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2011年3月21日 (月)

宮城沖地震に関するニュース・75

引き続き、3月11日に発生した、東北関東大震災に関するニュース記事を伝達します。

今後も引き続き、随時追加します。

リンク:放射能漏れ 政府対応、チグハグ 「冷静」呼びかけ…一方で不安助長 - 速報:@niftyニュース.
リンク:東日本大震災 食品・おむつ、支援へ増産 静岡 - 速報:@niftyニュース.
リンク:「子どもなりに地震にショック」よく観察し心のケアを、洗足こども短大教授らが呼び掛け/神奈川 - 速報:@niftyニュース.
リンク:防護服1万着、米が提供…21日にも日本に空輸 - 速報:@niftyニュース.
リンク:自衛隊の消防車両、4号機に放水開始 - 速報:@niftyニュース.
リンク:万能薬ではないヨウ素剤、服用タイミングも重要 - 速報:@niftyニュース.
リンク:原発に放水続く=電源復旧作業も―福島第1 - 速報:@niftyニュース.
リンク:ツイッターはマスコミ報じぬ細かい情報伝えたと佐々木俊尚氏 - 速報:@niftyニュース.
リンク:帰宅難民の30代妊婦 見知らぬカップルの家で鍋を食べて寝た - 速報:@niftyニュース.
リンク:被災者も悼まれない地震専門家の「完全に想定外」発言 - 速報:@niftyニュース.
リンク:格納容器製造会社 圧力容器と格納容器の構造を説明する - 速報:@niftyニュース.
リンク:台風とは別次元 津波の威力は2m級でも木造家屋は全壊 - 速報:@niftyニュース.
リンク:大震災 極寒の水に飛び込み逃げようとした約40人中3人生還 - 速報:@niftyニュース.
リンク:東日本大震災:涙流し安置所で作業、釜石に派遣された県医師会・堀川さん/神奈川 - 速報:@niftyニュース.
リンク:3号機放水3700トン超に - 速報:@niftyニュース.
リンク:水道水放射能、基準の3倍超=福島県飯舘村で検出―厚労省 - 速報:@niftyニュース.
リンク:すき間に217時間…冷蔵庫の飲料で飢えしのぐ - 速報:@niftyニュース.
リンク:死者8400人超=避難35万人、11日目―東日本大震災 - 速報:@niftyニュース.
リンク:スイスで「原発廃止を」87% - 速報:@niftyニュース.
リンク:福島県沖を震源、二本松など震度4 - 速報:@niftyニュース.
リンク:ジャンボ機250機分の波、世界一の防波堤破壊 - 速報:@niftyニュース.
リンク:東京消防庁、被曝と戦い放水…家族「救世主に」 - 速報:@niftyニュース.
リンク:ヨウ素剤配布で混乱、誤った服用指示も - 速報:@niftyニュース.
リンク:国が県単位で出荷停止指示 - 速報:@niftyニュース.
リンク:水道水飲まないよう要請 - 速報:@niftyニュース.
リンク:各地の放射線量、20日午後4時~5時 - 速報:@niftyニュース.
リンク:亡くなられた人…警察など発表=20日判明分 - 速報:@niftyニュース.
リンク:撤去できぬ漂着物、復興の壁…法の弾力運用必要 - 速報:@niftyニュース.
リンク:自衛隊の74式戦車で原発内がれき撤去へ - 速報:@niftyニュース.
リンク:放射能漏出 監視を強化し「食」の不安防げ - 速報:@niftyニュース.
リンク:福島・双葉町民、再移転へ…さいたまから加須に - 速報:@niftyニュース.
リンク:燃料プール上は100度以下=1~6号機、「水入っている状態」―防衛省 - 速報:@niftyニュース.
リンク:遺体収容「1万5000人分必要」=宮城の被害で県警本部長―東日本大震災 - 速報:@niftyニュース.

以下、参考のために同記事を引用

放射能漏れ 政府対応、チグハグ 「冷静」呼びかけ…一方で不安助長
2011年3月21日(月)8時0分配信 産経新聞 

 ■首相きょう、被災地入り

 東日本大震災や東電福島第1原子力発電所の放射性物質(放射能)漏れ事故をめぐり、政府はなおチグハグな対応を続ける。菅直人首相は21日に被災地の宮城県石巻市や原発事故の作業拠点である「Jヴィレッジ」(福島県楢葉、広野両町)の視察を予定するが、「冷静」を呼びかけ「不安」をあおるその言動への不信は日々深まっている。(加納宏幸、佐々木美恵)

 ◆「菅主導」の風評

 「最悪の事態になった時は東日本が潰れることも想定しなければならない」

 16日に首相が内閣特別顧問の笹森清元連合会長に不用意に漏らしたこの一言が国民に動揺を広げた。

 枝野幸男官房長官は19日夕の記者会見で矢面に立たされた。初めは「事態の悪化を防ぐため全力を挙げることが重要という認識の発言だ」と釈明していたが、「国民は首相の言葉で緊張感を持った」と記者に詰め寄られ、最後はこう認めざるを得なかった。

 「首相がそう言ったことについて必要以上に心配をおかけした側面はある…」

 首相は15日にも東電本店を訪れ「(現場から)撤退すれば東電は百パーセント潰れる」と東電幹部を恫喝(どうかつ)している。これほど安易に危機感をあおる首相も珍しい。

 首都圏では、米やカップラーメンなどの生活物資の欠乏が続く。蓮舫節電啓発担当相は「不要不急の買い占めは控え、冷静な消費行動をとってほしい」と呼びかけたが、原発事故を受け不要不急の外出を控えるよう呼びかけているのも政府だ。「蓄えもなく屋内退避しろと言うのか」。こんな不満に明快な回答はない。

 厚生労働省も17日に放射能汚染の暫定規制値を超える飲料水や生鮮品を出荷させないよう都道府県に通知したが、19日にホウレンソウなどで規制値を超える放射性物質が検出されると風評被害を恐れて一気にトーンダウン。枝野氏は「将来にわたり影響が出る恐れがないと国際的に位置づけられている数字を大きく下回っている。ご心配なく」と強調したが、これで不安が解消されるはずはない。

 ◆頭は「政権維持」

 「国難だからということで後にやればいいことを先にやろうとしたんでしょ? 本当にKY(空気が読めない)だな…」

 首相周辺は、首相が谷垣禎一自民党総裁に副総理兼震災復興担当相への就任を打診したことへの不快感を隠さなかった。

 この一件で首相の頭には「衆参ねじれを解消し政権を維持したい」という考えしかないことを露呈した。ある自民党重鎮は「災害復興という最大の課題を谷垣氏に委ねて首相は何をする気なのか」と冷笑する。

 しかも肝心の震災対応は後手に回る。その証拠に政府の中央防災会議は一度も開かれていない。

 中央防災会議は首相と全閣僚、日銀総裁、日本赤十字社社長、有識者らで構成される正式機関。自民幹部は「首相はそういう会議があることを知らないのではないか」といぶかしがる。

 にもかかわらず「官邸主導」をアピールしようと矢継ぎ早に本部を設置した。被災者生活支援特別対策本部、原子力災害対策本部、電力需給緊急対策本部-。これら本部からバラバラに指令が飛びかっており、ある経済官僚は「指揮命令系統が混乱を極め、わけがわからない」と悲鳴を上げる。

