは、〈1〉日本政府がどのような形式であれ、被害者達が納得できる措置をとってほしい、〈2〉日本が法的に国家補償を行うことは無理であると明言した上で、政府の謝罪の気持ちを表明し、何らかの形で、国家補償と同じように見えるものができないか、〈3〉「韓国との関係については今後誠意を持って話し合いたい」旨のメッセージを日本政府より発出して頂けないかとし、その後具体的にどう対応するかについて、時間をかけて日本側と静かに話し合っていきたいとの意向が示された。

 (4)同年8月にフィリピンにおいて「基金」事業が開始されたこともあり、同月「基金」は韓国政府から認定を受けた被害者に対して事業を実施するとの方針の下、「基金」運営審議会委員からなる対話チームが韓国を訪問し、10数名の被害者に会い、事業の説明を行った。そして同年12月、元慰安婦7名が「基金」の努力を認め、事業の受け入れを表明した。


 3 元慰安婦7名に対する「基金」事業実施(1997年1月)

 (1)日本政府は、上記7名に対する事業を実施するに当たり、1997年1月10日(事業実施の前日)、在日本韓国大使館に、「基金」事業を受け取ってもいいとの意思を表明した韓国の元慰安婦に対し「基金」事業をお届けすると決めたようである旨事前通報した。韓国政府は、〈1〉関係団体と被害者の両方が満足する形で事業が実施されるのでなければ解決にはならない、〈2〉何人かの元慰安婦だけに実施されるのであれば、関係団体が厳しい反応を示すこととなろう、日韓外相会談、首脳会談の直前であり、タイミングが悪いと考える旨の反応があった。

 (2)翌11日、「基金」代表団は、ソウルにおいて元慰安婦7名に対し、首相の「お詫びの手紙」をお渡しし、韓国のマスコミ各社に対し、事業実施の事実を明らかにするとともに、「基金」事業について説明した。

     ◇

 【元慰安婦の方々に対する内閣総理大臣の手紙】

 拝啓 このたび、政府と国民が協力して進めている「女性のためのアジア平和国民基金」を通じ、元従軍慰安婦の方々へのわが国の国民的な償いが行われるに際し、私の気持ちを表明させていただきます。

 いわゆる従軍慰安婦問題は、当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題でございました。私は、日本国の内閣総理大臣として改めて、いわゆる従軍慰安婦として数多の苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負われたすべての方々に対し、心からおわびと反省の気持ちを申し上げます。

 我々は、過去の重みからも未来への責任からも逃げるわけにはまいりません。わが国としては、道義的な責任を痛感しつつ、おわびと反省の気持ちを踏まえ、過去の歴史を直視し、正しくこれを後世に伝えるとともに、いわれなき暴力など女性の名誉と尊厳に関わる諸問題にも積極的に取り組んでいかなければならないと考えております。末筆ながら、皆様方のこれからの人生が安らかなものとなりますよう、心からお祈りしております。 敬具

日本国内閣総理大臣

(歴代内閣総理大臣署名 橋本龍太郎、小渕恵三、森喜朗、小泉純一郎)

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 これに対し、韓国のメディアは「基金」事業を非難し、被害者団体等による元慰安婦7名や新たに「基金」事業に申請しようとする元慰安婦に対するハラスメントが始まった。被害者団体は、元慰安婦7名の実名を対外的に言及した他、本人に電話をかけ「民間基金」からのカネを受け取ることは、自ら「売春婦」であったことを認める行為であるとして非難した。また、その後に新たに「基金」事業の受け入れを表明した元慰安婦に対しては、関係者が家にまで来て「日本の汚いカネ」を受け取らないよう迫った。

 (3)また、韓国政府からは直後に、韓国政府としては、当然「基金」から目録等を誰に伝達したのかにつき通報を受けて然るべきであったと考えるところ、日本側は少し性急すぎるのではないか、また、「基金」の韓国における事業実施につき本当に困惑しているなどと、遺憾の意が伝えられた。

 (4)その翌週の日韓外相会談において、柳宗夏韓国外務部長官より、先週末に「基金」が事業を開始し、元慰安婦に支給を行ったことは極めて遺憾である、この撤回と今後の一時金支給の中断を求めるとの発言があった。また、池田外相の金泳三大統領表敬訪問において、大統領より、この問題は国民感情の面からみると敏感な問題である、外相会談でこの話が取り上げられたと報告は受けているが、最近とられた「基金」の措置は国民感情にとって好ましくない影響を強く与えるものであり、遺憾である、このような措置が今後再びとられることのないようお願いしたいとの発言があった。


 4 「基金」事業の一時中断(1997年2月~1998年1月)

 (1)「基金」事業を受け取った7名の元慰安婦が韓国内で継続的にハラスメントを受けることになったことを踏まえ、「基金」は、一時事業を見合わせることとして慎重な対応を取ることとなった。他方、一部被害者支援団体から、事業の受け取りを希望する元慰安婦との調整に前向きな反応もあり、そうした元慰安婦の数を増やすためにも引き続き事業に対する韓国での理解が得られるよう様々な方策を検討し、韓国国内で新聞広告を掲載することなどを模索することとした。

 (2)その後、1997年夏から秋にかけて、日本政府と「基金」関係者との間で、韓国国内での広告掲載や事業再開について幾度も折衝が行われた。日本政府は、韓国大統領選挙や日韓間の漁業交渉の状況もあり、延期するよう働きかけたところ、「基金」は、納得できないとの立場を堅持しつつも、日韓及び韓国国内のセンシティブな状況に配慮し、新聞広告の掲載を数回にわたって見送った。

 (3)しかし、少しでも多くの韓国人元慰安婦に「基金」事業の内容を知ってもらい、理解を得たいと「基金」側が強く希望し、韓国の新聞社からも広告掲載の了解があったため、日本政府としても、1998年12月18日に終了する大統領選挙後であれば、静かに目立たない形で事業を実施し、広告についても掲載することはやむを得ないと判断し、小渕外相までの了承を得た。


 5 「基金」による新聞広告掲載(1998年1月)

 (1)1998年1月上旬に、日韓の事務方のやりとりにおいて、日本側から、「基金」事業に係る韓国内での理解を普及する目的として新聞広告(4紙)の掲載予定について事前説明したのに対し、韓国政府側からは、「基金」事業の一方的な実施は問題の解決にならないとして、挺対協と「基金」との対話を進めようとしているが、挺対協からは組織内の意見がまとまるまでもう少し時間が欲しいと言われている旨回答があった。

 (2)1998年1月6日、実際に広告が掲載されたことを受け、韓国政府側から、日本側が柔軟性を発揮し、急ぐことなく、本問題が目立たずに徐々に消えていくよう対応するのが好ましいと考えており、その意味で、先日の新聞広告は極めて刺激的であった旨の反応が示された。