 しかも枝野氏に情報を一元化するあまり情報発信は滞っている。福島県では自前で計測した水道水モニタリングデータの発表が遅れ、民主党出身の佐藤雄平知事は政府の災害対策本部で「しっかりやってくれ」と怒りを爆発させた。

 ◆与野党会議空虚

 政府・与野党は20日も国会内で震災対策合同会議の第2回実務者会議を開いた。「野党の力を借りたい」と首相が呼びかけたにもかかわらず、野党側の提言を「聞き置く」だけ。野党の不信を、助長している。

 「風評被害の元凶は政府にある」

 公明党の高木美智代政調副会長は事故後の政府対応を批判したが、政府・民主党から回答はなし。放射性物質のモニタリング結果で原発から半径30キロ圏外でも高い数値が出ても詳しい説明はなかった。

 前日の要望・提案には「今後とも全力で取り組む」などと無機質な回答をペーパーで配るだけ。岡田克也幹事長は「明日回答します」を決まり文句のように繰り返した。

 しかも会議はきっかり1時間。自民党幹部は「これではせっかくのアイデアも実現されない」、公明党幹部も「この会議がどれほどの効果を生んでいるのか」と憤りを隠さない。


東日本大震災 食品・おむつ、支援へ増産 静岡
2011年3月21日(月)8時0分配信 産経新聞 

 □製造業「部品がない」

 東日本大震災は、県内に生産拠点のある企業にも打撃を与えている。自動車メーカーは部品調達が困難となり操業休止に追い込まれたほか、東京電力による計画停電の影響で、富士市内の大手メーカー工場の操業が流動的となるなど、製造業の生産活動に影を落としている。対照的に、被災地に支援物資を送るため休日返上で増産に乗り出す食品メーカーも出始めた。

 ■操業停止

 「ブレーキ、エンジンの部品が被災地からの調達だった。24日以降の生産再開は、23日に判断する」。ヤマハ発動機(磐田市)の広報担当者はこう述べる。同社は15日まで全工場で操業を続けていたが、16日から主力工場で操業を停止。現在、11工場中8工場で操業を休止している。

 スズキ(浜松市)も同様で「部品調達が困難な上、従業員、取引先の社員の安全確保を優先させたい」として14日から全6工場を停止。22、23日については一部の工場で操業を再開するが、24日以降については、今後決めていくとしている。

 富士市などに工場を構える企業は、東京電力による計画停電の影響で生産が流動的な状況。日本製紙富士工場は、計画停電中は、自家発電に切り替えているが「生産量は縮小している」。旭化成富士事業所も停電中は、電気を使用しない梱包(こんぽう)などに切り替え作業を進めているという。

 関係者は「東京電力の計画停電が二転三転するので生産計画が立てられない。停電の前後2時間は、通常生産ができない。ものによっては、立ち上げに数時間を要する設備もある」と困惑気味に話していた。

 ■カレー

 ハウス食品の静岡工場(袋井市)は19日以降、月内の休日を全て返上し、レトルトカレーや菓子の増産に乗り出した。愛知県の工場と合わせ、カレー商品の増産量は2割程度になる見通し。

 増産分は、震災被災地への支援を優先させ、残りを供給が不足している地域に振り分けるという。同社は「原材料の調達に支障がなく、少しでも被災地の手助けになれば」と増産を決めた理由を話している。

 ユニ・チャームも12日から静岡工場(掛川市)の紙おむつの生産を24時間態勢に切り替え増産に乗り出している。

 ■マスク

 「被災者や救援活動の人のために、まとまった数のマスクを送ってあげたい」「仙台支店の社員にたくさん届けたいのだが」。OEMによるオーダーメード製品など1千を超す種類のマスクで国内80%、世界30%のシェアを誇る「サンエムパッケージ」(島田市)。同社には法人個人を問わず問い合わせが殺到している。しかし、肝心の原材料が確保できないため増産に踏み切れず、唇をかむしかないのが実情だ。

 今では一般的となった不織布マスクも、同社が昭和43年に最初に加工を始めたもの。その不織布はポリエステルなど石油から精製される原料で作られている。今回の地震で茨城・鹿島の石油化学コンビナートが打撃を受けたため、原料の供給が滞っているという。

 さらに、ポリエステルなどから不織布を製造するメーカーは神奈川県内にあり、計画停電により減産を強いられ、不織布そのものが入手しづらい。

 サンエム社の担当者は「増産態勢を築きたいがめどは立っていない」と苦しい胸の内を明かす。不織布の在庫も約1カ月分しかなく、通常の生産も先行きが不透明な状況。「医療機関など、これまでの顧客への供給に支障をきたすわけにはいかない」と、日に日に心配を募らせているという。


「子どもなりに地震にショック」よく観察し心のケアを、洗足こども短大教授らが呼び掛け/神奈川
2011年3月21日(月)8時0分配信 神奈川新聞 

東日本大震災は子どもの心にも「大きな揺れ」を引き起こしている。洗足こども短大(川崎市高津区)の清水敬子客員教授(乳児保育)と坪井葉子教授(保育学)は「子どもなりに地震にショックを受けている。その子なりの心のケアを」と呼び掛ける。余震や計画停電が続き、子どもと家の中で長時間過ごすことに不安や戸惑いを感じている保護者へ向けてのアドバイスを聞いた。

保育士としての経験豊富な清水客員教授は、大震災の際も子どもたちと保育園にいた。そして大震災後、熱を出す、吐き気を催す、食欲がない、夜泣きをする、といった子どもが身の回りに出てきていることに気付いた。「何も言わないかもしれないが、子どもなりに地震にショックを受けている」と清水客員教授。地震の揺れだけでなく、その後のテレビの被災報道を見ての影響もあると考えている。

身体症状だけでなく、乱暴になったり、保護者が台所やトイレに立つだけでも不安がるといったケースもあるという。「まず、子どもをしっかり抱っこしてあげて。『大丈夫だよ』と話し掛けてください」。大人がテレビでニュースを見る際は、子どもを抱っこし、子どもが直接画面を見ることがないような工夫も有効という。

計画停電で、大人は家事や買い物を停電時間外に済ませるのを優先しがち。しかし清水客員教授は「まだ風邪をひくのが心配な時期でもあるし、子どもの様子をいつもよりよく観察して。何かあれば、早め早めにホームドクターで受診することが肝心」と呼び掛ける。

夜間に計画停電となれば、暗くて子どもが不安がったり、いつものテレビ番組が見られなくてぐずったり、ということもあるだろう。坪井教授は「停電時は子どもと一緒に楽しく過ごす時間と割り切る。とことん一緒に遊ぶ時間としては」と話す。夜空の月や星の観察、ろうそくを囲んでのお話会のほか、子どもがやりたい遊びにとことん付き合ってもいい。「いつものように家事を済ませようと思わない。今日は洗い物ができなかった、お風呂に入れなかった、でもいいじゃないですか」と、気持ちを切り替えることを提案している。また昼間に少しの時間でも親子で外出し、外の空気を吸って気分転換することも大切という。

清水客員教授と坪井教授は「ショックから立ち直るのに1週間かかる子もいれば、2週間必要な子もいる。子どもの様子をよく観察してあげて」と呼び掛けている。


防護服1万着、米が提供…21日にも日本に空輸
2011年3月21日(月)7時55分配信 読売新聞 

 米政府は19日、東京電力福島第一原子力発電所の事故対応のため、核・生物・化学(NBC)兵器から身を守るための防護服1万着を提供することを決め、日本政府に伝えた。

 21日にも日本に空輸される。日米関係筋が明らかにした。日本政府の要請に応じたもので、事故現場で作業する東電職員らに提供される。

 米国はすでに、在日米軍が150着、原子力空母ジョージ・ワシントンから100着の防護服を自衛隊や東電に提供している。

 防護服は、放射性物質などに汚染されると使い捨てにしなければならない。今後の作業では大量の防護服が必要と見られており、自衛隊や東電が所有する防護服だけでは足りなくなる可能性が高いことから、米国が大量提供に踏み切った。


自衛隊の消防車両、4号機に放水開始
2011年3月21日(月)7時31分配信 読売新聞 

 防衛省によると、自衛隊の消防車両が、21日午前6時37分、東京電力福島第一原子力発電所の4号機に対しての放水を開始した。


万能薬ではないヨウ素剤、服用タイミングも重要
2011年3月21日(月)7時31分配信 読売新聞 

 安定ヨウ素剤の服用は、避難時に放射性物質にさらされる恐れがある住民を守る予防策だ。

 ヨウ素は甲状腺ホルモンを合成するのに必須の元素で、甲状腺はふだんから体内に取り込んだヨウ素を蓄積している。このため、原発から出た放射性ヨウ素が空気や食べ物などと一緒に体内に入ると、甲状腺内に蓄積して放射線を出し続け、がんになりやすい。

 これを避けるため、放射線を出さないヨウ素を製剤化した安定ヨウ素剤を服用し、あらかじめ甲状腺を安定ヨウ素で満たしておく。その結果、放射性ヨウ素が体内に入り込んでも、甲状腺には蓄積せずに体外に排出されやすい。

 服用の効果を上げるには、服用のタイミングが重要だ。服用後に効果が続く時間は約24時間とされており、早くから服用しても効果はない。放射性ヨウ素が体内に取り込まれた後でも約8時間までなら、服用により甲状腺への取り込み量を40%近く減らせる。

 原子力安全委員会の指針では、服用対象者は40歳未満。40歳以上は被曝
ひばく
しても、甲状腺がんの発症率は高くならないと報告されているためだ。しかし、国の原子力災害現地対策本部は今回、希望者には40歳以上でも服用を認めた。

 忘れてはいけないのは、安定ヨウ素剤は被曝の万能薬ではないことだ。セシウムなど、ヨウ素以外の放射性物質による体への影響は防げない。ヨウ素過敏症など、服用できない人もいる。吐き気や下痢などの副作用も報告されており、避難時に1回のみ服用することになっている。

 ヨウ素の入ったうがい薬や消毒薬に予防効果があると誤解されているが、効果がないばかりか、飲むと体に有害な成分が含まれている恐れもある。ワカメや昆布にもヨウ素は含まれているが、含有量が一定ではなく、十分な効果は得られない。(吉田昌史、本間雅江)


原発に放水続く=電源復旧作業も―福島第1
2011年3月21日(月)7時8分配信 時事通信 

 東日本大震災で被災した東京電力福島第1原発(福島県大熊町、双葉町)では21日、依然危険な状態が続く3、4号機を中心に、消防や自衛隊の放水と、東電による電源復旧に向けた作業が続けられた。
 東京消防庁などによる3号機への連続放水は6時間半に及び、同日午前4時前に終了。東電は同8時からケーブル引き込み作業を始め、午後4時まで続ける予定。
 4号機では、自衛隊が午前6時37分、放水を再開。終了後、ケーブル工事が行われる。
 また、放水活動の障害となっているがれきを撤去するため派遣された陸上自衛隊の戦車は、静岡県御殿場市から福島県楢葉町の施設に到着した。 


ツイッターはマスコミ報じぬ細かい情報伝えたと佐々木俊尚氏
2011年3月21日(月)7時0分配信 NEWSポストセブン 

大震災で改めて注目されたソーシャルメディア。ITジャーナリストの佐々木俊尚氏がその意味を改めて検証する。

* * *
震災以降、テレビは連日、地震や津波、原発事故の映像を流し続けてきた。そのため、震災から2日ほど経ったころには、ツイッターのタイムライン(フォローしている人々のツイート=“つぶやき”が時系列で流れる)を眺めていると、悲惨な映像を繰り返し見させられてストレス障害になり、PTSD(心的外傷後ストレス障害)の前段階まで進行していると見受けられる人が増えているように感じた。

だから、私はツイッターでは悲惨な情報を流さず、勇気づけられる情報や客観的な情報、実用で役立つ情報を流すよう心がけてきた。テレビは伝えない情報をえようと考えたのである。

今までツイッターなどのソーシャルメディアは、口コミ情報を主体とした、単なる“遊びのツール”としか認識されていなかった。

しかし今回、非常に多くの人々と情報共有をするなかで、改めてツイッターというメディアがどれほど大きな力をもつのかがわかった。被災者の救援を求めるつぶやきをリツイート(転送)してSOSのメッセージを広めたり、給水車の情報や病院の受け入れ情報などをツイートすることで、被災者の支援ツールとして有効に機能した。電話がつながらないなかで、遠隔地に住む家族の安否確認にも使われた。自治体は住民への情報発信にも利用している。

また、東京では節電のために鉄道の運行本数が減り、混乱が起きているが、人々が「○○駅までしか運行していなかった」といった事態に直面したときに、ツイッターの利用者はそれをつぶやく。

そういった駅や路線に関するつぶやきを検索して、リアルタイムの運行状況を知ることができる「ツブエキ」という有用なiPhone用アプリも人気を博している。今回の震災に際して、開発者は有償だった製品を無償で提供することを決め、喝采を浴びたことも付け加えておく。

ツイッターは、こういったマスコミ報道では絶対に流れない、生活に密着した細かな情報の流通に貢献しているのである。

※週刊ポスト2011年4月1日号


帰宅難民の30代妊婦 見知らぬカップルの家で鍋を食べて寝た
2011年3月21日(月)7時0分配信 NEWSポストセブン 

3月11日の東北関東大震災発生時、埼玉県川越市に住む30代の主婦・Aさんは、外出先の原宿にいた。電車は完全にストップ。タクシーを探しても全くつかまらない。携帯電話も携帯メールもつながらず、駅前の公衆電話に30分間並んで母親に幼稚園と学童保育にいる子供たちのお迎えを頼んだが、夫とは連絡がつかず家に帰るすべもない。彼女が唯一営業していたカフェに入ると、相席を求めてきた女の子たちのひとりが、Aさんのお腹が大きいことに気がついた。彼女は臨月の妊婦だったのである。

「すごく心配してくれて、ひとりの子が“彼がこの近くに住んでいるんで、よかったら一緒に来ませんか?”といってくれたんです。その見ず知らずの心優しいカップル宅で一夜を過ごさせてもらい、お鍋をご馳走になり、ベッドまでお借りしました。本当に救われましたね。夫とも夜8時頃には無事の連絡がとれました」(Aさん)

自宅を目指す“帰宅難民”の行列では、見知らぬ者同士が笑顔で談笑し合った。他愛もない雑談に勇気づけられながら真夜中の道を歩いていると、いたるところで「休憩できます」「トイレお貸しします」と声がかかる。会社や飲食店が、進んで場所を開放していたのだ。「あたたかいコーヒーをどうぞ」と、コーヒーを無料で配る人の姿もあった。