 6 「基金」による償い金事業の一時停止(1998年2月~1999年2月)

 (1)1998年3月、金大中政権が発足し、韓国政府として日本政府に国家補償は要求しない代わりに韓国政府が「生活支援金」を元慰安婦に支給することを決定した。なお、韓国政府として、「基金」から受け取った元慰安婦は「生活支援金」の対象外となったものの、「基金」自体に表だって反対し、非難する措置ではないとの立場について説明があった。

 (2)さらに、この時期、韓国政府は、金大統領自身本件について金銭の問題をなくせ、政府間のイシューにするなという意見であり、両国の問題は存在しないと思った方が良いとして、「基金」には申し訳ないが、政府間の問題にならないよう終止符を打つべき旨述べていた。


 7 韓赤による医療・福祉事業への転換(1999年3月~1999年7月)

 (1)「基金」は、1998年7月にオランダでの医療福祉事業が順調に開始されたこともあり、「償い金」に代わる医療福祉事業の転換を検討し、1999年1月末、韓赤に協力を打診する方針を決定した。これに対して、日韓の事務方のやりとりにおいて、韓国側からは事業を抜本的に変更することは結構なこととして、形としては、日本側と韓赤の間で話が進み、韓赤より相談を受けた段階で前向きに対応することを慫慂するとの段取りが適当と考える旨の反応が示された。

 (2)しかし、1999年3月下旬に行われた日韓の事務方のやりとりにおいて、突如韓国政府が方針を変え、この問題では何かしてもしなくても批判されるということを冷静に踏まえておく必要がある旨述べつつ、韓赤は韓国政府の息のかかった組織であり、強い反対が予想されるので、今回の提案は勘弁してほしいとの反応が示された。これに対し、日本側は、事業転換は、金大中大統領訪日により醸成された未来志向の日韓関係に悪影響を与えないようにとの観点から、首相の了承も得て事業終了に強い難色を示す「基金」を説得したものであるとして、韓国側の申し入れは容易に納得し難い旨申し入れたものの、韓国側の協力が得られずに最終的に事業転換が実現できない状況となった。


 8 事業転換困難のまま基金事業終了(1999年7月~2002年5月)

 (1)事業転換が実現出来なかった「基金」は1999年7月に事業を停止することとなり、停止状態が2002年2月まで続いたが、同月20日、「基金」は事業の停止状態をいったん解き、韓国内での事業申請受付期限を同年5月1日にすることを決定した。

 (2)2002年4月に行われた日韓の事務方のやりとりでは、改めて韓国政府としては、「基金」の「償い金」支給、医療・福祉事業について反対の態度を示した。そして、翌5月1日に韓国における全ての「基金」事業申請受付が終了し、1997年1月から始まった韓国での事業が幕を閉じた。


 9 韓国における「基金」事業の終了と成果

 (1)1995年に設立された「基金」には、基本財産への寄付を含め約6億円の募金が集まり、日本政府は、インドネシアでの事業をもって事業全体が終了する2007年3月末までに拠出金・補助金あわせ約48億円を支出した。韓国における事業としては、事業終了までに、元慰安婦合計61名に対し、民間による寄付を原資とする「償い金」200万円を支給し、政府拠出金を原資とする医療・福祉支援事業300万円を実施(一人当たり計500万円)するとともに、これらを受け取ったすべての元慰安婦に対し、当時の首相の署名入りの「お詫びの手紙」をお渡しした。その数は、橋本政権下で27件、小渕政権下で24件、森政権下で1件、小泉政権下で9件に及ぶ。

 (2)フィリピン、インドネシアやオランダでの「基金」事業では、相手国政府や関連団体等からの理解や肯定的な評価の下で実施できたところ、韓国では、韓国国内における事情や日韓関係に大きく影響を受け、同政府や国民からの理解は得られなかったものの、「基金」事業を受け取った元慰安婦からは、日本政府から、私たちが生きているうちに、このような首相の謝罪やお金が出るとは思いませんでした、日本のみなさんの気持ちであることもよく分かりました、大変有り難うございます、とするお礼の言葉が寄せられた。

 (3)また、一部の元慰安婦は、手術を受けるためにお金が必要だということで、「基金」を受け入れることを決めたが、当初は「基金」の関係者に会うことも嫌だという態度をとっていたものの、「基金」代表が首相の手紙、理事長の手紙を朗読すると、声をあげて泣き出し、「基金」代表と抱き合って泣き続けた、日本政府と国民のお詫びと償いの気持ちを受け止めていただいた、との報告もなされており、韓国国内状況とは裏腹に、元慰安婦からの評価を得た。

 以上


河野洋平氏、山口の講演要旨 「誤った事実は謝罪する」
産経新聞 6月21日(土)22時10分配信

講演する河野洋平氏=21日、山口市(写真:産経新聞)
 日韓両国の長い歴史には不幸な問題がいくつもありました。正面からそれに向かい合い、人権意識に基づいて日本政府は正しい歴史認識の立場を取らねばならない。現政権は村山談話も河野談話も継承すると認めている。不規則発言は改めるべきです。

 誤った事実は誤っていたと謝罪する。それが国際社会から理解を得る一番の方法です。「他国も昔は同様のことをやっていた」と開き直るのは卑怯なことです。速度違反で検挙された人が、周りもやっていると居直るようなもの。

 河野談話作成の過程で、資料を集め、同時に従軍慰安婦の聞き取り調査も行った。様々な意見がある。慰安婦の発言は真実なのか。発言の裏を取ったのか。だが、最後は被害者の話を聞き、反省をすべきだろう。

 戦時中の軍施設内に慰安所があったのは確かなこと。慰安婦の中には自分からやってきた人もいるかもしれません。誰かに連れて来られた人もいるかもしれません。だけど慰安所に入ったら「私はここで働きたくないので帰る」と言っても軍の指揮下なので帰ることはできませんよね。命令によって拒否はできない。ならば強制的なものとみるべきでしょう。

 私が日本を貶めるわけがないじゃないですか。当時官房長官ですよ。誠心誠意、日韓関係を将来にわたって良好なものにしたい。そうした気持ちだからこそ資料を集め、努力した。

 今日本がやるべきことは日韓関係を尊敬しあえる間柄にすることです。河野談話以降、日韓関係は良好だった。それがこの2、3年でなぜ互いに相手国を悪く言うようになったのか?