駅前でタクシーを待つ人たちも整然とし、誰一人列を乱す者はいない。タクシーがなかなか来ないなか、マイカーを運転するサラリーマン風の中年男性が声をかけてきた。

「方向一緒なんですか? 大丈夫ですよ。困った時はみんな一緒ですから」

感謝の言葉を伝えながら、おばあちゃんやサラリーマンが乗り込んでいく。その光景を見かけた男子大学生のBさんは、エピソードをツイッターにつぶやいた。

「すると、すぐに“私も青葉台から町田まで乗せてもらって助かった”という反応がありました。自分の利害を考えずに、迷わず行動できる人が何人もいたんですね」(Bさん)

駅の構内は、電車が動くのを待つ人たちであふれていた。しかし、ロープが張られているわけでもないのに、通路スペースが自然にできる。以心伝心。誰もが全体を考え、相手のことを思いやって行動しているのだ。外国メディアが驚嘆するのも当然だろう。

※週刊ポスト2011年4月1日号


被災者も悼まれない地震専門家の「完全に想定外」発言
2011年3月21日(月)7時0分配信 NEWSポストセブン 

東北関東大地震ではメディアに多くの地震学者たち登場した。だが、今回の地震を予知することはできなかった。

地震学者の研究成果は、政府機関である地震調査研究推進本部の「海溝型地震の長期評価」に反映される。長期評価とは今後10年ごとの地震発生確率をさす。報告には、三陸沖から房総沖にかけての震源域で、「7%の確率でM8.2の地震」が想定されていた。

だが、地震調査研究推進本部に問うと、「今回の地震は4つの震源域が連動したもので、長期評価として発表しているものとは違います」と、意図していなかった連絡会前会長の大竹政和東北大学名誉教授が嘆息する。

「正直、想像を超えた地震で、非常に驚いている。まさか、こんなに長大な震源で、巨大な地震が発生するとは……完全に想定外でした」

そして、現在の地震学における予知の限界を認める。「発生場所と規模は正確にその時期については、未だ確実なことはいえない」

1000年に1度といわれる大地震だ。それに対して準備できなかったことをもって、専門家たちを非難するのは酷かもしれない。しかし、国の担当者と学者から出た言葉がって「想定外」では被災者たちも悼まれないのではないか。

※週刊ポスト2011年4月1日号


格納容器製造会社 圧力容器と格納容器の構造を説明する
2011年3月21日(月)7時0分配信 NEWSポストセブン 

 福島原発の格納容器の安全性が連日ニュースで報じられているが、格納容器の堅牢性は並大抵ではない。福島第一原発の1号機から3号機までの圧力容器と、問題が起きた2号機の格納容器を製造したのは、IHI(旧・石川島播磨重工業)である。事故のさなかという難しいタイミングながら、本誌取材にこう説明した。

「圧力容器は鋼鉄の鍛造材で厚さは約16センチ。2号機の格納容器は3層構造で、一番内側に鍛造材で厚さ3センチの内壁があり、その外側の外壁が鉄筋コンクリート製で厚さ200センチあります。その外に遮蔽外壁があり、これも鉄筋コンクリート製で厚さ100センチです。どれくらいの熱や圧に耐えられるかは、申し訳ありませんが、弊社が答えられる範囲を超えます」

 これだけの情報でも、2号機の危険度を判定する材料としては重要だ。原発技術者の中には、2号機で起きた圧力抑制室の損傷原因が、「炉心溶融による水蒸気爆発が原因ではないか」との見方もある。だとすれば、すでに2号機は「最後の砦」ともいえる格納容器のプールで反応が止まって最悪の事態(放射性物質の拡散)を避けられたことになり、格納容器の防御機能も証明されたといえる。

※週刊ポスト2011年4月1日号


台風とは別次元 津波の威力は2m級でも木造家屋は全壊
2011年3月21日(月)7時0分配信 NEWSポストセブン 

東北関東大震災で、もっと甚大な被害をもたらしたのが津波だ。今回の津波は、地震発生から1分とたたないうちに第一波が海岸沿いまで届き、約30分後に巨大な波となって沿岸部に到来したとされる。

地震によって巨大津波が発生するメカニズムについて、NPO防災情報機構の伊藤和明会長はこう解説する。

「海域で大きな地震が発生するとその衝撃で海底が高く盛り上がったり、低く沈んだりします。この動きが海水に伝わり、海面にうねりが生じます。それが津波となって四方の沿岸へ押し寄せるんです」

台風をはじめとする気圧の変化によって生じる風が海水の表面に波を生じさせる「高波」とは、まるで別次元のパワーをもつという。

「風によって起きる高波はあくまで海の表面上でのもの。一方、津波は広い範囲の海水が揺れにより一気に持ち上げられて起こり、沿岸に向けてまとまって動く。海水量がケタ違いに多いんです。まさに海全体が巨大な“水の塊”となって沿岸に押し寄せるので、津波が内包するエネルギーは圧倒的に強力です。津波が家屋や自動車を一気にのみ込んで獰猛に突き進むのは、この力あってこそです」(伊藤さん)

実際、港湾空港技術研究所(神奈川県横須賀市)が行った実験によると、普通の波と同じ高さの津波の力を比べると津波のほうが1000倍強く、時には1万倍以上になることさえあった。2メートル級の津波は厚さ10センチメートルのコンクリート壁を破壊する力をもつという。これでは日本の家屋はひとたまりもない。

津波被害に関する調査によれば、木造家屋は2mの津波で全壊し、5m以上で住民の1割が命を落とすとされる。さらに10メートルで3割、12メートルでは半数もの住民が死亡する。鉄筋コンクリートビルであっても16メートル以上の津波が来ると全面的に破壊されてしまうこともあるという。

※女性セブン2011年3月31日・4月7日号


大震災 極寒の水に飛び込み逃げようとした約40人中3人生還
2011年3月21日(月)7時0分配信 NEWSポストセブン 

3月11日の東北関東大震災。2分近くに及ぶ震度5弱の強い揺れに驚くのも束の間、宮城県多賀城市はサイレンが鳴り響き、津波警報を告げるアナウンスが続いていた。少しでも高いところへ。流通会社に勤めていた男性・Aさん(28)は慌てて、海沿いにある会社のビルを駆け上がった。

「津波が来る!」

3階へと上りついたAさん。窓の外を見ると、目の前には大きな高波が迫っていた。ビルの1階部分は完全に泥水で満たされ、水没。幸い鉄筋の建物で流されなかったため、3階には命からがら流れついてきた、周辺に勤める工場作業員たち50 人ほどが集まった。

「隣のビルにいてベルトコンベヤーにつかまって何とか浮き上がった人、ガソリンスタンドの屋根に上がってそのまま流されて助かった人もいました。でも、そこは孤島状態。やがて日が暮れましたが、明かりは私が手にしていた懐中電灯だけでした」(Aさん)

携帯で必死に119番通報した人もいて、運よくつながったものの、“助けに行けないから自力で頑張ってください”といわれたという。

夜になっても、水はまだまだ引かない。そして午後10時半を過ぎたころ、闇夜に真っ赤な炎が浮かび上がった。次に、バーン!というものすごい爆発音とともに辺りが炎に包まれた。距離はわずか200メートル。近くにはガソリンスタンドがあり、ビルの下の濁流には石油を積んだ無数のタンクローリーが浮かび、水面にはそこから流れ出した油の膜が見える。引火したら、最後だ。