 両国の指導者に言いたい。協力し合う関係を構築するのは必然なんです。両国がよりよく生きていく上で大局的な見方をしてほしい。

 この問題については今まで発言を避けてきた。静かに冷静にこの問題についてみなさんに考えてほしいと思ったからです。

 私は夕べ、検証報告書を読みました。足すべきことはない。引くべきこともない。すべて正しい。

 両国の良好な関係を築くために民間のみなさんにもぜひお願いしたい。心からそう祈念しています。


河野洋平氏講演にテキサス親父「敵を間違えてはならない…」
産経新聞 6月21日(土)22時7分配信

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「日本人は団結して、韓国の慰安婦批判に対抗しよう!」と呼びかけたトニー・マラーノ氏=21日午後、山口市(写真:産経新聞)

 平成5年に慰安婦に関する官房長官談話を出した河野洋平元官房長官が21日、山口市の山口市民会館で講演し、「日韓関係を良好にするために談話を出した。日本は反省しなければならないと感じた」などと釈明した。隣の会場では、インターネットを通じて保守的で辛らつな批評活動を続けるテキサス親父ことトニー・マラーノ氏が「韓国人は日本人が苦しむのが好きなのさ。俺たちは敵を間違えてはいけない」と、慰安婦問題をめぐり日本批判を続ける韓国を批判した。直接バトルこそなかったが、両会場の参加者までも火花を散らすにらみ合いが続き、朝日新聞の報道に端を発した慰安婦問題の根深さをうかがわせた。

 ■表現の自由脅かす

 「慰安婦人形を持って世界中で記念写真をとろう。こうなったら徹底的に茶化してやろうぜ」

 テキサス親父ことトニー・マラーノ氏は、壁一枚隔てた隣の会場で河野洋平元官房長官が講演していることを知り、さっそく慰安婦問題に踏み込んだ。

 「俺がワシントンの国立公文書館から手に入れた米軍の報告書には『慰安婦は高級売春婦で醜いモノ』と書かれているんだ。俺が言ったんじゃない。軍がそう言っているんだぜ!だから俺は米グランデール市の慰安婦像に紙袋をかぶせてやったのさ。日本兵もきちんと扱われていなかったんだな。ハッハッハッ…」

 冒頭からバッサリと切り捨てたマラーノ氏は、講演が進むにつれてますますヒートアップした。

 「韓国人は日本人が苦しむのが大好きなのさ。だったら楽しんでやろうじゃないか。みんなでミニチュアの慰安婦像を持って世界中で写真を撮ってやろう。徹底的に茶化すことが韓国にとっては何よりの屈辱なんだ。そうだ。慰安婦像と一緒に撮った記念写真のコンテストも開催しよう」

 韓国政府は、マラーノ氏が作成したユーチューブの映像を「有害指定動画」として放映を禁じた。これについてマラーノ氏は「韓国はどれだけ政権が不安定なんだ。まともな政権なら表現の自由を脅かしたりしないだろう?」と怒り心頭。これまでに韓国などから500通の「殺害予告」メールが送られたことも明かした上で「こうしたメールを送ってくるのは高校生が多かった。韓国では学校の教師がメールを送るよう指導しているようだ。一体どんな教育なんだろうな?」と語り、こう呼びかけた。

 「でも日本はこんな国と対峙しないといけない。河野談話を非難するだけではダメだよ。当時、河野さんは『韓国にだまされるのが正しい』と政治判断をしたのだろう。俺たちは敵を間違えてはいけない。指をさすのは河野さんではなく、韓国じゃないか。日本人が一致団結して敵に対してまとまっていると見せつけてやろうぜ」

 会場は約200人が詰めかけ、立ち見が出るほど。マラーノ氏が身振り手振りを交えながら一喝する度に大きな拍手が沸いた。

 この講演会は「歴史認識を糺す実行委員会」(加治満正代表)が主催した。河野氏の講演会が開催されることを知り、同委員会は、河野氏側に公開討論会を申し入れたが、回答はなかったという。

 会場横では、慰安婦に関するパネル展も開かれた。慰安婦が現在の貨幣価値に換算すると家を数軒買えるほどの高給を得ていたことや、軍による強制性を否定するパネルなどが並び、グレンデール市の慰安婦像のコピーも展示された。

 ■抗議の電話殺到

 河野洋平元官房長官が講演したのは、地域情報紙が、市民向け生涯学習活動として続けている「山口市民文化大学」の講座だった。

 同大は平成23年度より講演活動を続け、最近は弁護士の住田裕子氏や、古美術鑑定家の中島誠之助氏らが講演。ジャーナリストの櫻井よしこ氏や自民党の石破茂幹事長も政調会長時代に登壇している。

 ところが、河野氏の招へいを発表した直後から、同大事務局は抗議の電話が鳴りっぱなし。5月に入るとホームページを一時閉鎖する事態に陥った。

 会場となった山口市民会館(山口市中央)前では、河野談話撤回を要求する団体がデモ活動を行い、正面玄関前で警備員と一時揉み合いになった。事務局の男性は「まさかこんな騒ぎになるとは思いませんでした。詳しい取材は受けられませんので失礼します」と足早に立ち去った。

 河野氏の演題は「昨今の政治・外交について思うこと」。河野氏は前半、自らの政治人生を振り返り、山口県出身の政治家との関わりなどに触れた。

 講演には聴衆約800人が参加したが、事前に受講を申し込んだ人だけだったため、やじやトラブルは一切なし。静かに1時間が経過した頃、河野氏は神妙な面持ちでこう語り始めた。

 「幸いにして現政権は、不肖ですが、私の名前がついている河野談話を歴代内閣と同じく継承すると認められました。内閣が認めた以上、日本の正式な談話は、村山談話であり、河野談話です。それを国際社会にはっきり言わねばなりません」

 河野氏は語気を強めてこう続けた。

 「『昔はどこの国でも(慰安婦は)いたんだよ』と発言するのは卑怯です。スピード違反で捕まった人が、『ほかの人もやっているじゃないか』と自分の罪を認めず、開き直る態度に似ている」

 「私が日本をおとしめるわけがないじゃないですか。当時官房長官ですよ。日韓関係を将来にわたって尊敬し合える間柄にする。考えてもみてください。河野談話以降の日韓関係は非常に良好だったじゃないですか」

 その後、平成10年の小渕恵三首相(当時)と金大中大統領(同)との日韓パートナーシップや、日本での韓流ブーム、平成14年の日韓ワールドカップ共催-など日韓友好の歴史を手柄のようにあげ、最後にこう言い切った。

 「昨晩、検証報告書を全文読みました。足すべきことも引くべきこともありません。まったく正しい」


<河野氏>慰安婦「強制との見方、当然」 談話に理解求める
毎日新聞 6月21日(土)21時55分配信

 河野洋平元官房長官が21日、山口市で講演し、政府が20日公表した1993年の「河野談話」の作成過程に関する検証結果について「(慰安婦は)いろいろな集まり方があったかもしれないが、施設に入ったら軍の命令で働かされた。帰れず、拒否できないなら強制的と見るのが当然だ」と述べ、慰安所での生活を「強制的な状況の下での痛ましいもの」と認めた河野談話の内容に理解を求めた。