「危ないから、避難しよう!できるだけ遠くに逃げるんだ」号令をかけたのは職場の上司だった。

「躊躇する間もなく次々と水の中へ飛び込んでいきました。中央分離帯のあった高くなっている部分を選んで、流れてきた丸太につかまって火から逃げるように泳いでいきました」(Aさん)

最低気温マイナス2.5度の夜に、水の中。寒さは容赦なく体力を奪っていく。前を泳いでいた系列会社に勤める50代の社員は短くうめき声をあげて沈んでいった。

「丸太につかまったものの、丸太がぐるりと回ってしまうので、何度も冷たい水の中に顔が沈んでしまうんです。そのまま動けなくなってしまった人もいました…」

仲間が次々と消えていくなか、Aさんは「頑張れ! 丸太に上がれ!」そう声をかけ合うことしかできなかった。

「寒い…凍える…」

必死に泳いでいるつもりでも、振り返るとほんのわずかばかりの距離しか移動できていなかった。しかし、風向きの関係か火の手は会社のほうへは及んでいない。このまま前に進むか、再び戻るか。悩んだ末にAさんは会社に戻った。結果的にこの決断が生死を分けた。泳ぐのは無理、と会社に残っていた7人。Aさんと合わせて戻ってきた3人の計10人が無事だった。

※女性セブン2011年3月31日・4月7日号


東日本大震災:涙流し安置所で作業、釜石に派遣された県医師会・堀川さん/神奈川
2011年3月21日(月)7時0分配信 神奈川新聞 

神奈川県医師会から、遺体検案の事務担当として岩手県釜石市に派遣された堀川尚己さん(54)=県医師会地域保健課長=がこのほど帰県した。遺族の泣き声が響く安置所で遺体の特徴や死因を記録する作業を涙ながらに続けた。

堀川さんは、地震発生から6日目の16日午前に釜石市内に入った。医師を含めた4人のチームで2日間、作業に当たった。

遺体安置所となった体育館は、行方の分からない家族を捜す人であふれていた。中学生と思われる女の子が遺体に取りすがった。「お父さんだ、お父さんだ」。十数度、大きな声で泣き叫んでいた。

きょうだいとみられる男の子が「こんな寒いところで、お父さんかわいそうだから、連れて帰ろう」とつぶやいた。「家も流されて連れて帰るところがないんだよ」。母親の諭す声が聞こえた。3人は上着を父の遺体に掛け、雪の中を帰った。

検案の間、絶え間なく遺体が運び込まれた。避難中だったのか、孫の写真をかばんに入れたまま亡くなったお年寄りがいた。冷たくなった中学生の娘に薄化粧を施す母親がいた。

がれきの下で発見される遺体と、津波で流され海上で見つかる遺体の割合は半々。ほとんどが水死だった。骨折をしている人が多く、津波の力の激しさを感じた。

「被害の大きさに比べ、援助の手が行き届いていないことを実感した。もっと多くの支援が必要だ」。堀川さんはそう話した。

県医師会は20日、被災地に医療担当の医師ら2チームを派遣した。


3号機放水3700トン超に
2011年3月21日(月)6時57分配信 共同通信 

 東京電力福島第1原発3号機の使用済み燃料プールに向けた、東京消防庁の連続放水は21日未明まで続いた。同庁による放水は3回目。6時間の予定で20日午後9時半ごろに開始したが、約30分延ばし、21日午前3時58分に終了した。推定放水量は1170トン。

 3号機への総放水量は、自衛隊の実施分と合わせ3700トンを超えた。大阪市消防局が後方支援した。


水道水放射能、基準の3倍超=福島県飯舘村で検出―厚労省
2011年3月21日(月)6時25分配信 時事通信 

 厚生労働省は21日未明、福島県飯舘村の水道水から1キロ当たり965ベクレルの放射性ヨウ素が検出されたと発表した。国の原子力安全委員会が飲料水について定めた基準(1キロ当たり300ベクレル)の3倍を超えており、飯舘村は同日朝から、住民に飲まないよう呼び掛ける。厚労省は「一時的に飲用しても、直ちに健康への影響は生じない」としている。
 福島県によると、村には住民約4000人が残っている。村は1日12~15トンの飲料水の供給を県に要請。県は給水車を手配した。
 飯舘村の一部は、事故が相次ぐ福島第1原発の30キロ圏内にあり、屋内退避の対象地域。一部の住民は栃木県鹿沼市に集団避難している。
 厚労省水道課によると、基準を超える放射性物質は20日、飯舘村簡易水道で検出された。同課は「代わりの水がなければ飲んでも差し支えない。手洗いや入浴などの生活用水としての利用は可能」と説明している。 


すき間に217時間…冷蔵庫の飲料で飢えしのぐ
2011年3月21日(月)6時21分配信 読売新聞 

 がれきの下におばあちゃんがいる――。

 死者・行方不明者が2万人を超えた東日本巨大地震で20日、宮城県石巻市のがれきの中から2人の生存者が見つかった。倒壊した家屋のわずかな隙間で、217時間にわたって厳しい寒さや飢えをしのいだ80歳の祖母と16歳の孫だった。地震発生から9日ぶり。「必ず生きていると信じていた」。救出を聞いた家族は目を潤ませた。

 2人が見つかったのは、石巻湾から旧北上川を約1キロ上った川沿いの地区。同市門脇町、阿部寿美すみさん(80)と孫の高校1年任じんさん(16)がつぶれた家屋の中に閉じ込められていた。震災前は住宅街だったこの地区は現在、家屋の屋根や柱、倒れた電柱などが1~2メートルの高さまで重なり合うがれきの山が広がり、電気も寸断されている。

 宮城県警石巻署員が、倒壊した家屋の屋根の上から助けを求めていた少年に気づいたのは午後4時頃。署員が、がれきをかきわけて近づいていくと、この日、津波でつぶされた家屋からようやく脱出した任さんがいた。ジャージーの上下にバスタオルを重ねて体に巻きつけ、寒さに震え、衰弱していた。

 「うちにおばあちゃんがいます。助けて下さい」。任さんの訴えを聞いた署員が家屋内を捜すと、倒れたクローゼットの上に敷いた布団の中の寿美さんを見つけた。

 2人はヘリでつり上げられ、同市の石巻赤十字病院に搬送された。寿美さんは、はだしでぐったりした様子。任さんは左足が少しはれており、軽い凍傷などの疑いがあるが、2人とも意識ははっきりしており、寿美さんは病院職員が「よかったね」と声をかけると、「んだからね(そうだね)」と答えていたという。

 同病院の医師らによると、阿部さん方は6人家族。地震当時、自宅にいたのは寿美さんと任さんの2人だけだった。2階の台所で食事中に津波が押し寄せ、2階まで浸水。食器棚や冷蔵庫が倒れ、2人は台所にできた、わずかな隙間に逃げ込んだ。そばにあった冷蔵庫に残っていたヨーグルトやコーラ、水などで飢えをしのいでいたという。3日目に任さんが隣の部屋にあったぬれていない毛布を取りに行き、体をくるんで温めた。

 気象庁によると、地震発生後の石巻市の気温は、計器の損傷などで19日までデータがなく不明だが、同じ宮城県の仙台市では、最低気温が氷点下となった日が7日、降雪も4日あった。
「生きている信じていた」 寿美さんの息子で、任さんの父親の明さん(57)は同病院で記者会見し、「助けていただいて、ありがとうございます。必ず生きていると信じていた。あきらめないというのは大事なことですね」と目を潤ませた。一方、明さんは「私たちだけが、こんな幸せを味わうのは申し訳ない。何ができるか、家族で話し合いたい」とも語った。

 明さんによると、地震翌日の3月12日午前9時頃、首都圏にいた長男(21)が寿美さんの携帯電話にかけたところ、電話口に任さんが出た。「うちは全滅したけど、台所だけは無事で、今、そこにいる」。電話はわずか50秒で切れたという。

 家族で自宅近くを捜したり、避難所を回ったりしたが、2人を見つけられず、警察に捜索願を出していた。病院で対面した2人は、明さんが「頑張ったね」と声をかけると黙ってうなずいていたという。

 幼なじみで阿部さん宅によく遊びに行っていたという同級生の阿部滉希さん(16)は、救出の報を聞き、「本当によく頑張った。任が帰ってきたら、思いっきり褒めてやりたい」と喜んでいた。


死者8400人超=避難35万人、11日目―東日本大震災
2011年3月21日(月)5時42分配信 時事通信 

 東日本大震災は21日、発生から11日目を迎えた。警察庁によると、死者は20日午後11時現在で8450人、行方不明者は1万2909人で、合わせて2万1359人となった。甚大な被害を受けた東北地方の太平洋沿岸部を中心に、約35万人が避難所生活を強いられている。
 同庁のまとめでは、犠牲者は12都道県に及び、内訳は宮城5053人、岩手2650人、福島691人など。警察に届け出があった行方不明者は、岩手5023人、福島4468人、宮城3413人など6県に及ぶ。
 避難所で生活する人は計15都県で約35万100人。宮城が約14万2400人、福島が約13万1700人、岩手が約4万7400人。被災者を受け入れる動きも全国に広がっている。 


スイスで「原発廃止を」87%
2011年3月21日(月)5時42分配信 共同通信 

 【ジュネーブ共同】20日付のスイス紙ル・マタンは、福島第1原発事故を受けた世論調査を掲載、将来的にスイス国内の原発廃止を望む意見が87%に達した。2009年の調査では73%が「原発は必要」と答えていた。スイス国内では原発5基が稼働中。このうち稼働から約40年が経過する2基に関しては、62%が「閉鎖すべきだ」としている。調査は17~19日、約500人を対象に行われた。


福島県沖を震源、二本松など震度4
2011年3月21日(月)5時17分配信 読売新聞 

 21日午前4時54分頃、福島県沖を震源とする地震があり、福島県二本松市などで震度4を観測した。

 気象庁によると震源の深さは約30キロで、マグニチュードは4・7推定される。津波の心配はないという。


ジャンボ機250機分の波、世界一の防波堤破壊
2011年3月21日(月)3時7分配信 読売新聞 

 太平洋沿岸を襲った大津波は、世界有数の規模を誇る三陸海岸の防波堤を軒並み破壊した。

 早稲田大学の柴山知也教授(海岸工学)が19日午後、本社機で上空から視察し、岩手・釜石湾入り口の「世界最深」の防波堤を破壊した津波について、「時速1000キロ・メートルで飛行中のジャンボジェット250機分以上の運動量があった」と試算した。

 釜石湾の入り口に南北からせり出した防波堤は、全長約2キロ・メートル。地震前は海上に高さ約8メートル、厚さ約20メートルでそびえ、港湾を守っていた。しかし上空から見ると、北側の防波堤は約800メートルにわたり大きく崩落し、かろうじて残った部分が海面に虫食い状に残っていた。海面に出た部分には、残ったコンクリートブロックが様々な方を向いて崩れた姿をさらしていた。

 防波堤は、最深63メートルの海底に東京ドームの7倍に当たる700万立方メートルの巨大なコンクリート塊を沈め、その上部にコンクリート壁が構築され、2009年に完成したばかりだった。

 国土交通省によると、1896年(明治29年)の明治三陸地震(マグニチュード8・5)の揺れや津波に耐えられるように設計され、「世界最深」としてギネス記録に認定されていた。

 大船渡港(岩手県大船渡市)にある巨大な湾口防波堤(全長約750メートル、水深約40メートル)も完全に崩壊し、水没していた。柴山教授は、「地震で破損した箇所に高い破壊力の津波がぶつかり、一気に崩壊した可能性がある。予想をはるかに超える威力だ」と指摘した。

 防波堤内側の海岸沿いにある「最後の砦とりで」の防潮堤も多くがなぎ倒された。同県宮古市田老の高さ10メートルの巨大防潮堤(全長約2・5キロ)は、住民らから信頼感を込めて「万里の長城」と呼ばれていたが、津波はそれを乗り越え、集落をのみこみ大きな泥沼を作っていた。

 同県山田町の防潮堤も50~60メートルにわたり激しく倒壊し、灰色の泥をかぶった町には漁船や家々が、がれきと一緒に転がっていた。

 柴山教授は、「全国的に防災対策を作り直す必要がある」と唇をかんだ。(金子靖志)


東京消防庁、被曝と戦い放水…家族「救世主に」
2011年3月21日(月)3時7分配信 読売新聞 

 目に見えない「放射能」との戦い――。

 東京電力福島第一原子力発電所に派遣され、3号機の使用済み核燃料の一時貯蔵プールに放水した東京消防庁の緊急消防援助隊は、被曝
ひばく
の危険にさらされながら、懸命の活動を続けた。同隊隊長らが行った19日の記者会見から、「恐怖の連続だった」という7時間半の任務が明らかになった。

 18日午後5時過ぎ。同隊が現場に到着すると、想像もしていなかった光景が広がっていた。

 事前の計画では、3号機そばの岸壁から送水車を使って海水をくみ上げ、高さ22メートルから放水できる「屈折放水塔車」を投入する予定だった。しかし、周辺は津波に流された大量のがれきが散乱。送水車が岸壁に近づくことすらできない。

 いったん撤退し、作戦を変更。3号機よりもさらに北側にある1号機の北東から海水をくみ上げることになった。ただ、屈折放水塔車まで海水を送るため必要なホースの長さは、約800メートル。車両に乗ったままホースを延ばしていったが、がれきに阻まれ、残り約350メートルは隊員が外に出て、手作業で連結するしかなかった。

 当時、3号機周辺の放射線量は60ミリ・シーベルト。極めて高い値に達しており、作業が長引けば、隊員たちが被曝する恐れが高くなる。

 「いかに短時間で活動させるかを考えた」。高山幸夫隊長(54)は、防護服を着用した約20人のハイパーレスキュー隊員を率いて、長さ50メートルで100キロ近い重さのホース7本をかつぎ、手作業で連結していった。

 近くでは、放射線量を測定する別の隊員らが見守っている。作業時間は15分間。ようやく総延長800メートルのホースが一本につながった。

 送水作業が始まったのは、現場到着から7時間半後の19日午前0時30分過ぎだった。1分当たり約3トンもの大量の海水が、勢いよく3号機棟内にある貯蔵プールめがけて放水された。