 政府報告書は、日韓両政府が慰安婦募集に関する「強制性」をめぐり、談話発表の直前まで文言調整した実態を明らかにした。

 河野氏は「報告書に私が足すべきものも引くべきものもない。正しくすべて書かれている」と評価。「過去の資料でも、戦時中に軍の施設に慰安所があり、大勢の女性がいたのは否定できない」と指摘した。

 また、元慰安婦16人への聞き取り調査については「(事務当局は)十分な資料、証拠がそろっているということだった」ものの、「被害者の話を聞いて初めて、加害者としての考えをきちんと言うことができる」との意向で実施したと説明。聞き取りはあくまで韓国側の要請に基づくもので、談話の内容に影響していないとの報告書の立場を追認する考えを示した。

 従軍慰安婦問題を巡る日韓関係の悪化については「あとは冷静に、両国をより良い関係にする努力を指導者にしてほしい」と語り、安倍政権の下での関係改善に期待を示した。

 そのうえで「間違いは間違いと認めて謝罪することが、日本はプライドを持つ国と理解してもらえる一番の道だ。他国もやっていたというぐらいひきょうな言い訳はない」と強調。安倍晋三首相が談話の見直しを否定したことを高く評価する考えを示した上で「内閣が歴史認識について認めた以上、それ以外の発言は国際社会に『不規則発言だ』とはっきり言わなければならない」と述べ、さらなる国際問題化を避けるよう求めた。【鈴木美穂】


河野談話検証 報告書は「すべて正しい」「慰安婦のなかには自分の意思で来た人も」
産経新聞 6月21日(土)21時45分配信

 河野洋平元官房長官は21日、山口市内で講演し、平成5年に自らが発表した官房長官談話(河野談話)に関する検証報告書について「報告書には引くべき所も足すべき所もない。すべて正しい。日韓関係を良好なものにするために談話を出した」と述べた。

 慰安婦募集での日本軍の強制性については「当時、軍に慰安所があったのは事実だ。慰安婦の中には自分の意思で来た人もいるかもしれないが、中に入ってしまえば軍の命令には逆らえない。そうした意味での強制性があった」と反論。「『昔はよその国もやっていた』と口にするのは卑怯(ひきょう)なことだ」とも述べた。

 談話を作成した理由についても「資料や関係者の話はもとより、被害者である従軍慰安婦本人の口から当時の話を聞き、日本は反省しなければならないと感じた。官房長官として日本をおとしめるわけがない」と述べた。


「正しく書かれている」と河野氏
2014年6月21日(土)21時23分配信 共同通信

 河野洋平元衆院議長は21日、山口市で講演し、従軍慰安婦問題に関する1993年の河野洋平官房長官談話の作成過程を検証した政府の報告書について「正しく全て書かれている。足すべきところも引くべきところもない」と述べた。

 同時に「日韓両国の指導者は大局的にものを考えてほしい」と語り、日韓両政府の関係改善努力に期待する考えを示した。

 政府が20日公表した報告書は、日韓両国が水面下で綿密に文言調整して河野談話を作成した経緯を明記。談話作成に当たって実施した元慰安婦からの聞き取りについて、裏付け調査を行わなかったと指摘した。日本政府は河野談話を見直さない方針を表明。


河野談話検証、正しく全て書かれている…河野氏
読売新聞 6月21日(土)19時4分配信

 河野洋平元衆院議長は21日、山口市内で講演し、いわゆる従軍慰安婦問題に関する1993年の河野洋平官房長官談話の作成過程を検証した政府の報告書について、「足すべきものはなく、正しく全て書かれている。引くべきこともない」と述べ、検証結果は妥当だとの考えを示した。

 今後の日韓関係に関しては、「日韓両国の指導者には、協力し合う以外に、両国がより良く生きる方法はないと分かってほしい」と語った。


報告書「全て正しい」=談話検証で河野氏
時事通信 6月21日(土)18時22分配信

 河野洋平元衆院議長は21日、山口市内で講演し、従軍慰安婦問題に関する河野談話の作成過程を検証した政府の報告書について、「足すべきところも、引くべきところもない。正しく全て書かれている」と述べ、当時の経緯が正確に反映されているとの認識を示した。その上で、「元慰安婦の方々の話を直接聞いて、加害者として反省しなければならない」と指摘した。
 報告書は、談話作成の際に韓国政府との間で文言調整があったことなどを明らかにした。ただ、元慰安婦の証言は検証対象にはしなかった。
 河野氏は講演で、慰安婦の募集に関し「軍の命令で拒否できなかったかもしれない」と述べ、強制性は否定できないとの見解を示した。今後の日韓関係については、「両国の指導者は大局的にものを考え、より良い関係にしていってほしい」と語った。 


河野氏、慰安婦問題悪化させた“元凶” 独断で「強制連行」認める
夕刊フジ 6月21日(土)16時56分配信

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河野氏への追及は避けられない(写真:夕刊フジ)

 日本と日本人を貶め続けている「河野洋平官房長官談話」に対する、政府の有識者チームによる検証結果が20日、公表された。談話はやはり、厳密な歴史的事実を確認したものではなく、日韓両国が入念にすり合わせて合作した「政治文書」だった。河野氏が何の証拠もないのに、記者会見で「(強制連行の)事実があった」と独断で答えた、売国的行為まで発覚した。こんな談話を継承する必要があるのか。

 有識者チームは、日本の関係省庁や米国立公文書館の文書、旧軍関係者や元慰安所経営者からの聞き取り、韓国の慰安婦証言集などを分析して、報告書にまとめた。

 これによると、談話は、元慰安婦16人の聞き取り調査がまとまる前にほぼ作成されていたうえ、日韓両政府は原案段階から文言のすり合わせを行い、事前調整の事実を隠蔽したなど、数々の問題点が発覚した。

 報告書は「(当時の日本政府が)一連の調査を通じて得られた認識は、いわゆる『強制連行』は確認できないというもの」と結論づけたが、1人の政治家の許しがたい行為を特記している。

 河野氏は1993年8月4日の談話発表会見で、「強制連行の事実があったという認識なのか?」と問われて、日本政府が守ってきた一線を超えて、独断で「そういう事実があったと。結構です」と答えたのだ。

 歴史的事実に目をつぶった政治文書と、河野氏の無責任極まる発言が、韓国による「ディスカウント・ジャパン運動」の根拠に利用され、世界中で日本と日本人の名誉が汚され続けている。

 まさに、慰安婦問題を悪化させた「元凶」といえる河野氏だが、報告書公表を受けて、以下のコメントを発表した。

 《(有識者チームの)皆さんが短期間の中で精力的に作業に当たられたことに対し、敬意を表したいと思います》《(報告書公表を受けて)新たに付け加えることもなければ、差し引くこともないと考えております》

 これには、有識者チームのメンバーである現代史家の秦郁彦氏が20日夜、BSフジ番組で「河野氏には騒ぎを起こした責任があるのに、まるで人ごとだ」と批判した。

 また、慰安婦問題の真実を追究し続けている拓殖大学の藤岡信勝客員教授はこう語る。

 「慰安婦の強制連行は、元軍人の吉田清治氏が1983年に出版したフィクション本で広まったが、92年の段階で『完全な作り話』だと明らかになった。ところが、93年の河野談話がこれを復活させた。談話には『強制連行』という記述はないのに、記者会見での河野氏の独断的説明が事実をねじ曲げた。この罪は極めて重い。国会に喚問して、個人的責任を取らせるべきだ。勲一等旭日章も剥奪すべきだろう。ウソで日本の名誉を汚している河野談話を国民は許さない。当然、談話を見直すべきだ」


河野談話 不用意な発言 後世に禍根
産経新聞 6月21日(土)7時55分配信
 河野談話を検証する有識者チームの報告書により、20年以上も国民の目から隠されてきた談話の実態が白日の下にさらされた意義は大きい。産経新聞が繰り返し報じてきたとおり、談話は歴史の厳密な事実関係よりも、強制性の認定を求める韓国側への政治的配慮に基づき、日韓両国がすり合わせて合作していた。また当時の河野洋平官房長官が政府の共通認識を踏み外し独断的に「強制連行」を認めてしまったことも改めて確認された。

 ◆「連行」確認できぬ

 報告書は、政府が実施した関係省庁や米国立公文書館の文書調査、旧軍関係者や元慰安所経営者からの聞き取り、韓国の元慰安婦支援団体「韓国挺身(ていしん)隊問題対策協議会」の慰安婦証言集の分析などを通じ、こう結論付けている。

 「(政府の)一連の調査を通じて得られた認識は、いわゆる『強制連行』は確認できないというもの」

 その上で報告書は平成5年8月4日の談話発表時の河野氏による記者会見について1つの章を設けこう特記している。

 「(河野氏は)強制連行の事実があったという認識なのかと問われ、『そういう事実があったと。結構です』と述べている」

 これについて、現在の政府高官は「それまで政府は強制連行は証拠がないという一線を守っていた。それなのに、河野氏の発言で強制連行説が独り歩きすることになった。完全な失敗だ」と指摘する。実際、河野談話には「強制連行」という文言は出てこない。

 地位ある政治家の単なる失言か確信犯的な放言か。いずれにせよ、不用意な発言で後世に災いの種をまいた瞬間だったといえよう。

 また報告書は、今年2月に国会で河野談話について証言して談話検証のきっかけとなった当時官房副長官の石原信雄氏が、慰安婦全体への強制性認定を求める韓国側に対し、こう拒否したことも記している。

 「慰安婦全体について『強制性』があったとは絶対に言えない」

 ところが、報告書によると河野談話は日韓間のすり合わせの結果、最終的に「募集、移送、管理等も甘言、強圧による等、総じて本人たちの意思に反して行われた」という表記に落ち着いた。

 この「全体」とも「おおむね」ともどちらとも解釈できる「総じて」という玉虫色の言葉は、当然のことながら韓国側では「全体」と受けとめられることになった。この間の事情も、趙世暎(チョ・セヨン)・元韓国外務省東北アジア局長の産経新聞に対する次の証言と符合する。

 「韓国側から『こうした表現ならば大丈夫ではないか』と意思表示した」(17日付紙面で既報)

 韓国側は、日本側が河野談話の一部修正に応じなければ「韓国政府としてはポジティブに評価できない」とも通告しており、韓国ペースで最終調整が行われていたことも分かる。

 また、こうしたすり合わせについて、日本側から韓国側に「マスコミに一切出さないようにすべきであろう」と申し入れ、韓国が了解したというエピソードも重要だ。河野氏をはじめ政府はその後、すり合わせの事実を繰り返し否定し、国民を欺いていたからだ。

 ◆外務省「穏便に」

 ただ、報告書は個々の事例や事実関係への評価は避けており、物足りなさも否めない。チームのメンバーの一人は「報告書の作成過程で、情報を提供する側の外務省は一貫して『穏便に、穏健に』という意向だった」と振り返る。

 政府の公式見解ではなく、民間の有識者チームの検証結果報告という形をとってもなお、なるべく波風を立てたくないとの配慮が働いている。日本外交の宿痾(しゅくあ)だろう。(阿比留瑠比)


対韓関係打開見えず 河野談話検証 近く局長級協議で説明
産経新聞 6月21日(土)7時55分配信

Move
慰安婦問題をめぐる動き(写真:産経新聞)

 日本政府は、近く開かれる見通しの日韓外務省局長級協議で、慰安婦募集の強制性を認めた河野洋平官房長官談話の検証結果について詳細に説明し、河野談話自体の見直しは行わない点を強調して韓国に理解を求める構えだ。日韓は来年、国交正常化50周年を迎える。しかし、慰安婦問題のほかにも元徴用工をめぐる訴訟など歴史問題での日韓の溝は深く、関係打開は見通せない。

 岸田文雄外相は20日夕、産経新聞の取材に対し「河野談話を見直すことはない。韓国は大切な隣国であり対話を積み重ねながら、2国間関係を進めていきたい」と改めて強調した。

 韓国にとって河野談話は戦時中の日本の加害責任を認めさせた貴重な「成果物」であり、談話の作成過程で韓国側の関与が明らかになった今回の検証結果を認めないとみられる。

 安倍晋三首相はこれまで「対話のドアは常にオープン」として朴槿恵(パク・クネ)大統領との首脳会談を呼びかけているが、朴氏は首相の歴史認識への批判を繰り返し、会談を拒否し続けている。

 ただ、今年4月から月1回のペースで東京とソウルで交互に局長級協議を開催している。政府は、8月上旬にミャンマーで開かれる東南アジア諸国連合(ASEAN)関連の外相会議で、岸田氏と尹炳世(ユン・ビョンセ)外相との会談を模索、政治レベルの接触回数を増やし、11月に中国・北京で開かれるアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議で日韓首脳会談を実現するシナリオを描いている。

 しかし、朴政権は旅客船セウォル号の沈没事故をきっかけに政権基盤が弱体化しており「朴政権は外交どころではない」(日韓外交筋)とされる。夏は韓国で「反日機運」が盛り上がる時期でもあり、日韓の緊張は再び高まりそうだ。(山本雄史)