 厳しい任務が終わった19日深夜、東京・大手町で行われた記者会見。同隊の佐藤康雄総隊長(58)は「これから出動してくるよとメールしたところ、妻から『日本の救世主になってください』と1行の返事が来ました」と明かした。冨岡豊彦隊長(47)は、心配をかけた隊員の家族のことを気遣い、「本当に申し訳ない。おわびとお礼を申し上げたい」と目を赤くして語った。

 ◆警視庁機動隊「任務を全う」

 同原発3号機で17日夜に放水作業を行った警視庁機動隊を指揮した警備2課管理官の大井川典次警視(56)が20日、東京・霞が関で記者会見した。大井川警視は「限られた条件の中で任務を全うできた」と振り返った。

 17日午後7時過ぎから約10分間行われた作業では、機動隊の高圧放水車が3号機に向けて計約44トンを放水。重さ約10キロの防護服を着用した大井川警視と機動隊員4人が車外で作業にあたったという。

 大井川警視は「全力を尽くしてくれた」と機動隊員をねぎらった。また、現場では東京電力社員が誘導などで立ち会ったといい、「危険な現場で黙々と働く姿をみて、少しでも役に立ちたいと思った」と語った。大井川警視は「余計な心配はかけたくない」と出動前には妻に電話で「福島に行ってくる」と短く伝え、原発のことはふれなかったという。


ヨウ素剤配布で混乱、誤った服用指示も
2011年3月21日(月)3時6分配信 読売新聞 

 東京電力福島第一原子力発電所の事故で、各地で比較的高い放射線が観測されていることから、福島県内では国の指示を待たずに住民に安定ヨウ素剤を配布する自治体が出始めていることが、読売新聞社の調査で分かった。

 各地で観測されている放射線レベルでは健康には問題がないが、国と自治体の方針が一致せず、混乱が広がっている。

 ヨウ素剤は医療関係者の立ち会いのもと、避難時に服用するのが原則だが、「自分の街は大丈夫か」という不安が住民をヨウ素剤入手に駆り立て、その要求に自治体側も応じている。しかし、必要がない人まで服用してしまう可能性があるほか、事前に備蓄を消費してしまうと、いざという時に必要量が確保できない恐れがある。

 独自判断で安定ヨウ素剤を配布していたのは、同原発の20キロ・メートル圏内で避難指示が出ている富岡町、20~30キロ・メートル圏内で屋内退避になっているいわき市、圏外に位置する三春町。これら3自治体では、少なくとも15万7000人分を配布。三春町では住民の服用も求めていた。

 同町内の50歳代の女性はすぐ服用するよう指示されたため、息子に飲ませたという。しかし、この時点で服用する必要がなかったことを聞くと驚き、「すぐに飲めば効果があると期待して飲んだのに……。これが無駄だったと思うと、ひとまず安心した気持ちをどこにぶつければいいのだろう」と語った。

 こうした混乱が起きているのは、国と県の情報交換が不十分で足並みがそろわないのが原因だ。

 原子力安全・保安院の西山英彦審議官は19日夜、「16日朝に20キロ・メートル圏内からの避難者にヨウ素剤を投与するように県に指示した」と説明した。しかし、15日昼過ぎには、避難は完了していた。県の担当課長は「今更、服用させても効果がないと判断し、実施を見送った」と話した。これに対し、同院は「予防的な措置として投与を決めたが、結果として対象者がいなかった」と釈明した。

 19日には、世界保健機関の緊急被曝医療協力研究センター長の山下俊一・長崎大教授が県の災害対策本部を訪れ、報道陣に対し「放射能のリスクが正しく伝わっていないが、今のレベルならば、ヨウ素剤の投与は不要だ」と話した。


国が県単位で出荷停止指示
2011年3月21日(月)3時5分配信 共同通信 

 政府は20日、農産物から食品衛生法の暫定基準値を超える放射性物質が検出された場合、その農産物が生産された都道府県全域を対象として、いったん出荷を停止するよう国が指示する方向で調整に入った。

 福島第1原発の事故で、農産物から相次いで暫定基準値を超える放射性物質が検出されている。現在は各県の判断で出荷を自粛しているが、今後は国の判断により基準値を超える農産物が出回るのを止め、消費者の不安解消を狙う。農家には出荷停止に伴う収入の減少分を補償する。


水道水飲まないよう要請
2011年3月21日(月)2時9分配信 共同通信 

 福島県飯館村の水道水から20日、1キロ当たり965ベクレルの放射性ヨウ素が検出され、厚生労働省は村に対し、水道水を飲むのを控えるよう要請した。福島県は21日朝から給水車を出して対応する。厚労省によると、検出されたのは村の簡易水道の水。国の原子力安全委員会が定めたヨウ素の摂取制限の基準は1キロ当たり300ベクレル。「今回の値の水を一時的に飲んでも直ちに健康に影響が出ることはなく、代替の飲用水がない場合は飲んでも差し支えない。


各地の放射線量、20日午後4時~5時
2011年3月21日(月)2時1分配信 読売新聞 

 文部科学省などがまとめた20日の各地の放射線量調査によると、福島県では過去の平常値より高い数値が観測されているが、健康への影響はないと見られる。


亡くなられた人…警察など発表=20日判明分
2011年3月21日(月)1時41分配信 読売新聞 

 20日発表分。県警調べ(敬称略)。

 【宮城県】(●は「門」の中に「水」)

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撤去できぬ漂着物、復興の壁…法の弾力運用必要
2011年3月21日(月)1時16分配信 読売新聞 

 東日本巨大地震の被災地では、法律やルールの不備、平時を想定した規定の硬直的な運用、さらには、国などが明確な指針を示さなかったり、システムがなかったりすることが、被災者支援や復旧に向けた活動にブレーキをかけることもある。

 「うちの敷地に流されてきた、誰かの車や家財道具がある。処分していいか」

 宮城県環境対策課には、こうした相談が相次いでいるという。担当者は「止めもしないし、お勧めもしない」と戸惑いを隠せない。

 見た目には「ゴミ」「廃棄物」であっても、当事者が「財産だ」と主張する可能性がある。一方的に行政の判断で処分を認めたり、代わって処分したりすれば、財産権侵害として訴訟に発展する可能性もなくはない。だが、「一つ一つ所有者を確認していたら、復旧作業に手が回らない」(担当者)のが現実だ。

 津波被害の大きい同県南三陸町の災害対策本部でもがれきとなった約3000世帯分の建材などの撤去に手を焼いている。

 個人の所有物をみだりに処分できないほか、行方不明者の遺体が隠れている可能性もある。作業中に遺体を傷つけることがないよう、がれきを一つ一つ動かして確認することを繰り返さなければならない。撤去作業の前には、避難所などに移った住民らへの周知も必要だ。町の沿岸部は約35キロ・メートルにわたり、全地域で撤去を終えるには膨大な時間を要する。

 200人以上の遺体が見つかり、多くの家屋が津波に流されるなどした同県東松島市の市立野蒜のびる小の校庭では16日以降、陸上自衛隊が人力や重機で、流れ着いたがれき、車を取り除く作業を進めている。ここで障害となるのが、持ち主と連絡が取れない乗用車だ。

 校庭には、浸水したり、窓が割れたりして動かなくなった約100台が取り残されている。校庭は公道ではないため、所有者の承諾なしに撤去できない。現場で指揮を執る陸自隊員(45)は「この混乱の中、どうやって所有者を捜し出せばいいのか……」と困惑している。