「河野談話作成過程検討チーム」但木座長の会見要旨 経緯を検証 信用性問わず
産経新聞 6月21日(土)7時55分配信

河野談話の検証結果を発表する作成過程検討チームの但木敬一座長。右は兼原信克官房副長官補=20日午後、内閣府(酒巻俊介撮影)(写真:産経新聞)
 「河野談話作成過程検討チーム」の但木敬一座長が20日、報告書提出後に行った記者会見の要旨は次の通り。

 【検証作業のスタンス】

 できるだけ公正な立場で、河野談話が出てきた経緯を検証しようとした。信憑(しんぴょう)性には立ち入らないことになっていた。当時の内閣外政審議室が持っていた約240冊、外務省が持っていた約10冊のファイルを読み込んだ。少なくとも、日本が持っている資料はほぼすべて検証対象としたので、かなり密度の高い検証であったと思う。

 【談話作成の背景】

 当時の日韓両政府は、慰安婦問題を乗り越えて新しい未来志向の日韓関係を築きたいという願いがあって、互いの立場を踏まえて談話の文言の調整を行ったと考える。

 【聞き取り調査の目的】

 第二次大戦が終わったのが昭和20年、元慰安婦16人への聞き取り調査が行われたのは平成5年と48年のブランクがある。元慰安婦の方々がいろいろな思いを持っていたとしても、必ずしもすべて正しい記憶を言えたかどうかは分からない。

 (検証作業の結果、)聞き取り調査は、これまでの調査結果が客観的に正しいものであるかどうかの確認作業と、日本政府が慰安婦の方々に寄り添って心情をくみ取ることに主眼があった。必ずしも新しい事実を発見するとか、談話の文言を確定するとかの目的ではなかったので、法廷証拠のような信用性を問う性格のものになっていない。「裏付け調査がなかったから聞き取り調査は大欠陥がある」というのは、聞き取り調査の目的とずれている気がする。


河野談話検証 河野氏「日韓指導者は大局的判断を」
産経新聞 6月21日(土)7時55分配信

 河野洋平元官房長官の「いわゆる『河野談話』検証結果の公表を受けて」とするコメント全文は以下の通り。

 今回、検証チームの皆さんが短期間の中で精力的に作業に当たられたことに対し、敬意を表したいと思います。

 今から21年前、私が宮沢内閣の官房長官として、宮沢総理をはじめ関係部局と相談しながら、国内外の多くの資料、旧軍人や慰安所経営者など幅広い関係者の証言、そして元慰安婦の方々の聞き取り調査などをもとに作成したものが、いわゆる「河野談話」であり、当時、私自身、日韓関係の大きな問題を乗り越えるために懸命の努力をし、その結果が「河野談話」だと思っています。

 すでに安倍総理ご自身が「河野談話の見直しは行わない」と発言されており、私としては今回の検証チームの報告が出たことで、新たに付け加えることもなければ、差し引くこともないと考えております。

 私は、当時いわゆる慰安婦と呼ばれた人たちが総じて自らの意思に反して働かされたということに対して申し訳ないという日本人の気持ちが、今も変わってはいないと思っています。

 日韓関係の厳しい環境が続く中、私としては日韓双方の指導者の大局的な判断により、一日も早く両国の関係改善がなされることを切に願っております。

 平成26年6月20日

 河野洋平


河野氏ら招致、要求へ 維新・山田氏「聞き取りは儀式」
産経新聞 6月21日(土)7時55分配信

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慰安婦問題をめぐる動き(写真:産経新聞)

 国会で慰安婦募集の強制性を認めた「河野洋平官房長官談話」の問題点を追及してきた日本維新の会の山田宏衆院議員は20日、検討チームによる国会報告について「元慰安婦の聞き取り調査を基にして談話が作られたのではないことがはっきりした」と評価した。ただ、検証の根拠となった資料が明示されていないとして、再検証を求める意向を示した。国会内で記者団に語った。

 山田氏は「聞き取り調査は儀式であり、韓国側との(談話の)すり合わせの状況が明らかになった」とも語った。その上で「当時の内閣外政審議室が深く関わっていることが分かる」と述べ、河野氏や談話作成に関わった谷野作太郎元外政審議室長の参考人招致の必要性を強調した。山田氏は22日の通常国会閉会後の早い時期に衆院予算委員会の開催を求める考えだ。

 慰安婦募集の強制性をめぐり日韓両国がすり合わせを行った影響に関しては「談話が玉虫色の表現となった。談話が独り歩きしていく結果をもたらした」との見解を示した。

 報告の裏付けとなる資料の添付は不十分だとも指摘し、「単なる『日本側の主張』で片付けられてしまう可能性がある。国際社会に証拠を示さなければならない」と語った。

 山田氏は2月20日の衆院予算委に参考人として出席した談話作成時の事務方トップ、石原信雄元官房副長官に質問。聞き取り調査の裏付けがなかったとの証言を引き出し、政府が検証に取り組む契機となった。


「矛盾した行為で無意味」 韓国が河野談話検証を嫌った理由とは
産経新聞 6月21日(土)7時55分配信

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慰安婦問題をめぐる動き(写真:産経新聞)

 【ソウル=加藤達也】日本政府が河野洋平官房長官談話の作成過程に関する検証結果を公表したことについて、韓国外務省報道官は20日に声明を発表し、「(日本政府が)談話を継承すると言いながら検証すること自体が矛盾した行為で無意味だ」「事実関係をごまかし談話の信頼性を損なう結果を招く内容を含んでいる」などとして、「深い遺憾」を表明した。

 日本政府が今年2月、談話の作成過程を検証する方針を表明した後、韓国側は激しく反発してきた。16日付の文化日報は韓国政府が「(日本の)挑発と見なし、超強硬な対応を取る」と伝えたほか、中央日報は「日韓関係は破綻する」と報じた。

 韓国側はなぜこれほど談話の「検証」を嫌ったのか。それは“韓国が怒れば、日本が折れる”という独特の関係が成り立たなくなることを恐れたからだと思われる。

 慰安婦募集の「強制性」を認めて謝罪した河野談話の後、韓国側はこれを根拠に日本の非道徳性を世界に発信し、日本の国際的な地位をおとしめることに躍起になってきた。国際社会において、韓国が日本よりも道徳的に優れた国であると主張する戦術が定着したのだ。

 その作成過程に韓国側がほぼ全面的に関わっていたとなれば、その“優位性”が根幹から揺らぎかねない。韓国側が恐れていたのは、まさにこの一点だと考えられる。


河野官房長官談話全文(平成5年8月4日)
産経新聞 6月21日(土)7時55分配信

 いわゆる従軍慰安婦問題については、政府は、一昨年12月より調査を進めてきたが、今般その結果がまとまったので発表することとした。

 今次調査の結果、長期に、かつ広範な地域にわたって慰安所が設置され、数多くの慰安婦が存在したことが認められた。

 慰安所は、当時の軍当局の要請により設営されたものであり、慰安所の設置、管理および慰安婦の移送については、旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与した。慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、さらに、官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった。また、慰安所における生活は、強制的な状況の下での痛ましいものであった。

 なお、戦地に移送された慰安婦の出身地については、日本を別とすれば、朝鮮半島が大きな比重を占めていたが、当時の朝鮮半島はわが国の統治下にあり、その募集、移送、管理等も、甘言、強圧による等、総じて本人たちの意思に反して行われた。

 いずれにしても、本件は、当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題である。政府は、この機会に、改めて、その出身地のいかんを問わず、いわゆる従軍慰安婦として数多の苦痛を経験され、心身にわたり癒(いや)しがたい傷を負われたすべての方々に対し心からお詫(わ)びと反省の気持ちを申し上げる。また、そのような気持ちをわが国としてどのように表すかということについては、有識者のご意見なども徴(ちょう)しつつ、今後とも真剣に検討すべきものと考える。

 われわれはこのような歴史の真実を回避することなく、むしろこれを歴史の教訓として直視していきたい。われわれは、歴史研究、歴史教育を通じて、このような問題を永く記憶にとどめ、同じ過ちを決して繰り返さないという固い決意を改めて表明する。

 なお、本問題については、本邦において訴訟が提起されており、また、国際的にも関心が寄せられており、政府としても、今後とも、民間の研究を含め、十分に関心を払って参りたい。


「強制連行は事実」河野氏独断 談話検証報告、日韓事前調整は隠蔽
産経新聞 6月21日(土)7時55分配信

 政府は20日、慰安婦募集の強制性を認めた平成5年の河野洋平官房長官談話の作成過程について、有識者による検討チームの報告書を公表した。報告書では、当時の日韓両政府が談話の文言を原案段階から入念にすり合わせていた経緯を明らかにしており、談話が事実上、日韓の合作であったことが証明された。

 衆院予算委員会からの検証要請を受け、加藤勝信官房副長官が同日の予算委理事会に報告書を提出した。菅義偉(すが・よしひで)官房長官は記者会見で、韓国側へ報告書の概要を伝えたことを明らかにした上で、「談話を見直さないという政府の立場に何ら変わりはない」と述べた。

 報告書によると、談話作成に関し、5年7月の日韓外相会談で、武藤嘉文外相(当時)が「文言は内々に事前に相談したい」と申し入れたことを受け、事務レベルで文言調整が始まった。慰安所設置や慰安婦募集の際の軍の関与について、韓国側が「軍の指示」と表現するよう要求し、最終的に「軍の要請を受けた業者があたった」と修文するなど、文言のすり合わせが詳細に行われた。

 談話の根拠とされる元慰安婦の聞き取り調査をめぐっては、韓国政府が反日団体である「太平洋戦争犠牲者遺族会」と「挺身(ていしん)隊問題対策協議会」に協力を打診していたと指摘。談話の原案は聞き取り調査が終了する前に作成済みで、裏付け調査も行っておらず、談話の直接的な根拠ではなかったことも明らかにした。

 政府は、談話の発表直前、日韓両政府のすり合わせについて「マスコミに一切出すべきではない」と提案し、韓国側も了承した。

 報告書には、河野氏が談話発表の記者会見で「強制連行の事実があったという認識なのか」と質問され、「そういう事実があった」と発言したことも明記。「一連の調査で強制連行は確認できない」としていた政府の認識と矛盾する発言だったことを強調した。

 元慰安婦に「償い金」を支給したアジア女性基金に関し、事業終了までに韓国の元慰安婦61人に1人あたり「償い金」200万円を支給したことも明示した。


<河野談話検証>元慰安婦の証言 信ぴょう性には踏み込まず
毎日新聞 6月20日(金)23時2分配信

 政府が20日公表した旧日本軍による従軍慰安婦問題を巡る河野洋平官房長官談話(1993年8月)を検証した報告書から、当時の日韓政府間で文言調整を行った経緯が初めて明らかになった。談話作成が日韓両国の共同作業だったと明かすことで、「慰安婦問題は未解決」と主張を続ける韓国側をけん制する一方、談話の根拠となった元慰安婦の証言の信ぴょう性には踏み込まず、談話見直しを警戒する韓国側に配慮も示した。ただ、2015年の日韓国交正常化50周年を前に、両国関係の一層の悪化を懸念する声が出ている。

 菅義偉官房長官は20日の記者会見で「これまで明らかにされていなかった事実も含まれているが、今回の検証の対象は河野談話作成当時の事実関係だ。いずれにしろ河野談話を見直さない」と説明した。

 今回の検証で主眼に置いたのは、談話作成過程での政府間の交渉だ。報告書は「日本側は宮沢(喜一)首相、韓国側は金泳三大統領まで案文を上げて最終了解を取った」と強調した。元慰安婦の聞き取り調査も、韓国側から事前に「誠意を示すためにも全ての慰安婦とは言わないまでも一部より話を聞くべきだ」と打診されたことも明かし、「日本側の自主的な調査と判断で発表された」とする韓国政府側の主張をけん制する内容となった。2007年の第1次安倍政権時の閣議決定を裏付ける形で「強制連行は確認できない」との認識も示した。

 政府側が検証に踏み切ったのは、韓国側が国際社会に働きかける慰安婦問題を巡る「反日キャンペーン」に対抗し、国際社会の誤解を解く狙いで、慰安婦問題の強制性を疑問視した安倍晋三首相の「正当性」も強調した。外務省幹部は「日本政府は世界に恥じるやりとりを(韓国と)したわけではない。韓国政府は冷静に受け止めていただきたい」と述べた。

 報告書は元慰安婦の証言の信ぴょう性には踏み込まず、あくまでも談話を「継承」する姿勢を示した。韓国側には事前に「談話の見直しはせず、作成過程を検証するだけだ」と理解を求め、菅氏も20日の会見で「今後とも日韓関係を重視し、さまざまなレベルの対話を通じて協力関係を進めていく」と強調した。

 ただ、政府内では「談話を検証する行為自体が韓国側の不信感を増大させる」(政府関係者)との懸念も広がる。一方で、強制連行の裏付けがないことを強調したことと談話の継承の整合性が疑問視され、国内での談話見直し論が一層強まる可能性もある。【木下訓明、福岡静哉】