 校庭は、重機やトラックなどの拠点にする予定だ。「車さえ撤去できれば多くの重機を導入でき、早期復興につながる」と悔しがる。

 がれきの撤去については、処分予定を前もって公告し、一定期間内に所有者から何も反応がなければ処分できるようにするなどの方法が模索されている。「『財産権を侵害した』などと言われないような法制度を整備してもらいたい。前例のない事態だけに困る」と、県の担当者は国に苦言を呈する。


自衛隊の74式戦車で原発内がれき撤去へ
2011年3月21日(月)1時14分配信 読売新聞 

 自衛隊は20日夜、福島第一原発の施設内のがれきを除去するため、74式戦車2両を陸自駒門駐屯地(静岡県)から福島県に向かわせた。

 戦車を載せた輸送車は陸自朝霞駐屯地(東京都など)で給油した後、21日朝に現場近くに到着する見込み。

 戦車は厚い装甲で放射線に対する防護力が高く、前部に排土板と呼ばれるブルドーザー同様の鉄板を取り付けることができる。施設内は津波や水素爆発でがれきが散乱し、自衛隊や東京消防庁の放水活動に支障をきたしており、政府から要請があり次第、作業に着手する。


放射能漏出 監視を強化し「食」の不安防げ
2011年3月21日(月)0時54分配信 読売新聞 

 東京電力福島第一原子力発電所の事故は、沈静化を目指して、懸命の作業が進められている。

 外部から電源を引き込む工事や使用済み核燃料の貯蔵プールへの放水も、発電所員や自衛隊、消防隊員が、被曝ひばく量をにらみつつ続行している。

 電源が回復し、貯蔵プールに十分な量の水が入れば、状況の好転が期待できる。命がけの努力が実ることを改めて願う。

 ただ、放水を続けるだけでは抜本的な対策にならない。電源が回復しても、原発内の主要な機器が復旧するかどうかわからない。

 自衛隊ヘリによる上空からの破損状況の撮影データなどをもとに政府は、さらなる手段を、先手を打って検討しておくべきだ。

 事故で漏出した放射性物質による飲料水や農作物などの汚染も、不安を広げている。

 東京都などで水道水から放射性物質が検出された。ごく微量で健康に影響はない。福島県川俣町では17日、食品衛生法の暫定規制値をわずかに上回る放射性ヨウ素が水道水から検出された。翌日に規制値の半分に戻った。

 水道水は浄水の過程で、放射性物質をほぼ除去できる。

 政府が実施した食品の抜き取り調査で、福島、茨城両県で牛乳やホウレンソウが暫定規制値を上回るなどの例も報告されている。

 摂取しても直ちに健康に影響するほどの量ではない。政府は、この牛乳について、1年間摂取しても、被曝する放射線量は「コンピューター断層撮影法」(CT)1回分と説明している。

 冷静に対応しよう。

 しかも両県は、これらの食品について出荷自粛を求めており、市場には出回っていない。

 こうした検査と迅速な情報公開を、政府は都道府県と協力して徹底することが求められる。規制値以上の食品が見つかった際に即応できるよう、出荷停止や回収などの新たな規制も検討課題だ。

 風評被害を防ぐために、政府や都道府県は、検査の徹底で安全が確保できることを、国民に繰り返し、丁寧に説明すべきだ。

 これまで政府は、食品の放射能汚染を規制する基準を設けていなかった。重大な原発事故を想定していなかったためだ。

 今回は国際機関が提案した指針を暫定的に採用したが、日本人の食生活の実態に適しているかを検討し、過剰な規制も防ぎたい。


福島・双葉町民、再移転へ…さいたまから加須に
2011年3月21日(月)0時40分配信 読売新聞 

 埼玉県は20日、東京電力福島第一原子力発電所がある福島県双葉町から、さいたま市中央区のさいたまスーパーアリーナに集団避難している住民約1400人について、埼玉県加須市の旧県立騎西高校の校舎へ移るよう要請する方針を決めた。

 アリーナに設置した避難所は31日までの期限で、双葉町側は基本的に受け入れる方向という。

 上田清司埼玉県知事が19日、井戸川克隆町長と4月以降の避難先を協議したところ、町側から「町役場と町民が一体で避難生活を送ることを優先したい」との意向が示されていた。

 双葉町は福島第一原発の半径10キロ圏内に大半が入り、避難生活の長期化が見込まれている。旧騎西高校舎のリフォームが完了し次第、双葉町は町役場機能と町災害対策本部を移し、住民サービスを再開する予定だ。旧騎西高は2007年度末、県立不動岡誠和高と統廃合、08年度から県立誠和福祉高となり、校舎はそのままになっている。


燃料プール上は100度以下=1~6号機、「水入っている状態」―防衛省
2011年3月21日(月)0時36分配信 時事通信 

 北沢俊美防衛相は20日の記者会見で、陸上自衛隊のCH47ヘリコプターが同日午後、福島第1原発の上空約900メートルから温度測定した結果、1~6号機とも、使用済み核燃料プール上の温度が19日と同様に100度未満だったことを明らかにした。
 北沢防衛相によると、原子力安全・保安院の専門家はこれらの結果について、「プールには水が入っている状態」と分析。3号機の原子炉格納容器の上部は128度と高めだったが、保安院は「炉心の上なので想定の範囲内」と指摘したという。
 防衛省によると、温度測定は20日午後1時8分~42分、CH47に搭載した赤外線温度測定装置(サーモグラフィー)で、1基当たり最大5回にわたり計測した。
 それによると、各基の最高温度は、1号機が58度、2号機が35度、4号機が42度、5号機が24度、6号機が25度。3号機については、格納容器の上は128度あったが、次に高温の使用済み核燃料プールの上は62度と、ほかと比べて極端に高温ではなかった。
 次の温度測定は23日で、その後は火、金曜日に測定、データを政府内で共有する。 


遺体収容「1万5000人分必要」=宮城の被害で県警本部長―東日本大震災
2011年3月21日(月)0時33分配信 時事通信 

 東日本大震災は20日、発生から10日目を迎えた。警察庁によると、死者は8450人、行方不明者は1万2909人に上り、合わせて2万1359人となった。避難所生活を余儀なくされているのは約35万人。宮城県の死者は5000人を超え、県警の竹内直人本部長は同日午前、遺体収容施設について「1万5000人を超える分の確保が必要」と、死者数がさらに膨らむ見通しを示した。
 竹内本部長は、県の災害対策本部会議で「これまで1日400人ぐらいの犠牲者が見つかっている。海上で発見される遺体のことも考えると、今後は1日1000体ペースになる」と述べた。
 警察庁の同日午後11時現在のまとめでは、死者は12都道県に及ぶ。内訳は宮城5053人、岩手2650人、福島691人などで、沿岸部が津波に襲われた地域の被害が大きい。警察に届け出があった行方不明者は、岩手5023人、福島4468人、宮城3413人など6県。
 避難所で生活する人は、宮城が約14万2400人、福島が約13万1700人、岩手が約4万7400人。宮城、福島からの避難を受け入れた群馬、埼玉、新潟などを含めると、計15都県で約35万100人に上る。避難生活の長期化で体調を崩す人も多く、被災者は依然厳しい状況に置かれている。 

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