<河野談話検証>韓国政府「談話の信頼性を毀損する」
毎日新聞 6月20日(金)23時0分配信

 【ソウル大貫智子】韓国外務省は20日、従軍慰安婦への旧日本軍の関与を認めた「河野談話」の作成過程検証に関する報告書が国会に提出されたことに対し、「深い遺憾の意」を表明した。検証自体が談話の信頼性を失わせるとしてメディアも激しく反発しており、朴槿恵(パク・クネ)政権が最重視する慰安婦問題の解決はさらに難しくなりそうだ。

 韓国外務省が発表した報道官声明では、談話を継承するとの日本政府の立場と検証作業は矛盾し、「事実関係をごまかすことにより、談話の信頼性を毀損(きそん)する結果を招く」と批判。談話は日本政府による独自の調査と判断に基づくもので、「日本側の要請で非公式な意見を伝えたに過ぎない」と説明し、韓国側が積極的に関与した経緯はないとの立場を示した。また、米国などで慰安婦問題への厳しい認識があることを念頭に「国連や国際社会が決して認めないことを日本政府は理解すべきだ」とし、国際社会と連携して対応すると強調した。

 報告書提出に先立ち、日本側は談話は見直さない方針と繰り返し韓国側に説明してきたが、「自国で作った談話を検証するなんて聞いたことがない」(韓国外務省幹部)と、談話を揺るがそうとする動きとの見方が広がっていた。

 聯合ニュースが報告書提出を速報するなど韓国内では高い関心を集め、報告書を読んだ複数の韓国紙記者は「予想以上に強い内容だ」と不満を口にした。

 韓国では、客船沈没事故を機に、日本の危機管理対策に学ぶべきだという好意的な見方も出ていたが、今回の談話の作成過程検証により再び対日批判が強まった。近く日本による北朝鮮への制裁一部解除が予想されることや、集団的自衛権行使容認の閣議決定が控えていることから、外交筋は日韓関係の一層の悪化を懸念している。


<河野談話検証>韓国政府と文言調整、経緯伏せることも合意
毎日新聞 6月20日(金)22時22分配信

 ◇報告書を国会に提出、見直しは否定

 政府は20日、従軍慰安婦への旧日本軍の関与を認めた1993年の河野洋平官房長官談話について、作成過程を検証した報告書を公表した。同年8月4日に談話を発表する直前まで、「強制性」などを巡って韓国政府と文言調整したことを認めたうえで、両政府の合意でこうした経緯が伏せられたと明らかにした。検証を指示した菅義偉官房長官は20日の記者会見で「河野談話を見直さないという政府の立場に何ら変わりはない」と強調した。

 河野談話の作成に関わった石原信雄元官房副長官が今年2月、衆院予算委員会で「作成過程で韓国側と意見のすり合わせがあった可能性がある」と証言したことを受け、菅氏が検証を約束。有識者による「河野談話作成過程等に関する検討チーム」(座長・但木<ただき>敬一元検事総長)が実施した。

 報告書は、91年8月に韓国で元慰安婦が初めて名乗り出た時点から、当時の資料をもとに検証した。

 慰安婦問題は92年1月の宮沢喜一首相(当時)の訪韓直前に問題化し、同年7月に加藤紘一官房長官(同)が「政府の関与」を認める調査結果を発表した。しかし、韓国の反発は収まらず、政府はその後も真相究明や救済措置の検討を続けた。韓国側は元慰安婦への事情聴取を求めた。

 報告書によると、93年4月の日韓外相会談で、渡辺美智雄外相(同)が強制性について「両国民の心に大きなしこりが残らない表現を検討している」と表明。後任の武藤嘉文外相(同)は同年6月、「韓国国民の理解が得られるようぎりぎりの努力をするが、その際には韓国政府の大局的見地からの理解と協力を得たい」と韓国側との事前調整を打診した。

 日本政府が93年7月に行った元慰安婦16人への聞き取り調査について、報告書は「事後の裏付け調査や他の証言との比較は行われなかった」と指摘。その理由を「事実究明よりも、日本政府の真相究明への真摯(しんし)な姿勢を示すことを意図していた」と説明した。また、聞き取り調査を実施した時点で、河野談話の原案は既に作成されていたとして、裏付け調査をしなかったことが談話の内容に大きく影響していないとの見方をにじませた。

 事務レベルでの調整では、「強制連行の証拠はない」とする日本側と、募集に関して広く強制性を認めるよう主張する韓国側が対立。慰安所の設置や慰安婦の募集への軍の関与、募集の強制性を巡る文言調整は、談話発表の前日の8月3日まで続いた。3日夜に韓国側から外務省に「金泳三大統領(同)は最終案を評価している」との連絡があり、最終決着した。

 ただ、日本側は「事前のやりとりをしたことはマスコミに一切出さないようにすべきだろう」と要請し、韓国側も了承。談話発表時の応答要領には「事前協議は行っていない」と記載された。韓国内で談話が評価されたことについて、報告書は「韓国側のコメントを可能な限り取り入れたことが背景にある」という当時の在韓日本大使館の分析も紹介している。

 政府は20日の衆院予算委理事会に報告書を示し、外交ルートで韓国側にも説明した。【竹島一登】

 ◇両国の関係改善を願う

 河野洋平元官房長官 21年前、日韓関係の大きな問題を乗り越える懸命の努力をした結果が「河野談話」だ。安倍晋三首相は「談話見直しは行わない」としており、検証報告に付け加えることも差し引くこともない。慰安婦と呼ばれた人たちが総じて自らの意思に反して働かされたことを申し訳ないという日本人の気持ちは、今も変わっていないと思う。日韓関係の厳しい環境が続く中、双方の指導者の大局的な判断で、一日も早く関係改善がなされることを切に願う。

 ◇肝心な部分の検証は専門家の手にゆだねられた

 村山富市元首相の話 政府はこれまでの経緯は経緯として妥当と認め、河野談話を継承するということだから、今回の検証結果に新しいものは何もない。慰安婦の扱いや軍の関与の問題など、肝心な部分の検証は政府ではなく今後専門家の手にゆだねられた。日韓関係で現在問題となっている慰安婦問題をどう解決するつもりなのか、政府が検証を基に表明することを期待していたが、これでは関係改善につながらないだろう。この検証に何の意味があったのか分からない。

 ◇河野官房長官談話

 1993年8月、宮沢内閣の河野洋平官房長官(当時)が従軍慰安婦問題の政府調査に基づいて発表した。慰安所の設置や管理、慰安婦の移送に旧日本軍が関与したことを認め、軍の要請を受けた業者らによる慰安婦の募集についても「本人たちの意思に反して集められた事例が数多くある」と指摘。「心からおわびと反省の気持ちを申し上げる」と謝罪した。歴代内閣はこの談話を踏襲している。

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